22話〜こちら…でぇっ!?〜
「おいっ、あれが勇者様一行らしいぞ」「勇者?」「どれが勇者だ?」
東門を潜り抜けた一団は、そのまま真っ直ぐ大通りを通る。それを見て、人々が噂する。手を振る者もいた。
だが、勇者達は誰も振り返さない。随分と疲れているのか、先頭で馬に乗る前川達一軍と馬車から手を振るイリーナ以外は、姿も見せなかった。
騎士団の奴らとクラスメイト達は、随分とヤツれているな。こうして日の下で見ると、よく分かる。顔もそうだが、目が濁っている。物資だけじゃなくて、待遇も悪い様子。
「まぁ、俺の預かり知らぬ事だ」
彼らには一度、手を差し伸べた。それを振ったのは彼ら自身。それに俺は、一度殺された。それに歓喜を上げたお前らとは、もう縁も何もない。
助かりたければ、自分で這い上がれ。
「皆さん!先ずは支部に急ぎます!歓迎のパレードは、その後に!」
集まる町民に、イリーナは嘘くさい笑みを浮かべる。
でも、疲労が滲み出ている。早く支部で休みたいと、そんな思いが透けて見える。
どうぞ勇者ご一行様。心ばかりのおもてなしを準備致しました。存分に、お楽しみ下さい。
ついつい浮かんでしまった笑みを抑え、俺は勇者達の馬車を見送る。そして、始まるだろう最高の劇を見る為、特等席へと移動する。
亜空間。それで、教会支部の天井から見下ろす。
教会はさっきよりも、カオスな状況に陥っていた。
「ヤバい!ヤバい!飾り付けが間に合わない!」
「買い出し組はどうした!?なんで戻って来ない!?」
「不味いよ!ワインもパンもない!お香もだ!」
走り回る修道士達。でも、その成果は見えない。飾りつけは中途半端だし、厨房に並ぶ料理にワインも白パンもない。
並ばない様に、俺は苦労した。お香を買い占め、高級ワインも大半を男爵名義で買い付けた。そのワインをギルドやレストランに無償で配り、みんながワインを飲むように誘導した。白パンまで買うお金が無かったが、そっちはブームが来るように異世界のレシピを教えた。
結果はご覧の通り。みんなはエールの代わりにワインを飲むようになり、お供に白パンを食す様になった。バーガーなんて、今やオリジナルレシピが考案され始めている。果物を使ったり、魔物肉を挟んだりと。
その結果、作戦は大成功だ。歓迎の食事会で、イリーナがブチ切れるのは必至。
大混乱の会場に、のっしのっしとトドが現れる。いつものド派手な服装ではなく、質素な修道士の服装だ。指輪も金の扇子も持っていない。
イリーナが来るんで、猫を被るつもりらしい。
でも、会場の様子を見てふっつと顔を真っ赤にする。開口一番で、怒号を飛ばす。
「貴様ら!なんだこの体たらくは!」
「もっ、申し訳ありません!あとちょっとで…」
「もう良い!それより、誰かイリーナ様をお出迎えに向かっているんだろうな?」
「えっ?」「あっ…」
「バカモンがぁあ!!」
馬鹿はお前だ。こうなることを予想せず、人員を外に割いてしまったのだからな。
まぁ、そうやって誘い出したのも、俺の作戦。街の隅々に男爵を出現させたから、随分と混乱した様子だった。
だがまさか、当日までイリーナ達の事を察知できないとは…元々のアンテナが低すぎなんだよ。
トドが「早く行け!」と指示を出した丁度その時、教会の大扉が音を立てて開く。そこには、異様に大きな笑みを浮かべたイリーナが居た。
トドが驚くべき速さで駆け寄り、ペコペコし始めた。
「これは、これは。イリーナ様。それに、勇者の皆様も。ようこそお越しくださいました。このブルトッド、心よりお待ち申し上げておりました」
「あら?そう?私にはとても、そうは見えないのだけど?」
イリーナは素早く、会場の様子に目を配る。飾りつけを見て、テーブルに並ぶ水と黒パンを見て、こめかみをヒク付かせる。
それを見て、トドが頬を震わせる。
「これは、その…支部もかなりの資金難でして。げみ…街の者達に奉仕する為、身を割いているのでございます。街の治安を守る為にと、騎士団や修道士を派遣しておりました。その為、皆様のご到着に間に合わず、私は…」
「うぅ…」と、嘆く演技をするトド。
流石は支部長にまでのし上がった男。悪知恵だけじゃなく、顔の皮もぶ厚い。
でも、それだけでイリーナは信じない。冷めた目で、震えるトドの贅肉を見下ろす。
「身を割く、ですか」
「うっ…そ、そうです!イリーナ様。長旅でお疲れでしょう。会場の準備はすぐに終わらせますので、それまで私の部屋でお休み下さい」
ほぉ。あの成金部屋に誘うか。
俺は意外に感じたが、イリーナは「では」と言って、前川達一軍を連れてトドの背に従った。
これは好都合。
俺は一旦亜空間を閉じ、トドの部屋へと繋ぐ。
そこには、随分と片付いた部屋が広がる。悪趣味な金ピカ調度品は無くなり、絵画も取り外されている。残るのは、隠し金庫へ繋がるカラクリ絵だけだった。
なるほど。最初から、イリーナを招いても良いようにしていたのか。隠した調度品は、ここに入れたのか?
