21話~無い訳ないだろ!~
「ねぇ、ねぇ。知ってる?クロード」
支部長の野望をどう打ち砕くべきか。
昨晩からそれを悩んでいた俺に、シアさんが待ちきれないという顔で問い掛けてきた。
何か良い情報でも入ったのかな?
「なんかね、この街に女神教の偉い人が来るかもなんだって」
「教会の偉い人?」
「うん。なんかね、東から来た商人さんが、教会の馬車が沢山こっちに向かって来てたって言ってたよ?」
教会の馬車…東側?そっちは俺が来た方角だよな。って事は、その馬車の中身はクラスメイト達じゃないか?
勇者一行がこの街に来る?もしもそうなら…。
「こいつは使えるな」
シアさんからもたらされた情報を、俺はその夜に確かめる。亜空間で短距離ワープを繰り返し、東街道を遡る。
すると、丁度半分くらいの距離でそれを見つける。俺が乗せられたのと同じ馬車。それが何台も連なって停泊していた。そして、その周辺で火を囲んでいるのは、間違いなく前川達だった。
あいつのバカ笑い声は忘れんからな。
「ぎゃははは…」
「「……」」
久しぶりな同郷諸君。だが、前川以外は大人しい。夕食も早々に終えて、馬車の中へと戻っていた。
何かあるのか?
気になって馬車の中を見てみると…なるほど。随分と物資が足りていない様子。俺が全部接収したから、資金繰りに苦労しているみたいだ。
悪いとは思わん。それが、人を虐げた報いだ。
しかし、これは好都合。これだけ貧困しているなら、必ずクリオールの街に寄るだろう。教会の支部があるあそこで、物資を調達する筈だ。
そこで、仕掛けるか。
俺は馬車団から離れ、街に戻る。
勇者達の距離は、馬車で10日といったところ。大勢での移動だから、もっと掛かるかもしれない。
その間に準備をせねば。彼らを迎える、最高のおもてなしを整えるんだ。
次の日から、俺は動き出す。
先ずは行きつけのデボラで、シアさんに相談だ。
「えっ?教会の行事に必要な物?」
「うん。偉い人を出迎えるのに、何を揃える必要があるだろう?食事とか、道具とか」
「ええっと……ご飯で言うと、白いパンかな?白は女神教の色だから、お祭りとかでは黒パンはダメって言われてる。あとはワインとか」
「なるほど」
白パンにワイン。本当に、キリスト教みたいな宗派だな。
心の中でメモっていると、厨房から出てきたマダムが「ああ、それなら」と付け足す。
「お香も大事さね。魔物避けの効果があるルミナの葉を使ったお香は、祭事の時に欠かせない物だよ」
「あっ、あの甘い匂いの奴だよね?あたしアレ好き!」
なるほど。お香ね。
大きな宗教だから、必要な物もハッキリしている。それなら、俺の作戦も上手くいくだろう。
見てろよ、トド。お前が街を苦しめていた分、今度はお前が苦しむんだ。
〈◆〉
「なにぃ!また取り逃しただと!」
ブルトッド支部長の声が、彼の部屋の中でこだまする。顔を真っ赤にした支部長は、今日2本目となる扇子を折り曲げてしまった。
それだけ怒るのも無理はない。何せ、今日で3日連続、クロヴィス男爵を取り逃したのだから。
聖騎士団のマッテオが、青い顔を振る。
「完璧に追い込んだと思ったのです。ですが、路地に着いた途端に消えており…」
「ええぃ。騎士団は何をやっとるか!」
支部長の小さな目が、こちらを向いた。
「お前達も行くのだ!ベルナール」
「わっ、私もですか!?」
全くの部署違いだぞ?
「当然だ!聖騎士だけで捕まえられんのなら、教会の総力を持って奴を捕まえろ。そしてここにふんじばって来い!捕まえた奴には金貨30枚をやる」
「30…」
そいつは美味しい。3年は遊んで暮らせるぞ。
「分かりました。直ぐに捕まえて見せます」
俺は嬉々として教会中の修道士を伴い、市井に向かう。下民共と同じ空気を吸うのは癪だが、金貨の為だ。
そう思って歩き回るが、それも直ぐに終わる。近くで男爵発見の知らせを聞いたからだ。
「急げ!」
俺は同僚と共に路地を駆け抜ける。
段々と怒号が近付いて来るけど…大丈夫だよな?支部長の前に奴を引っ張っていくのは、俺の役目だからな?
そう思って路地を抜けると、そこにタキシード姿の男が立っていた。
目深に被ったシルクハット。全身が真っ黒の男。
間違いない。こいつがクロヴィスだ。
「降伏しろ!男爵。貴様に逃げ場はない!」
「おや?”今度”は修道士か」
今度?
