29話〜これが俺の戦闘フォームです〜
「わわっ。本当にダンジョンって、少し明るくなってるんだね」
シアさんが楽しそうに走り出し、洞窟の壁や床をペタペタと触る。
あらあら。みんなが歩くところなんだから、ばっちいよ?
はしゃぐシアさんを心配していると、俺の横にマルガレーテさんが並び立つ。
「はい。講義でもあったように、洞窟型のダンジョンにはヒカリゴケと言うのもが生えており、完全な暗闇ではないのです」
「あっ、ホントだ。天井にちょっとだけ生えてる」
ああ、本当だな。
俺も見上げると、まるで電球みたいに苔がヒカリを放っていた。
都合良すぎだろ。これが、管理された学園ダンジョンだけなら分かる。でもどうやら、他のダンジョンも一緒らしい。
俺は昨日受けた講義を思い出し、腕組みをする。
「不思議なものだ」
タレイラン先生のテストをクリアした俺は、約束通り彼の講義を受け、こうして学園ダンジョンに潜る許可も頂いた。先生は凄く不愉快そうだったが、講義はしっかりと開いてくれた。
俺の質問攻撃にも全部返してくれたし、有能な先生ではあるんだよな。ただ、血統に対して思い入れが強過ぎなだけで。
彼の過去に、何かあったんかね?
まぁ、そこまで首は突っ込まないけど。
「クロード!罠があったよー!」
昨日の事を思い出していると、シアさんがどんどん先に行ってしまう。
おーい。待ちなさいよ、弾丸娘。
「気を付けてくれよ?シアさん。罠の中には、大怪我を負う物もあるんだから」
「それって、飛び矢の罠だっけ。壁から矢がビュンッて飛んでくる奴でしょ?」
「それもあるし、釣天井の罠とか地雷の罠もあるらしい。だから、あまり俺から離れないでくれ」
「はーい!」
シアさんが手を挙げる。
その横でマルガレーテさんが屈んで、罠を調べた。
「これは足止めの罠ですわね。魔力が消えるまで、片足が離れなくなりますわ」
「そっか。じゃあ危険じゃないんだね?」
「いやいやシアさん。気を抜いちゃダメだよ?」
俺がそう言うと、シアさんは素直に頷く。けれど、マルガレーテさんが不満そうに見上げて来た。
なんでしょ?
「その…本当にクロード様は、装備を着けずに入られて良かったのですか?簡易とは言え、ここには魔物も居ます。最下層にはボスも居ますし、危険な罠もあります。せめて、鎖帷子だけでも装着なされたら…」
「いえ、これが俺の戦闘フォームです」
俺は手を広げ、見せつける。黒子服まではいかないけど、顔以外に素肌を見せない黒服と黒手袋。そして、体を覆うフード付きの黒コートである。
これらは全部、マリノス伯爵が用意してくれた物だ。なるべく黒い服をとお願いしたら、行きつけの服屋さんに作らせてくれた。
黒い仮面も用意しているから、太陽の下でも亜空間でガード出来るようになった。これでやっと、安心できる。
あとは…。
「シアさんも、準備しておいてね」
「うん!ポンポンしとくよ」
彼女用にと用意した革鎧に、シアさんが木炭ボールをポンポンする。すると、鎧に炭が付着して黒く汚れていった。
うん。俺程ではないけれど、これでいざと言う時に彼女を守れる。雨で洗い流される恐れはあるけど、万が一の高級回復薬も用意している。
「マルガレーテちゃんも、ポンポンする?」
「…ええ」
シアさんが炭ボールを手渡すと、マルガレーテさんは神妙な表情でそれに視線を落とす。
ポツリと、言葉を漏らす。
「黒マント、黒煙、黒服が鎧…クロードさんはもしかして、黒を媒介にされる力をお持ちなんですの?」
うぉっと。気付き始めてしまったか?
