5話〜ラストダンスだ〜
俺と前川の試合は、教会の中庭で執り行われる事となった。裏庭と違い、主要な建物が周りを取り囲むそこで、俺を公開処刑するつもりらしい。
なんて卑劣な奴らだ…。
そう見える様に、俺は顔を顰めて周囲を見回した。実際は、建物のお陰で影がそこら中に点在してウハウハ状態なんだけど。
「今更、逃げ道でも探してるのか?便所虫」
見回していると、俺の前に立った前川がニコニコしながら話しかけて来る。数時間前まで顔真っ赤にしていた彼だったが、今は随分と怒りも収まった様子。
良かった。少しはマトモに…。
「無駄だぞ。お前は何処にも逃げられない。もし逃げようとしたら、みんなが魔法で攻撃するかんな。お前が出来るのは、自分から土下座するか、俺にボコボコにされてから土下座するかの二択しかありませーん」
…ダメだ。全然マトモになってない。ただ俺を痛め付ける算段が立って、怒りを忘れているだけみたい。
なんでこいつ、こんなに幼稚なんだ?高校生だろ。親はどんな教育してきたんだ?
「それでは、審判は私が努めさせて頂きます」
俺達の横に、先生役の修道士が進み出てきた。
彼はこの試合を、魔法使い同士の決闘と位置付けているらしく、俺達の間を広々と開ける様に指示をした。
全く、俺が魔法を撃てないのを知っている癖に。大方この試合も、子供達の鬱憤を晴らすショーにするつもりなんだろう。コロッセオで猛獣に奴隷を食わせた様に、俺を痛ぶってストレスの発散を狙っているんだろう。
俺はそう思った。でも、それよりもっと酷かった。
審判が名乗りをあげて、「西軍。勇者、マエカワ様!」と選手紹介をすると、周囲から幾つも拍手と歓声が上がる。それは、周囲を囲んでいる生徒の物だけではない。建物の窓からこちらを見ている、修道士達からも沢山起こっていた。
そう。どうやらこのショーは、修道士達への見世物にもなっている様だった。
「東軍。Eランク、クロー」
拍手無し。そもそも、名前すらマトモに紹介されていない。
まぁ良いか。ゴミや石を投げられないだけマシってもんよ。
記憶の中の最悪な状況を思い出し、俺は自分を抑える。そうしていると、前から敵意を感じた。
前川が魔力を練っていた。
あれ?試合開始の合図もまだだよな?
「死ね!便所虫!」
前川は構わず、俺にファイアボールを放ってきた。
おいおい。良いのか?
迫る火球を何とか躱し、俺は審判を見る。でも彼は片手を降って「続行!」と声をあげた。
はぁ〜ん。そう言うスタイルね。あくまでもこれは、試合じゃなくて公開処刑。前川が有利になるようにしかジャッジしない、八百長試合って訳か。
良いねぇ。では最大限、そいつを利用させて貰おうか。
「オラオラァ!」
前川は火球を連打して、俺を追い詰めてくる。それを、俺は寸前の所で回避する。偶に服の端を掠めて、チリリと燃えた。
そうすると、周囲は大興奮だ。「行け!」とか「おしい!」と声を上げる。
良いねぇ、良いねぇ。盛り上がっているねぇ。それだけ期待を積み上げてくれると、崩れた時はさぞ盛大になるだろうねぇ。
ではもっと、盛り上げてやろうか。
俺は地面に足先を突っ込む。そして、倒れたフリをする。すると、前川は舌なめずりをして俺に火球を撃ち込んできた。
俺は慌てたように立ち上がるも、脇腹を火球が掠める。途端、制服が燃えてしまった。
「あっつ!熱いっ!」
俺は転げ回り、火を消す。その姿に、周囲から爆笑が巻き起こる。
前川まで膝を叩いて大笑いしていた。
俺はその間に立ち上がる。脇腹は、こんがりと大火傷を負ってしまった。
…とは言え、今見えている皮膚は俺のものでは無い。キッチンで拝借した豚だ。それを、亜空間を開いて見せているだけ。
なので、ずっと晒しているとバレてしまう。
俺は懐に亜空間を開いて、イリーナの衣装ダンスから拝借した黒マントを取り出す。それを羽織って、腹を隠した。
それを見て、前川は笑いを引っ込めた。
「はぁ?なんだよ。まだやるつもりかよ?」
「うん。やるつもりだよ」
とは言え、実験はここまでだ。
君のお陰で、魔法の生成速度や飛距離、威力のデータが取れた。君が何発の火球を撃てるかってデータも欲しかったが…これ以上は怪しまれる。イリーナが来てない内に、試合を終わらせよう。
「ちっ。マジで生意気。殺すぞ?」
舌打ちし、僅かな殺気を向けてくる前川。
ふむ。殺そうとするか。人にそれを向けた時点で、お前は死んでも文句が言えなくなったからな?
