28話〜て、テスト?〜
ネルトーク家に呼ばれた日は、結局1日がかりになってしまった。
マリノス伯爵が紹介してくれた鍛治工房に大量の武器を発注して、その後は伯爵が晩餐会に誘ってくれた。
身内だけと言う話だったが、随分と人が集まっていた。マルガレーテさんのご兄弟もご親戚もズラリと集まり、俺はその1割の名前も覚えられなかった。
何故シアさんは、みんな覚えられたんだろうか。
そして、今日の俺達は王都の中心、貴族街に来ていた。ここの学園を紹介してくれるとの事で、マルガレーテさんの馬車に乗せて貰っていた。
昨日着た服をプレゼントして貰って助かった。そうでなかったら、この貴族街にも入れなかっただろう。
俺は馬車から見える屋敷の数々を見て、そう思う。どの家もネルトーク家に匹敵する程の大きさと広い庭を持っており、商店に並ぶ物もキラキラして見えた。
いや、実際にキラキラしとるわ。だって、宝石とか金とかふんだんに使われているから。
「着きましたわ」
マルガレーテさんに促され、俺達は馬車を降りる。そこには、ここが王都の中と言うのを忘れてしまいそうなくらい、広大な芝生が広がっていた。
緑の芝生に、色とりどりの実を宿す木々。そして奥には、お城かと思う程に立派な建物がボンッ、ボンッ!と建ち並んでいた。
これが王国随一の魔法学校か。北海道の大学並に広いぞ。
俺達はマルガレーテさんの背中に付いて行きながら、特異な空間に忙しなく視線を彷徨わせ続ける。
向こうの方では、学生達が魔法の訓練をしている。反対側では、ラグビーみたいな競技をしながら、互いに魔法を撃ち合っていた。もっと向こう側では、トレントを相手に実技をしている生徒の姿もあった。
凄いな。魔法学校ともなると、校内に魔物を飼っているのか。あっちではホーンラビットの飼育場みたいのがあるし。
「ねぇ、クロード。なんか、大きな岩の洞窟があるよ」
「うん?何処に?」
「あそこ、あそこ」
どれどれ…本当だ。なんか、地下への階段が出来ている。その前にはギルドのクエストボードみたいなのが何枚か建てられていて、それを学生達が見上げていた。
あれは、なんだ?
「ダンジョンですわ」
「ダン、ダダン!?」
ダンジョンだと?この王都のど真ん中に?
まさかそんなのまであるのかと、俺は驚き過ぎて舌を噛みまくった。
それに、マルガレーテさんが肯定する。
「ええ。ですが、3階層までしかない簡易的な物です。定期的に先生方が最下層のダンジョンコアを浄化しているので、侵食も起きておりません。学生達が魔物に慣れる為の施設ですわ」
なんだか、凄い事を一気に言われた気がするけど…先ずは、
「ダンジョンって、管理出来る物なんですね?」
「ええ。魔物が増え過ぎないよう、定期的に間引きしてしまえば溢れる事もございません。ダンジョンコアの魔力を弱めれば、ダンジョンが更に大きくなる事も、魔物の生成スピードも抑えられます」
なるほど。
逆に言えば、そのダンジョンコアが魔力を溜めすぎると、ダンジョンが大きくなってしまうと。それが、さっき言われていた〈侵食〉って奴だな?
「クロードさん。もしもダンジョンにご興味がおありでしたら、ダンジョン構造学を受けられてみてはいかがでしょう?」
「ほぉ。それは、学園の講義ですか?」
「さようです。タレイラン先生の授業でして、彼がここの管理者でもあります。もしもお試しになりたいのなら、先生の講義に参加するのが早いかと」
俺がダンジョンに入りたいって、良く分かってるじゃない。マルガレーテさん。
今から大森林のダンジョンに挑むからな。その前知識って事では、最適だろう。
俺は彼女のご好意に甘え、講義を受ける許可を得に行く。
でも、
「却下する。ミス・ネルトーク」
講義を受けさせてくれと先生にお願いしたら、取り付く島もなく拒否された。
まぁ、そうだよな。俺はここの学生じゃないし。
「何故ですか?タレイラン先生。座学であれば、外部生でも受ける事が出来る筈です」
ありゃ?そうなの?
