39話~もしかして君は~
【グヒィ…】
【ガギャギャ…】
私の目の前に、獰猛な魔獣達がひしめき合う。
つい先程と同じ状況で、死ぬ思いをしたばかり。だと言うのに、私は同じ死地へと飛び込んでいた。
違うのは、私は1人ではないと言うことだ。
「……っ!」
私の左腕を掴む人族の少女が、何か言いたげに私を見上げる。少し興奮した面持ちで、魔物を指さし目をキラつかせた。
まさか、魔物を近くで見て感動しているのか?なんてお気楽なんだ、君は。逆に怖いぞ。
そして、反対側の手を掴むのは、黒いローブを頭まで被る人族の少年。
彼は真逆で、その真っ黒な瞳には輝きの欠片も写していない。目の前の光景に、なんの感情も湧かない様子であった。
そっちの方が怖い。クロード殿はこの状況、何でもないと思っているのか?
私はそこで立ち止まる。2人にもインビジブルの魔法を掛けているので、喋ることが出来ず目だけで合図を送った。
すると、クロード殿が魔物の方を向いて構えた。
とうとうやるんだな?この場所で。攻撃を始めたら、インビジブルは解けてしまう。人の放つ殺意を、精霊様は嫌うから。
なので一発勝負になるが…本当に大丈夫か?確かに、クロード殿のスキルで私は助かったが、今はあの時よりも魔物の数が多い。人族である彼の魔力は、果たして足りるのか。
私は、本当に人族を信じても良いのか…?
「開け」
私が迷っている間にも、クロード殿が手を前に突き出して言葉を紡ぐ。その声を聞いて、魔物達が過敏に反応する。
でも、襲ってこない。奴らが動く前に、その足が暗闇に埋まっていた。
やがてそれは腰まで呑み込み、すぐ頭のてっぺんまで暗闇の中へと呑まれてしまった。
たった数秒の出来事。それで、あれだけ居た魔物が全部消えていた。加えて、私のインビジブルはまだ解けていなかった。
どう言う事だ?
訳が分からなくて、私はつぶさに彼を見つめてしまう。すると、彼が目を丸くして見返してきた。「おぉ」と、感嘆を漏らす。
「凄いですね、この隠遁魔法。全く気付かれずに倒せましたよ」
「いやいや、凄いのは君の方だろ!」
はしたなく叫んでしまったが、仕方ない。クロード殿の力が異常過ぎるんだ。
インビジブルは、敵意だけでなく他の魔法を発動させても解除される。仮令それがヒールやアンチドートだったとしても、1発で姿が現れる。
だと言うのに、彼の闇魔法では解けなかった。
何故だ?彼のこの技は、魔法ですらないのか?魔法でも、殺意も無い攻撃手段?そんな物があるのか?
「クロード殿。君は何者なんだ?」
「冒険者ですよ。何処にでもいる普通のね」
クロード殿は肩を窄めてそう言うけど、信じられない。ただの人族が、これ程の力を持っているなんてあり得ない。
人族は器用貧乏だって、おじい様もお父様も言われていた。魔法ではエルフに遠く及ばず、筋力では獣人族に負ける。手先だって、ドワーフ達と比べてしまえば見劣りする。
何でもできるけど、何にも秀でていない種族。それが人間。そう、教えられて来た。
だと言うのに…。
「12階への階段あったよ!クロード」
「ちょっと待って、シアさん。降りて直ぐの天井に、ベノムスライムが張り付いているみたい。端っこを歩くようにして」
「はーい」
…なんで、階段下の様子まで分かるんだ?魔法も使ってないのに。
あまりに異常だ、クロード殿の力は。私が見聞きした人族の特徴に、全く当てはまらない。
…いや、全くではないな。唯一、思い当たる人物達が居る。
勇者だ。
先日里に現れた、未熟な勇者達ではない。吟遊詩人が語る、本物の勇者だ。その者達は、遠い異国の地から呼ばれ、人知を超えた力を有すると言う。
ある者は、岩でも水でも、空気ですら切り裂くと言われる。
ある者は、過酷な世界に身を置いても、鼻歌混じりで生還すると言われる。