俺は笑みを消し、奴が掲げた火炎弾を睨む。
中級魔法。ファイアランスか。
「前川、ファイアー!!」
だっさい名前を叫びながら、前川が剣を振り下ろす。その切っ先を俺に向け、弾丸を放とうとする。
その直前、俺はマントの中で亜空間を開く。そこに手を突っ込み、出口を前川の手元に作る。そこから拳を突き出し、前川が持つ剣の柄を軽く小突いた。
コンッ。
それで、僅かに剣先がブレる。
手元で言えば、たった数センチの小さなブレ。だが、それが10数m離れれば大きくズレる。
狙いが大きくズラされた火炎弾は、俺を捉える事なく通り過ぎ、俺達を囲っていた生徒の方へと飛んで行く。それに、直前になって気付いた生徒達。
悲鳴が巻き起こった。
「はぁっ!?こっち来る!」
「ヤバい、ヤバい!ヤバい!」
「きゃぁあああ!!」
その声も虚しく、中級魔法は盛大な爆発を巻き起こす。黒煙が立ち上り、見ていた観客共は悲鳴混じりの声を上げる。
そして、それが晴れると、そこには数人の修道士がバリアを張っていた。その彼らの後ろでは、生徒達が盛大にひっくり返っていた。
女子は泣き、男子は青い顔を前川に向ける。
「ちょっと、前川くん!冗談キツイよ!」
「ちゃんと狙ってくれ!」
「悪りぃ!手元が狂った!」
前川はニコッと笑みを向けながら、目をギラギラさせて謝った。
手が震えている。仲間を巻き込んでしまった!って感じじゃないな。俺に恥をかかせやがって!って事か?
俺の予測は、どうも当たりみたいだ。
前川がこっちに向き直ると、その目には明らかな殺意が込められていた。ブツブツと何かを唱えながら、魔力を操作している。
そして、前川の剣先に複数の火球が生まれる。それを、こちらへと一斉に放ってきた。
ほぉ。ファイアボールの散弾銃か。魔法を覚えたばかりでこれは、中々な物なのでは?
俺の心は僅かに感心するも、動揺することは無かった。
何せ、この程度の攻撃…。
「当たらなければ、どうということは無い…だからな」
俺は迫る弾丸を見詰める。そいつらが進む軌道上に、亜空間を開いた。すると、あっけなく全ての弾が呑み込まれてしまう。
それとほぼ同時に、俺は入口の直ぐ裏に出口を作り出す。この時、出口は少しだけ角度を付けてやった。すると、吐き出される弾丸は俺の思う方向へ飛んで行く。
その方向とは…。
「きゃぁあああ!」
「うわぁあああ!」
周囲の生徒達。
2度目の強襲に、阿鼻叫喚が巻き起こった。
そして、その後。
「ふっざけんじゃねぇぞ!前川!」
「どこ狙ってやがる!」
「もういや!私達、降りるから!」
観客席からは大ブーイング。彼ら彼女らから見たら、前川が再びミスをしたとしか見えない。顔を真っ赤にして、前川に怒りをぶつけた。
それを正面から受けた前川は、全身を震わせる。返答する事も出来ず、ただ耐える様に歯を食いしばった。
そしてすぐ、その怒りに耐えきれなくなる。俺を睨み付け、弾けんばかりの殺意を飛ばして来る。こちらに向けた剣が、カチャカチャと鳴るほど震えている。
怒りに、全身が打ち震えていた。
「殺す、殺す殺す殺す!」
今度は冗談抜きで言葉を吐き、前川は動き出す。魔法ではダメと分かり、こちらへと駆け寄ってきた。
「ぶっ殺してやる!」
顔を真っ赤にし、怒りで目が吊り上がる。
本気で殺しに来ていた。剣の訓練は少ししかしていない彼だが、全武器適正を持っているのでそれなりに剣を使えるだろう。近付かれたら万が一…いや、億が一に怪我を負わされる可能性がある。
なら、近付かれる前に幕を引こう。盛大で劇的な、フィナーレって奴で。
「さて。ラストダンスだ、前川」
俺は足元に亜空間を開き、そこに足先を突っ込む。そして、出口は前川の足元に作った。
俺を殺す事だけしか頭に無い前川は、単調な足運びで俺に近付く。
だから簡単だった。奴の足に俺の足を引っかけることは。
そして、
トンッ…。
俺に足を払われた前川は、大きくバランスを崩す。最初から前のめりだった彼は、盛大に、ノーガードで顔から倒れ込んだ。
ズサーッ…。
野球部もビックリなスライディング。顔を地面ですり下ろされる。それが丁度、俺の前で止まった。
暫し、静寂。
周りの誰も、何が起きたか分からず唖然としていた。
そんな中、前川が動く。モゾモゾと顔を上げ、その痛みで蹲る。まるで土下座をしているかのような格好で、俺の前で丸くなる。そこから、僅かに啜り泣く声が聞こえてきた。
周囲が、響めく。
「えっ?なに?何が起きたの?」
「コケたのか?あの前川が?」
「マジで?ダッサ。自滅したって事でしょ?」
「見事な顔面スライディングだったな。あっ、顔面スライディング土下座か」
チラホラと、周囲から忍び笑いが生まれる。
やがてそれが大きくなると、修道士達が慌てて駆け寄ってくる。前川を助け起こし、ヒールを掛けた。
審判が、手をクロスさせる。
「中止!中止です!試合は中止!皆さん、早く宿舎に戻って下さい!」
指示が飛び、修道士達は慌てて生徒達を誘導する。でも、生徒達からはまだ、笑い声が聞こえていた。
ふむ。俺も帰るか。
「クロー君」
俺がとぼとぼ帰路に立とうとしていると、修道士が近付いてきた。
何だ?イチャモンか?別に、負けでも良いぞ?
「着いてきなさい。イリーナ様が君をご指名だ」
……やっば。