俺は引っかかり、男爵の後ろを見る。
そこには、先に着いていたであろう騎士団の面々が床に寝ていた。
なっ!?
「お、おまえ…」
「何時までも鬼ごっこは飽きたからな。今度はこちらから攻めさせて貰うぞ?」
「何を、生意気な!」
俺は構え、詠唱する。
多少腕に覚えがあっても、俺たちには勝てない。俺たちは神の御業を得た聖職者。選ばれた者だからだ。
俺のスキルにひれ伏せ!
「ボルト!」
俺の手からイナズマが走り、男爵に直撃する。
これで、暫くは動けない筈。
そう思ったが、
「おや。マッサージのつもりか?これでは肩のコリも解せんぞ」
「なにをっ!」
こいつ、手加減してやったら調子こきやがって。
もういい。支部長には、死体で我慢して貰う。
「全員、構えろ!全力で行くぞ」
「「はっ!」」
男爵を中心に、俺たちは一斉に構える。そして、詠唱する。省略無しの完全詠唱。
喰らえ!最大出力!
「「「サンダー・レイ!!」」」
無数の光線が一直線に飛び、男爵へと降り注ぐ。着弾と同時に地面が揺らぎ、粉塵が濛々と沸き上がる。
少々やり過ぎたかもしれん。これでは、肉片1つ残っていないぞ。どうやって男爵の死亡を証明するか…。
俺は、何か残っていないかと爆心地へ歩み出す。でも、直ぐに足を止める。もうもうと上がる土煙の中を、何かが動いているからだ。
それは、
「やれやれ。服が汚れてしまったぞ」
男爵だった。
肩に乗った埃を払い、コツコツとステッキを着いて煙の中から出てきた。
無傷。体どころか、服にも一切焦げ跡がない。
「なっ、なに…」
「無傷だと…?」
同僚も驚きの声を漏らす。
それに、男爵は笑みを浮かべる。次いで、ステッキをこちらに向けてきた。
「やられたらやり返す。0.8倍返しだ」
そう言った途端、ステッキの先が光った。閃光が、俺たちを貫く。
衝撃。脳が焼き切れる程の激痛。
「「がぁあああああ!!」」
全身に強力な電流が走り、目の前が真っ白になる。
何も、見えない…。
ただ、男爵の着くステッキの音だけが頭の中に響いた。
コツ…コツ…。
「はっ!?」
気付いたら、俺はベッドに寝かされていた。見ると、隣には同僚達も一緒だ。
ここは、治癒院か?
「しまった」
俺は飛び起き、上着を羽織る。
気絶して、運ばれたみたいだ。
男爵が放ったのは、俺たちと同じ雷魔法。俺たちのより数段劣るが、それでも詠唱無しであの威力。
きっと、魔道具の類いだ。
「くそっ。やられた」
知っていれば、警戒したものを。卑怯な奴め。
俺は高額な医療費を支払い、院を出る。男爵を追おうかとも思ったが、一度教会に戻る事にした。
相手が魔道具持ちなら、こちらも武器が必要だろう。ついでに、仲間も集め直す。
俺は意気込んで教会の戸を開いた。だがそこでは、修道士達が慌ただしく走り回っていた。
なんだ?何が起きている?
「何を突っ立っているんだ!ベルナール!」
通りかかった同僚が、俺を見て目を釣り上げた。
何の事だと聞いたら、彼は「勇者様だよ」と捲し立てて来た。
勇者?
「勇者様とイリーナ様が、この街に向かっているそうなんだ。今日の夕方にも到着されるって言うんで、みんな慌てて準備しているんだよ」
「きょっ、今日!?」
なんでそんな…そんな急に…。
あっ、男爵か。男爵を追う為に出払ったから、情報を得るのが遅れたんだ。
神の代弁者であるイリーナ様を迎えるなら、1週間も前から準備する必要があるのに。
「兎に角だ、みんな急いで準備してるけど、人手が足りない。お前と一緒に出ていった連中はどうした?」
「…それは…」
くっ。男爵め…。全部、奴のせいだ。
俺は悔しくて、奴に復讐したい気持ちに駆られる。
でも抑える。今は先ず、イリーナ様を迎える準備が最優先だ。
「俺は何をしたら良い?」
「買い出しに行ってくれ。もう何人か行かせたんだが、全然帰って来ないんだ。兎に角、お前はワインを買ってきてくれ」
「分かった」
ブルトッド支部長め。こう言う時の為に、ワインセラーを作っていた筈だろ。男爵が捕まらない腹いせに、毎晩飲んでやがったな。
いつかあのトドも殴ってやろうと、俺は心のノートに書き記す。
だが、そんなものは直ぐに忘れてしまった。何時もの店に行くと、ワインが無いと言われしまったからだ。
はぁあ!?