まぁ、そうだよな。これだけ近くで俺の戦いを見てたら、気付いちゃうよな。
しかし、マルガレーテさんは特に言及してくる事もなく。俺達と共にダンジョン探索に付き従ってくれる。
有難い。
「1階層は、比較的簡単な階層になっています。ゴブリン等のE級モンスターばかりで、罠も攻撃的な物はありませんわ」
ああ、そうらしいね。
なんでも、1階層を超える事が2年生の課題らしい。そして、4年生で2階層、卒業までに3階層のボス部屋前まで行けば、ダンジョン実習の単位が貰えるんだとか。
「私は去年、ここをクリアしました。今は、2階層の攻略に勤しんでいるところですの」
「へぇ、凄い。マルガレーテちゃん、まだ2年生なんでしょ?めっちゃ優秀じゃん!」
「やめて下さいまし。ネルトーク家の人間ですもの。当然の事ですわ」
恥ずかしそうに顔を赤らめるマルガレーテさん。満更でも無いようだ。
そんな彼女だが、確かに武家のお嬢様だった。獲物のレイピアを巧みに操り、近付く魔物を瞬時に倒して見せた。
やるな。
「マルガレーテちゃん、すごーい!よーし、あたしも!」
シアさんも負けじと、火炎魔法でゴブリンを丸焼きにする。
火力が弱いと言われているけど、このレベルの魔物には問題なく効いていた。
シアさんもナイスだ。
「シアさん。あまり序盤から魔法を使うと、すぐに魔力が切れてしまいますわよ?」
「あっ、そっか」
おっと。そうなのか。
やっぱり魔力って、有限なんだな。
「それでさっきから、クロードも殴って戦っているんだね」
いや、俺の場合は違う。亜空間は、魔力を消費して発動する訳じゃないんだ。ただ、今のうちに戦う感覚を養っているだけだ。
亜空間が使えない状況もあるだろうからね。素の戦闘力を上げるのも、俺に課された重大なミッションなんだよ。
「そうですわ。ですからシアさんも、何か戦う術を持つべきです」
「戦う術かぁ。あたしが使える武器って、なんだろう?フライパンとか?」
そいつで戦うのは、桃姫くらいじゃないか?
「そうですわね。シアさんは力が強い方ではありませんので、槍や弓がよろしいかと」
「ああ、弓か」
俺はつい、言葉を漏らしていた。
なにせ、飛び道具は亜空間と非常に相性が良い。空間内から攻撃出来るし、攻撃のストックもし易い。そして、彼女自身を護り易くもなる。
接近戦だとどうしても、亜空間が間に合わない恐れがあるからね。遠距離武器なら、相手に近付かれた時点で亜空間を開いたら良いし。
「クロードは、あたしに弓を使って欲しいの?」
「ええっと…そう、だね。最終的には手に馴染む武器を選択すべきだけど、優先して試して欲しいかな」
「分かったー!」
シアさんが無邪気に手を上げる。なので、俺は亜空間からショートボウと矢のセットを取り出し、シアさんに渡す。
彼女は喜び、早速装着し始める。それを、マルガレーテさんが手伝ってくれた。
手伝いながら、驚きを零す。
「本当に、何処からこんな大荷物を出されているの?」
はっはっは。それはまだ、秘密だよ。
俺達は暫く、その場でシアさんに手解きをする。
弓の試し打ちだ。
「じゃあ、シアさん。俺をゴブリンだと思って弓を射ってくれ」
「そんなことして大丈夫?」
「ああ。ほら、これでも無傷だから」
俺は剣を取り出して、適当に振る。すると何故か、自分の腹に刺さった。
刺さったけど、亜空間を開いているので何の問題もない。そのまま、亜空間の中にしまってしまう。
俺は両手を開いて、無事をアピールする。
「こんな風に、今の俺なら問題ない。弓でも槍でも、好きに攻撃してくれ」
「なんて強力な魔法…。これで、ボロックも倒されたのですね?」
まぁね。魔法じゃないけど。
俺が無事だと言っても、シアさんは最初、怖々と矢を射っていた。でも段々と遠慮が無くなり、最後はノリノリで俺を狙ってきた。
「行くよ!3連射!えいっ、えいっ、えいっ!」
「ぐぇー。死んだンゴ〜」
胴体に2本の矢を受けた俺は、ゴブリンのフリをしてその場に倒れる。
ゴブリンは喋らない?そこはまぁ、サービスってことで。
