30話〜すぐに終わらせます〜
「明るい…広〜い…影がな〜い…」
3階層に降りてすぐ、クロードは立ち止まってか細い声を漏らす。さっきまで真っ直ぐだった背中も、少しだけ不安げに丸まっていた。
明るいもんね、ここ。クロードの魔法は暗くないと力を発揮出来ないから、不安なんだよね?
よし。まっかせて!
「クロード、あのポンポン貸して。もしもの時は投げるから」
「うん?ああ…助かるよ」
クロードは少しだけ表情を緩め、沢山のポンポンボールを渡してくる。
そんなに持てないんだけど…それだけ不安って事だよね?
あたしは腰袋に入るだけ受け取り、彼から黒マントも受け継ぐ。これで完璧。イザって時は、彼が守ってくれる。
…どうやっているのかは、まだよく分かってないんだけどさ。
「2人は俺の後に付いて来てくれ。なるべく俺と同じ足跡を辿るようにな」
緊張気味に指示を出すクロード。それに、マルガレーテちゃんが「あの…」と遠慮気味に手を挙げる。
「オープン型のダンジョンでしたら、罠はありませんわよ?」
「なぬ。そうなのか」
へぇー。あたしも知らなかった。1回授業に出ただけじゃ、まだまだ知らない事がいっぱいなんだなぁ。
罠が無いと分かったクロードは、少しだけ歩幅を広げて進む。時々立ち止まって片目を瞑るけど、これは周りの様子を見ている時にやる奴だ。上の階層でもやってたけど、今はあれより時間が掛かっている。
きっと周りに影が少ないから、確認に時間が掛かっているんだ。鳥も飛んで無いし、上から見えなくて苦労しているみたい。
何か、役に立つのは無いかな?
あたしも一緒になって、周囲を見回す。すると、空に何か浮いているのが見えた。目を凝らすと、それが翼をはためかせているのが見えた。
鳥かな?あれは使えそう!
「クロード!鳥みたいのが上に居るよ!」
「上?何処だ?」
クロードも見上げるけど、見えないみたい。
不思議だよね。壁の向こうも見えちゃうクロードだけど、こう言う時はあたしの方が先に発見するんだもん。
明るいと目が見えなくなるの?フクロウかな?
あたしは「そこ、そこ」と指をさし、クロードに場所を教えようとする。
その時、マルガレーテちゃんが硬い声を出す。
「ダンジョンに鳥なんて居ませんわ。居るのは、魔物だけ」
えっ?
「じゃあ、あれ…」
あたしが驚くと同時、
【キャキャキャ!】
甲高い笑い声が響き、そいつが急降下してきた。
それは、ゴブリンが羽を生やした様な姿をしていた。コウモリの羽。
「インプか!」
クロードは素早くあたし達の前に出て、片手を空に構える。次の瞬間、その手のひらから槍が飛び出し、インプの胴体を突き刺した。
やった!
「まだ来ますわ!」
マルガレーテちゃんに言われて、反対側の空を見る。すると、そこには沢山のインプが羽ばたいているのが見えた。あまりに多くて、空が黒く見える程だ。
マルガレーテちゃんが悲鳴を上げる。
「早く森の中へ!」
「いや、間に合わない!」
クロードがそちらに構える。そして、あたしに手を差し出す。
「シアさん!俺に向かって射れ!撃ちまくれ!」
「えっ」
一瞬、あたしは考えそうになった。どう言うことだろうって。
でも、すぐに考えるのをやめた。あたしが考えたって、何も分からない。クロードが言うんだもん。そっちが正解だよ。
「分かった!いっくよー!」
あたしはクロードの背中に向かって、いっぱい矢を射る。矢はクロードの背中に刺さらず、何処かに消えてしまった。
そうしている間にも、インプ達がこちらに迫る。甲高い声であたし達を笑い、一斉に降下してきた。その鋭い爪を向けて、あたし達を狙う。
その直前、クロードが両手をインプに向けた。
そこから、沢山の矢が飛び出す。
「ショットガン・アロー!」
矢は広がる様に飛んでいき、迫っていたインプに次々と刺さって行く。
頭に、翼に、胴体に。
矢を受けたインプは、為す術もなく落ちてくる。地面に叩きつけられると同時に、魔石と翼を残して消えていった。