随分とオープンな学校だなと驚いていると、先生の粘っこい視線が俺とシアさんを捉える。頭のてっぺんからつま先まで見た後、土気色の頬を少しだけ持ち上げて、彼は笑った。
嘲笑。
「貴様らは平民であろう?」
「えっ?うん。そうだよ」
シアさんが頷くと、先生は「やれやれ」と大きく首を振る。
「ミス・ネルトーク。レガリス学園は高貴な者が学ぶ為の学園である。平民などと言う下賤な者が、吾輩の講義を理解できるとは到底思えん」
うわっ。出た。身分差別。
やっぱ貴族って、こうでなくちゃな。
「ちょっと!それ、どういうこと!?」
待て待て、シアさん。挑発に乗るな。
俺が彼女を押さえていると、余計に笑みを深める先生。
その彼の前に、マルガレーテさんが進み出る。俺を、手で指し示す。
「先生。クロードさんは私の恩人なのです。ボロック盗賊団から私と母を救い出し、かの賊を壊滅させる事に大きな貢献をして下さいました」
「であるからと言って、この学び舎に相応しいかは別である。卑しき血に変わりないのだからな」
「先生!」
マルガレーテさんは憤慨するが、タレイラン先生は取り合おうとしない。
40過ぎくらいのおっさんだもんな。もう自分の信念みたいのが凝り固まって、偏屈になってるんだろうな。
何か、打開策は無いものか。
俺は先生の部屋を盗み見る。すると、机の上に幾つか薬草やキノコが乗っているのが見えた。
先生ってのは、研究者みたいな者だからな。何かの実験材料だろう。
これは使える。
俺は片目を瞑り、目を亜空間に飛ばす。次いでに、両手も後ろに組んで、同じように亜空間の中へ。
そこで、教会から接収した薬草図鑑を開く。
ええっと…これじゃない。これ、でもないな。こいつ…こいつだ。
「済みません、タレイラン教諭。もしや、自白剤を作られている最中でしたでしょうか?」
「…何故そう思う?」
ムッと表情を固め、聞いてくる先生。
俺は本の文字を追いながら、答える。
「その机の上に、自白剤の材料が並んでいるからです。困惑草と眠り茸、それにデッドスコーピオンの針。それらを3対2対5で50℃に加熱しながら調合したら、出来上がる薬剤でしたね?」
「…そうだ」
先生は詰まらなさそうに呟き、俺から視線を外す。
マルガレーテさんが「どうです?先生」と嬉しそうな声を上げた。
「講義を受けるのに、十分な素質ではありませんか?」
「…受けさせてどうするつもりだ?ダンジョンに挑むだけの素質を…魔術のスキルを、こやつらは持っているのか?」
「あたしが魔法使えるよ!」
シアさんが手を挙げて、その先に炎を灯す。彼女の心の様に、暖かな光の炎を。
それを見て、先生は笑う。
「その程度、道標にすらならん」
「うっ…」
シアさんはビクッと肩を震わせて、手を下ろす。
そうだった。最近は活躍ばかりの彼女だったが、火力が弱いことを悩んでいたんだ。
だがそのお陰で、俺は大量の炭を手に入れた。完全燃焼してしまう他の火炎魔術では出来ない事を、彼女はやってくれているんだ。
それを笑うとは…こいつ…。
俺は前に出て、先生に手を差し出す。
「私はスキルを持っていません。魔法だけでなく、何も無いのです」
「そうか。それは、お可哀想に」
「いえ。問題ありません。スキルが無くとも、ここのダンジョン程度であればすぐにクリア出来ますので」
「……ほぉ」
先生は口だけ笑みを浮かべ、目を鋭くさせる。
調子こきやがって、このクソガキ…とでも思っているのだろう。
そうだ。自分が管理しているダンジョンが貶されて、タダでさえ高い貴族様のプライドが許さないだろう。
さぁ、食らいつけ。俺が垂らした怒りの釣り針に。
俺達をダンジョンに叩き込め。
「良いだろう。吾輩が直接、貴様をテストしてやる」
「て、テスト?」
思わぬ返しに、俺は言い淀む。
それに、先生が大きな笑みを浮かべる。
「ああ、そうだ。決闘をするぞ、無能の少年」
ところ変わって、ここは競技場。整備された芝生の上に、的やら白線が敷かれたフィールドが広がっている。そして、四方を観客席で固められていた。
大きさは、サッカーコートくらいだろうか。今も何組かの生徒達が、魔法の練習をしていた。
「こちらで行う」
先生は空いていた一角へと俺を誘い、決闘のルールを説明する。
攻撃手段は自由。魔法を使うでも、野蛮に拳を振り回しても良いとの事。相手の背中が芝生に着けば、その時点で自分の勝ち。気を失っても同じだ。
「とは言え、吾輩も鬼ではない。死なぬ程度に手加減を行い、終われば回復薬を与えよう」
先生はそう言って、俺から距離を取る。5m離れるのが決闘のルールだそうだ。
でも、ちょっと待って。
