19話~では行きますよ、シルヴィア~
「ねぇ、ねぇ。次は何処に行く?」
教会を出た所で、シアさんが期待を込めて聞いて来る。支部に居た時は居心地が悪そうにしていたから、解放されて安心しているみたいだ。
勘の鋭い子だからな、彼女。きっと、トドが放つ悪いオーラを感じ取っていたんだろう。もう少し調べたい気持ちもあったけど、俺も早めに離れるか。
取り敢えず、トドが元凶というのは分かったし。
だから、次に向かうべきは…。
「門かなぁ。なるべく多くの商人が行き来する門があれば」
違法な関税を取り立てているらしいからね。そこをどうにかしないと、医療費の高騰を抑えることは難しい。何としてでも、あのトドの思惑を挫いて、この街を正常な流れに戻さないと。
そんな思いを込めて言うと、シアさんは「ならこっち!」と俺の手を引っ張りだす。
随分と楽しそうだね?と疑問に思いながら付いて行くと、広がった光景を見て納得した。
そこでは、大きな市場が広がっていた。
「大森林の新鮮な果物だよぉ~。買った、買った!」
「王都の職人が作ったもんだ。1級品だぞ?!」
「宝石はどうだい?バルザ産の大粒ダイヤもあるよ~!」
大きな天幕が幾つも立ち並び、そこでは色とりどりの商品が並べられている。四方から幾つもの声が飛び交い、売った買ったの問答が気持ち良く響いていた。
もの凄い活気だ。街の市場も盛況と思ったけど、こちらは規模が違う。例えるなら、卸し市場か。
そこを手で差し、シアさんが振り返る。
「ここが西門だよ!街の外から来た商人さんは、みんなここを通るの」
「ほぉ。そうなのか」
そう言えば、東門や北門で商人を見かけなかったな。時間帯の問題かとも思ったけど…通れる門が決まっているみたいだ。その理由は、きっと関税の関係だろう。
俺は、遠くにそびえる西門の姿に目を凝らす。そこでは大勢の衛兵が行きかっており、入って来た馬車の中を検めていた。
ここに衛兵を割いているから、スタンピードの時も兵が集まらなかったんだな。街の安全より税を絞る方が大事ってか。
「ほら、クロード。行ってみようよ!」
暗い気持ちになりそうな俺を、シアさんが引っ張って引き上げてくれる。怒号と笑い声が満ちるそこへ、俺を誘ってくれた。
ありがとう。
旅装束の男性が行き交う通路を、俺達は潜り抜ける。広々と広げられた商品の数々を目の当たりにし、幾つか買い求める。
街の市場では見かけない物ばかりだな。大きさも、個人用じゃないのが多い。大きな岩塩の塊とか、ブタ1頭とか、業務スーパーもビックリな規模だ。
「ほら、クロードが探していた物だよ」
シアさんが指さす先には、干し草や瓶が満載のキャラバンが停まっていた。シオシオで分かりにくいが…うん、これは薬草。そこのケースに入っているのは月光草だ。
このキャラバンは、薬剤を取り扱っているみたいだ。
…そう言えば、西門で聖騎士に取り押さえられていた馬車も、似たような物を乗せていた。あれは、薬草の関税を脱税した商人だったのか。
道理で、聖騎士が動く訳だ。
「なんだ、嬢ちゃん。冷やかしなら帰ってくれ」
馬の手入れをしていた店主が、俺達に胡乱気な目を向けて来る。店の端に立っていた冒険者風の男も、静かに帯に差した刀の柄を触った。
ふむ。随分と威圧的だな。
「冷やかしではありませんよ。薬草を3つ下さい」
俺はそう言って、大銀貨を1枚差し出す。すると店主は態度を一変し、手もみして近づいて来た。
「こいつは済まんね、お坊ちゃん。まさか、こんなバカ高いのを買ってくれるとは思わず…」
