1話〜静粛に〜
「ぎゃははは!マジかよ、それ」
「マジ、マジ。んでさぁ…」
俺の席を占領した一軍男子達が、ぺちゃくちゃとバカ話に花を咲かせている。人の席だと言うのに、バンバンと机を叩いて上履きのまま椅子の上に乗っていた。
モラルもヘッタクレもないそいつらの行動に、俺は為す術もなくただ固まるしかできない。
下手なアクションを取ったら、"また"やられるから。
そう思って、大人しく見ていたのに…。
「あぁ?なぁ、みんな。なんか、黒井の奴が睨んでんだけど?」
それでも、一軍の男子共は俺を吊し上げて来る。ちょっとした事を誇張して、自分達の都合の良い様に作り替えてしまう。
そうして、バスケ部の前川が声を上げると、他の奴らも面白がってオーバーに振る舞う。
「きっも!便所虫が俺の弁当狙ってやがんのかよ」
「いやいや、倉橋。お前の彼女を狙ってんのかもよ?あいつ童貞だし」
「うえっ、最悪。便所舐めた舌こっちに向けるんな。ほら、サオリもなんか言ってやれって」
「う、うん」
俺が一言も喋らない内に、一軍の男子は彼女達とよろしくやっている。
ああ、分かっている。こいつらはこうやって、俺を出汁に仲間とバカやりたいだけだ。自分達の快楽の為なら、平気で人の心を踏みにじる。
だから、俺は何も言えない。こいつらは平気で人を殺す。物理的にではなく精神的に。
俺が、そうだから。
もう1ヶ月も前の話。高校生活が始まって間もない時期に、俺は不運に見舞われた。
休み時間にトイレへ行った時、こいつらと鉢合わせた。こいつらはトイレと言う狭い空間で、今みたいにはしゃいでいた。
そして、コケた。仲間に押されたのかは分からないが、前川の野郎が俺の方に突っ込んできた。俺は後ろを向いていたので受け身が取れず、ぶつかって吹っ飛ばされた。
そして、トイレの便器に激突した。頭を3針縫う大怪我を負って、1週間学校を休んだ。
でも、そんなのは序章だった。入院から帰ってきた俺は、それを知る
帰ってきた俺に掛けられた言葉は、同情でも労いの言葉でもなかった。ただただ、侮辱の数々。
便器に頭を突っ込んで、舐め回していたと言う捻じ曲がった噂が広がっていたのだった。
それを広めた張本人からは、未だに謝罪の言葉すらない。前川にとって、俺は不都合過ぎるんだ。
バスケ部のエースが怪我を負わせたなんて知られたら、クラスの評判が落ちる。もしくは、彼女にフラれると思っているのか。
どちらにせよ、こいつは自分が可愛くて俺を利用した。俺を道化にして、事件に蓋をしようとしているのだ。
それに、俺は何も出来ない。
だが、許した訳じゃない。いつかこいつをと、頭の中で何度も復讐を企てていた。
同じ目に遭わせてやろうかとか、ネットにこの事を暴露しようとか。超能力に目覚めてズタズタにするみたいな空想を思い描く事もあった。
そんな事したら大変な事になると分かっているけど、想像するのが楽しい。吠え面をかく前川を思うだけで、少しだけスッキリするんだ。
「ぎゃははは!」
でも、すぐに心は荒む。この、前川達のバカ笑いを聞く度に。
こいつらのせいで、俺の高校生活は滅茶苦茶になった。あと2年と8ヶ月、俺はずっと1人で居なくちゃいけない。文化祭も、修学旅行も独りぼっち。
その現実が突きつけられて、泣けてくる。涙を流したら、また揶揄われるから絶対に流せないけど、胸にぽっかり穴が空いたように感じていた。
まるで暗闇。お先、真っ暗闇。
ああ…時間が巻戻らないかな。そしたら俺は、前川を避けられるのに。便器に突っ込むのはアイツで、便所虫の称号もあいつに付けられるんだ。
そんな世界に、なったりしたらなぁ…。
【ああ…ケンゾク、様…】
「えっ?」
何か、声が聞こえた気がした。
女性の声。何処か、聞き覚えのある声。
でも、周囲を見てもそれらしき人はいない。俺と目が合った事で、迷惑そうに顔を顰める女子ばかりだ。このクラスで、俺に優しく語り掛ける奴なんて居ない。
…空耳か。それか、天国の母さんが語り掛けてくれたのか?こんな場面、母には見せたくなかったな。
俺は胸が苦しくなり、顔を伏せる。すると、床に奇妙な文字が浮かび上がっているのが見えた。
何だこれ?何かの文字?魔法陣?