そしてある者は、空を中に飛び、雲すら超えて星まで届くと言われる。
眉唾物だ。おじい様はそう言われていた。非力な人族が見る、哀れな空想の産物だと。
だが、クロード殿のそれは、まさに歌で聞いた勇者達を思わせる。
「あっ!罠踏んじゃったっ!……けど、何も起きないね?」
「起きてるよ。ほら、毒矢が飛んできてたから、回収したんだ」
「わぁっ!ありがと、クロード。流石だね」
毒矢の罠を踏んだのに、当たる前に回収したってことか?そんな事、獣人族だって出来ないぞ。
やっぱり君は、勇者なのではないか?そう言えば、数日前に現れた自称勇者の子供達も、彼と同じ髪色だったし…。
「隊長さん」
「えっ?あっ…」
突然、クロード殿が振り返って話しかけてきたので、私は慌ててしまった。いつの間にか、彼の背中を見詰めてしまっていたみたいだ。
私としたことが、恥ずかしい…。
私は取り繕う為に、背筋を伸ばして平然とした態度を取った。
「どうかしたか?クロード殿」
「はい。あの、聖獣様の特徴を教えて頂けますか?探そうにも、お姿が分からないと呑み込む恐れもありますので」
「えっ!?」
私は驚いてしまった。
それに、彼も慌てて手を振る。
「ちっ、違いますよ?既に、呑み込んでしまったって事ではなくてですね。そうなってしまう恐れもあるってだけ…」
「ああ、いや。済まない、クロード殿。そう言うことで驚いたのでは無いんだ。ただ、君が聖獣様を探そうとしてくれることに驚いたのだ」
だって、彼には何にも関係のない事だから。これは、私達エルフと、黒髪の勇者共の問題。
私達がもっとしっかりしていたら、聖獣様を失うなんてなかった。奴らが普通のオーガにすら手こずっている時点で、勇者の器ではないと跳ね除けるべきだった。
なのに、イリーナと勇者共の言葉を信じてしまった。「大丈夫、楽勝」なんて軽口に応じたから、こんなことになってしまったのだ。
我々が招いた事態。だから、彼が手伝おうとしていることに驚いた。
こんな過酷な状況でも手伝おうとしている。やはり、君は…。
「クロード殿。もしかして君は、勇者なのではないか?」
「えっ?ゆう、しゃ?」
クロード殿はポカンと口を開け、目を瞬かせる。
あれ?
「違ったか?てっきり、君も勇者の1人で、それで責任を感じているのかと思ったのだが…」
「ええ、そうですよ」
やっぱりそうじゃないか!
軽く言い放つ彼に、私は肩透かしをくらう。嫌な汗を拭った。
「全く、ビックリしたぞ。あんな呆けた顔をするから、私が間違っているかと思って焦ってしまった」
「済みません。でも、僕は勇者ではないですよ。スキルも適正もありませんので。でも、勇者召喚で呼ばれた点は合っています。聖獣様を置いてけぼりにしたという、あいつらと一緒にね」
やはり、それで責任を感じていたのか。
でも、スキルも適正も無いだと?では、あの暗闇は一体…?
「それで、隊長さん。聖獣様はどのようなお姿なのでしょう?」
「あっ…ああ、そうだったな。その話だったな」
私としたことが、しっかりせねば。
「聖獣様は大きな虎のお姿をされている。真っ白い毛皮に、数多の風を纏った凛々しい白虎だ」
「白虎ですか。それなら大丈夫です。呑み込んでません」
「ああ、分かっている」
君の力に呑み込まれたとしたら、きっと力を感じなくなるだろう。
聖獣様の力は、確実に強くなってきている。気のせいか、彼の荒れた心も感じる様だ。
もう少しだ。
そう思い、私は一歩を踏み出そうとした。
でも、それはクロード殿によって止められる。彼が私の足元を指さす。
「気を付けて下さい、隊長さん。罠がありますよ」
「あっ」
しまった。明らかに地面が盛り上がっているじゃないか。
うぅ…恥ずかしい。
私が顔を伏せると、それをクロード殿が覗き込んで来る。
どうした?
