24話~何か、近付いて来てるよ?~
「わぁ!広~い!これが外なんだぁ〜」
馬車の帆に掴まって、シアさんが外の風景を見回す。既に街道も途切れたので、見えるのは踏み固められた轍と、何処までも続く野原だけだ。
それでも、彼女の目には新鮮に映るみたいで、小一時間くらいずっと外を見ていた。
「初めてなのかな?街の外に出るのは」
「うん!だって、街の外って危険だもん。魔物もいっぱい居るし、盗賊も出るって商人のおいちゃん達も言ってたよ」
「盗賊かぁ」
魔物が蔓延る世界なのに、よくやるよ。人間同士で争っていないで、ダンジョンに潜れば良いのに。
ダンジョンなら、お宝とかもあるんだろ?
「どしたの?クロード。盗賊怖い?」
憤りを感じていると、シアさんが心配して聞いて来る。
俺はそれに「まぁね」と返すと、彼女も「だよね~」と何度も頷いた。
「嫌だよね、盗賊。しかも、ここら辺に出る盗賊の中には、ボロック盗賊団って言うとっても大きな集団がいるんだって。それに目を付けられたら、これだけ大きなキャラバンでも全部取られちゃうって噂だよ」
「ほぉ。そんな大きな盗賊団が放置されているのか」
王都も近いのに、何やってんだ。
俺は呆れながらも、亜空間を開く。近くの森や飛んでいる鳥の影に出口を開いて、周囲を探る。
うん。取り敢えず、周囲に敵影は無い。でも、注意は必要だ。特に日中は亜空間が開きにくいから。
「おっと、そうだった」
俺はシアさんに向き直る。そして、1つお願いをした。
それというのは、
「いざという時の為に、黒を増やして貰いたいんだ」
「黒?」
「うん」
俺は彼女に、手のひらサイズの木片を1つ渡す。
「この木片を燃やして、炭を作って欲しい。ほら、スタンピードの時にやってくれたみたいに」
「あっ、あれね!」
シアさんは早速、小さな炎を木片に灯す。
この炭があれば、光が煌々と降り注ぐ場所でも亜空間が開けるだろう。トドとの戦いで、俺は初動が遅れた。ああいう事態を避ける為にも、先ずは闇を作り出す道具を揃える必要がある。
俺は陶器の壺を置いて、そこに炭を入れるようシアさんにお願いをする。そして、周囲の監視に戻った。
「野営するぞ。お前らも手伝え」
夕刻。
キャラバンは道を外れて一纏まりになり、いくつかのテントが立ち並ぶ。俺達も駆り出されて、夕飯の準備などを手伝った。
今日はただ座っていただけだからね。これくらいのお仕事はしないと。
「おーい。ミーティングだ」
夕飯が終わると、俺達は厳つい男達の会議に呼ばれる。そこでは、今夜の見張りの順番について話し合われた。
警備班のリーダー…有名な冒険者パーティーのリーダーで、ラルスというらしい。そのラルスさんが、商品箱から大きな砂時計を取り出し、地面に置いた。
「1班3時間。それを3班に別れて行う。異常があれば、この鈴を鳴らせ」
俺達は2班に割り振られ、1番キツい真ん中の時間を担う事になった。
俺は亜空間があるから良いけど、シアさんが可哀想だな。初めての夜間警備だろうし。
「シアさん。キツかったら寝てて良いからね?監視は俺に任せて」
「んーん。だいじょーぶ!」
ホントかな?
