31話〜あの勇者達とは違って〜
床に散らばったドロップ品と矢を亜空間で回収しながら、俺はダンジョンコアなるバカデカ宝石に近付く。
コアの下には石の台座が設置されており、コアはそこから数十cm上に浮かんでいた。何かに吊られている風でもないし…飛行石みたいだ。色は黄色だけど。
「はぁ…済みません。取り乱してしまいましたわ」
気持ちの整理が着いたらしいマルガレーテさんが、胸を押さえながら俺の隣に並ぶ。でも、俺の手に王冠があるのを見て「本当にクリアしたのですね…」と呟いていた。
しまったな。彼女の門限を気にして速攻で終わらせたけど、一瞬で終わらせてしまったから実感が湧かないみたい。経験値的にも、もう少し彼女達に出番を残すべきだったか。
「コアの使い方でしたわね?コアに手のひらを乗せて、魔力を流します。すると、ダンジョンの入口に戻る事が出来ますわ」
ま、魔力を?
「あのぉ〜。それって、魔力適性Eの俺でも出来ますかね?」
「もうっ、クロードさん。冗談はよして下さいまし。……本当ですの?」
本当ですの。
俺が頷くと、マルガレーテさんは信じられないと首を振る。
その顔やめて。地味に傷付くから。
こりゃ、俺だけ亜空間で戻るかな?
そう思った矢先、シアさんが俺の片腕に抱き着く。そして、もう片方の手でコアにタッチする。
「これで、クロードもあたしの魔力使えないかな?」
「どうだろうな?」
表皮から魔力を伝達するって事だな?出来そうな気もするけど…柔らかい物が腕を挟んでいる。
理性が飛んだら危ないから、早めにやってしまおう。
体は高校生なんだ。だから…あまり攻めた真似はよして欲しいな。
「そ、それではみゅ…皆さん。魔力を流しますわよ」
顔を真っ赤にしたマルガレーテさんが、噛みながら号令をかける。それに合わせて魔力が流れると、コアの方からも何か入ってくるのを感じる。
同時に、コアの光が一段と強くなって我々を包む。目を開けていられなくて閉じると、体が何かに引っ張られる感覚を覚えた。
うぉお。これがテレポートか?
亜空間とは違う移動方法に、俺は内心感動していた。
でも、その感覚はすぐに終わる。
光が収まり、俺は目を開けた。暫く周りの景色がボヤけていたけど、徐々に目が慣れて来る。
そこは、ダンジョン入口前の芝生だった。日が少し傾き、オレンジ色の空が広がっていた。
本当に戻ってきた。しかも、シアさん達も一緒だ。亜空間じゃ、こうは行かないな。
まだ抱きついたままのシアさんに、俺は声をかけようとした。
でも、その前に、
「「はぁ?」」「「えっ!?」」
声がした。後ろから幾つも、驚いた様な声が。
何かと思って振り返ると…。
何人もの生徒達が、俺達を見て目を見開いていた。
「い、今、こいつら、光の中から現れたぞ?」
「テレポート?そんな高度な魔法…」
「違うぞ!お前ら。今のはダンジョンコアのテレポートだ!俺は3年前、勇者レオがダンジョンクリアしたのをこの目で見たんだ!」
1人の上級生が声を上げると、周囲のザワ付きは更に大きくなる。「クリア?」「うそ…」と疑わしげな目を向けて来る者もいた。
でも、すぐに。
「掲示板を見ろ!クリア者一覧の方だ!」
別の学生が、後ろの大きな3つのボードを指さす。そこには沢山の名前が書かれていたが、1番左のスカスカなボードに文字が走り出す。
〈2年次、016番、マルガレーテ・ネルトーク〉
〈不明、不明、シア〉
〈不明、不明、クロード〉
へぇ。俺の名前、黒戸でも黒井でもなく、クロードで登録されるんだ。あれかな?ギルドの申告が役所の申告みたいな感じで、この世界ではこっちが正になったのかな?