【キキィー!】
生き残ったインプが、慌てた様子で逃げて行く。
ふぅ。何とか助かったみたい。
「助かったよ、シアさん。ナイスショット」
「えへへ。そうかな?」
クロードに褒められると、なんか嬉しい。あたしでも彼の役に立てるんだって、安心する。
でもさ、あたしが輝けるのは、クロードのお陰なんだよ?君があたしを引っ張ってくれたから、ダンジョンでも怖くないんだ。
中途半端な魔法しか出来ないあたしでも、君は大丈夫なんだって教えてくれた。この魔法が、役立つって言ってくれた。
だから、あたし…。
「もっと頑張るから。だから、どんどん進もう!」
「ああ、そうだな」
怖くても、難しくても、君について行くから。
もう、何も出来ないあたしに戻りたくないもん。
〈◆〉
「いっくよー!えいっ!とりゃ!」
「いいぞぉ!シアさん」
「えへへ」
3階層の魔物を、尽く返り討ちにする2人。その姿を、私はただ呆然と見ていた。
いえ、サボっている訳ではありませんわ。私だって覚悟を決めたんだから、2人の役に立ちたい。でも出来ない。ここの魔物は、尽く空を飛んでいるから。
「また来たよ!今度はクラゲ!」
「スターゲイザーだ。ええっと…触手から雷魔法を落とす為、真下に入らない様に注意しましょう…だそうだ!」
「分かったー!」
クロードさんは魔物の知識も豊富で、私が何か言う前に的確な指示を飛ばしていた。
何かを読んでいるみたいな言い方は気になりますが…シアさんは気にする素振りも見せず、素直にそれに従っている。
「えいっ!それっ!」
「良し!そのまま、前面は頼む。側面は俺が受け持とう」
あれだけの数が浮遊していたのに、見る見る内に消えてしまうクラゲ達。私が手を出す間もなく、戦闘が終わってしまった。
とてもスムーズな攻略。だと言うのに、2人に慢心する様子もない。特に、クロードさんは緊張した面持ちで、周囲の警戒に当たっていた。
「良いか?2人とも。戦闘を終えた今が一番危険だ。集中力が途切れやすく、奇襲を受けやすい。疲れたら早めに申告してくれ」
確かにそうなんですけど…不思議ね。普通なら、暗くて罠もある2階層の方が緊張するのに、彼はこの階層の方が慎重だ。
魔物の危険度が高いから?それとも…やっぱり、彼の能力に関係しているの?
「あっ、また何か来たよー!」
「よし。良いぞ、シアさん。俺の後ろに下がって」
そして、これも不思議な事の1つ。クロードさんは過剰な程、シアさんを大切にしている。まるで恋人…いえ、子供や孫のように、身を挺して守ろうとしている。
もしかしてご兄妹?ですが、髪色も違うし顔も似ていない。そもそもクロード様の髪色は、ここら辺では珍しい黒。まるで、先日いらした勇者様達みたいに…。
「あっ!あっちに階段発見!」
「えぇっ!」
うそっ!?
もう?
「ふぅ、やっとか。長かった」
「長くない!長くないですわ!」
私はつい、感情のままクロードさんに反論してしまった。
でも…仕方ありませんわ。何せ、兄達ですら攻略するのに1年を要した3階層を、初見でクリアしてしまったんですもの。飛行型魔物という厄介なのを相手に、無傷どころか近付けることすら許さないなんて…。
この人達、異常過ぎますわ…。
「この下がボス?」
シアさんが階段を覗き込み、今にも降りそうな姿勢を見せる。
私は慌てて、彼女の腕を掴んだ。
「お待ちなさい!この下は、卒業生でも殆どの人がクリア出来なかったボスが居ます。十分に準備をしなければ、怪我だけでは済みませんわ!」
実際に、ボスへ挑んで大怪我を負う生徒ばかりだ。中には、すぐ逃げ帰って、二度とダンジョンへ入れなくなる生徒もいるくらい。
試験だから、中に何が居るかは分からない。けれど、先輩方をそうさせるだけの脅威が待ち構えている筈だ。
「ここまで来るだけで十分過ぎます。学科の単位が10個も貰えるんですから」
「だが、俺達の目標は卒業じゃない。大森林だ」
クロードさんは私の横を通り過ぎ、階段へ足を踏み出す。
