47話〜潰れろ〜
俺に殴られ、鼻から血を流す勇者。その様子を見て、観客席もガヤガヤと煩くなる。何が起きたのだと、席を立とうとしていた人達はつぶさに俺へ視線を向けてくる。
彼らの思いを、実況が代弁する。
『なっ、なんてこった!勇者レオが、倒されてしまったぞぉ!信じられない!あの冒険者は、一体何者なんだぁ!』
「クロードぉ!」
「クロードどのぉ!」
誰もが驚愕で目と口を大きく開ける中、シアさん達だけが応援してくれる。大手を振るう彼女達が、観客席でエラく目立っていた。
ありがとう。でも、まだこんなの序の口だ。
そうだろ?
俺は2人から視線を切り、床に倒れるレオに視線を向ける。その頃には奴も立て直しており、鼻血を拭きながらゆっくりと立ち上がった。
俺を、睨みつけてきた。
「何をした。どうして、俺のスキルが効かないんだ」
ああやっぱり、何かスキルを使っているのね?
そんな気はしていたから、俺は端から異能を使っていた。全身を覆う黒コートに、亜空間を開いて試合に望んでいた。
まだ奴のスキルは分からないけど、これで無効化出来る。どんな強力なスキルでも、当たらなければどうということはないのだよ。
さて、
「楽しもうじゃないか、勇者レオ君。ご自慢の勇者スキルだか何だかで、もっと試合を盛り上げてみたまえ」
「はっ!じゃあ、お望み通りにしてやるよ!」
レオはそう言うと、飛び上がる。はるか上空まで跳躍し、そこで宙に浮く。
『うぉおお!出たぁあ!勇者レオの飛行魔法だ!あんな高度な魔法を、一瞬で成功させた!流石は勇者!』
「「あぁあ!」」
「レオさま!」
飛行魔法。そんなものまであるのか。レオの奴は、魔法も得意なのかな?
それでどうするのかと見上げていると、レオがこちらに突っ込んできた。こちらに、剣を真っ直ぐに突き出してくる。
「串刺しになりたくないなら、無様に逃げ回るんだな!チェリーボーイ!」
なんだ。それだけか。
なら、
俺は構える。奴が突っ込んでくるのを見据え、亜空間を開く。そして、奴の剣先を捕らえた。
猛スピードで突っ込んできた奴を、微動だにせず捕まえた。
『受け止めたぁあ!勇者の一撃を、片手で受け止めてしまったぁ!偶然じゃない、これは、本当に強いぞ!あのEランク冒険者!』
「ぐっ、くっそ。動かない…っ!」
レオは何度も剣を引っ張ろうとするが、俺はそれを亜空間内で固定する。奴の引こうとしている力で、ガッチリ挟み込む。逆に、亜空間の中へと引き込む。
このまま、レオごと収納してやろう。
そう思ったが、レオは直前で手を離す。消えた剣を探すように、キョロキョロと俺の周囲に視線を這わせた。
ふむ。大事な剣だったのかな?なら、返してやるか。
俺は亜空間を開いて、奴の剣を飛ばす。レオは慌てて飛び上がり、それを避けて見せる。
ふむ。なかなか素早い。なら、これならどうだ?
俺はローブを広げ、そこから何本もの矢を飛ばす。
喰らいな。
「ショットガン・アロー!」
「「「おぉおお!」」」
観客が大きな声を上げる。貴族と言う立場を忘れ、試合に魅入っている様子だった。
そして、更に驚きで声を上げた。レオに向かっていた矢が、途中で止まっていたからだ。
俺が止めた訳ではない。奴のスキルだ。
「調子に乗るのもそのまでだ、チェリーボーイ。今度は、僕から行く」
空中で仁王立ちとなっていたレオが、手を突き出す。途端に、矢が俺の方へ返ってきた。
おっと。そう言う能力?
「これはチップだ!とっておけ!」
レオが手を振ると、フィールドの石畳がベキベキと剥がれる。石つぶてとなって、矢と共に俺へと向かってきた。
そんな事も出来るのか?
