2話~おかしい~
イリーナと名乗った女性は、この教会の偉い人らしい。
いや、教会どころか、国教となっている女神教の最高指導者らしくて、教皇とかよりも偉いんだとか。
教皇より偉いって、もうそれ神様なんじゃないの?
そんなイリーナ様に連れて来られたのは、教会の食堂。さっきの大聖堂と同じくらい広く、俺達では一番奥の長机を埋めるだけで終わってしまう程だった。
昼休みの最中に召喚されてしまったからな。教室にいなかったクラスメイトも多い。ここに来たのは20人くらいか?男子より女子の方が多くて不安だ。何より、大人が1人も居ないのが痛い。
子供だけ…余計に不安だ。
「では先ず、皆様の置かれた状況をお話します。ギヨーム枢機卿。お願いします」
イリーナ様に言われて出てきたのは、いかにも胡散臭い初老の男性だった。
その男性から、俺達は自分達の境遇について説明を受けた。
随分と儀礼的で遠回しに話してくれるので、頭の中で整理が必要だ。ええっと…。
つまり、俺達は増え過ぎた魔物を倒す為に集められたらしい。魔穴だかダンジョンだかから魔物が溢れ出しているので、それを討伐し、ダンジョンを攻略して欲しいとの事。
そのダンジョンの最下層には魔王が居るとかサラッと言っていたけど…おいおい。教会の理念とかよりも、そっちを詳しく話せよ。
「ちょっと、よろしいでしょうか?」
枢機卿が息継ぎをする間に、前の方で手が上がる。まだ何も言われていないのに、眼鏡を掛けた優等生がスッと立ち上がった。
このクラスの委員長、岸田だ。
「質問させて下さい。僕たちは家に帰れるのでしょうか?」
「勿論です。皆様にダンジョンを攻略して頂いた暁には、大々的なパレードを開いた後、順次ご帰還頂く予定となっております」
その言葉を聞いて、顔を青くしていた女子も笑みを浮かべた。
でも俺は、安心出来なかった。
本当に帰してくれるのか?ちゃんと元の場所の、元の時代に?召喚に成功しただけであれだけ喜んでいたのに、帰還魔法なんてあるのか?
そもそも、なんで俺達がこいつらに手を貸さないといけないんだ?こいつらは、俺達を攫った誘拐犯。犯罪者の言う事を聞く義理なんて、俺達にはないだろ。
なんでみんな、言う事を聞く流れになってんだよ。誰かそこら辺を聞かないのか?
俺は周囲を見る。でも、周りは「帰れる」の一言で完全に緩んでいた。偉そうな人の言葉だからと、鵜呑みにして笑い合っている。
…俺が捻くれ過ぎなのか?
「しっつもーん!」
周りの空気が軽くなる中、また手が上がる。ワックスで髪を遊ばせたチャラ男が、体をクネクネさせながら立ち上がった。
前川だ。こんな時くらい、イヤフォンを外せよ。体の一部なのか?
「あのさー。なんか戦えとか言ってるけど、武器かなんかくれるん?俺ら学生よ?」
偉そうに言い放つ前川に、周囲から拍手が起こる。何でもない質問をしただけなのに、前川はまるで英雄にでもなったみたいに拳を上げた。
流石の枢機卿も、若干顔を強ばらせて首を振る。
「いいえ。武器など必要ありません。異世界から召喚された勇者の皆様には、既に強力なスキルが備わっている筈ですから」
枢機卿が両手を開いて言うと、生徒の中で「よっしゃ」と小さな歓声を上げる者が出始める。スキルだ魔法だと、三軍の男子を中心にヒソヒソ話が始まる。
まぁ、そうだよな。勇者召喚と言えばスキル。そしてそのスキルを確認する為、鑑定の儀式って言うのがお決まりの流れだ。
…決まり?何の決まりだ?俺は、この流れを知っている?勇者召喚の流れを?
何故?
俺の予想通り、その鑑定の儀式は食事会を開いた後に行われると聞かされた。
豪勢な教会の割に質素な食事内容だったけど、スキル鑑定が楽しみなクラスメイト達は気にした素振りも見せなかった。
ただ興奮気味に、自分がどんな才能に恵まれているのかと空想を広げていた。
そして今、鑑定の儀式が始まる。
「前の方から登壇して下さい。少し血を貰いますが、ヒールですぐに回復致しますのでご安心を」
回復魔法の名を聞いて、みんなは更に興奮する。
先陣を切った三軍男子が、奥のステージに上がる。枢機卿とイリーナ様が待つ台の前まで進んで、そこに置かれた水晶に手をかざした。
あれが鑑定のデバイスか。ここからでも光っているのは見えるけど…水晶の中はどうなっているんだ?
