3話〜貰うぞ〜
『よぉ。目が覚めたか?』
そんな声が聞こえて、俺は目を開ける。
開けたと思う。でもそこは、真っ暗闇だった。夜とか、そう言うレベルじゃない。何も見えない真っ暗闇。
でも不思議と、自分の手はハッキリ見える。起き上がると足も見えるし、その先でこちらを見る黒子服の男も見えた。
水晶の中に居た男だ。
『おはよう、黒井君。気分はどうかな?』
誰だ?お前。
そう言ったつもりだった。でも、声が出ない。
なっ、何が起きてる?
俺は怖くなり、自分の首を押さえる。すると男は『ははっ』と声を上げて笑った。
…笑ったと思う。何せ、顔に黒いベールを被っているから表情が見えない。
見えなくても、何故か分かる。
何故だ?
『声が出なくて当然さ。ここは、君の夢の中だからね』
言われて思い出す、あの時の光景を。あの時の声を。何者にも成れず、何も得ず。ただただ無能と蔑む、みんなの嘲笑が。
ああ、そうか。俺はまた…失った。
『確かに、君にスキルは無かった。勇者足り得る資格もな。だが力はある』
男の声。甘い響き。
それに、俺は自然と顔を上げていた。
見えない筈の男の笑みが、俺の心を鷲掴みにする。
『思い出せ、心の傷を。思い描け、嘗ての己を』
思い、出す?
俺は暗闇の中に、記憶を投影する。
真っ先に浮かぶ傷は、教室での事。便器に頭をぶつけて入院した時の事だった。
次は、中学で志望校に落ちた場面。小学校の林間学校。小さい頃、親父に殴られたあの日。
でも、もっと前にも記憶がある。仲間を食い殺され、左腕を斬り飛ばされた記憶。救った住人から石を投げられた場面。犬畜生と罵られ、黒騎士と絶賛された日々。
そして、あの子を救えなかった過去。手を伸ばしても、その子は二度と目を開けなかった。
ああ…そうだ。これは、俺の記憶。全部、全部俺のもの。
俺は…。俺の、名前は…。
『それがお前の”力”だ』
気付けば、俺の前に大きな穴が開いていた。
ぽっかりと空いた、俺の心のような穴だ。
何もない。故に、何でも呑み込む。
この世の全て。無限の可能性。
無限の、力。
『おめでとう。これで君は、誰にも”負けない”。あの勇者の小僧にもね』
勇者…前川の事か。
『ああ、そうだ。ワクワクするだろ?』
問われ、胸に手を当てる。
でも、何も起きない。まるで無風の水面のように、心境は酷く静かだった。あれだけ望んだ力なのに。前川に仕返しが出来るチャンスなのに。
ああ、そうか。
俺は理解する。
もう、そう言う次元じゃない。
前川に構っている時間の方が、勿体ないんだ。
『くっふっふ。言うじゃないか、黒井君。君の持つ力の前では、もう勇者など敵にもならない』
いや、そこまで言うつもりはないけど。
『本当の事だ。その異能の力…亜空間は全てを呑み込む。恐らく、君がこの世界で得る筈だったスキルも適正も、全てそいつが呑み込んでしまった。そう考えるのが妥当だろう』
ああ、なるほどね。きっとそれだ。
俺は大きく頷く。
もしかして便器に頭をぶつけたのも、こいつで運気を吸い取られたから?
考えながらも、俺は亜空間を開いたり閉じたりする。自由に使える異能に、しかし、俺は何処か安心感を感じていた。
なんか、実家に帰って来た感じがする。
そんな事を考えていると、周囲の闇がグワンと大きく揺らめいた気がした。
いや、実際に揺れている。世界が大きく歪みだしていた。
ああ…。
『どうやら、目覚めの時みたいだな』
そうみたいだな。もうちょっとここで、練習したかったんだが。
『なに、向こうでも出来るさ。君には、多くの時間が残されている』
そう言って、男は手を差し出して来た。
俺がそれに応じると、彼は笑った。
優しく、温かく。
『済まんが、ここからは俺も手伝えない。君の成功を、ここから願わせてもらうよ』
充分だ。俺に、俺を思い出させてくれた。それだけで。
『これくらいお安い御用だ。大変だろうが、体に気を付けろよ?』
ああ、ありがとう。行ってくるよ、俺。
『おう。頑張れよ、俺』
そう言って男が…嘗ての俺が、闇に消える。そして、周囲が明るくなり始めた。
やがて、闇が明けた。
〈◆〉
目が覚めるとそこは、従業員用の小部屋みたいな場所だった。
俺はそこの2段ベッドで寝かされていて、目の前は汚い板で塞がっていた。
身体中が痛いな。倒れてそのまま運ばれたのか?指の傷も治って無いし、回復魔法も掛けて貰えなかったみたいだ。
おいおい。無能は魔法を使う価値も無いって事か?随分と見切りが早いな。
俺は頭を当てない様に這い出て、体を調べる。特におかしな所はないけど…スマホを取られいた。
別に、異世界じゃ無用のハイテク機械だから、どうでも良いけど。
俺は外に出ようとして、部屋のドアに手を掛ける。でも、鍵が掛かっていた。鍵穴はこっちに無い。
ふむ。閉じ込められたか。俺が出歩くと、何か不味い事でもあるのか?
