45話~はっけーん!~
ダンジョン攻略の祭りの熱が冷めぬ中、王都は次の催し物に湧いていた。
そう、レガリス・グリモワール学園で開催される武術大会だ。
『皆様!本日は遠路はるばるお越しくださり、誠にありがとうございます!』
司会役の男性教諭が声を上げると、観客席からは一斉に拍手が鳴り響く。下町であれば歓声や野次なんかも飛んで来たと思うが、ここは貴族街のど真ん中。来場されている人達も貴族や豪族に類する人達ばかりだ。だから、声を上げるなんてはしたない真似はしないみたい。
…少なくとも、今のところはであるが。
『本日は特別に、各地でご活躍されている勇者の皆様にもお越しいただきました。初めに、ゲイルランド帝国からお越しいただいた勇者、レオ様です!』
来賓席で立ち上がり手を振るのは、金髪碧眼のイケメンな白人男性。かなり背が高く、でも顔は幼さを残している。
俺達と同い年か、少し上程度だろう。呼ばれる勇者は皆、若年層ばかりなのだろうか?
その青少年は、手を振り終えると着席する。すかさず、両側に座った女性を抱き寄せていた。
両側だけじゃないな。後ろにも前にも、沢山の女性を侍られている。それを誇るように、ほくそ笑んでいた。
女好きなのか?
「ハレンチな奴だ」
「はれんちって、なぁに?カーシェ」
俺の両側でも、美少女達の声がする。
…うーん。人の事を言えないぞ?
『続きましては、我らが王国の勇者様達です!』
「まぁっ!」「おおっ!」
貴族達でも声を上げる程、会場のボルテージが上がった。来賓席で前川達が立ち上がると、それは余計に熱を帯びていく。
司会の男性も、少し興奮気味に彼らを手で示す。
『もはや王都の誰もが知る存在となった勇者様達ですが、改めてご紹介いたします。難攻不落と言われていた大森林のダンジョンをクリアし、王都に迫っていた魔物達を全て消し去ってくれたのがこの勇者、マエカワ様とその一行様です!』
紹介されると、前川は胸を張ってみんなを見回していた。顔が高揚しており、少し足が浮いているように見える。
随分と有頂天な様子だな。クリオールで金貨をばら撒いていた時より、目が逝っちゃってるぞ?
そんな前川の後ろでは、一軍の奴らが小さく手を振っている。だが、その表情はかなり硬い。何とか頬を吊り上げているが、随分と肩身が狭そうな様子を見せていた。
ふむ。偽りの功績に気が引けているのか?そんなマトモな感性が、お前らにまだ残っていたんだな。
まぁ、今更だけどな。
『それでは開会のあいさつを、学園長先生から頂きます』
プログラムは粛々と進んでいく。学園長の挨拶の後、来賓からの挨拶としてロドリック陛下からも一言があり『存分に励む様に』みたいなことを言われていた。
思ったよりも若い国王でビックリした。まだ50歳にもなっていない男性で、隣に王妃とイリーナを侍らせていた。
…と言うより、イリーナの方が良い席に座っているな。やはりこの国、宗教に乗っ取られているのではなかろうか?