俺は出口から出て、絵画のカラクリを起動させようとする。でも、俺が手をかざしてもビクともしなかった。
ふむ。指紋認証…みたいのがあるのかも。
そんな魔法もあるのかと感心しながら、俺は黒マントを取り出す。それを仕掛けの上に被せ、扉だけ亜空間に送る。そして、少しだけ移動させる。それだけで、ロックが外れた。
蓋を開けると、やはり調度品達も詰め込まれていた。
ビンゴ。隠し扉を、押し入れみたいに使っちゃって。
呆れながら、俺は中身を床一面にぶちまける。金庫も鍵が掛かっていたが、亜空間で蓋を外して金貨もばら撒く。
そうしていると、扉の鍵が開く音がする。俺はマントを被り、急いで亜空間に退避した。
その直後、扉が開いた。
「さぁ、どうぞイリーナ様。すぐに紅茶を持って来させますので、こちら…でぇっ!?」
「どうしました?支部ちょ…これは…」
部屋に入ってきたトドは、目が飛び出そうなほど大きく開き、反対にイリーナは目を細めた。
後ろから入ってきた前川達が「金だ!金だ!」と騒ぐ度、部屋の温度が下がっていく。
イリーナがニコリと微笑んだ。
「ブルトッド。これはどう言う事ですか?私達を迎える資金も無いと、先程お聞きしましたが?」
「イリーナ様…これは…違うのです。誰かが私を嵌めようとしているようで…」
「あら?じゃあこれは、貴方のお金では無いのね?あの隠し金庫も知らないということ?」
「隠し…あっ!金庫が空いてる。誰がロックを…あっ」
あーあ。そんな事言ったら、自分の物だと言っている様なものだぞ?
まぁ、どちらにせよ逃げられない。ここまで届く程、イリーナは怒りのオーラを纏っているから。
「ブルトッド」
「はいっ!」
まるでサンダーレイに撃たれた様に、トドは全身を震わせて直立する。
そこに、沙汰が下る。
「お前を支部長の任から解きます。最果ての地パラスにおいて、神父からやり直しなさい」
「そ、そんな!あんな何も無い場所に…私のような者が行くなど」
「最適の人選です。あそこならもう、悪さは出来ないでしょ?」
今度のイリーナの笑みは、本物だった。
本物の嘲笑にトドは崩れ落ち、ただただ嗚咽を上げるだけだった。
「全く、何をやっているんです。あの男は」
トドを左遷させたイリーナは、それまでの帳簿を見て呆れた声を吐く。
きっと、違法に収集した税について言っているのだろう。修道士に命じて、すぐに税を戻す様にと指示を出していた。
まぁ、そうだろうな。もう勇者の顔見せまでしたんだから、同じ手法は取れない。勇者に対する感情が悪くなるだけだ。
そこまで馬鹿じゃなかったかと、俺は胸を撫で下ろす。でも、またイリーナが微笑み始めたので不安が過ぎる。
イリーナは金貨を手に取り、付き人に命令する。
「この勇者資金を回収しなさい。私達の旅費にします」
「はっ!」
おいおい。それじゃ、トドと同じじゃねぇか。
やっぱりこの組織、土台から腐ってやがるな。
俺は何処か安心しながらも、支部を出ようとするイリーナの背を睨む。
このまま持ち逃げは許さん。それは、みんなの血税だぞ。
俺は亜空間の中を進み、1つの出口を作る。そこを出ると、目の前には冒険者ギルドが。
縋る思いで中に入ると、みんなはまだテラスで飲み会の最中だった。
助かった。
「みんな!」
「おう、クロード。どこ行ってた?」
「追加のバーガーが来てるぞ。今度はオーク肉を使ったんだとよ」
赤ら顔のフィンさんが、両手にバーガーを掴んでご満悦だ。
済まん、みんな。協力してくれ。
「みんな!もうすぐ勇者様が出てくる!パレードが始まるぞ!」
「おお!パレード!」
「お祭りか、久しぶりだぜ!」
流石は冒険者。楽しそうな事に敏感だ。