まぁ、この程度の障害は、無いに等しいけど。
俺は早速、亜空間を開く。人1人分の裂け目を開き、その中に入る。
ふむ。中に誰も居ませんよ…じゃなくて、中身は空っぽか。戦車の1台でも残っていれば無双出来たのに、ちょっと残念だ。
仕方ない。それもボチボチ、補充しますか。
夢と同じ真っ暗な空間で、俺は適当な場所に小さな隙間を作る。そこから、片目だけ覗く。
ふむ。ここは厨房か。テーブルにある料理は俺達が食い残した残飯だな。まだ食えそうだけど…頂くか。
俺は周囲を確認し、亜空間を開いて厨房に入る。食べ残しに加え、立て掛けてあったワインを数本頂く。
綺麗な水を確保するまでは、こいつをストックしておこう。出来れば未成年だから、飲みたくは無いんだがね。
「だっ、誰だ!」
他にも何か無いかと物色していると、向こうの方で声がした。顔は見えないが、明かりと包丁を持つ1人の男。
スタッフさんが来てしまったか。なら、移動しよう。
「盗人め。これでも喰らえ!」
随分と血の気の多いスタッフみたいで、俺に向けて包丁を投げつけて来た。
包丁か。武器としてはイマイチだが…。
「貰うぞ」
俺は目の前に亜空間を開き、飛んできた包丁をその中にしまう。そして、その空間を更に割いて中に入った。
「あ、あれ?どこ行った?包丁も…無いぞ?」
残されたスタッフが、キョロキョロと周囲を探している。
悪いな。だが、俺を閉じ込めたのはそっちだ。相応の対価は頂いて行くぞ。
俺は再び亜空間に戻り、施設内を探索する。
残飯で分かっていたが、やはりここは教会みたいだ。俺達が召喚された大聖堂も、食堂もあった。
でも、生徒達が居ない。まさか、もう戦闘に駆り出されていたりしないよな?
俺は心配になり、亜空間を開けたり閉じたりして探し回る。
そして、見つけた。教会の裏庭だ。
「ではこれより、魔法の実技に移る。よく見ておく様に」
そこでは、神父らしき人が先生となり、生徒達に魔法の実践授業をしていた。
彼女達は随分と楽しそうに授業を受けており、特に酷い扱いを受けている様子は無かった。
…お気楽過ぎないか?こいつら。遠足にでも来たつもりなのか。
まぁ、こいつらの事は良い。それより教会の奴らだ。こいつらが子供を異世界へと拉致って、魔物と戦わせようとしている事実は変わらない。
何故、こんなことをするのか。この世界、そこまで切羽詰まった状況なのか?あのイリーナとか言う女性を張っていれば、何か分かるんじゃないだろうか?
子供らの安全を確認した俺は、教会の真意を確かめるべく最高指導者を探した。
そして、ものの5分程度で見つけた。
随分と豪華な部屋で、彼女はふんぞり返って座っていた。その前には枢機卿が立たされ、汗をかいていた。
「勇者様達はつつがなく、訓練を開始致しました。異世界から呼んだからか、魔法にも大変ご興味がおありのご様子で…」
「そんな事はどうでも良いのです。早く実践に移りなさい。もうすぐ大森林のダンジョンは飽和状態になります。バザル鉱山のダンジョンも、いつスタンピードが起こるか分からない状況。一刻も早くダンジョンを攻略し、正常化させるのです」
ふむ。大森林にバザル鉱山ね。そこにダンジョンがあると。
それで、そこで異常が起きていると。その異常がバグによるものであり、女神様とやらが俺達を呼んだ理由なのかもしれんな。
であれば、俺の当面の目標は、そのダンジョンの攻略だな。
…でも、魔法のある世界なんだから、冒険者を雇ってダンジョンクリアさせれば良いと思うんだが…そんなに異世界勇者って強いのか?
「良いですか?大事にしなければいけないのは、魔力適正Sランクの勇者や聖女のみ。Sランク未満の奴らは使い潰して構いません。すぐにも実践授業に移り、経験を積ませなさい」
「わっ、分かりました。急ぎ、手配致します」
おいおい。やっぱりこいつら、とんでもない犯罪者集団だな。
俺が敵認定していると、強烈な殺気を感じた。
飛ばしたのはイリーナ。奴の魔力が膨れ上がり、鋭い目がこちらを向く。
やっば。
「そこっ!」
光線が飛んできたので、俺は一旦亜空間を閉じる。そして、別の影から亜空間を開くと、先程まで開いていた場所が真っ黒焦げになっていた。
ふむ。ただ権力に溺れたお嬢ちゃんではなかったか。
「いっ、イリーナ様。どうされました?」
「視線を感じました。ちゃんと結界は張っているのでしょうね?ギヨーム」
「勿論でございます。防音と遮断魔法の3重魔法。如何に王宮魔道士であっても、これを突破するのは不可能でございます」
おっ。なら、俺の亜空間は王宮魔道士以上の能力なんだな。
まぁ、空間を操っているから、幾ら強力な魔法も無意味って事だろうけど。
とは言え、もう見るのは止めとこ。耳だけお邪魔してと。
「そうですか。ですが気をつけなさい。異世界勇者の中には、稀に我々の知らぬ力を持つ個体が居ると聞きます」
「それは…あの適正Eの少年もでしょうか?」
うん?俺の事か?
「可能性はあります。低くともBの適正はある異世界人の中で、あれだけ平民レベルとは考え辛い。引き続き、監視の目を光らせるのです」
「はっ!」
ははぁ〜ん。それで俺だけ、別隔離だったのね。
これで亜空間能力の事を教えれば、俺は他の人と同じくらいの待遇を得られるだろう。
でも…。
「お前らに使わせる亜空間はねぇ!」
亜空間の中で、俺は固く腕を組んだ。
本日はここまで。
「明日は何時に投稿するのだ?」
明日からは18時に1話投稿します。
「いつ、ざまぁが来るのだ?」
それは、読んでからのお楽しみという事で。




