25話~さぁ、まだまだありますよ~
「お願い…なんとか振り切って…」
掴む手綱から伝わる激しい鼓動に、私はただ祈るしか出来なかった。
後ろからは、恐ろしい男達の笑い声が響き続け、それが徐々に近づいて来ているのが分かる。このまま走っても、いずれ捕まってしまうのだと理解してしまう。
お母様や、護衛騎士達のように。
「なんでこんな事に…」
私達が何かした訳じゃない。ただ、お父様の代わりにコートヤードの街まで外遊して来ただけ。それだけなのに、帰り道で盗賊に出くわしてしまった。まるで軍隊のような馬の数で迫って来て、私達はなすすべもなく捕らえられてしまった。
でも、私は抜け出せた。母が私の背を押してくれて、騎士団が最後の抵抗をしてくれたから。
『生きて』と言ってくれた母の声が、まだ耳に残っている。
でも私は、その声に答えられない。追手との距離が徐々に近づいているし、あいつらの顔には余裕が見える。
楽しんでいるんだ。この状況を。私が王都まで辿り着けないと知っているから。
悔しい。でも、その通りだ。馬の息が上がってる。もう直ぐ止まってしまう。そしたら私は捕まって、後ろの奴らに好き放題されるんだわ。
「嫌よ、そんなの、嫌…」
いっそ、この馬から落ちて死のうかとも考えた。でもその度に、恐怖で凍り付いてしまう。その痛みを想像して、どうしても手綱に縋ってしまう。
生きようとしてしまう。
「…おーい…」
「えっ?」
何か聞こえた。盗賊達の笑い声ではない、女性の声。幻聴かと思って顔を上げると、遠くにキャラバンが見えた。
助かった!王都の巡回兵かも。
そう思って近付くと、次第にそれが商人の馬車である事が分かる。
ああ、ダメだわ。商人のキャラバンでは、この盗賊達に勝てない。我が家の護衛騎士でも勝てなかったのだから、冒険者じゃ無理よ。
寧ろ、彼らにも被害が出てしまう。私は逃げられるかもしれないけど…そんな事、出来ないわ。
私は綱を引いて、馬の行く先を変えようとした。その時、再び女性の声が聞こえた。
見ると、馬車の最後尾で手を振る少女の姿があった。
「おーい!こっち、こっち!」
そこに来いと言う事?何か秘策があるの?
分からなかったけど、受け入れられたことが嬉しかった。僅かな希望が見えた気がして、私はその少女の元へと馬を走らせる。
私が近づいて来ると、少女は手を振るのを止めて肩を回し始めた。そして、こちらに向かって何かを放り投げた。
布切れ?随分と汚らしいボロ布が、放物線を描いてこちらへと迫って来る。
そして、私の少し手前の地面に落ちる。途端に、その布の中から黒い粉塵が舞い上がった。
えっ!?
驚き手綱を捌こうとしたけど、間に合わなくて黒煙の中に突っ込む。何だか焦げっぽい臭いがして、視界が一気に悪くなった。
でも、それだけだ。何か体に異常が出る訳では無く、私と馬は黒煙を抜け出した。
今のは、何だったの?
訳が分からず、私は後ろを振り向く。あの黒煙が何なのか、もう一度見ようとした。
でも、
「えっ!?」
見えなかった。
振り返ったら、馬のお知りに男が立っていたから。
真っ黒なスーツに黒いマントを付けた、不思議な恰好の男性。背丈からして、同い年くらいの少年だと思う。
なんで?いつの間に?
「貴方、誰なの?」
「ああ、お尻に失礼してますよ。私はクロード。冒険者です」
少年は振り返って、深々とお辞儀をした。馬のお尻という不安定な場所なのに、凄いバランス感覚。
それに、その顔は思ったよりも幼い。この辺では珍しい黒髪に、紫色の瞳がキラリと光った。
彼は、盗賊達を振り返って手で指した。
「一応確認しますが、あちらは貴女のお連れさんではありませんよね?」
「…違うわよ。どう見ても盗賊でしょ」
まさか、私の仲間だと思っているの?それはかなり、失礼じゃない?
私が密かに憤慨していると、少年は背を向けて「そうでしょうね」と両手を広げた。
「万が一ですよ。万が一、貴女のお連れさんを消したりしたら、大変でしょ?」
「消す?貴方が?」
見たところ、何か武器を持っている風でもない。魔法の詠唱もしていないし、この子は何を言っているの?
