40話~ぷっ!ぷははは!~
【グルァアア!!】
像よりも大きな灰色の虎が、私に向かって強烈な敵意を放つ。牙を剥き、そのまま猛烈な勢いで突進してくる。四肢に風を纏い、あっという間に目の前まで迫って来た。
口を大きく開け、鋭利な牙で噛み付いて来た。
【ガァア!】
「危なっ!」
クロード殿に背中を引っ張られ、私は後ろへと倒れ込む。その目の前を、聖獣様の牙が通過する。何とか避けられたと思ったら、彼が纏っていた風に私達は吹き飛ばされた。
クロード殿が、私を庇って壁に激突してしまった。
ガコンッ!
「クロード殿!」
「大丈夫ですよ!」
大きな音がしたのに、彼は元気に返事をする。
本当か?と思って見てみると、彼の背中にはいつの間にか大きな盾が背負われていた。それを前に掲げて、私の前に出た。
そこに、聖獣様が迫る。見上げる程巨大な体で、クロードの盾に突っ込んで来た。
ガギンッ!!
衝突。
余りの勢いに、盾はひしゃげて潰れてしまった。
でも、そこまでだ。聖獣様の巨大な体が、盾1枚によって止められていた。聖獣様は怒り狂って吠え散らかすも、クロード殿は1歩も退かない。身じろぎもしない。
なんて…力をしているんだ。
人間離れしたクロード殿の力に驚愕していると、彼が私を振り返る。片手で聖獣様を抑え込みながら、もう片方の手で怒れる獅子を指さす。
「あのぉ~、隊長さん。こちら、本当に聖獣様で合ってますか?もしかして、良く似ている魔獣だったりしません?」
「いや、聖獣様で間違いない。この膨大で透き通った風の魔力は、あの方以外にあり得ない」
私がそう叫ぶと同時、その魔力が膨れ上がる。彼の体から、無数の風が解き放たれた。
不味い!
「シルフィールド!」
私は即座に、風の防御魔法を展開する。それとほぼ同時に、風の刃が四方八方に乱れ飛んだ。天井を切り裂き、地面を穿ち、あらゆるものを切り裂く。私が張った風の防御結界も、たった2発でバラバラに切り裂かれてしまった。
一発一発が、上級以上の強力な攻撃。
でも、
「開け」
クロード殿が手を伸ばすと、私の目の前に大きな穴が開く。その穴が、私へと殺到していた風の刃を全て呑み込んでしまった。
シア殿の方を見てみると、こちらと同じ様に大穴が空いて、彼女を守っていた。
なんてことだ。クロード殿の技は、聖獣様の魔法ですら呑み込んでしまうのか。
これなら、何とでもなるのでは?
そう思った私の前で、クロード殿は苦虫を噛み潰す。天井を見て、苦言を漏らした。
「不味いな、こりゃ。時間が無いぞ」
時間が?
見上げると…エアーカッターでズタズタに切り裂かれた天井が見えた。そこから、ポロポロと切り裂かれた石クズが落ちてきていた。
くっ。聖獣様の攻撃で、ボス部屋自体が崩壊し掛かっている。このまま攻撃され続けると、生き埋めにされてしまうぞ。
私が、何とかせねば!
「クロード殿!私が聖獣様を宥める。その間、私を守ってはくれないか!?」
「ええ、勿論。助かります。なら、こんなのはどうですかね?」
こんなのと言って、クロード殿は聖獣様に向けて手を伸ばす。そこに、多数の盾を出現させた。
その盾が、聖獣様に向けて一斉に殺到した。
「盾・密集形態!」
【グルゥウ!】
数多の盾に全身を押さえつけられた聖獣様は、煩わしいとでも言うように声を上げて身じろぎしようとする。でも、完全に抑え込まれて動けなかった。
「今です!隊長さん!」
「ああ!」
私は頷き、聖獣様の前に駆け寄る。彼は私を見て唸り声を上げるも、それだけだ。
よし、これなら。
「聖獣様。どうか怒りをお鎮めて下さい。私共の罪を、どうかお許しください…」
私は何度も許しを請いながら、彼の魔力と波長を合わせる。彼の思いに寄り添い、帰ってきて欲しいと願う。
そうすると、彼の荒ぶっていた波長が少しずつ落ち着いて来る。剥きっぱなしだった牙も納めてくれて、柔和な笑みが浮かぶ。
ああ、聖獣様。こんな私をお許しに…。
【ぷっ!ぷははは!】
安心した私を、聖獣様が笑い飛ばす。頬がニマァッと耳まで引き上がり、気持ち悪い笑みをつくりあげる。
私を見降ろす。
【許せ?鎮める?帰って来い?全くもって見当違い!滑稽、笑止、大・爆・笑!】
「なっ!?」
なんだ、これは?こんな…聖獣様がこんな風に喋るなんて、私は知らない。
何が、起きているんだ?