「いえいえ、仕方ありませんよ」
俺は商品の前に並ぶ値段表を見て、頷く。
〈薬草…銀貨1枚/株〉〈月光草…大銀貨5枚/株〉〈回復薬…金貨1枚/本〉〈高級回復薬…金貨8枚/本〉
全て銀貨(1万円)や金貨(100万円)のオーダー。まるで宝石店だ。
そりゃ、こんな子供2人近づいてきたら、先ず盗みを警戒するだろう。
「代わりに、ちょっと関税について教えて下さい」
「あぁ…そりゃ、構わんけど」
客になった俺に、店主はスラスラと答えてくれた。
先ず、この薬草は関所を通る時に10倍以上の値段になっているそうだ。
だから余計に売れず、商人も扱わなくなった。
「ここに卸しているのはうちと、他にはベルマン商会くらいだろうな」
おお、ベルマン商会。フランツさんのところか。
でも、彼らでも扱うのは僅かな量らしい。それだけ、外の商人にもうま味の無い品物と言う事だ。
余計に値段が上がる訳だ。
では、それを下げなければな。
「あの、ちょっとご相談なのですが…」
俺は店主に、とある提案をする。でも店主は「うちじゃ無理だ」と首を振る。そして、向こうの大きなテントを指さした。
「そう言うのは、大手に頼むもんだ」
「分かりました。ありがとうございます」
俺は店主にお礼を言って、そのテントに向かう。そこでは屈強な男達が荷物の積み下ろしを行っており、彼らに向って短い金髪の男が指示を飛ばしていた。
俺はその金髪の男に近付く。
「お久しぶりです、フランツさん」
「うん?何だおま…ああ、お前さんか」
少し日に焼けたフランツさんは、俺を見るとニヤリと笑う。また手伝いに来たのかと誘われそうになったので、依頼はまだ受けてませんよ?とやんわり断った。
それよりも、相談したいことがあったからね。
「フランツさんのところでも、薬草を取り扱っているとお聞きしました。そこで、ご相談なのですが…」
先ほど店主にもした相談を、俺はフランツさんにも持ち掛ける。最初は難しそうな顔をしていた彼だったが、話し終えると大きく一つ頷いてくれた。
「良いだろう。その話、乗ってやる」
「本当ですか?」
まさか、こんなにあっさり頷いてくれるとは。
驚くと、彼は「当然だ」と笑った。
「普通の奴なら笑って蹴り飛ばすが、確かな実績を見せてくれたお前さんなら、一度だけ信じてやっても良い」
「ありがとうございます!」
俺は何度もお礼を言って、テントを出る。すると、それまで静かにしていたシアさんが袖を引っ張った。
うん?なんだい?
「なんだか難しそうな話をしてたけどぉ…上手くいったの?」
「さて、上手く行くかはこれからだ。だから、その準備をしないといけない」
「準備?」
そう。準備だ。
だから…。
「次は冒険者ギルドに行こう」
中央街に戻ってきた俺の横で、シアさんがルンルン飛び跳ねる。市場でアイスとブローチを買ってあげただけなのに、こんなに喜んでくれるとは。
「ギルドでは何するの?あたし、これのお礼にお手伝いするよ!」
いやいや。それは案内してくれた事への報酬なんだから、お礼なんて要らないんだよ。
そう言いたかったが、彼女には大事な役目をお願いしたかったんだ。
それは…。
「どうかな?クロード」
洋服店の試着室から出てきた彼女は、真っ白いカジュアルドレスをぎこちなく摘まむ。
それに、俺は大きく頷いた。
「良いね。じゃあ次は、ギルドに向かおうか」
真っ黒いコートに身を包んだ俺は、白い彼女を連れてギルドまで真っ直ぐ歩く。通行人たちがチラチラ見て来るが、気にしない。古ぼけた石畳を、ランウェイの様に堂々と歩く。
