27話〜マントを売ってはくれないか?〜
「あの子達、すっごい驚いてたね」
冒険者ギルドを出ると、シアさんが堪らずに吹き出す。
あの子とは、絡んできた学生達の事だろう。イチャモンを付けられて相当怒っていたシアさんだから、彼らの情けない姿に溜飲を下げた様子だ。
まぁ俺も、粘着されないのは助かる。
シアさんが覗き込んでくる。
「次はどうするの?」
「うん。まぁ、色々と行きたい所はあるけれど…取り敢えず今日は休もう」
「さんせー!」
シアさんも疲れていたみたいだ。
俺はそれなりに大きなホテルに入って、部屋を2つ頼んだ。シアさんは「えぇっ!?2つも?」と驚いていたけど…そりゃそうだろ。年頃の男女が同じ屋根の下は、色々と不味い。
幸い、ホテルもすんなり取る事が出来て、その夜は安眠する事が出来た。
そして翌朝、俺達は頼んでもいないホテルのルームサービスに叩き起される。
なんだ?なんだ?朝食の時間か?
「失礼します。冒険者クロード様。ネルトーク家から使いの方がいらしております。至急、玄関までお越し下さい」
アメトーク?ホトちゃんが来てるの?
瞑想していた俺は、思考まで迷走してしまった。でもすぐに、それがマルガレーテさんの家名だと気付いてロビーに向かう。
そこには、既に来ていたシアさんと、執事服を着た男性が立っていた。
彼は俺を見ると、深々とお辞儀をした。
「クロード様でございますね?お迎えに上がりました。さぁ、どうぞ。こちらへ」
「迎えですか。マルガレーテ様がお呼びとの認識で、相違ありませんか?」
俺は慎重になって聞く。誰かに嵌められている可能性もあるから。
例えば、昨日のお坊ちゃん達とかね。
俺の懸念に、男性は少し驚いた顔をした後に、大きく頷いた。
「はい。マルガレーテお嬢様と、ご当主のマリノス様が貴方様をお呼びです。お嬢様を救って頂いたお礼をなさりたいとの事で」
うん。要件も合ってる。
「承知致しました」
彼に促されるままに、俺達は外に停めてあった馬車に乗り込む。
うん。あのお母さんが乗っていた馬車と同じ家紋が入っている。亜空間で馭者と執事の会話を盗み聞きしたけど、特に怪しい会話じゃないし。
大丈夫そうだな。
「到着致しました」
それから少しして、馬車は停まる。降りると、目の前には大豪邸がそびえ立っていた。
まるでベルマン商会のデパートみたいな大きさだ。
ネルトーク家って、かなり力のある家なのでは?
「おっきいね、クロード。教会より大きいんじゃないかな?」
教会って、街の支部のことかな?
「そうだね。教会と似た感じもするね」
家紋に十字架が入っていたし、廊下に飾られている絵画も似ている。
敬虔な女神教徒なのかな?ネルトーク家は。
そこは、気を付けないとな。
「こちらで、先ずはお召し物をお着替え下さい」
最初に通されたのは、衣装部屋。そこで、俺とシアさんは身支度を整えられる。
服装だけでなく、髪や全身までだ。水と風の魔法で洗われて、絹で出来た高級な服を着せられた。
なんでもかんでもやって貰っちゃって、なんだか殿様にでもなった気分だ。
「うわぁ!クロードが貴族様みたいになってるー!」
暫く廊下で待っていたら、別室で着替えていたシアさんが出て来た。そして、開口一番で俺の服装を褒めて…褒めてくれていると思う。
それに、俺は首を振る。
「君の方こそ、何処かのお嬢様みたいだよ」
髪を整え、淡いピンクのドレスに着替えたシアさんは、貴族のご令嬢と言っても過言ではない変身っぷりを遂げていた。彼女の赤い髪色に、ドレスの色がとてもマッチしている。
素材が良いんだろうな。それに比べて俺は、精々執事見習い程度だろう。
「そ、そうかな?こんな感じ?」
褒められたシアさんは、まんざらでもない顔でクルリと回る。
いいね。そのまま舞踏会にでも出られそうだ。
「ようこそ、お2人とも」
廊下でファッションショーをしていたら、向こうの方からマルガレーテさんがやって来た。彼女は優雅に一礼して、「こちらです」と俺達を次の会場へと導いた。
随分と態度が落ち着いている。昨日の慌てていた人と同一人物とは思えない。
一晩寝て、気持ちが落ち着いたのだろうか?