挨拶が終わると、早速武術大会が始まった。先ずは学園の生徒達によるタイマン戦闘が行われ、会場の真ん中に設置されたステージで、2人の生徒が互いに魔法を撃ち合っていた。
ふむ。こうしてみると、学年で大きな差があるのが分かる。1年生同士の戦いではなかなか魔法が成功しなくて、お見合い状態な時間が続く試合もあった。でも2年生にもなるとそんなことは無くなり、ちゃんと決闘の形を取っていた。
「ファイアボール!」
「ロックウォール!からの、ロックバレットですわ!」
その中でも、マルガレーテさんは頭一つ抜きん出ていた。土魔法による攻防一体のスタイルは、対戦者を次々と討ち取っていき、見事に優勝をつかみ取った。
「ブラヴァ!マルガレーテ。ネルトーク家の誇りであーる!」
向こうの方で、マリノス伯爵が家紋の入った旗をブンブン振っている。
まるで、小学校の運動会みたいな応援の仕方だな。ご家族揃って仲良しさんだ。
イリーナが変な目で見て来ているけど、気にしちゃだめですよ?マリノス伯。
『ここでランチタイムとさせて頂きます』
その声で、観客席の人達も一斉に動き出す。周りの声を聞くと、学園の食堂で特別なランチを用意しているとの事だった。
「あたし達も行こうよ!」
シアさんがワクワクする。
それに、カーシェさんが眉を寄せる。
「あの者達の中に突っ込むのか?なかなか骨が折れるぞ」
ふむ。それも一理ある。
人混みばかりで疲れただろうカーシェさんの事も考え、我々は会場近くの広場へ移る。芝生が青々と広がるその一角に黒カーテンを引き、2人を座らせた。
「さてお客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
「はーい!あたし、ハンバーガーが良い!」
OK。ハンバーガーね。
俺は黒カーテンの中央で亜空間を開き、そこに保存していたハンバーガーを出現させる。
どうよ。猫型ロボットもビックリなグルメ黒カーテンだ。俺が取り込んだものしか出せないけどね。
「すっごーい!本当に出て来た!」
シアさんは手を叩いて喜び、早速かぶり付く。
それを、カーシェさんは不思議そうに見ていた。
「シア殿。その、ハンバーとは何なのだ?」
「食べてみれば分かるよ」
うん。何を言っているか分からんが…取り敢えず、ハンバーガーもう一つ追加ね。
今まで食べたことない料理だったが、カーシェさんは恐る恐る口に付ける。何度か咀嚼して、ゆっくり頷く。
「うむ。不思議な味だ。少々味が濃い気もするが…悪くない」
「そっか。エルフの人達は薄味が好きなんだね」
そうなのか。カリーダさん達はめっちゃ喜んで…あっ、冒険の最中で汗をかいていたからか。
こりゃ、大森林に2号店をオープンさせようとしたら、味を少々研究してからの方が良いだろうな。
俺用のハンバーガーも取り出して、3人でモグモグしていると、こちらに誰か近づいて来る。
あれは…なんだ?ご令嬢の集団か?いやでも、その中心に居るあの金髪は…。
「あはははっ!そうなのか、シルヴィ。そいつは傑作だ!」
「でしょ?レオなら気に入ってくれると思ったわ」
間違いない。勇者レオとその取り巻きだ。
レオさんは隣を歩く美女と会話しながら、周りの女性達にも話しかける。それに、周囲の女性達は必死に頷いたり、話しかけようとアピールしていた。
なんと言うか…あまり楽しそうじゃない集団だな。女性達が互いに牽制し合っているぞ?
まぁ、俺には関係ない。
そう思って、手元のハンバーガーに視線を落としたその時、
「わぉっ!めっちゃ可愛い子、はっけーん!」
頭上で、声が掛かる。見上げると、件の勇者がこちらを指さした。そして、周りの女性を押しのけて、こちらに近寄ってくる。我々の前に立って、両手を突き出して来た。
「やぁ、君達。こんなところで、何をしているんだい?ランチなら、僕が一緒に付き合ってやるよ」
「お気持ちだけで十分です」
何を言っているんだ?この人は。今、そのランチの真っ最中だろう。
そう思うも、俺は笑顔で断る。でも、レオ青年はこちらを見ない。シアさんとカーシェさんを交互に見て、クイクイっと手で急かした。
それに、シアさん達も困った顔を返す。
「だから、嫌だって言ってるじゃん」
「私達はここで十分だ」
「またまた、恥ずかしがっちゃって。ほら」
レオは「ははっ」と笑いながら、シアさん達の腕をガシッと掴む。そして、無理やり引っ張り始めた。
おう。そいつは違うだろ。
「手を離して下さい。勇者様」
俺は立ち上がり、彼の腕を掴む。すると、レオはワザとらしく目を開いて見せた。
「うわっ、驚いたぁ。どっから出てきたんだ?このイエローモンキー。まさか、サーカスから脱走したのか?」
レオがおどけて言うと、後ろの取り巻き達はクスクス笑う。
反対に、シアさん達は顔を真っ赤にした。
「違うわよ!クロードはお猿さんなんかじゃない!」
「取り消して貰おうか。勇者レオ」
カーシェさんも怖い顔で睨む。
おっと、こいつは不味いな。こんな所で喧嘩になったら、ネルトーク家に迷惑がかかるぞ?