俺はフードを被り直し、背中を向ける。背中に開けた亜空間で、攻撃を全て飲み込んだ。
無傷。けれど、なかなかの威力だった。
もしかしたら、奴のスキルは…。
「やるねぇ、Eランク冒険者君」
レオは手を叩きながら、ゆっくりと降りてきた。
「そのコートが特別製なのか、それが君のスキルなのかは分からないけど、さっきの偽勇者よりはよっぽど楽しめたよ」
レオが笑みを作る。同時に、両手を突き出してきた。
「じゃあ、もう終わって良いよ」
その途端、レオの周囲に魔力が巡る。奴の目が、怪しく輝いた。
そして、
「潰れろ」
俺の全身に、下方向の強力な圧力が加わる。周囲の石畳が割れて、陥没していく。
空気圧?違う。圧縮の力ではない。これは引力。
「重力魔法か」
「正解だよ、冒険者君。僕のスキルは重力。僕の思うままに、その空間の重力を操れる。どんな魔物だって、ペッチャンコになってしまうんだ。勿論、君もねぇ!」
俺の周囲が大きく陥没した。地面まで削れ、固く変形していく。
だが、俺の足元は無事だ。全ての重力を亜空間に逃がす俺自身も。
これなら、幾ら重力を掛けられても大丈夫。そう思って構えていたが、俺にも変化が現れる。
奴の重力を反射していた筈の亜空間が、維持できなくなってきたのだ。上へと逃がしていた力が、急に横を向いた。
俺を、弾き飛ばした。
なんっ!?
「ぐっ!」
俺は吹き飛び、会場の壁に背中を打ち付けた。
久しぶりのダメージに、一瞬意識が揺らいだ。
なんだ?どうして急に、亜空間の制御が効かなくなった?
「「「おぉおお!」」」
『勇者レオの攻撃が決まった!冒険者を、壁際まで弾き飛ばしたぞ!これが勇者の力なのか!』
「凄い力ね!地面がめちゃくちゃよ!」
「いや、それに耐えていたあの冒険者も凄いぞ」
周囲から賛辞が飛ぶ中、当の本人は浮かない顔だ。何故俺が飛んだのかが、分からない様子。
ああ、そうだろうな。今のは完全に、俺の自爆だ。だから、先に理解せなば。
俺は炭ボールを取り出し、それをレオに向かって投げる。
投げたつもりだったが、それはレオよりも随分手前に落ちて黒煙を上げた。
…相変わらずのノーコンだな、俺の肩は。まぁ、今はこれでも良い。
俺は黒煙の中に亜空間を開き、そこから剣や槍をレオに向かって飛ばす。広範囲からの一斉攻撃だ。
『ここで、冒険者選手の反撃だ!黒いモヤを作り出したと思ったら、そこから武器が雨あられと飛んできた!伏兵か?モヤの中に軍隊でも居るのか?凄い量だ!』
「「「おぉおお!!」」」
「なんて凄い!これはスキルなのか?」
「新開発の魔法よ!きっと」
「どちらであっても異常だ!勇者に引けを取らない能力だぞ!」
観客達は大盛り上がりで、俺の評価を見直す。もうただのEランク冒険者と見ている者は居なくなっていた。
それは、目の前の男も同じ。俺の攻撃に、全く動揺を見せなくなった。自分に向かってくる凶器に、ただ手を上げるだけだった。
それだけで、奴の周囲が歪む。無数の武器が、地面へと叩きつけられた。
重力魔法。自身の周囲に重力をかけて、重力の盾を作り出したか。
だが、それが盾の内側ならどうだ?
俺は奴の真下を見る。そこには、仁王立ちになるレオの影がくっきりと見えた。
少し薄いが、問題ない。剣1本を繰り出すには十分な亜空間が作れる。
俺は奴との距離、位置関係をしっかり頭に叩き込み、亜空間を開く。
開こうとした。でも、それで開いたのは、影から1m近く離れた床の上だった。
なっ!?計算がズレた?
…いや、違う。ズレたのは空間だ。重力で空間が歪んでいるんだ。
だから、俺は吹き飛ばされたのか。
「ふっ、くふふ…」
それを見て、俺の口には自然と笑みが浮かんでいた。
これが、本物の勇者。俺の亜空間と同等のチート能力。
ああ、良いねぇ。久しく感じる危機感だ。
これぞ戦闘。これぞ異能。どちらが最後まで立てるのか…。
「勝負といこうか、勇者レオ」
「それは、こっちのセリフだぁ!」
レオも笑い、腕を振るう。今まで押し潰されていた武器や石畳が、一斉に俺へと向かってくる。
それを、俺も亜空間で吸収する。すぐさま、レオに向かって飛ばした。
『これは凄い!双方が異次元の攻防戦に突入だぁ!まるで戦争でも起きているみたいに、フィールドを無数の礫が行き交う!これこそ、勇者同士の試合!勇者の戦い!まさに聖戦だぁ!』
「素晴らしいわ!なんて高レベルな戦いなの!」
「これを見に来たんだ!ワシは!」
「あの冒険者は、何者なんだ!?」