彼女の背に付き従って廊下を進んでいると、前を向きながらマルガレーテさんが話しかけて来た。
「昨日、お父様にクロードさんの事をお話いたしましたところ、改めてお礼がしたいとおっしゃっていただきました。そこで本日は、こうしてお2人を本館にお招きさせて頂いたのです」
やっぱり、そう言う事だよな。
面倒ごとは勘弁だぞ?
「マルガレーテ様。そのお言葉だけで、身に余る光栄でございます。これ以上を望めば、女神様がお許しにならないでしょう」
だからこれ以上、与えようとしないでくれよ?
「とんでもありませんわ、クロードさん。貴方の働きに報いねば、それこそアルテシア様から天罰を受けてしまいます」
マルガレーテさんは動じない。俺達を連れて、突き当りの扉を堂々と開いた。
「お父様。お2人をお連れしました」
「おぉ!漸く来たか!さぁ、早くこちらへ」
長机に座っていた男性が立ち上がり、俺達を手招きする。細身ながらも体幹がしっかりした男性で、髪色はマルガレーテさんと違って、茶色っぽい金髪だった。
マルガレーテさんは、母親似なのかな?
「君が冒険者のクロードであーるな?良くぞ妻と娘を救ってくれた!ファンタスティコ!」
お父上は俺の手を取り、ブンブンと上下に振る。
俺は驚いてしまい「え、ええ…」と曖昧な反応しか出来なかった。
かなり力のある貴族な筈なのに、全く偉そうにしていない。普通なら「平民め、頭が高い!」とか言いそうなものなのに。
「申し遅れた。私は、マリノス・フォン・ネルトーク伯爵であーる。我が家は代々、女神様を守る聖騎士を排出している家なのだ。ボロックの討伐にも、何度か手を貸していた。だが、奴らはそれを恨んでいたのであろう。まさか妻や娘を狙うとは…」
なるほど。恨まれていたから、貴族相手でも誘拐なんて真似をしたのか。
普通なら、貴族の馬車を狙ったりしないものな。
握手を終えると、マリノス伯爵は俺達に椅子を勧め、座ると満面の笑みを向けて来た。
怖いんですけど。
「君には感謝してもしきれないのであーる。2人を無事に救ってくれただけでなく、ボロックも始末したそうじゃないか」
「ええ。遺体もあります。ご覧になりますか?」
あわよくば、この人に処理をお願い出来ないだろうか?
そんな思惑も混じえて聞くと、伯爵は「是非に」と頷く。なので、俺達は庭に移動し、そこでマントを広げた。そして、ボロックの死体をそこに出す。
それを見て、伯爵が驚く。
「やや!これはまさに、あの憎き奴の顔であーる!遠目でチラリと見ただけだが、この頬の傷は忘れないのね。間違いなく、本人であーる」
伯爵は顔をマジマジと見たあと、腹に刺さった剣に注目する。躊躇なく腹に着いた血を触り、うーむと唸った。
「まだ乾いてないのよ。この剣は、君のかね?」
「違うわよ、あなた。それはボロックのよ」
いつの間にか奥様までいらしていた。
ガッツリ死体を見ちゃってるけど、大丈夫なの?シアさんもそうだけど、この世界の女性は強いのね。
「ボロックがこの剣でクロード君を斬ろうとしたら、いつの間にかお腹に刺さっていたのよ」
「マンマ・ミーア!それは本当かね?」
伯爵は驚き、また剣を調べる。そして、俺のマントを見上げた。
「それは魔道具なのかな?それとも、君のスキル?」
「特殊なマントにございます。恥ずかしながら、私はスキル無しでして」
嘘ではない。マントは亜空間が使い易い様にと真っ黒な布を使った特別製。そして俺はスキル無しだ。
ただ、異能の力があるだけ。
「なるほど、なるほど。ではクロード、そのマントを売ってはくれないか?」
まぁ、そう来るわな。
俺は背筋を伸ばし、静かに首を振る。
「申し訳ございませんが、これはスキル無しの私にしか使えません。伯爵様に差し上げても、ただの布にしかならないのです」
「であーるか」
伯爵は残念そうだ。
でもすぐに顔を上げて、その鋭い目を向けて来た。
何か来るぞ。