俺はレオの前に割り込んで、2人を背中に隠す。すると、レオは眉を上げる。
「そこを退きなよ、薄汚いアジア人。彼女達の様に魅力的な子は、君みたいな底辺男には勿体ない。僕がたっぷり可愛がってあげるよ」
「勇者ともあろうお方が、随分とゲスな物言いですね。それでは、後ろのガールフレンド達に愛想を尽かされるのではありませんか?」
「ガールフレンド達?違う違う」
レオは笑って、後ろを振り返る。
「彼女達はただの友達さ。この街で出会って、顔が良いから一晩を共にしただけさ。ああでも、真ん中のシルヴィは別かな?彼女は結構気に入ってるから、現地妻にするつもりだ」
いけしゃあしゃあと語るレオ。俺達を振り返り、ゲスな笑顔でシアさん達を見る。
「君達も結構いい線いってるよ。頑張って僕に尽くすなら、2号と3号にしてやっても良いよ」
ああ。こいつはダメだ。完全に、権力に溺れてやがる。こういう奴に関わるのは損でしかない。
俺はそう判断し、レオに背を向ける。2人に「行こう」と声をかけて、その場を去ろうとする。
でも、
「こらこら。ドロボーはイケナイよ」
軽い口調で、レオがこちらに手を伸ばしてくる。途端に、強烈な威圧感を感じた。
「……っ!」
「クロード!」
あまりの圧力に、俺は膝を折る。それを見たシアさんが、慌てて介抱しようと近付いて来た。
「大丈夫!?どうしたの」
「どうした、だと?」
なんだと?シアさんには、この威圧感が伝わっていないのか?
いや、シアさんだけじゃない。カーシェさんも、取り巻きーズも、誰も感じていない様子だった。
俺だけ?ならこれは、勇者レオのスキルなのかもしれないぞ?
ならば…。
俺は亜空間を開こうとする。
でもその前に、レオの威圧感が消えた。見上げると、奴がほくそ笑みながら俺を見下ろしていた。
「ほら、分かったでしょ?こんなダサいモブ男なんて見切りをつけて、僕と一緒に行こうよ。そっちの方が、絶対に楽しいよ」
「……」
ニヤニヤ笑うレオを無視して、2人は俺を支えて立ち上がらせる。そして、レオを無視して歩き出した。
ああ、済まない2人とも。俺とした事が、油断した。
「ああ、良いさ!」
去ろうと思っていた我々の背中に、レオが言葉を吐く。
「君達に見せてあげるよ。僕の強さって奴を。それできっと分かると思うよ。誰に付き従った方が、君達の幸せかってね」
レオはそれだけを言って、後ろで待たせていた女性達を引き連れて会場の方へと戻って行く。
その背を見て、カーシェさんが腕を摩る。
「なんだ?あの忌々しい男は。人族はあんな奴も居るのか」
「ええっとね…あんな凄いのは、あたしも初めて見たよ」
そうか。みんなは初めてか。
俺は覚えがある。過去の記憶に、思い上がったハーレム野郎の姿が残されている。そいつも最終的に、レオみたいな男になった。
奴もそうなのだろう。特別な力に溺れ、己を見失っている。最強と謳われるが故に、自身の小ささを忘れてしまう。
「関わり合いたくない相手。だが…」
それが俺に…俺の仲間に牙を剥くなら仕方がない。
「次は、しっかりと相手してやろう」
小さくなって行く背中に、俺は覚悟を決める。




