23話〜クロード!〜
「それでは皆さん…行ってきます…」
ヤツれた顔のイリーナが、群衆に向かって手を上げる。すると、集まった人々は大歓声でそれに答える。勇者一行の旅立ちを祝福し、感謝の声を幾つも上げた。
まさに勇者の旅立ち。だけど、それに喜ぶのは調子に乗った前川くらいなものだった。専用馬車に乗るイリーナは、早々に顔を引っ込めてしまった。
折角押さえたトドの裏金も、全部前川が溶かしてしまったもんな。金貨をばら撒き、高級ワインを買い漁り、女子に衣服を買って、男子にバーガーを奢っていた。
そうして豪遊した結果、血税は全て市民に還元された。
いや、全部じゃないな。一部はフランツさんの利益になっている。
でも、それも当然の事。彼には今回、大変お世話になった。その報酬としたら安いくらいだから。
そういう事もあったので、街の人達は好意的に勇者を見送る。トドを捌いて医療費を戻したイリーナも、天使様と崇められていた。
旅の資金は失ったが、大きな信頼を得られたのは大きいと思う。本人は全然、嬉しそうじゃないけれど。
「俺も随分と、失ったな」
亜空間の中を覗き、俺は独りごちる。教会からくすねた資金は薬草代で消え、魔物の代金もワインとお香で消えてしまった。残ったのは、大量のお香と少しのワインだけ。
また資金集めをしないと。
「やっと来たわね。問題児」
稼ごうと思ってギルドに来ると、入って早々にクレール姉さんから睨まれてしまった。そして、強制的に呼び寄せられる。
何です?僕、また何かやっちゃいました?
「あんたに2つ、話が来てるわ。1つは、あんたに指名依頼よ。指名者はベルマン商会」
「おお。フランツさん」
姉さんが差し出してきた用紙を見ると、そこには護衛任務との文言が。
護衛?おかしいな。俺は彼に、実力を見せてないぞ?精々、荷物の積み下ろしくらいだ。
それに…。
「クレールさん。確か護衛任務って、Eランクでは受けられないんじゃなかったでしたっけ?」
「ええ。でも、指名されたら別。ランクはあくまで信用を得る為のものだから」
おっと、そうだった。指名されたら、発注者から十分に信用を得ているって判断される訳か。
そして、護衛区間はこの街から目的地まで。その目的地は…。
「王都、ヴェルトール」
おおっ。良いね、王都。貴族とのコネクションも出来そうだし、何より物資補給に持って来い。武器、調味料、情報。全てが集中する大都市。
そして、イリーナが言っていた大森林への通り道だ。
「ありがとうございます!すぐに向かいます!」
俺の頭の中は、次の冒険でいっぱいだった。
先ずは道中で魔物を狩り、素材を集める。それを王都で売って資金とし、その金で武器を買い漁る。その武器で大森林の攻略に向かおう。
ミスリルのナイフは凄い切れ味だからね。やはり、良い武器の方が攻略の幅が広がる。それに銃火器があったら最高だ。亜空間と組み合わせれば、火力が数倍に膨れ上がる。
良いぞ。
「ちょっと待ちなさい!」
もうちょっとで飛び出そうとした俺を、姉さんの怒号が止める。来い来いと、姉さんの人差し指に引き戻される。
「2つあるって言ったでしょ」
「あっと、そうでした…」
しまった。ついつい、浮かれてしまった。
「全く、あんたは」と呆れる姉さんに謝ると、彼女はもう1枚紙を差し出して来た。
ええっと…試験日程?