「では、聖騎士団に入団してはくれないだろうか。勿論、君の功績を考慮し、騎士階級の、それも第一騎士団の副隊長に推薦するつもりであーる」
ほらキタ。
俺は内心でため息を吐く。
何かしらの役職を与えて、囲い込みをすると思った。まさか準貴族の位を与えて、副隊長にしてくるとは思わなかったけど。
これは、相当ヤバい状態だな。イザとなったら、シアさんを連れて逃走しないと。
でも、先ずは口で逃げてみよう。
「伯爵様。私には任務があり、それにお応えする事が出来ません」
「任務?誰のであーるか?」
「天の声です」
俺は手を胸に当て、空を見上げる。
「夢で声をお聞きしたのです。ダンジョンに行くようにと。この世界の危機を取り除く様にと、その声に言われたのです」
「まさかそれは、アルテシア様のお声!?」
「私では判断が着きません」
俺は首を振り、明言を避ける。ここで女神を出汁にして、不敬だ!と罰せられないようにした。
でも、それで十分だった。敬虔な女神教徒である伯爵は「福音であーる!」と興奮気味に叫んだ。
「ブラーヴォ!素晴らしい!すぐにも君は、大森林のダンジョンに行くべきであーる!」
「はい。準備ができ次第、向かうつもりです」
俺が頷くと、伯爵はまた「ブラーヴォ!」と拍手をする。
そして、
「であーるなら、私も協力してしんぜよう。騎士団お抱えの職人に、君達の装備を作らせる事を許可するのであーる」
おぉ!そいつは有難い。
「クロード。君の獲物は何であーるか?剣でも槍でも、好きな物を選ぶと良いぞ?」
「その事なのですが、伯爵様。1つお話をお聞き願えないでしょうか?」
「ふむ。交渉事か?なんなりと申すがよい」
許可を得たので、俺はボロックの死体を手で指し示す。
「私めに、なるべく多くの武器をお与えください。その代わり、こちらのボロックをお渡し致します」
「なに?ボロックを?つまりそれは…」
「はい。ボロック盗賊団に掛けられた懸賞金と名誉も含め、伯爵様に全て献上致します」
伯爵は長い間、このボロックを追っていた。ならば、その名誉は他の人より大きな意味を持つ。俺に先を越された不名誉を塗り替えて、大きな功績を得ることとなるのだ。
騎士団の格が、一段上がるだろう。
それを伯爵も理解している様子で、ボロックの死体に目を輝かせていた。
でもすぐに、冷静になる。
「良いのか?クロード。ボロックを倒した功績は、とても大きい。多額の懸賞金は勿論、陛下からの覚えも良くなるのは間違いない。家を起こす事もお許しになるだろう」
「承知の上でございます」
爵位を貰うって事だろ?ダメダメ。絶対にダメ。そんな面倒な物を貰ったら、自由に動けなくなる。貴族同士の厄介事に、首を突っ込む気はサラサラないんだ。
内心では全力で首を振る俺だが、表向きは重々しく頷いた。
「元々、私1人で賊を始末した訳ではございません。伯爵様の騎士様達のご活躍があったらこそ、なし得た事でございます。故にこれは、当然の事。私はただ、伯爵様に名誉をお返しするだけでございます」
「うむ。そう言ってくれるか、クロード君」
伯爵はうんうんと噛み締める様に頷く。俺の言葉が詭弁だと分かっていながら、何とか飲み込もうとしているみたいだ。
そして、
「うむ。分かった。では、君が望むままの物を用意しよう。最高級の武具を、好きなだけ注文するのであーる」
「有り難き幸せ。私をサポートしているシアの装備も…」
「無論であーる。他に必要な物も、遠慮なく申すと良いのよ」
なんと太っ腹。
なら、もうちょっと黒い服を頼もうかな?ダミー人形に着せる服とかね。
俺が欲しいものリストを考えていると、後ろでパチンッと手を叩く音がした。
マルガレーテさんだ。
「そうですわ。武具が揃うまでの時間、お2人を学園にご招待するのは如何でしょう?」
「おお!それは名案であーる!」
うん?学園?
俺が首を傾げると、マルガレーテさんはドヤ顔をする。
「王国随一の学び舎、レガリス・グリモワール学園に、お2人をご招待致しますわ!」