【おやおや?どうしたんだい?エルフの少女。私にもっと、喜劇を見せてくれないのか?】
立ち尽くす私を見て、笑みを深める聖獣様。
そんな私の前に、黒い影が割り込む。
クロード殿だ。
「そう言うあんたは、誰なんだ?」
【なんだ?人間。私が誰かなんて、そこのエルフが言っていた事だろう?】
「ああ、そうだな。その体は聖獣様の物だ。だが、その中に入っている意識は違う。聖獣様を操っているお前は誰だ」
操る?
聖獣様は、誰かに操られているってことか?
「クロード殿。それは、本当なのか?」
「ええ。だって、魔力の波長が聖獣様の物なんですよね?でも、この喋り方には覚えがない。そして、いるべきダンジョンの魔王がここに居ない。そこから導き出される答えは…」
「魔王が、聖獣様を操っている」
私の答えに、クロード殿が大きく頷く。そして、聖獣様を指さす。
「ここまで来る間に、魔物は全て倒した。そして、先ほどの風攻撃は全方位を無作為に放たれたもの。つまり、このダンジョン内で魔王が隠れられる場所はもうない。そこを除いて」
「聖獣様の、体?」
「ええ。つまりここのボスは、憑依型の魔物。ゴーストや悪魔、それに類する物でしょう」
クロード殿が言い放つと、聖獣様は【はっ!】と鼻で笑う。そして、怖い笑みを向けて来た。
【それが仮に真実として、君らに何が出来るんだ?私が憑依している限り、君達は私に触れることすら出来ないんだぞ?】
「そうだな。では、これでどうだ?」
クロード殿が手をかざすと、無数の槍が出現する。その内の数本が、聖獣様に突き刺さった。
ばっ!
「止めてくれ!クロード殿!聖獣様が消えてしまう!」
「殺しはしません。奴が憑依を止めたくなるように、痛みつけているだけです」
「それでもだ!」
それで聖獣様が人間を恨んでしまったら、憑依が解けても敵対してくる恐れがある。
何より、聖獣様が嬲られるなど心が痛い。彼は、勇者達を庇って捕まったのに。
【随分と無粋な観客だが…特別に教えてやろう。そんな事をしても、私は一切ダメージを負わない。苦しんで死ぬのは、君達が愛するこの白虎だけだ】
「随分と悪趣味な魔王だな」
【お褒めに預かり恐悦至極。ではサービスして、もう1つ楽しいショーをご覧に入れよう】
聖獣様の体から、黒い魔力が流れ出す。それが私の方へと流れてきて…。
何かは分からんが、良くない物だ。易々と近付けさせるか!