これは、イリーナ達にバレなくて助かる。
変な部分を気にする俺を置いて、周りは「すげぇ!本物だ!」と興奮気味に歓声をあげる。
「2年生でクリアだと!?なんて奴だ!」
「シアとクロードって誰?有名な冒険者?」
「あっ!お前達、ギルドに居た奴らじゃないか!オーガとか大量に狩ってた、ヤバいEランク冒険者達だ!」
「「ええっ!?」」「オーガ?」「Eランクで?」
おっと。ギルドに居たクソガキーズじゃないか。ここの生徒だったのか。
ザワザワする学生達。その間を掻い潜り、1人の男性がこちらに近付いて来た。
土気色の肌に粘っこい視線。
タレイラン先生だ。
「何の騒ぎだ、諸君。武術大会は来月まで禁止であるぞ」
「タレイラン先生!ダンジョン踏破者が出ました!」
「…なにぃ?」
先生は低い声で呻き、ボードを振り返る。そこに刻まれた名前を見て、目を釣り上げて震えた。
そして、俺達の方へと大股で近付いて来た。
俺達の前で止まり、震える声を吐き出した。
「何をした?吾輩の掲示板に、どんな細工をしでかした」
「細工なんてしていませんわ、先生。皆さんが見ていますので、お疑いならお聞きになって」
マルガレーテさんが前に出て、後ろの人達を手で指す。すると、みんなも「見たぞ!」「光の中から出てきたのよ!」と援護してくれた。
先生が腕を振る。
「黙れ!授業の評価を下げるぞ!」
うっわ。横暴だ。
こう言う奴は、口じゃ分からない。しっかり、現実を見せないと。
俺は1歩前に出て、マルガレーテさんに並ぶ。背中を見せる先生に、手を差し出した。
「先生。こちらをご覧下さい」
「次はなんっ、うん?それはっ…!」
俺の手のひらに乗った王冠を見て、先生の顔色が土気色に戻った。
俺は笑顔を向ける。
「もしもまだお疑いでしたら、こいつを狩った時の状況をお話しても宜しいですよ?どのように戦い、どのように攻略したのかを、事細かに」
「やめよっ!」
先生は叫ぶも、目が泳ぎまくって明らかに動揺していた。
そうだろうよ。ここでネタバレされたら、単位の質が大きく落ちるものな。苦労して調整しているあんたなら、それは是が非でも避けたい筈。
さて、どうする?
「……ふんっ。もう良い。そこまでちっぽけな誇りを誇示したいのなら、良い場所を用意してやろう」
「場所ですか?」
「そうだ」
先生は口だけ笑みを浮かべる。
「来月開かれる武術大会で、その場を設けてやる。そこで、君の蛮勇を存分に振るうと良い」
「武術大会大会とは、年に1度行われる学園の催しですわ。他校や有名人をお呼びして、生徒達の実力を披露致しますの」
マルガレーテさんの馬車に乗せて貰いながら、彼女に解説をしてもらった。
貰ったけど…それって学生じゃないと出場出来ないんじゃないの?
「勿論、トーナメントは学生だけですわ。ですが、お呼びした来賓の方々による、特別試合が開かれますの。その1人として、クロードさんをお呼びするのではないでしょうか」
「特別試合ですか…」
なんか、嫌な予感がするな。準備しておこう。
「そう言えば、父がクロードさんを呼ばれていましたわ。準備が出来たとか」
「えっ。もう出来たんですか?」
半月くらいはかかるかと思ったけど、まさかこんなに早いとは。
嬉しい誤算に、俺はホクホク顔でネルトーク家へとお邪魔する。すると、庭には作り立ての武器がズラっと並んでいた。
槍に剣に、矢にモーニングスター。みんな教会のより数段出来栄えが良い。タワーシールドも重厚だ。これなら、ロックバレットでも貫けないだろう。
「ありがとうございます、伯爵様。思っていた以上の出来です」
「当然の事であーる。ボロックの件だけでなく、娘のダンジョン攻略まで手を貸してくれたのだ。こんな物では、まだまだ足りないのよ」
えっ。もうその事までご存知とは。
流石は伯爵。王都の貴族は、耳の速さも重要なのだろう。
彼は本当に感謝しているみたいで、武器だけでなく大量の食料や医療品も用意してくれた。
そして、出発前の晩餐会まで開いてくれた。
ただ…。
「そこでお2人は、並み居る魔物を次々と貫かれて…」
「ファンタスティコ!まるで勇者様みたいであーる!」
そこで披露される話題は、学園ダンジョンの事で持ち切りだった。しかも、マルガレーテさんの脚色がふんだんに盛り込まれ、英雄譚の一説かと思えてしまう程の物。
いや、分かっているよ。俺の亜空間特性をボカす為に、あえて激闘を偽っているのはさ。でもな、もうそれ、原型が留まってないんよ。
「羨ましいぞ、メグ。俺達も同行したかったぜ」
「ホント、ホント。私達とも潜って頂きたいわ」
お兄さんお姉さんまで便乗して、俺に無茶を言ってくる。
それを、伯爵が止める。
「お前たち、はしたない真似は止めるのであーる。クロード君達は大切な指名があるのだからして」
伯爵が俺を真っ直ぐに見る。その目には、何処か熱の様な物が込められていた。
「君はもしかしたら、本物の勇者様かもしれないのね。この前来た、あの勇者達とは違って」
違う?どう言う事だ?
