37話〜随分と食い意地が張ってるな〜
「準備は良いか?」
「「おうっ!」」「「はいっ!」」
「おっし。行くぞ!」
カリーダさんの号令で、我々は階段を降りる。そして11階層に降りると同時に陣形を組み、攻撃を開始する。
降りた先が、モンスターハウスだって分かっているからね。兎に角、初動で何処まで減らせるかが勝負の分かれ目だ。それで押し返されるようだったら、セーフティーゾーンまで退却して態勢を整える算段だった。
まぁ、ボスがボス部屋から出ている時点で、セーフティーゾーンも安全とは限らないんだけどね。
でも、それを気にする必要はなかった。
カリーダさん達の魔法と、エルフとシアさんの射撃。それに俺の亜空間攻撃で、フロアの敵は壊滅状態となった。残った奴らも、俺がこっそり亜空間の中に落として始末しておいた。
やっぱり、エルフ達を助けて良かった。連携さえ取れれば、彼らは十分に使える戦力だ。
「おい。おかしいぞ、カリーダ。罠が少ねぇ」
勝利の余韻に浸っていると、不穏な会話が聞こえてきた。
えっ?罠が?それって…。
「本当か?カルカ」
「ああ。魔物の巣にしては、だがな」
斥候のカルカさんが、床に這いつくばって唸る。そのまま、スタスタと部屋の中を歩いて見せた。
おお、確かに。9階層で見た巣では、3歩歩いたら罠があった。なのに、ここにはカルカさんが誘発させた3つだけ。
それじゃあ…ここは…。
「魔物の巣ではなかった?」
「俺も同じ意見だぜ、クロード。だが、それだと余計に厄介だ」
ええ、そうですよね。
俺はカリーダさんの言葉に頷く。
巣ではないのに、魔物の密度は巣と同じくらい濃かった。つまりこれが、このフロアの通常状態であり、ここから下層は全部、この濃度で魔物が存在すると言う事だ。
そう言えば、マリノス伯爵も言ってたよな。11階層から下の魔物を間引いてくれって。それがまさか、こういう事だったとは…。
俺は閉口し、みんなは「おいおい」と口を半開きにする。
「これが普通だって?冗談じゃねぇぞ」
「カリーダ。マジで進むのか?今の戦闘で、魔力の半分は持ってかれた」
「15階層どころか、あと3部屋ももたねぇって」
弱音を吐く彼らだが、その意見は尤もだ。タダでさえ最上位種の魔物が出現し始めたと言うのに、その上この密度は鬼畜の所業。
俺の亜空間も、彼ら全員を守るのは流石に厳しい。
「クロード。他もこんなもんか、見ちゃくれねぇか?」
カリーダさんに頼まれて、俺は目を瞑る。
隣の部屋も、その隣の大部屋も、かなりの数の魔物がひしめいている。通路を歩く魔物すら、列を作っている状態だ。
いやはや。
「似たようなものですね。フロア中で、魔物がパンパンに詰まっています」
「そうか。なら」
「あれ?」
フロアを見回していた俺は、つい言葉を漏らしてしまう。それにカリーダさん達は「今度はなんだ?」と、慣れた様子で戦闘態勢に移行した。
ああ、済みません。そんな危険な状態じゃないんですよ。ただ…。
「魔物の動きが活性化しています」
「活性化?」
「ええ。フロアや通路でたむろっていた個体が、急に動き出しました」
そう言うと、カルカさん達が「うへぇ」と声を上げる。
「マジかよ。もう、俺達を嗅ぎつけたのか?」
「いえ、そう言う訳ではなく…」
魔物が向かっているのは、こちらの方向ではない。寧ろ、反対側の部屋へと向かっているように見えた。
なんだ?そっちに何がある?