「ほら、お前ら。よく聞けよ」
心配していると、ラルスさんが手を叩いて注目を集める。
「最近のここいらは、魔物の出現率が異様に高くなってる。恐らく、大森林の魔物が溢れているんだろうが、毎夜襲撃があると思って警備しろ。良いか?」
「「うっす!」」「はいっ!」
大森林か。それを聞くと、王都ではなく直でそちらへ行きたい気持ちが湧いて来る。
でも、ダメだ。今の俺は物資不足だからな。スライムと聖騎士戦で武器の摩耗も激しいし、もっと上等な武器も仕入れたい。一度王都によって、ダンジョン攻略の準備を整えないと。
その為にも、この仕事を完遂し、魔物を狩って資金を調達せねば。
そう意気込んで始めた夜間監視だが、ヒマだ。周囲に魔物の気配は無いし、シアさんは開始5分で夢の世界だし。
俺は暗闇が支配する平原を、両眼を飛ばして探し回った。
傍から見たら、俺達2人とも寝ている様に見えるのだろうか?立って監視しているフリをしたいけど、シアさんが俺の肩でスヤスヤだからなぁ…。
「お~い。交代だぞ、ガキども」
結局、何事も起きずに交代の人が来た。
俺は眠ったままのシアさんを抱えて、馬車の方へと戻る。そして、引き続き周囲の監視を行った。
最初の休憩で、ばっちり8時間休ませてもらったからね。俺は俺で、遠くの森の方を監視しとこ。
そうして周囲に目を配っていると、やがて向こうの空が薄っすらと明るくなってきた。
夜明けだ。もうすぐ太陽が昇る。
と、その時。森の中から微かに足音がきこえた。次いで、奥の葉が揺れるのが見える。
そしてすぐに、茶色の毛玉が俺の目下を通り過ぎた。
森狼。
それも群れで迫ってきている。
「この時間に来るとはな」
俺は飛び起き、馬車の外に出る。周囲はまだ、魔物の接近に気付いていない様子だった。
日が昇る直前ってのは、1番気が緩む時間だからな。向こうがそれを狙って来たんだとしたら、相当厄介な相手だぞ?
「狼だ!狼が来るぞ!」
鈴は渡してしまったから、俺は声を張って危機を知らせる。すると、ラルスさんが馬車から顔を突き出し、怪訝そうな目をこちらへ向けた。
「なに寝ぼけてんだ?お前。ここに居て、どうやって襲撃が分かんだよ」
「寝ぼけてませんよ。東南東の森から、狼の群れが迫っています」
俺が向こうを指さすと、ラルスさんは「やれやれ」と言いたげに首を振った。
でもすぐに、俺が指さした方角で鈴の音が鳴り響く。次いで、「魔物だ!」と悲鳴が聞こえてきた。
ラルスさんが目を点にして、俺を見てくる。
「なんで、お前…」
「そんな事より、早く迎撃に行きましょう」
俺は走って、鈴の音の元へ向かう。そこに着いた時には、既に数頭の狼と警備員が戦っていた。振り回した槍先に、狼が食らいついていた。
劣勢だな。
「たっ、助けてくれ!」
おぉ。君はいつかのお兄さん。確か、ロイド君だったかな?君も同行していたのか。
「了解!」
俺は狼のすぐ近くに亜空間を開き、そこから槍を出現させる。槍は狼の腹を貫いて、絶命させた。
それを見た他の狼が、何だ?何だ?と驚いて尻込みした。
「なっ、なんだ!?何処から槍が?」
おっと。ロイド君も驚かせてしまったか。
悪いな。でも、先ずは人命優先だ。
俺は次々と亜空間を出現させて、狼を貫いていく。戸惑い、足を止めていた狼達は、格好の的であった。
そして、踵を返す。こりゃ堪らないと、森へと逃げ帰った。
残ったのは、20体余りの狼の骸達。
「おい!大丈夫か!?」
狼の遺体を確認していると、ラルスさんが手に槍を持ち、仲間を連れてやって来た。その中には、フランツさんの姿もある。
狼の死体を見て、目を見開くラルスさん。
「これは…これを全部、お前達がやったってのか?」
彼に問われて、ロイド君がブンブンと両手を振る。
「違います!俺は何もしてません!狼に食われそうな時にこいつが来て、そしたら、急に槍が生えてきて、それが狼の体を貫いたんでさぁ!」
「槍が生えるだぁ?何を言ってんだ、お前は」
ラルスさんはボリボリと頭を掻き、残念な奴を見る目でロイド君を見下ろす。
そんな2人を、フランツさんが追い越す。座って狼の傷口を見た後に、俺を見上げた。
「お前か?」
「えっと、まぁ…」