「その勇者…様達に、何かあったのですか?」
「何も無いのよ。だから余計に、残念なのであーる」
伯爵が言うには、前川達の攻略は芳しくないのだとか。既に大森林のダンジョンには到着しているものの、そこからの攻略がなかなか進まないとの事。
「風の噂では、3階層の時点で逃げ帰って来る日もあるとの話だ。少なくとも、5階層のミドルボスを突破したと言う物はないのであーる」
「同じ団のエルフ神官から聞いたぜ。エルフの族長が、それに対してかなり怒ってるってな。なんか、随分と調子のいい事を言ってたらしいぞ?我が国の勇者様達はよ」
お兄さんからも教えて貰い、俺は頭が痛くなった。
前川の奴だろうな。エルフは美形だろうから、美人なお姉さん相手に大きく出たんだろう。俺がすぐ攻略してやるとか、攻略したら宝を寄越せとか言いそうだ。
「もっとここで修行させるべきであった。だがイリーナ様がお急ぎだったので、私は何も言えなかったのよ。クロード君達みたいに学園ダンジョンを試していれば、もう少し先に進めたかも知れないのだが」
「ただ遊ぶだけでしたものね、あの人達。それだけの実力があるのかと思っていましたのに…」
うわ。そんな感じだったのか、あいつら。
マルガレーテさんの報告に、俺は天井のシャンデリアを見上げる。
あいつら、教会での訓練以外で何もしていないんじゃないか?ただの高校生が、それでダンジョン攻略なんて出来ないだろう。
イリーナは何を焦っているんだか。
「クロード君」
伯爵は俺のところまで歩いてきて、俺の両肩に手を乗せる。
真剣な顔で、俺を見詰める。
「君には、大いに期待しているのであーる。10階層のボスを討伐し、11階層からの魔物を間引いて欲しいのであーる。そうすれば、大森林から漏れ出す魔物の数は、大きく減るはずなのね」
「クロードさん」
マルガレーテさんまで真剣な眼差しを向けて来る。
俺は頷く。
「はい。お任せ下さい」
翌日。
散々飲み食いをさせて貰ったネルトーク家から出ようとすると、待ったが掛かった。
何かと思っていると、玄関前のエントランスに1台の馬車が横付けする。そして、その先には…。
「大森林までの護衛を、騎士団に依頼したのね」
白銀鎧に身を包んだ、1個大隊が並んでいた。
うっそ…。これで、エルフの自治領まで送ってくれるってこと?
「伯爵様。こんな所までご準備くださり、何と言って良いか…」
「うっふっふ。であーるからして、当然のことなのね。ダンジョン攻略をお願いする訳だから、しっかりとサポートさせてもらうのよ」
伯爵はニヤリと笑い、馬車の後ろに続く荷台を指さす。
「食料と水はどうするのであーるか?積みはしたが、君なら…」
「ええ」
俺もニヤリと笑い、黒カーテンを取り出す。それを荷台に掛けて、亜空間に取り込む。
カーテンを回収して荷台の上が無くなると、整然と並んでいた騎士団が「「おぉお!?」」と動揺した。
伯爵が笑いを堪える様に「おっほん」とワザとらしい咳をする。
「諸君!この方達はただの冒険者ではない!学園のダンジョンを最速でクリアし、ボロックを捕らえるのに多大な貢献をされた英雄であーる!そして次は、大森林に赴かれる!諸君らの任は、お2人を確実に届ける事であーる!英雄の覇道を、諸君らの手で切り開くのであーる!」
「「おぉおお!!」」
おお。士気が一気に上がった。
流石は、武家の当主。
「クロード君」
伯爵が静かに並び、俺に耳打ちする。
「皆にはこう言ったが、君が焦る必要は無いのであーる。君は君のペースで、攻略するがよろしい」
「ありがとうございます、マリノス伯爵」
俺は伯爵と、集まったネルトーク家のみんなに挨拶をする。
そして、大森林へと向かう。
白銀騎士達と、シアさんと共に。