大興奮の観客席では、貴族達が声高らかに歓声を上げる。拳を振り上げ「行け!そこだ!」と紳士淑女をかなぐり捨てる者も出てきた。
そんな中、俺は考える。この試合の攻略法を。
相手の魔力切れを待つ?いいや、不確実だ。
夜が来るのを待つ?馬鹿な、時間がかかり過ぎる。
では、どうするか…。
「そうだな…重力か」
俺は1つ思いつき、炭ボールを取り出す。それを矢に結び付けて、何発か奴の後ろに放つ。
何本もダメにしたけど、何とか奴の背後にも黒煙を出現させる事に成功した。
やっぱ、シアさんが居ないと不便だな。彼女を仲間に出来て幸運だった。
『冒険者選手が、攻撃の範囲を広げた!背後からも、勇者レオを討ち取ろうと苛烈な攻撃を仕掛ける!』
「無駄だよ!僕のグラビティスキルに、死角はない!」
レオは高らかに言い放ち、周囲の重力を更に強化する。奴の立っている所も、重力で押し潰されてしまった。
完璧なガード。それでも、俺は攻撃を続ける。伯爵から貰った武器は全部吐き出してしまったので、レオが作り出した破片を集めて、奴へと投げ飛ばした。
それを見て、レオが笑う。
「はははっ!武器が無くなって来たのか?こんな原始的な物しか投げられないなんて、流石はイエローモンキーだね!次は、バナナの皮でも投げるつもりかい?」
「文明を感じたいなら、こんなのもあるぞ!」
俺は亜空間からミスリルナイフを取り出す。
ヴィクトールさんから貰ったそれに、シアさんの炭を付ける。それを、亜空間で発射した。重力エリアに入ると同時、ナイフの周囲に亜空間を開いて重力を逃がす。
ナイフが、重力エリアを抜けた。
「うわっと!」
だが、その一撃は避けられてしまった。
レオは顔を強ばらせ、更に広範囲に重力バリアを展開する。
もう二度と、俺の攻撃は受けないと言う意志を感じる。
良いぞぉ。
「何を笑っているんだ、お前のひ弱な攻撃なんて、もう通さないぞ!」
「さて、それはどうかな?」
俺は更に黒煙をばら撒いて、笑みを浮かべる。両手を開いて、くくくっと笑う。
「勇者レオ。君が何処まで耐えられるか、見物だな」
「ははっ!無駄だよ、アジア人!お前の非力な攻撃なんて、僕のこの、最強のスキルの、前では、無力だ!」
レオは声を張って、アピールする。
だが次の瞬間、奴は片膝を着いた。
周囲が動揺する。
「「「えぇえ!?」」」
「なんだ、どうした?」
「攻撃か?」
「何も見えなかったぞ?」
その動揺は、本人の方が酷かった。
「はぁ、はぁ…なんだ?何がどう、なってる?お前は、僕に…はぁ、はぁ…何を、した?」
「言っただろ?勇者レオ。君が何処までこの"毒"に耐えられるかってな」
「毒?馬鹿な、嘘だ。僕は、はぁ、はぁ、僕のスキルは、はぁ、はぁ、毒も、通さない…」
「ああ、だろうな。お前のその能力は、全てを通さない。矢も、毒も…酸素ですらな」
「さんっ!?そ…」
レオは目を見開き、漸く理解したみたいだ。
奴を苦しめているのは、奴自身。全てを圧死させていた奴は、外気すら遮断していた。
そして、限界が来た。酸素濃度が低下した空間で、酸欠を起こしたのだ。
それが分かった途端、勇者レオは、
「かはぁああ!」
酸素を吸う為に、スキルを解いた。その肺一杯に、新鮮な空気を取り込んだ。
同時に、
「じゃあな、勇者様」
俺も、内側に入れてしまう。その絶対防御の内側に。
酸素を吸うのに夢中だったレオは、何も出来ずに受けるしか出来なかった。奴から受けた重力を加えた、俺の拳を。
その、顎に。
「グラビティ・ブレイカー!」
「ぐぶぅうっっ!!」
レオの身体が跳ね上がる。高々と空を飛び、そのまま床に叩きつけられた。
大の字になって、動かない。
動けない。顎を砕かれ、口からは真っ赤な泡を吐いている。白目を向いて、ピクピクしていた。
完全に、意識を失っていた。
『きっ、決まったぁあああ!!!』
「「「うぉおおおおおお!!!」」」
『勝ったのは冒険者!Eランクの冒険者が、まさかまさかの大逆転で、勇者レオを倒してしまったぁあ!!』
「なんて事だ!信じられない!」
「あの冒険者は誰だ!?何のスキルを使ったんだ!?」
「本当は、隣国の勇者じゃないのか?!」
まぁ、俺が誰なのかは気になるよな。
俺はフードを深く被り、残っていた黒煙に亜空間を開く。そこから去ろうとした。
でも、
「眷属様」
そこに、誰かが近付いて来た。
声の方を振り向くと…。
「マルガレーテ、さん?」
彼女が、フィールドに降りてきていた。
いや、
「ああ、眷属様。お探ししておりました」
彼女の様子は、何処か違っていた。
いや、これはもしかして…。