「無い訳ないだろ!早く出せ!」
「本当に無いんですよ。街は今、空前のワインブームでね。何とか男爵って人を始め、色んな企業が買い漁ってるんで」
「だっ!」
男爵。
またあいつがぁ!
俺は壁を殴りつけ、怒りを逃がす。そして次の店に行くが、そこも在庫切れだった。
あるのは精々、安いワインだけ。それも、何時もより何倍も高い値段だった。
「どうするよ?もうここいらじゃ手に入らないぞ?買うか?」
「買うわけないだろ!そんな劣悪品!」
イリーナ様にそんな物をお出しした日には、天罰を落とされてしまう。何としても最高級ワインを手に入れなければ。
俺は大通りを走り続ける。だけど、どの店も似たような物だ。
そうして走っていると、ボロボロの屋敷が見えてきた。冒険者ギルドだ。
そのテラスで、冒険者共が騒いでいた。昼間からボトルをラッパ飲みして…って、それはワインじゃないか!
「お前ら!それを何処で手に入れた!」
「あん?そりゃ、買ったんだよ。数日前に、そこの店でな」
「馬鹿な。お前達の様な者が、それを買える訳がない!」
あのラベルは、バーガンディ地方の名品だ。こんな盗賊紛いの貧民が買える品ではない。
きっと盗んだのだろうと指を立てると、冒険者達はニヤニヤ笑う。そして、懐から金貨を数枚見せびらかして来た。
なっ!?
「ところがよぉ、今の俺たちなら買えるんだなぁ、これが」
「薬草クエを受けたからな。もうウハウハよ」
「ワインには肉がよく合うぜ!」
冒険者達はそう言って、高級なワインを浴びるように飲む。そして、片手に持った何かを齧る。
何だ?それは。
「ああっ!?白パンがぁ!」
謎の食べ物に目を凝らしていると、後ろで悲鳴が響いた。見ると、同僚のマッテオがガクガクと震えていた。
どうしたんだ?
「どうしたもこうしたもないよ!あいつらが食ってるのは白パンだ!俺が今、必死に探していた物なんだ!」
「お前もか」
白パンが無くても、出迎えは成立しない。それなのに、マッテオは十分な量の白パンを確保出来ないでいるらしい。
それと言うのも…。
「何だ?お前らこれが欲しいのか?」
「デボラの店で売ってるぞ。バンガーだっけ?」
「違いますよ、フィンさん。ハンバーガーです。デボラ以外にも、フランツさんのお店でも売っています」
そう説明したのは、黒髪の少年冒険者。
あれ?こいつ、何処かで会った気がするけど…。
よく見ようと目を凝らすと、その少年にハゲが管を巻く。
「おう。そうだったな、クロード。お前が考えたんだっけ?」
「いえ、僕ではなく。故郷の名物料理でして」
「片手で食えて最高だぜ、クロード。ワイン片手に楽しめるからなぁ」
「ちげぇねぇ!」
「「「ガハハハハ!」」」
ぐっ。片手で料理を食すとは、何と野蛮な。高貴な我々では、死んでも真似したくない。
でも、今はそれが流行っている様子。街の至る所で、それを手に持ち食べる庶民の姿があった。
下民の姿に嫌気を覚えていると、マッテオが嘆いた。
「ダメだ。どこもこの料理で白パンを使ってて、在庫が無くなっているんだ。このままじゃ、イリーナ様には黒パンを出さなきゃならなくなる。そうなったら、僕は破門だ」
「お前らはまだ良いぜ」
今度は、先輩のヴィサンが足音荒く近付いてきた。
「香がねぇんだ。何処を探してもな。ベルマン商会も、ルミナのは全部売れたの一点張りで」
「先輩もですか」
慰める様に言うと、先輩はキッと睨んできた。
「お前らと一緒にするな!香がなけりゃ、歓迎の儀式が始められねぇ」
「白パンだって一緒ですよ!」
「うるせぇ!先ずは俺を手伝いやがれ!」
「先輩こそ!」
2人が取っ組み合いの喧嘩を始める。
こんな事をしていたから、誰も買い出しから帰って来なかったんだ。
こんな事をしている場合じゃないのに。
頭を抱えて絶望していると、それに追い打ちをかける声が響いた。
「勇者様だぞ!勇者様とイリーナ様が、東門からいらっしゃったぞぉ!」
ああ、終わった。
俺は、その場で崩れ落ちた。