「シルフィールド!」
風の防御で、そのモヤは吹き飛ぶ。
見せかけだけか?そう思った私だったが、すぐにその意味を理解する。
防御を解いた瞬間、私の肩に矢が突き刺さった。
「がぁっ!」
遅れて、焼ける様な痛みが走り、私はその場で膝を着く。肩を抑えながら、矢の飛んできた方を睨みつけた。
「…シア、殿」
「はははっ!良い反応をするねぇ。パフォーマーとしては、最高の賛辞だよ」
高笑いするシア殿は、明らかに何時もの彼女ではない。完全に、魔王によって操られていた。
憑依出来るのは、1人だけじゃないのか…。じゃあ、あの黒いモヤを食らっていたら、私も。
「さぁ、さぁ、少年。今度はどうするつもりだ?虎と違い、この人間は簡単に死んでしまうぞ?どうやって助けるつもりだ?」
「それはこちらのセリフだぞ?魔王。この程度で勝ったつもりとはな」
クロード殿が私に近付く。刺さったままの矢の先端を手で覆うと、完全に私の肩を貫いていた矢が消えてしまった。そして彼は、闇の中から回復薬を取り出して、私の方に掛けてくれた。
治療まで出来るのか、君のスキルは。
「どうだ?魔王。君の憑依には確かに驚かされた。だがそれだけ。俺の魔法の前では、一切の脅威にもならない。君はそこで指を咥え、俺がダンジョンコアを呑み込む様を見ていると良い」
クロード殿はシア殿に背を向け、歩き出す。
そこに、「待った」がかかる。シア殿が、自らの首に矢の鏃を押し当てていた。
「私のショーはこれからだよ?お客人。これが喜劇か惨劇になるかは、君の態度次第だ」
「動けばシアさんを殺すってか?」
「大・正・解。私は幾らでも、この少女を殺す手段を持っている。君が動くより早く殺せる。そして…」
今まで静かだった聖獣様が動き出す。体から、膨大な魔力が溢れ出した。
「君達も殺せる。この精霊の魔力を使う事でな!」
聖獣様の魔力が、放たれる。膨大な量のエアカッターが、私達に向かってくる。
それに、クロード殿が動く。闇の魔法を広範囲に展開した。
「亜空間!」
闇は次々と、風を呑み込んでいく。
でも、聖獣様の攻撃は止まらない。攻撃する範囲が更に広がり、シア殿まで巻き込み始める。
「くっ!」
クロード殿は歯を食いしばり、更に闇を広げる。
かなり苦しそうだ。額から脂汗が落ち、突っ張った両腕は震えている。次第に、呼吸が荒くなっていった。
それを見て、シア殿が笑う。
「ぷっはっはっは!どうした?少年。辛そうだな。こっちはまだまだ魔力があるぞ?こいつは大精霊だからな。人間のお前とは訳が違う。お前の魔法が如何に優れていようと、これだけ無茶をすれば綻びが出来る。自分の魔法を過信したんだよ!お前は!」
「くっそ…」
クロード殿はもう、反論すら出来なかった。ただ、悔しそうに顔を歪めるだけ。
それでも、私達を守る魔法は解除しない。自分だけを守るなら楽なのに、それをしない。
聖獣様を見捨てたあの者達とは、まるで違う。ああいう者達が人族であって、勇者という存在なのだと思っていた。けれど、そうではなかった。クロード殿こそ、本物の勇者なのだ。
「ぐっ…!」
そのクロード殿が、短く唸る。途端、壁になっていた闇魔法の一部が消え、そこからエアカッターがすり抜ける。それが、私の方へと飛んできた。
くっ。防御が、間に合わない。
やられる!
その痛みを想像し、私がつい目を瞑ってしまった、その時。
「ぐぁっ!」
クロード殿が、私の前に飛び出した。飛んできたエアカッターを、その背中で受け止めた。
「クロード殿!」
私は駆け寄り、彼を抱き寄せる。
だが、彼は反応しない。すぐにヒールで回復させるが、顔が真っ青で冷たくなっていた。
し、死んでしまった!?いや、まだ呼吸はある。魔力欠乏か。
「いやはや。やっと力尽いたか」
シア殿が歩いてくる。
いつの間にか、聖獣様の魔法も止んでいた。
シア殿が、私達の前で止まる。その体から、黒い魔力を漂わせた。
「シルフィールド!」
私は再び、風の結界を張ろうとした。でもそれは、聖獣様の攻撃で呆気なく吹き飛んでしまう。
無防備な我々に、黒い靄が近づく。ぐったりとしたクロード殿の体に纏わりつき、私が必死に払おうとしても取れなかった。
やがて、彼が徐に立ち上がった。
その顔に、歪な笑みを浮かべた。
「なんと粗悪な体だ。この少女よりも魔力が少ないとはな。まぁ、だが」
クロード殿は腕を伸ばし、闇魔法を発動する。
口が裂けそうな程の笑みを浮かべた。
「この能力は良い。素晴らしい力だ。万物を無力化し、万人を超える性能を持つ、万能の能力」
「クロード、殿…」
そんな、嘘だ。クロード殿まで、憑依されてしまった。
私の嘆きに、彼が顔を上げる。
私を、見下ろした。
「丁度良い。君達には、この能力の実験体になってもらおう。私の新たなショーを、苦痛と絶望の悲鳴で満たしてくれたまえ」
喋る魔王…憑依。
本当にこれが、本来の魔王なのでしょうか?
「本来、正常。狂ったこのダンジョンの中で、そのような言葉は無意味である」