「ギルマスが、あんたをCランク試験に推薦したわ。ブルーオーガを倒す冒険者が、Eにいちゃダメだって」
「飛び級ですか?」
「そうよ。当たり前でしょ?」
姉さんは指を折っていく。
「地下のスライムを一掃し、町中のドブさらいを1日で終えて、育ち過ぎたトレントを倒して、一晩で東森の魔物を狩り尽くす…こんなの、Cでも出来ない事よ」
その節は、お世話になりました。
「良いこと?試験は月末だから、絶対に受けなさいよ?」
月末かぁ。まだまだ先だ。
俺は曖昧に頷いて、ギルドを出る。
さて、フランツさんに話を聞かないと。
「ああ。間違いじゃないぞ。お前に依頼したのは、護衛の任務だ」
フランツさんに「護衛で良いんですか?」と聞いてみると、そんな答えが返ってきた。
どうして?と眉を上げると、彼は片頬を上げた。
「相当な実力を持っているみたいだな、お前さん。騎士団と修道士を相手に、余裕の勝利だったと聞いているぞ」
「うぇっ!?」
それって、あの路地の戦いだよね?
なんでそれが、俺だと?
「くっふっふ。あまり俺達を舐めてくれるなよ?魔物素材の大量取引とワインの購入履歴を探れば、誰が男爵なのかバレバレだ」
ぐっ…。金の動きで把握されたのか。
流石は、この街一番の大店。物流は彼らの物ってことか。
「勿論、荷物の積み込みもして貰う。それを含めての報酬設定だ。移動中の貢献具合によって、追加も考えている」
「分かりました。出発は何時ですか?」
「荷を乗せ次第出発する。そうだな…明日の朝には出られるだろう」
あっ、明日!?
「分かりました。では明日の朝」
「おう。待ってるぞ」
俺はフランツさんと別れ、その足でギルドに戻った。でも受付にクレールさんは居らず、節穴女性が立っていた。
仕方ないから彼女に伝言を頼もうと思ったら、慌ててバックヤードに引っ込んでしまった。
…トレントがトラウマだったのかな?
「よう!クロード」
カウンター前で棒立ちになっていると、横からバンドンさんの声が聞こえた。見ると、ワインボトル片手に手を上げる彼が居た。
昼間から飲んでるのか?いや、いつもの事か。
「こんにちは、バンドンさん」
「おう、クレールから聞いたぞ?お前、王都に行くんだって?」
「ええ。ベルマン商会の護衛で」
耳が早いな。流石はバンドンさん。
「そうか。寂しくなるな」
陽気な雰囲気から一転、しんみりするバンドンさん。
護衛以外の事は何も言っていないのに、俺がここに戻らないことを察しているみたいだ。
やっぱり違うな。ベテラン冒険者ってのは。
「お世話になりました、バンドンさん」
「なに言ってんだ。俺達がお世話された側だぜ。地下のスライムも東森のスタンピードも、お前が居なかったらヤバかったんだからな」
眉を下げて残念がるバンドンさん。でも直ぐに、ニカッと笑ってボトルを差し出してきた。
うん?
「飲め!クロード。今日はお別れ会だ!」
「お別れ会…」
そうだよな。短い間とは言え、この街では色々と出会いがあった。お世話になった人も多いから、このままは不味いよな。
「バンドンさん。ちょっと他の人にも挨拶したいので、飲み会は夜で良いでしょうか?」
「おう、良いぜ。それまで、場を温めておくからよ!」
…今から温めるの?それ、夜にはみんな潰れてるパターンじゃない?
嫌な予感はしたが、俺はギルドを出て街に繰り出す。ギルド以外にも、挨拶をしておかないといけない場所が多いから。
市場でお世話になったおばちゃんやおじちゃん。教会の子供達。ホテルの受付ヴィクトールさんとスタッフさん達。
そして一番は、レストランデボラのシアさんだ。彼女には本当に、お世話になった。
そう思って挨拶しに来たのだが、言い出した瞬間に泣き出されてしまった。
うぇっ!?