「何とか魔法で探知できないものでしょうか?ちょっと見えやすくするだけでも良いんです」
「見えやすく?」
そうだな。それだけであれば…。
「こんなのはどうだ?」
私は心の中で精霊様に呼び掛けて、風の魔法を右手に纏わせる。それで、フロア中の土を吹き飛ばした。すると、罠の凹凸がより分かり易くなった。
少女が手を叩く。
「すっごーい!これなら、あたしでも分かるね!」
「こいつは素晴らしい。隊長さん。フロアに入ったら毎回、これを実施してくれませんか?」
「ああ、分かった。だが…そうすると、魔物の方は君達に頼むことになってしまう」
インビジブルと床掃除、それに魔物退治にまで魔力を割くと、流石の私でも厳しい。
それでも大丈夫だろうかと、クロード殿を見上げる。すると、彼は「お任せください」と胸を叩いた。
そして、本当にやってのけた。
現れる魔物を次々と、暗闇へと落としていく。
「えいっ!とりゃっ!」
少女…シア殿も見事だ。クロード殿が呑み込めなかった飛行系の魔物を、見事な弓術で闇の中へと撃墜していった。
危なげなくダンジョンを進み続け、気付けば15階層に辿り着いていた。目の前には、下へと降りる階段。そこを降りると、魔王が待つ部屋への扉が聳え立っていた。
なんてことだ。まさか、ここまで辿り着けるとは。しかも、まだ1日も経っていないぞ?
「隊長さん」
扉を見上げていると、クロード殿が近付いて来る。言い難そうに眉を寄せる。
「ダンジョン内をくまなく探しましたが、聖獣様らしき姿は見えませんでした」
「ああ、分かっている。あの方はこの中だ」
ここまで来れば嫌でも分かる。扉越しに感じる彼の存在感を。そして、荒ぶる彼の思いも。
人族に見擦れられ、エルフに裏切られ、相当お怒りの様だ。
「やはりそうでしたか。一刻も早く助けたいと、隊長さんは思っているでしょう。ですが、少しだけ準備の時間を頂いても宜しいでしょうか?」
「それは、勿論だ」
何を当たり前のことを。
そう思って頷くと、クロード殿は心底安心した顔をした。
私が反対すると思って、緊張していたのか?君の力でここまで来られたのに、なんて謙虚なんだ。これだけの力を持っていると言うのに…。
「クロード殿。私が手伝えることがあれば、何でも言ってくれ」
「おぉ。それは助かります。では…」
クロード殿は私に、シア殿と一緒に弓を射るようにと指示を出す。
良く分からぬが、私は素直に従う。2人と共に、真っ暗な穴に向ってひたすら矢を撃ち続けた。
…何故だろう。何か、恐ろしい片棒を担がされている気がしてきた。
そんな事を暫く行った後、我々は休憩に入る。交代で休憩して、十分に英気を養った。
そして、
「では、行きましょう」
「はーい!」「うむ」
クロード殿を先頭に、我々は扉を開ける。
途端に、乾いた風が我々の間をすり抜ける。何処か懐かしい風だ。
これは…。
「聖獣様だ…!」
私は自然と、歩みを進めていた。聖獣様を求めて、一歩、また一歩と。
でも、何処にもあの方の姿は見えない。見えるのは、ただ陰鬱な洞窟の壁だけ。里の大講堂よりも大きなその空間で、私達の足音だけが木霊していた。
どういうことだ?ボスが居ない?
「クロード殿。これは…っ!」
2人を振り返った瞬間、私の背を突風が押し返す。あまりの強さに、私は転びそうになった。
それを、クロード殿が支えてくれた。
「大丈夫ですか!?隊長さん」
「ああ、済まない。だが…」
この風…泣いている。
怒っている。苦しんでいる。
この風は…。
「聖獣様…」
【グルルゥ…】
風が、唸る。
壁に当たり、鍾乳石に当たり、唸り声のように聞こえた。
その風が、部屋の中央で逆巻く。激しく回り、地面を穿ち、砂を纏った。
灰色に濁っていたその風は、徐々に形を作り出す。大きな影。鋭利な牙、立派な体格。
その姿は、巨大な虎。
「聖獣、様?」
お姿は、聖獣様によく似ている。
でも、まるで異なっていた。
白銀に輝いていた体は鈍色にくすみ、鋭利な牙を剥き出しにする。その口からは狂ったように低い唸り声を上げ、目は血のように真っ赤だった。
何が…一体、何が起きているんだ…?
変わり果てたお姿に、私は呆然と立ち尽くす。
そんな私に、真っ赤な双眼が向く。アギトが、大きく開かれた。
【グルゥアア!!】