私の疑念に、彼は広げていた両手に何かを持つ。それは、私に投げつけられたのと同じ、ボロ布の玉だった。
彼はそれを、ポイッと放り投げる。真後ろに投げた筈なのに、何故か大きくズレて着弾する。
盗賊達の一部が、舞い上がった黒煙に包まれた。
「なんだァ?」
「構うな、ハッタリだぁ!」
でも、その程度で怯む様な奴らじゃない。奴らは馬の速度を上げて、その黒煙の中に突っ込む。そして、何事も無かったかの様に飛び出してきた。
飛び出した様に見えた。でも、
飛び出して来たのは、盗賊が乗っていた馬だけだった。
馬上には、誰も居ない。
「はぁっ!?」
「なんだっ?」
「ザール達はどこ行きやがった!?」
黒煙を回避した盗賊達が、目を見開いて驚く。
私も驚く。
だって、一瞬の出来事だったから。何か爆発が起きた訳でもないし、あの粉に魔力が宿っている風でもない。なのに、人だけが消えた。黒煙にビックリして落馬したのかと思ったけど、黒煙が去った後には何も残っていなかった。
「一体、何が起きたの?」
余りの事で、私は手綱を手放してしまっていた。そのせいで、馬もその場に立ち止まる。
その馬上で1人、楽し気な声が上がる。
少年だ。
「さぁ、まだまだありますよ」
彼はそう言って、また両手を広げる。そこには、ボロ布ボールが何個も握られていた。
それを、盗賊達に向けて放る。ボールはあっちこっちに散らばり、黒煙が幾つも沸き上がる。
「うわぁっ!」「触るなっ!避けろ!」
黒煙を回避しきれなかった盗賊達は、次々に消えていく。黒煙をギリギリ回避した者も、その中から伸びてきた腕によって引き戻され、黒煙の中に消えてしまった。
何が、起きてるの?
私は、目の前で起きる奇々怪々な出来事に動けないでいた。何が起きているのか理解できず、恐怖を感じる。
「やべぇ!ありゃ、なんかの魔術だ!お前ら、退くぞ!」
盗賊達も恐怖に駆られ、馬を急停止させる。弱者を散々痛めつける彼らは、強者相手には尻尾を巻いて逃げる。
プライドも誇りも無い。まるで獣の様に、本能のまま逃げ出した。
それを見た少年が、マントを広げた。そのマントの中から、剣先が幾本も顔を見せる。
「逃がしませんよ」
少年が言葉を放つと同時に、剣が放たれる。逃げようとした盗賊の背に、次々と突き刺さる。
そうして、瞬く間に殆どの盗賊を始末してしまった。
残ったのは、最後尾にいた2人の盗賊だけ。その2人は、この惨状に悲鳴を上げて逃げ出した。
その背中を、少年は冷たい目で見ていた。
「あっ、貴方…貴方は一体、何者なの?」
全てこの少年がやったことなのは明確。でも、どうやっているのか全く分からない。
魔法?いいえ、彼は一度も詠唱をしていなかった。無詠唱だったとしても、魔法の流れは感じる筈。
じゃあ、精霊魔法?でも、どう見ても彼はエルフじゃないわ。
なら…何なの?
私が問うと、少年が振り返る。何故か片目を瞑って、ウィンクをしてくる。
「先に申し上げた通り、冒険者のクロードですよ。なんのスキルも持たない、Eランクでございます」
「Eランク!?」
そんな訳ないじゃない。こんな実力でEランクだったら、そこらの冒険者なんてランクが付かないわ。
騎士団長だって、きっと勝てないもの…。
「クロードォ!」
あまりに衝撃的な出来事に立ち止まっていると、キャラバンから男達が近付いて来た。その先頭の少女は、最初に手を振っていた子だ。
少年…クロードは馬から降りて、少女に答える。
「ありがとう、シアさん。作戦は大成功だ」
「凄かったね!盗賊みんな消えちゃった。何処行ったの?」
「さて?地獄じゃないかな?かなり悪い事をした人達だと思うから」
クロード少年がこちらを振り返る。それに釣られて、みんなこちらを見た。
私は慌てて、馬から降りる。気持ちを正して、背筋を伸ばす。
「助けて頂いて、ありがとうございます。私の名はマルガレーテ。ネルトーク伯爵家の三女ですわ」
私が自己紹介すると、後ろの男性達が驚いた顔をする。きっと、私の家名を聞いて驚いているんだわ。
当然よね。我が家は伯爵家。王都でも大きな力を持つ家だから。
でも、今はそんな事関係無いわ。
私は、驚く人達をすり抜けて、クロード少年の目の前に出る。そして、彼の手を両手で取る。周囲の目があるのも構わず、彼に懇願した。
クロード少年の前に立ち、彼の手を取る。なりふり構わず、懇願する。
「お願い…。母とみんなを助けて」
王都の騎士団に頼み込もうとしていたことを、クロード少年に託す。
彼なら、やってくれると思ったから。組員300人以上の大盗賊を相手でも、彼なら母を救えると思った。
仮令、何を要求されようとも。
その覚悟を持って彼を見上げると、
「ええ、良いですよ」
あっさりと断られてしまった。
そうよね。そんな無謀な事をいきなり頼んだら…って、ええっ!?