「たっのしー!弓って面白いね!」
「シアさんには、そちらの才能もお持ちみたいですわね」
「うん!」
まぁ、アーチェリーって面白いもんな。
ただ、それが命のやり取りに発展した場合でどうなるか…だがね。
俺は亜空間で目を飛ばし、周囲の状況を探る。
2つ向こうの角に、ゴブリンが3体いるな。2体は亜空間に落として、1体だけこちらに誘導して…っと。
「シアさん。次は実践だ。何かあっても、俺達がいるから落ち着いて射ってくれ」
「良いよ!どれを狙うの?」
「ちょっと待って。今、近付いてきているから………ほら来た。あれだ」
「あっ、ホントだ。ゴブリンだ」
シアさんはすぐさま弓を構え、ヨダレを垂らして走ってきたゴブリンを狙う。そして、躊躇なく矢を射った。
ピュンッ…。
【ギッ!】
矢はゴブリンの胴体に刺さり、奴は動きを止める。そのまま地面に倒れ込み、消えてしまった。
残ったのは、薄い色の魔石と、ゴブリンの耳だけ。
ああ本当に、ダンジョン産の魔物は消えちゃうんだな。ゼミで教えてもらった通りだ。
「やった!やった!ゴブリン倒した!」
シアさんが嬉しそうに飛び跳ねる。その顔に、生き物を殺した罪悪感とか、恐怖とかは読み取れない。
大丈夫かな?
「どしたの?クロード」
「あっ、いや。怖くなかったのかと思ってね。魔物を狩ることへの嫌悪感とか」
「えぇ?無いよ?だって、子供の頃からスライムとか鶏とか殺してるもん。みんなで石投げして、ホーンラビットを倒した事もあるよ」
おっふ。異世界の子供はタフだな。
やっぱり魔物が身近な世界では、殺しも生活の一部なんだろう。
「それは良かった。なら、そろそろ攻略に戻ろうか」
「行こ、行こ!しゅっぱーつ!」
シアさんの戦力も加わり、俺達は順調に1階層を進む。
マルガレーテさんが言った様に、ここには強力な魔物はおらず、シアさんの弓で次々と倒れていく。撃ち零した魔物はマルガレーテさんが切り裂き、数が多ければ接敵前に俺が間引きした。
そうして進んでいると、目の前に階下へ向かう階段が現れた。
1階層クリアだ。
「とうちゃーく!」
「そんな…こんなに早く…」
マルガレーテさんは唖然としている。
「早すぎますわ。魔物の集団も居ませんでしたし、道も殆ど迷わず…」
そりゃ、俺が先に探索しているからね。行き止まりは先んじて、回避させて貰った。
本当に相性が良い。ダンジョンとこの亜空間は。
俺は階段に足をかけ、2人を振り返る。
「さぁ、次に行きましょう。早くしないと、門限に間に合いませんよ?」
「はーい!」
「え、ええ。ですがお気を付け下さい。2階層は1階層より強力な魔物と罠があります。私も、途中までしか踏み入れてませんし」
マルガレーテさんが不安で顔を顰める。
だが数時間後、その顔はまた驚きで固まってしまう。
彼女の目の前には、下へ降りる階段があった。
「うそ…2階層を、こんな、こんなあっさりと…」
あっさりではない。なかなかに苦戦した階層だった。
彼女の言う通り、ここではホブゴブリンやオークが出てきた。オークは脂肪が分厚く、シアさん達ではなかなか有効打とならず苦労した。
罠も、攻撃的な物が出始めた。矢が飛んできたり、杭が地面から突き出て来たり。
1回、亜空間で回避した事もあったから、生身だったらあそこで引き返す事になっていただろう。
3階層は、更に注意せねば。
「あの…クロードさん。やはりこの先に行かれるのですか?」
「ええ。行けるところまでは」
そう答えると、マルガレーテさんは「分かりました」と目に光を宿す。
「私も、覚悟を決めました。全員で無事に戻れるよう、最後までお付き合いしますわ」
それは心強い。講義は受けたけど、経験者には敵わないからね。
俺達3人は気持ちを改めて、階段を降りる。
すると、
「わぁっ!あっかるーい!」
3階層は、光に満ちていた。天井を見上げると、そこには青い空が広がっている。
これは…。
「オープン型のダンジョンか」
俺はいつの間にか、歯を噛み締めていた。