「うぇえええん!なんで行っちゃうのぉ!ずっと居ればいいじゃん!」
「いや、あの、これも仕事だからさ」
「仕事なんていっぱいあるでしょ!?冒険者なんだからさぁ!」
そりゃ、冒険者の仕事はね。でも俺は召喚された異世界人。大天使様からお願いされた以上、この世界の脅威を取り除く使命がある。
前川達も動いてはいるけど…正直不安だ。何となく、やらかす気がするから。
「この街みたいに、苦しんでいる人が大勢いる筈なんだ。そう言う人を1人でも救いたい。それが、冒険者になった理由なんだ」
「ぐすっ…そうなの?」
ごめん。これは嘘。冒険者になったのは身分証が欲しかっただけだ。
でも、他は本心だ。バグで苦しんでいる人を、俺は救わねばならない。それが、この世界に来た理由だから。
「また来るよ、この街にも」
「うぅ…」
また涙を浮かべるシアさん。
困ったな…。
「ふざけるなっ!」
頭を掻いていると、向こうの席で怒号が飛ぶ。何かと思って見てみると、体の大きな客がウエイトレスを怒鳴っていた。頬の肉を振るわせて、顔を真っ赤にして叫ぶその客は。
「儂に手で食べろと抜かすか!儂は大司教、ブルトッド様だぞ!」
うん、トドだった。
何でこんな所に居るんだよ…。
俺は呆れ、周囲の客は恐怖で2人に注目する。でも、そんなこともお構いなしにブルトッドは吠え続け、ウエイトレスは恐怖で震える。
そんな中、
「待ちなさい!」
シアさんが、2人の間に飛び込んだ。ウエイトレスを背中に回し、ブルトッドを睨み付けた。
「これ以上カプリスをイジメるなら、店から出て行って!」
「なんだとぉ?この小娘がっ!」
逆切れしたトドが、シアさんの胸倉を掴む。
俺は飛び出そうとしたが、それより早くトドの手が光り出した。
無詠唱で、雷魔法だと!?
「動くな!動けば、この店ごとお前らを消し炭にするぞ!」
トドは酔眼で、俺達を睨む。片手でシアさんを盾のように抱え、もう片方の手はバチバチと帯電している。
くっ。光が邪魔だ。奴の周囲に影が消えてしまっている。俺しか黒い服を着ていないし、シアさんで隠れてしまって、剣を飛ばす訳にもいかない。
何処か、何処かに影を見つけねば。
俺は動かないように注意しながら、あちらこちらに視線を飛ばす。でも、無い。亜空間を開ける場所が、トドの周りに何処も無い。
どうする?トドを挑発して、こちらに注目させるか?魔法を撃ってきたら、それを反射して…。
それで、シアさんに当たったらどうするんだ。
「お前らのせいだ…」
慌てる俺の耳に、トドの唸り声が届く。
「お前ら下民が、儂を愚弄したのだ。儂の金を奪い、儂から地位を奪った。今度は、儂が奪ってやる。全て、お前らの全てを」
うわ言のように呟くトドは、危ない光を目に宿す。
正気じゃない。こいつ、自暴自棄になっていやがる。
「クロード!」
シアさんが鋭い声を上げる。次いで、足を大きく振り上げた。その足は机の上に置いてあった物を蹴り上げて、宙へと高く飛ばした。
それは、白いパン。俺が伝え、マダムが改良したハンバーガーだった。
それが、今、
「うべっ」
トドの頭に落下する。べっとりと、トドの頭から具材が落ちた。
一瞬、時間が凍る。でも直ぐに、トドが震えだす。怒りで、全身が真っ赤に染まった。
「こぉぉのぉお!小娘がぁ!!」
トドは怒りに任せ、拳を振り上げる。凶悪な光を放つその拳で、シアさんに殴りかかった。
でも、寸前で止める。振り下ろしたところで、トドは動きを止めた。
いや、
「なっ!なんだぁ!?体が、動かない。どうなっている!」
振り上げたトドの腕には、別の腕が巻き付いていた。
俺の腕だ。俺がトドを止めたのだ。その腕は、トドの肩から生やしている。そこに付いたハンバーガーの黒いソースによって、亜空間を開くことが出来たのだ。
ソースの黒を使うとはな。全く、ナイスなアシストだぜ!シアさん!