「いっ!良いの?相手はボロック盗賊団よ?王都の騎士団でも手を焼いてる、極悪非道な奴らよ?」
「ええ、生きている方を助け出すのは、問題ありません。死んでいたら…無理ですけど」
それは、そうでしょ。
いえ、そんな事より。
「場所も分からないわ。ボロックの拠点は、山奥に隠されてるって噂で、騎士団も探しているところよ」
「それも、大丈夫ですよ」
そう言ってクロードは、ずっと閉じている右目を指さす。
そして、
「私には、全て見えていますから」
全てが見えている。
そう言った途端に姿を消したクロードさんは、まだ戻ってこない。もう、日が落ちる頃だと言うのに、彼は何処にいるのかしら。
…いえ、分かっているわ。私の難題に、逃げ出してしまったのね。幾ら彼でも、やっぱり無理だったのよ。
そう落ち込んでいた矢先、
「みんなぁ~!誰か来るよぉ~!」
シアさんが声を上げて、手を振る。そちらを見ると、何頭もの馬がこちらに駆けているのが見えた。軽く100頭は超える数。
これは…。
「大変…ボロック盗賊団よ!」
私はみんなに、逃げるように声を上げた。
すると、シアさんが「え~?」と首を傾げる。
「盗賊って、あんな立派な鎧を着るのかなぁ?」
「えっ?」
驚き、私は振り返って目を凝らす。すると、馬達が見覚えのある馬車を引いてるのが目に入った。
その窓から、誰かが手を振っている。
それは…
「メグー!」
「お母様!?」
間違いなく、母だった。馬に乗っているのも、囚われた筈の我が家の騎士達。
みんなが平然と、私に向かって手を振っていた。
「お母様、良くご無事で」
「ええ。もう本当に、何が何だか分からないことだらけだったわ…」
夕食の席で、母は何があったのかをポツリポツリと語ってくれた。
「盗賊のアジトに連れて来られてね。そこで、お父様宛に手紙を書くように強要されたのよ」
団長のボロックは、母と騎士団を引き渡す代わりに身代金を要求しようとしたらしい。それで、母に手紙でその旨を伝えろと言って来た。
「その手紙を書いている最中に、貴女を追っていた盗賊が戻ってきたの。2人だけで、酷く怯えていたわ」
取り逃した2人だ。
そいつらがボロックに『全員殺された!』と報告している最中、2人に異変が起きた。
「背中からね。こう、影がニョキニョキ生えてきて、少年になったのよ」
クロードさんだ。
彼はその場に降り立つと、平然と交渉を持ち掛けたらしい。
盗品は半分くれてやる。残りと人質を置いて失せろと。
それを聞いた途端、盗賊達は大笑い。お母様達も唖然としてしまい、騎士団長と顔を見合わせたそうだ。
たった1人の少年が、武器も持たずに何をしに来たのだろうと。
それはボロックも一緒だった。突然現れた魔法には驚いたが、たった1人で何が出来るのかと。お前が魔法を放つ前に、ハリネズミみたいにしてやるぞと笑った。
そして、仲間に命令する。世間知らずの魔術師様に、世の中の厳しさを教えてやれと。
でも、
「誰も答えなかったわ。いえ…誰も居なかったのよ、その時には既に」
あれだけ大声で笑っていた盗賊達は、次の瞬間には消えていた。残ったのはお母様達と、ボロックだけ。
ボロックは顔を真っ赤にして怒った。この奇術師が!と、鉈を振り回して威嚇したらしい。
「それでも、クロードさんは一歩も退かなかった。相変わらず微笑んでいて、それで更に怒ったボロックが斬りかかったわ。でも次の瞬間、何故かその刃がボロックのお腹に突き刺さっていたの」
そう言ってお母様がこちらを見詰めて来るけど…私にも分からないわよ。彼がどうやって、ボロックを倒したのか。300人を超える大盗賊団を、一瞬に消したのか。
本当に、彼は何者なの?