「おお。素晴らしい」
目を凝らしていると、枢機卿が声を上げる。
「魔力適正がB。炎と風の適正有り。これなら、大魔道士になれますね」
「やった!魔法使いだ。どうしたら使える様になるんですか?」
「焦らないで下さい。皆さんの適正に応じて、最適の訓練メニューを用意しています」
それを聞いて、男子の背筋が伸びる。登った時とは裏腹に、肩で風を切って降りて来た。
調子の良い奴め。
鬱陶しさと羨ましさが入り交じり、俺はそいつを睨んでしまう。
でも、すぐにどうでもよくなった。
登壇する人がみんな、凄そうな名前のスキルや適正を持っていたからだ。
「魔力適正A!これは素晴らしい」
「剣と馬術系のスキルがありますね。これは騎兵の素質があります」
「おおっ、魔力適正S!全属性魔法のスキル!まさに大賢者の才でございます!」
凄い。捻くれ者の俺でも、心がワクワクしてくる。強さに大小はあるも、何かしら戦えるスキルをみんな見出されていた。
俺はどうなんだ?滅茶苦茶強力なスキルを貰って、逆転出来るんじゃないか?
あの前川に。前川の野郎に、一泡吹かせるチャンスなんじゃ…?
そう期待する俺の目の前で、奴が登壇する。一軍男子達はみんな、賢者や剣聖なんかの才能を見出されているので、自分もやってやると自信満々にステージを歩く。
そして、水晶が輝く。
他の奴より、強烈に。
俺は嫌な予感がしたけど、それをすぐ枢機卿が言葉にした。
「なんとっ!とうとう出ましたか、勇者様!」
ぐっ…。
俺は耳を塞ぎたかったけど、それより早くイリーナ様の興奮した声が追い打ちを掛けてきた。
「全魔法と全武器適正。それに英雄のスキル…間違いありませんね。貴方こそ勇者です!」
イリーナ様は前川の手を取り、ジッと見詰める。何を言っているのかは聞こえないけど、きっとべた褒めされているんだ。だって、前川の顔がデレデレしているから。
彼女持ちなのに、他の女性に鼻の下伸ばしてて良いのか?お前。
「やるじゃん、前川」
「さっすが、バスケ部のエース」
一軍の奴らが、降りてきた前川を取り囲んで騒ぐ。まだ他の人の鑑定が行われていると言うのに、お構い無しでバカ笑いを始めた。
それを、誰も咎めない。学校だけでなくここでも力を手に入れた彼らは、圧倒的な地位を確立していた。
勇者、大賢者、剣聖、聖女。
もうこいつらは、ただの一軍じゃない。勇者パーティーだ。
バカで道徳心の欠けらも無い、狂った危険人物達のチーム。
なんで、こいつらばかり…。
「次!」
とうとう俺の番になった。
慌てて登壇するけど、心臓が嫌な跳ね方をして気持ち悪い。ここに来てみんなが俺を見ているのを感じて、余計に緊張する。
なんでさっきみたいに騒がないんだよ。あれか?また俺をバカにするネタを期待しているのか?これでただの魔法使いとかになったら、また童貞だのなんだのって茶化して来るんだろ?
見てろよ。
俺は台の前に立ち、ナイフで指を切る。その手で水晶玉に触れると、じんわりと温かみを感じた。次いで、水晶が光る。
…光ってるよな?これ。天井の魔導ランプが反射してるだけじゃないよな?
「うん?」
不安に思っていると、枢機卿が険しい顔で水晶を覗き込む。
余計に不安が募る前で、枢機卿は顔を上げて、首を捻った。
「おかしい。魔力適正がEで、スキルも無しだと?異世界の勇者でこんな、平民みたいな反応は…」
「えっ?」
俺は心臓を鷲掴みにされた気がして、水晶を覗き込む。さっきまで光っていたのに、今はその光が失われていた。
いや、もっと酷い。水晶の中が、黒いモヤで満たされる。真っ黒なそのモヤの中で、何かが映った。
なんだ?これは。
「だめだ…こやつはハズレか。何もなしだ!」
水晶を覗いていると、同じく覗いていた枢機卿がため息交じりに声を上げる。
それを聞いて、周囲から笑い声が上がった。
爆笑。
後ろを見ると、みんなが手を叩いて笑っていた。
前川達は、それはそれは嬉しそうに。
無能。
みんなの笑い声が、侮蔑の目が、俺にそのレッテルを押し付ける。
なっ!違う!まだ鑑定は終わっていない!
俺は枢機卿を見るが、彼はただ残念そうに水晶を見下ろすだけ。
…このモヤが、見えてないのか?明らかに異常だろ?
無能と言われて、俺は必死になる。ここから何か見出さなければと、齧り付く様に水晶を覗く。
すると、何か見える。
男だ。黒子服を来た男が、こちらを見ている。
誰だ?これは?君は一体…。
もっと良く見ようとした途端、
頭痛。
激痛。
そして、映像が頭の中で流れる。
「ぐっ!」
なんだ、これは。頭の中で、誰かが叫んでいる。知らない記憶が、濁流の如く流れ込んでくる。
ウロボロス?魅了の魔眼?女神プロジェクト?
ハエの王?レガディウム?
アグレスって、何なんだ?俺は……誰だ?
記憶が混濁し、目が回る。
あまりの激痛に、俺の目の前が真っ暗になる。
意識も、その暗闇の中へと消えていった。
このあとがきには、補足や考察、雑談等を入れていきます。
※カギカッコの使い方について。
「」…通常の会話。
『』…マイクや電話など、肉声でない会話(夢の中の声含む)
【】…人間以外の言語の会話(魔物の鳴き声含む)
〈〉…表記された文字やマークなど。
〈◆〉…視点切り替え(話し手が主人公から別の人になります)