もう一声。
「他の人にも声掛けて、盛大なパレードにしよう!」
「「「おおぉ!!」」」
みんなは嬉々として、ギルドを飛び出す。「パレードだ!勇者パレードだ!」と触れ回って、支部へと向かってくれる。
よしよし。ここは完了と。
俺は亜空間を開いて、次の場所へ赴く。
「えっ!勇者がパレード?」
「そうなんだ。シアさんも見てみたいよね?」
「うん!みんなで行くね!」
「勇者パレードだぁ?」
「そうです、フランツさん。勇者様達は支部長の資産を抑えました。今なら気が大きくなっているので、なんでも買い付けてくれますよ」
「ほぉ。そいつは吉報。野郎ども!急いで出店の準備だ!」
「「「へい!大将!」」」
レストラン・デボンとベルマン商会に声掛けし終えた俺は、イリーナの様子を見に行く。
そこでは既に、大勢の人が詰めかけており、イリーナ達の馬車に喝采を送っていた。
「「勇者万歳!」」「「ようこそイリーナ様!!」」
その大歓迎に、流石のイリーナも無下には出来ない。馬車を止めて、みんなに手を振る。
「皆さん!ありがとう!ありがとう!」
「サンキュー!」
前川も調子に乗って、馬上から手を振っている。
良いぞ、前川。もっと調子に乗れ。
俺は亜空間から出て、町民の列に紛れる。そして、後ろから大声を上げる。
「おい!みんな!あれが勇者だ!勇者前川だ!」
「えっ?あれが勇者?」
「まだ子供じゃないか」
ふむ。やっぱりみんな、後ろの聖騎士を勇者と勘違いしていたみたい。
俺は声を張る。
「子供じゃない、勇者だ!きっとこれから、幾つもダンジョンを攻略して、世界を救ってくれるぞ!」
「「おぉおお!」」
人々に勇者の役割が伝わったみたいで、より大きな声で勇者を称え始めた。
「勇者マエカワ!世界を救ってくれ!」
「素敵よ!勇者様!」
「「勇者!マエカワ!」」
みんなに名前を呼ばれ、前川の顔は酒を飲んだみたいに真っ赤になる。テンションが最高潮に達したみたいで、拳をブンブン振り回した。
良いぞ。そのリビドー、解放させてやる。
俺は亜空間の中に戻り、再び小さな出口を作り出す。
そこは、パレードの中心。前川のすぐ後ろだった。
そこから口だけ出して、周囲の歓声に負けないよう声を張る。
「おい!前川。こんなにみんなから期待されてんだ。感謝の印に、誠意を見せてやろうぜ!」
「あっ!?誠意ってなんだよ!倉橋」
「金だよ、金!悪代官が溜め込んだ金を、みんなに返してやろうぜ!それが、正義のヒーローだろ!?」
「おっ!いいじゃん、それ!」
前川がこちらを振り返りそうだったので、俺は急いで亜空間を閉じる。
すぐに別の亜空間から彼らを見下ろすと、前川は傍付きから金貨の袋を奪い取り、それをみんなに向かってぶち撒けた。
「この街の悪は、俺が捌いた!魔物もダンジョンも、任せろぉ!」
「「「わぁあああ!!」」」
聴衆は大喜びで、それを見た前川は空を飛びそうな程に興奮していた。
そこに、馬車の窓からイリーナが身を乗り出して来る。
「何をしているんです!勇者マエカワ!」
「何って、ヒーローが期待に答えてるだけじゃんよ」
「だけって…これは大切な旅の資金です!早く回収しなさ…」
「うるせぇ!」
前川が歯を剥き出しにする。
「みんなが喜んでるんだ!俺に恥をかかせんじゃねぇ!」
「なっ…何を、言って…」
怒る前川に、イリーナは訳が分からないと首を振る。
さっすが前川さん。プライドだけは一人前。そのちっぽけなプライドを守る為に、俺を蹴落としただけはある。
どうだ?イリーナ。お前が頼る勇者様は、その任を背負える器だと思うか?
絶望するイリーナの顔を見て、俺は大きな笑みを浮かべた。