「先生。その回復薬は何処にありますか?先生が倒れた時に使いたいので、教えて下さい」
俺が当然の顔でそう言うと、土気色だった先生の頬に朱色が差す。
面白いくらいに煽り耐性ないな、この先生。
でも、今のは本当に知りたかった事だ。でないと、俺のを使うハメになるから。
「…減らず口を。良いだろう、教えてやる。魔術の真髄を」
先生は腕を振るい、ローブをたくし上げる。そして、俺に向かって杖を向けてきた。
「切り裂け!ソル!」
そう叫ぶと同時、先生の杖に魔力が集まり、半透明の風のナイフが飛んできた。
素早い攻撃。それを、俺は間一髪で避ける。風は俺の目に前を通り過ぎ、壁際の的に当たる。
的に、大きな亀裂が走った。
流石は先生。前川達とはエラい違いだ。あいつらなら、もっと長い詠唱でこれ程の威力を出せないから。
だからこの先生、間違いなく玄人なんだろう。
いけ好かないけどね。
「ふっ。逃げるのは得意の様だな」
先生が鼻で笑う。
「では、何処まで逃げられるか試してやろう」
先生が杖を振り上げると、彼の周りで土が浮かび上がる。その土が幾つかに纏まり、圧縮されて野球ボール程の岩になる。
その鋭利な岩の先が、俺に向く。
「その者を貫け!ロックバレット!」
浮いた岩が次々に襲ってくる。軌道が読み辛く、若干俺の方にホーミングしている。
指向性を持たせられるのか?ここも、前川との違いだな。
「おぉ!すげぇ!決闘だ!」
「タレイラン先生が戦ってるぞ!」
「相手は誰だ?」
「外部生?」
岩が的に当たって轟音を響かせると、周囲の学生が興味を持って近付いてくる。手前の観客席が、徐々に埋まっていく。
それを見て、先生が眉を寄せた。
「…ふんっ。騒がしいものだ。すぐに終わらせてやろう」
先生は素早く杖を上げ、周囲に岩を作り出す。先程の倍…いや、3倍程の量だ。
それを見て、観客席の学生達が盛り上がる。
「うわっ、凄い数!」
「こりゃ避けられないよ」
ああ、そうだな。こりゃ無理だ。
もうちょっと、体を鍛えたかったんだがな。
「かの者に降り注げ!ロックレイン!」
無数の岩石弾が迫ってくる。向こう側に見える先生の顔に、大きな笑みが浮かんでいた。
もう逃げられんぞ?
そうとでも言うような。
俺はマントを体に巻き付け、亜空間を開く。そこに、岩石弾が着弾する。全て、亜空間に収納される。
周囲の歓声が、急に小さくなった。
「わぁああ…あれ?何も起きない?」
「魔法が消えた?」
「先生が消したの?」
困惑する観衆。それと同じくらい、先生も動揺していた。
薄くなった目で、俺を睨む。
「何をした?そのマントは、魔道具か?」
「さて。ただの黒マントですよ」
俺がヒラヒラマントを揺らすと、先生は「ふんっ」と鼻息を荒くする。
「道具などに頼っているとは、流石は平民である。品性の欠けらも無い」
先生は杖を掲げ、詠唱を開始する。徐々に魔力が集まり、巨大な岩石を形成する。
トラック並に大きな岩石。それを、横回転させた。
「良いか、愚民!これが我々、貴族の力だ!存分に味わうと良い!」
先生の杖が、振り下ろされる。
「愚者を貫け!グランバレット!」
「クロード!」
シアさんの叫び声と共に、隕石が向かってくる。
俺は瞬時に、マントの中に作った亜空間の中へと退避し、そこから外の様子を見る。
隕石は地面に激突し、濛々と土煙を上げていた。
先生が「やれやれ」と首を振り、腰から瓶を1本取り出した。
「吾輩とした事が、少々力を入れ過ぎたか。たかが平民風情に」
完全に倒したと勘違いし、慢心しているな。
よし。
「いえいえ。入れて頂いて結構ですよ」
「うごっ!?!」
彼の後ろで亜空間を開き、そこから出て声をかける。すると、先生は飛び上がらんばかりに驚く。
生徒達も「「うぇえ!?」」と目が点になっている。
動いているのは、諸手で拍手しているシアさんくらいだ。
来ないのか?なら、こちらから行くぞ!
先生に向かって、俺は走り出した。
それに、先生も素早く反応する。杖を振り、「ソル!」と風魔法を放ちながら後退した。
俺はその魔法を、奪う。黒手袋に亜空間を開いて、そこに収納する。
そして、俺も手を大きく振って詠唱する。
詠唱…したように見せる。
「切り裂け!ソル!」
「がぁっ!」
奪った風を返すと、先生は避けきれず足に被弾する。地面に倒れ、困惑した顔で俺を見上げてくる。
「何故だ?何故、魔法を…スキル無しではなかったのか」
「無いですよ。ですが、それに見合う力を持っています」
俺は先程奪ったロックバレットを取り出し、先生に見せ付ける。
「あまり、平民を舐めない事ですよ?教諭」