「ぐぅう!なんだ、この奇妙な腕は。離せ、離せ!」
トドも俺の腕に気付き、もう片方の手をブンブン振って藻掻く。
ああ、良いだろう。離してやるよ。
俺は抑えていた力を弱める。逆に引っ張って、雷の拳を誘導してやる。
トドの、大きな顔へと。
「なっ!ぶぐぅ…!」
拳はトドの顔へとめり込み、纏われていた雷撃がトドの全身へと走る。彼のブヨブヨの体が小刻みに振動し、やがてドサリッと床に倒れた。
トドは、動かなくなった。
大変な1日だったが、あっという間に終わってしまった。
トドは衛兵に連れていかれ、シアさん達も事情聴取で一緒に行ってしまった。
そして俺は、エンジン全開のバンドンさん達と朝まで飲み明かす羽目になった。最初の出会いを思い出して、ちょっと感動してしまったが、朝日を見た途端に吹き飛んだ。
やっぱり冒険者って、破天荒だ。
そして俺は、フランツさんの元に来ていた。
既に荷物は積み終わっており、彼らは馬車と馬の点検に勤しんでいた。
そんな彼らを見ていると、ゾロゾロ見物客が集まって来た。驚いたことに、さっきまで床に転がっていたバンドンさん達の姿もある。
大丈夫なの?
「お前こそ大丈夫なのか?樽一杯の酒を飲んで、一睡も無しに馬車なんてよ」
「大丈夫ですよ」
一滴も飲んでないし、亜空間の中で8時間睡眠だからね。
俺が笑顔で頷くと、フィンさん達が「ウワバミだぁ…」と、新たな二つ名を付けてくれた。
そうじゃない。そうじゃないんだ。
「クロード!」
仲間に挨拶していると、元気な声が追いかけて来た。見ると、黒服の魔女さんが駆け寄って来ていた。
うぇっ!?シアさん?
「どう?これ。似合ってる?」
「ああ、可愛い…けど、この色って」
真っ黒な服。まるで俺に合わせたかの様に。
まさか…?
「うん!あたしもね、クロードに付いて行こうと思って」
やっぱりか。
「ダメかな?昨日の事もあったから、あたしも強くならないとって思ってね?あと、クロードの役に立てるかもって思ったから」
「ああ~」
確かに。サポートが居るのは有難い。昨日みたいに黒や影を増やしてくれるだけで、取れる戦術は跳ね上がる。
それは有難いが…。
「お店の方は良いの?」
「良いんだよ」
マダムがヌッと現れる。そして、魔女さんの背をポンと押す。
「誰かさんのお陰で、店が大繁盛だからね。王都にも支店を開こうかと思ってんだ。その下見を、この子にさせるんだよ」
「ついでにね、ハンバーガーも売るんだ!昨日あたしが蹴った、クロバーガーを中心にね!」
おおぅ。そう言う事か。
「この子の事、宜しく頼むよ」
「よろしく!クロード!」
2人に頼まれて、俺はもう頷くしか出来なかった。
それから間もなく、俺達は旅立つ。馬車に揺られ、大勢のキャラバンの後ろを付いて行く。
そして、街の方からは、
「「「クロードォオ!」」」
大勢の人達が見送ってくれた。
ブンブンと大手を振ってくれる人。仲間と肩を組む冒険者。綺麗なお辞儀をする紳士。槍をクロスさせる衛兵。涙してくれるハゲ。
最初は物資補給程度に立ち寄った街だったが、込み上げる程の思い出が出来た。
「みんな!ありがとう!」
俺も両手を振って、それに答える。
この人達の為にも、俺はこの世界を直さないと。
そう思い、前を向こうとしたら…。
「こらぁあ!あんたぁ!」
怒号。
振り返ると、般若の顔でクレールさんが立っていた。
ひぃっ。
「Cランク試験、どうすんのよぉ!」
おぉう…。
俺は馬車の中に隠れる。すると、クレールさんが再び叫ぶ。
「王都ギルドに伝えておくから、そっちで受けなさいよぉ!」
ええっと…。
時間があったらね?
俺は小さく、姉さんに手を振った。