「行こう。休憩と準備は、扉前の方が取りやすい」
「分かったー!」
2人はスタスタと階段を降りてしまう。
ああ、もうっ。
渋々彼らについて行くと、目の前には大きな赤い扉が立ち塞がった。最終ボス前の扉。話に聞いていたより、何倍も禍々しい。
私達はそこで、暫しの休憩を取る。
私はずっと気が張っていたから、倒れるみたいに階段へ座り込んでしまった。だと言うのに、2人は弓の練習を初めてしまう。何度も暗闇に向かって矢を射って、休憩する素振りも見せない。
疲れていませんの?あれだけの魔物を倒したのに。
「よし。そろそろ行こうか」
結局、休憩は軽い食事だけで終わらせて、2人は扉の前に立つ。私もそれに従うと、扉が勝手に開いた。
クロードさんが私を振り返る。
「この状態なら、入って良いんですよね?」
「ええ。10人までなら入れますわ」
10人入ると、扉は自動的に閉まる。そうなったら、外からは開かない。中の人が攻略を諦めるか、魔王を倒すまでは。
私達が中に入って暫くすると、扉は勝手に閉まる。目の前には、1,2階層と似た薄暗い洞窟が広がる。端が何処まで続いているか分からないくらい広い空間内の先に、金色の光が見えた。
そちらへと行くと、それは巨大な魔石だと分かる。
小高い岡の上で、宙に浮いたひし形の魔石。それが、ダンジョンの中を淡く照らしていた。
これが…。
「ダンジョンコアですわ」
「ほぉ、これが」
「キレイだねぇ〜」
呑気に呟くシアさん。でも、その通りですわ。不思議と、見ているだけで吸い込まれそうな魅力がある。
そうして、宝石の様なそれに目を奪われていると、その宝石の前に小さな影が生まれる。子供の様な体型に長い耳。そして、こちらを見る黄色い目。
ゴブリンですわ。
【ギョグギガ。ギンゲン】
ゴブリンが笑う。
岡の上で座り、私達を見下ろす。そして、頭に帽子を乗せた。
…違うわ、帽子じゃない。あれは…。
「王冠みたいだね?」
「ああ、その様だな」
王冠を被るゴブリン。
ゴブリンロード。
【ジョグン!グガゲノジガンダ!ジバヅリニジド!!】
【【【ギャハハハハ!!】】】
突然、幾つもの笑い声が生まれる。
右から左から、前から奥から、幾つも幾つも影が生まれ、目の前の空間を埋めていく。
あっという間に、ゴブリンの大群が目の前でひしめいた。
なんて…数…。
「退きましょう、クロードさん!一旦退いて、体勢を立て直すんです。囲まれたらお終いですわ!」
向こうの数は優に100を超える。しかも、広範囲に広がっていた。魔法で倒すにしても、上級の更に上、極級魔法でないと対処出来ない。
扉前に陣取って、少しずつ減らすしかない。
そう思って彼に手を伸ばしたのに、
「いえ、すぐに終わらせます」
彼はそう言って、軽く手を上げた。
そのまま、天井へと手を伸ばす。すると、そこに生えていたヒカリゴケが暗闇の中へと消えた。天井に、大きな穴が出現した。
真っ暗な、奈落の底の様な大穴。
そこから、
「降り注げ。アロー・レイン」
矢が降ってきた。
何本も、何十本も、何百本も。
まるで主戦場の最前線のような矢の大雨が、ゴブリン軍団の頭上へと降り注いだ。
【【【ギィヤァァア!】】】
笑い声が、悲鳴に塗り替えられる。あれだけいたゴブリン達は、たった数秒の間に消え去ってしまった。
残ったのは、大量の魔石。それと、
【グギギ…ギンゲンガァ…】
そこに取り残された、孤独なロードだけ。
その王に向かって、クロードさんが右手を真っ直ぐに向ける。
静かに、宣言する。
「チェックメイト」
直後、その手から槍が飛び出し、ロードの眉間を撃ち抜く。
ロードが、ガクッと倒れた。
えっ…。
ええっ!?
お、終わったん…ですの?
「さて、このコアを触れば良いんでしたっけ?マルガレーテさん」
「いえいえいえ!ちょっとお待ちになって!」
お願いだから、ちょっと整理する時間を下さいまし!
あまりの非常識に、私は悲鳴を上げた。