俺は更に調べようと、もう片目も閉じる。そして、魔物が大集結しつつある大部屋に目を凝らす。
すると…。
「人です。人影が動いてます。1人の…女性かな?」
「隊長だ!」
俺の言葉に、エルフが叫ぶ。そのまま俺の方へと駆け寄って来て、両肩を揺する。
「頼む!人族…いや、クロード殿!我々を、そこへ導いてくれ!」
「道は我々が切り開く!」
分かった。分かったから、体を揺らすのを止めてくれ!座標がズレるだろうが。
「じゃあ、最短ルートで行きますんで、皆さん付いて来て下さい」
「「了解っ!!」」
目を血走らせるエルフにせっ突かれて、俺は11階層を走り出す。
頼むから、間に合ってくれよぉ~。
〈◆〉
【グヒィ…】
【ガギャギャ…】
私の目の前を、獰猛な魔物達が通り過ぎる。それに、私はただ息を殺し、精霊に祈りながら岩の隙間に挟まっている事しか出来ないでいた。
そこに隠れながら考える。何故、こんなことになってしまったのかと。勇敢なエルフの戦士たちと共に挑んだ筈なのに、気付けば部隊は壊滅し、私は1人飛ばされてしまった。
ここは、何階層なのだろうか?上位種の魔物ばかりだから、10階層より下なのは分かる。オークジェネラルとブルーオーガも居るのを見るに、最深階層の15階という可能性すらある。
もしもこんな所で、インビジブルの魔法が切れたら終わりだ。魔物達は容赦なく、私を殺すだろう。生きたまま食べられるかもしれない。
そう思うと、堪らなく怖い。今すぐにでも走って逃げたくなる。
でも…そんな事したら、足音で見つかる。だから、ここから動けない。
「……」
だからと言って、私は何を待っているのだ?エルフの戦士団が助けに来るとでも?
無理だ。転移させられる時に見ただろう。彼らはもう居ない。あんな混乱状態で、生き残りが居るとは思えない。
もしも誰か生き残っていても、所詮、私はお飾りの隊長。精霊達に誠意が伝わる様にと、おじい様から押し付けられた軽い神輿。そんな私を、助けに来るとは思えない。
思えないけど、自害は怖くて出来ない。私はまだ、心の中で「もしかしたら」という思いを捨てきれない。
頭痛が始まった。魔力が残り少ないんだ。
死にたくない。こんな所で死にたくない。家に…里に帰りたい…。
枯れたと思った涙が溢れ出し、私は震える口を必死に抑えた。
と、その時。遠くで何か物音がした。爆発音。次いで、魔物の叫び声が聞こえた気がした。
魔物同士で争っている?いや、もしかしたら、誰かが助けに来てくれたのかもしれない。戦士団が、ここまで降りてきたのか?
楽観的だと、自分でも思う。でも、気持ちが抑えられない。助かるかもという希望が、私を突き動かしていた。
その結果、私は洞窟の壁に腕を擦ってしまった。そこから、僅かに血が滲む。しまったと思うより早く、魔物達がこちらを振り返った。
しまった。早く、ヒールを…。
【ウガァア!】【ギャハハハ!】
ダメだった。
私の血を嗅ぎつけて、魔物達が雄たけびを上げる。見えてない筈なのに、血走った目が私を捉える。鼻を鳴らし、こちらに近付いて来る。
猛然と、こちらへ突っ込んできた。
不味い!
「ぐぅっ!」
私は転がり、何とか魔物達の攻撃を避ける。魔物達は壁に激突し、何体かは押し潰されて絶命した。
でも、転がった拍子にインビジブルが解除されてしまった。フロアの端に居た魔物まで、私を見て涎を垂らし始めた。私の血を求めて、ゆっくりこちらへ近付いて来る。
「くっ、来るなぁ!」
恐怖でつい、叫んでしまう。抜刀した剣が、小さくカタカタ震えていた。
そんな私を見て、魔物達が舌なめずりをする。その中から1匹のゴブリンが飛び出し、私に迫る。
素早い。ゴブリンアサシンだ。
【キシッ】
アサシンが飛び上がる。私の首を狙って、短剣を振り上げた。
でも、振り下ろす前に、
スパンッ!
アサシンの頭に、矢が突き刺さった。見覚えのある羽根飾り。
これは…。
「隊長!」
「カーシェ!」
フロアの入口で、声が上がる。
私が一番聞きたかった、仲間達の声だ。
「ここだ!私はここだ!」
私は叫んでいた。
恥も外聞もすっかり忘れ、ただ千切れんばかりに手を振った。
「隊長だ!あそこにカーシェ様が居るぞ!」
「カリーダ殿!頼む!」
「おうっ!やるぞ、お前ら!」
驚いたことに、そこに居るのは戦士団だけではなかった。半端者と忌み嫌われるハーフエルフの冒険者達と共に、共闘していた。
部隊が壊滅し、彼らの力すら借りなければならなかったのか?