曖昧に頷くと、フランツさんは立ち上がってニヤリと笑う。
何か言われるかと思ったけど、彼は何も言わずに「持ち場に戻れ!」と集まった人達を散らした。そして、俺を振り返って狼を指さした。
「それは全部、倒したお前の物だ。どうする?ここで買い取ってやってもいいが」
「いえ。冒険者ギルドに持ち込みます」
もしかしたら討伐報酬が得られるかもしれないし、移動中の彼らより高く買い取ってくれるだろう。何より、皆さんの荷物になってしまうのは忍びない。
そう言う意味で答えると、フランツさんは「そうか」と片手を振って馬車に戻って行った。
20匹の狼を持ち運ぶって言っても、全く驚かなかったな。彼はもしかしたら、亜空間の性質を薄々勘づいているのかも。
それからも、魔物はちょくちょく襲撃してきた。狼系の魔物や、ゴブリンなんかの小物が多かったが、中にはオークやレッドボアのような大物の襲撃もあった。
オークの時は、みんなが起きている日中だったので、迎撃は他の冒険者さん達にお任せした。
その分、夜間は俺が頑張った。全ての襲撃を事前に察知して、警ら隊が魔物と接触する前に狩り尽くした。
レッドボアの襲撃時はヒヤリとした。10頭以上で突っ込んで来たんだけど、鉄の槍や剣では毛皮に刺さらずに折られてしまった。
仕方がないので、ミスリルナイフで機動力を削ぎ、亜空間の中に落とした。けど、それを見たロイド君は「こんな所に落とし穴が…」と完全にビビってしまい、草の根を分けて歩くようになってしまった。
「なぁ、おい。お前。どんなスキルを持ってんだ?」
逆にラルスは、俺に興味深々になってしまった。
馬車に揺られながらシアさんと作業していると、態々馬に乗って来て話しかけるようになっていた。
特に気になっているのが、俺の探知能力みたいだった。
「おい、どうなんだ?クロード。マビノギオンに入る決心は付いたかよ?」
そして頻りに、俺を彼の冒険者チームに誘うようになった。
俺が何度断っても「よく考えておいてくれ」って言われてしまって、結論を聞いてくれない。
そんなに探索能力が欲しいのかね?もしかして彼らも、ダンジョン攻略をするつもりなのか?
「あれ?」
ラルスさんからどう逃げようかと考えていると、シアさんが立ち上がり遠くを眺めた。
危ないよ?シアさん。ここ悪路だから、何時馬車が揺れるか分からんぞ?
「見て、クロード。何か、近付いて来てるよ?」
シアさんの腰を支えていると、彼女は遥か後方を指さす。なので見てみるが…なんも見えない。
くそっ。黒板とタブレットばかり見てたからか。
「なんだ?嬢ちゃん。何が見えるんだ?」
悔しがっていると、ラルスさんも疑問符を浮かべた。
ほぉ。良かった。俺が弱視じゃなくて、シアさんの目が良いだけみたい。
「なんか、たくさん土煙が上がってるのが見えるよ?」
土煙?
俺は片目を瞑って、亜空間に飛ばす。草場の木陰に目を設置して、暫く見ていると…。
馬だ。馬が駆けて来ている。先頭の馬には少女がしがみ付いており、縋るように馬を走らせていた。
その後ろからは、多くの馬がいきり立って続く。まるで先頭の馬を追い立てるように、その馬上から罵声や笑い声が聞こえる。
獣とも人とも思えない、下卑た笑い。
それを吐き出しているのは、武器を持った男達。少女とは比べられない程に汚らしい格好をした男達が、華奢な少女を追い回していた。
これは、盗賊か?
「どう?クロード」
過ぎ去った馬群の背を見ていると、すぐ横でシアさんの声が聞こえた。
俺は目を戻し、頷く。
「うん、盗賊っぽいね。少女が1人、追われているよ」
「えっ!?」
シアさんは驚き、動きを止めた。でも直ぐに再起動し、俺の肩を揺すった。
「ちょっと、クロード!なんでそんな、落ち着いてるの!?早く助けないと!」
「分かった!分かったから、揺らさないでくれ!」
危なく落とすところだっただろ。
落とさなかったことに安堵して、俺は持ち上げた壺を彼女に差し出す。
「新兵器の出番だ、シアさん。一発、ぶちかましてくれ」
「おっけー!任せて!」
シアさんが気合の入った声を上げて、肩をグルグル回した。
頼むよ。投擲も、俺の苦手な分野だからさ。