誰のイタズラだ?と、俺は首を捻る。すると突然、文字が光り出した。教室一面に書き綴られた魔法陣が一斉に光り、クラスを下から照らす。
うぉっ!眩しい…目が痛い。
一体、何が起こっているんだ?
「おっ、マジか倉橋。やっとバイク買ったのかよ。じゃあ次の試合会場、みんなでツーリングしながら行こうぜ」
前川、お前…何を平然と駄弁ってんだ?この光が見えないのか?
いや、前川だけじゃない。クラスのみんな、ノーリアクションだ。
誰も、この魔法陣も光も見えない?俺だけが、見えている?
どういう…?
疑問は、更に強くなった光で掻き消える。
もうだめだ。目を、開けていられない!
俺は、光に包まれた。
「…えっ、なに?」「はぁっ!」「うぉあっ!?」
暫くして聞こえてきたのは、クラスメイト達の驚く声。最初は呟く程度の物ばかりだったけど、次第に大きく、荒くなっていった。
俺も漸く目が慣れて、瞼を開ける。
すると、
「…はぁ?」
他の奴らと同じ感想を漏らしてしまう。
でも仕方ない。目の前に広がる光景が、あまりに異様だったから。
教室の黒板は消え去り、代わりにあったのは巨大な白い像。一瞬、自由の女神かと思ったけど、その女性は羽根が生えて王冠の代わりに輪っかが乗っている。そして、その後ろには巨大なステンドグラスが。
ここは…教会?大聖堂?こんな施設、この学校にあったか?
訳が分からず、俺も他のクラスメイト達も唖然と大聖堂を見上げるばかり。
そこに、手を叩く音が響く。
幾つも、幾つも。
次いで、大きな歓声が巻き起こる。
「「「おぉおおおお~~!!」」」
声の方を振り返ると、教会の長机に白装束の大人がズラリと詰めかけており、こちらに向けて幾つもの歓声を上げていた。
彼ら彼女らの青い瞳が、俺達に向く。怪しく輝く目線が、幾つも幾つも刺さる。
「成功だ!」「ああ、女神様のご加護よ!」
西洋風の顔立ちの大人達。でも、その口から出るのは流暢な日本語。
なんだ、これは。何が起きているんだ?学校が用意したサプライズ?何かのドッキリ?
なんで俺達が、勇者召喚されなくちゃいけないんだよ。
…えっ?勇者召喚?
「ぐっ」
鋭い頭痛。まるで、針で刺されたみたいな。
でも、直ぐに収まる。
片頭痛って奴か?勇者がどうのって考えも、それのせい?
もう、何が何だかわからなくて、俺も他の奴らと同じように叫び出したい衝動に駆られる。
そんな中、
「静粛に」
凛とした声が、大聖堂の中に広がる。
決して大きくないその声は、騒がしいこの場でも不思議と通り、いつの間にかみんなの心を落ち着かせた。
みんなが、自然と像の前へと視線を向ける。そこに立つ、金髪の美しい女性に目を奪われた。
「皆様、ようこそグランディル王国へ」
女性は微笑み、俺達に向けて優しい言葉をかけてくる。
そして、その白く美しい手を差し伸べて来る。
「私は、イリーナ・サヴァリエ。女神教最高指導者にして、女神様の代弁者である私が、女神アルテシア様に代わって勇者様達を歓迎いたします」
そう言って優しく微笑みかけて来る彼女に、俺は言い知れぬ恐怖を感じた。
初めましての方は、初めまして。
そうでない方は、お久しぶりです。
筆者のイノセスです。
この度は、数ある物語の中から本書をお手に取って頂き、ありがとうございます。
主人公の活躍をご覧になりたい、一軍男子の吠え面を見たいなどありましたら、是非3話…いえ、3話以降もお読み下さい。
本日は20時、21時にも1話ずつ投稿致します。
宜しくお願い致します。