いや、仮にそうだとしても、どうやってここまで来たんだ?エルフに劣る彼らが、どうやって10階層のボスを超えた?
「おらぁ!こっちだ魔物ども!」
分からないが、助かった事に違いは無い。カリーダ達が声を上げると、私を狙っていた魔物達もそちらに気を取られる。何匹かは、向こうへと流れてくれた。
助かった。
そう思った矢先、私の前に大きな陰が割り込んだ。
【グァア〜】
トロールだ。
奴の大きな体が、カリーダ達の姿を見えなくする。折角、私から目を離そうとしていた魔物達も、私へと向き直ってしまう。
ヨダレを垂らし、こちらに近付いて来る。
「いっ、嫌!」
私は、少女のように叫んでいた。
握っていた剣も何処かに飛んでいき、私は尻もちを着いて後退する。でもすぐに、背中が壁で押し返された。
もうこれ以上は逃げられない。
恐怖が倍増していた。助かると思ってしまったから、それが潰えて余計に怖くなった。
死が。
魔物達の殺意が。
「助けて!誰か、助けてぇ!」
泣き叫ぶ私に、魔物達が笑みを深める。まるで、私の恐怖を食らう様に、口を大きく開けた。
凶悪な牙が、私に迫る。
あっ、いや、ダメ…。
私の心は折れかけた。
と、その時。
「おやおや。随分と食い意地が張ってるな」
声がした。
私の後ろ…壁しかないそこから、楽しげな声が。
馬鹿な。幻聴か?
そう思ったが、私の目の前に小さな穴が開いた。真っ暗な小さな穴が幾つも、幾つも。
その穴から何かが飛び出す。光を鈍く反射するそれは、槍だった。
銀色に光る槍。それが穴から飛び出し、トロールの口へと飛び込んだ。
ブシュッ!
槍はトロールの口を貫き、そのまま頭を貫通して串刺しにしてしまった。
「前菜はお気に召したかな?」
また、後ろから声。
有り得ない。
そう思いながら後ろを振り向くと、そこには少年の上半身があった。耳の短い、あの情けない勇者達と同じ黒髪の少年。それが、壁から”生えていた”。
えっ?
ええっ!?
ご、ゴースト!?
「きっ、君は…」
【【グォオオ!!】】【【アギャギャ!!】】
私の声は、魔物達の怒号で掻き消される。一斉に、私達へと襲いかかってきた。
その絶望的状況に、少年はゆらりと壁から出てくる。私の前に立ち、地面に手を着いた。
迫る魔物の群れを見上げて、ニヤリと笑った。
「団体様ですね?なら、バイキングは如何でしょう?」
途端、床が真っ黒に染まる。そして、その黒い床から何十、何百と刃が突き出てきた。
剣、槍、モーニングスター。
それらの刃が、迫っていた魔物に突き刺さる。
魔物達は首を、胴体を、目玉を貫かれ、その場で磔にされた。
たった一瞬で、飛びかかってきた全ての魔物が駆逐された。
なっ、何が、どうなって…。
「これは…これを…君が、やったのか?」
「さて、どうでしょう?」
少年は一瞬こちらを振り返るも、またすぐ前を向く。彼が立ち上がると、突き出していた武器が地面へと沈み、散らばっていた魔物の素材も闇に呑まれた。
そうして全てが消えてしまうと、洞窟の中は静かになった。魔物で溢れていたフロアが、いつの間にか綺麗サッパリ片付いていたのだ。
「なんてことだ。あれだけの魔物が、こんな一瞬で…」
夢なんじゃないかと、私は思った。あまりに絶望的な状況に、私は妄想の世界に居るのではと。
でも、
「隊長!」
「カーシェ様!」
駆け寄ってきた3人のエルフが、私の肩をグワングワン揺らす。そのせいで、頭痛が酷くなる。肩の傷も開き、痛みがぶり返す。
ああ、分かった。夢じゃないのは分かったから、いい加減揺らすのを止めてくれ。
そして、夢よりも非現実的なこの状況を、誰か説明してくれ。
まさか、あの隊長さんが生きていたとは。
「インビジブル。危険な魔法だ」