そして、ギルドの前に着いた。俺はシルクハットを深く被り、シアさんに腕を差し出す。
「では行きますよ、シルヴィア」
「うん。クロー…じゃなかった。あっ…あ、あなた」
突如言い渡した貴族の配役に、まだ慣れていないシアさんは顔を赤くした。でも、ちゃんと役割を演じようと俺の腕を取る。その赤い顔を隠す為に、つばの広い帽子を深々と被った。
そして、ドレスを翻してギルドの戸を潜る。俺も黒いコートをはためかせて中へと入る。途端に、カウンターに立っていた受付がギョッとこちらを見て固まり、その前で並んでいた冒険者達は「うぇっ!?貴族!?」と大きくのけ反った。
そして、冒険者達は壁際に退避する。きっと、貴族を良く思っていないんだろう。
俺もだよ。
みんなに勘違いさせたまま、俺は胸を張って歩く。目を細め、高く盛った鼻を見せつけるように闊歩する。
そして、カウンターの前で止まる。受付のお姉さんは、こんな近くで俺を見上げても誰か分からないようだ。
流石は節穴。まぁ、クレールさんだったとしても見破れないだろう。
更に分からなくする為、俺は亜空間を喉に開く。喉ぼとけの位置を少し下げ、気管を広げて声帯を少しだけ伸ばした。
その状態で喋ると…。
「(低音)私はクロヴィス男爵である。依頼を申し付けに来たのだが、この小屋が冒険者ギルドで良かったか?」
元の声とはかけ離れた低音が、周囲の空気を震わせる。ついでに、周りの人達も振るわせる。
冒険者と受付は恐怖でブルブルと。隣のシアさんは笑いを堪えてプルプルと。
ふふっ。成功だな。
「はっ、はい!あの、どんな要件ですか?」
「(低音)薬草の採取を依頼する。なるべく多く、なるべく高品質な物をな。勿論、月光草なら更に高値で買い取ってやろう」
「高値って…元々薬草は、相当高いんですよ?依頼を出すにしても、かなりのお金が必要で…」
恐る恐る、お姉さんが俺を見上げて来る。
それに、俺はただ「ふんっ」と鼻を鳴らす。そして懐に手を入れ、亜空間内に用意していた袋を掴む。それを、カウンターの上にドンッ!と置いた。
お姉さんは目を丸くして、袋を見詰める。
「あのぉ…これは?」
「(低音)見て分からぬか?依頼料だ」
俺はそう言って、袋の口を開く。途端に、袋から大量の大銀貨が溢れ出した。
お姉さんはあんぐりと、口を開ける。
「こ、こんな、こんな沢山…」
「もっと欲しいわ!あなた」
シアさんが駄々をこねるフリをすると、お姉さんは「えっ…」とフリーズする。周りの冒険者も「充分だろ?」と呆気にとられた顔をする。
そこに、俺は「(低音)そうか、そうか」と何度も頷き、2袋目をドンッ!と置いた。
そこから溢れたのは、黄金色に輝く金貨だった。
周りが声にならない叫びを上げる。
ふっふ。良い反応だ。
「(低音)これで依頼を申し付ける。薬草は大銀貨1枚、月光草は金貨5枚でクエストを作成せよ。7日以内に、なるべく多くを集めるのだ」
「えっ!?相場の、10倍…」
ああ、そうだ。相場の10倍。これなら、どんな高ランク冒険者達も挙って参加するだろう。
俺は再び「ふんっ」と偉ぶってカウンターから離れる。こちらを見る冒険者は、もう俺達をただの貴族とは見ていなかった。
金銭感覚の狂った成金貴族。美味しいカモが、最高の御馳走を用意してくれたとでも思っているだろう。
「やったね!クロード」
ギルドから遠のき変装を解くと、シアさんが嬉しそうに跳びはねる。
いやいや。君が居たから、俺は〈金はあるけど、女に甘いバカ貴族〉って装う事が出来たんだ。俺1人があの金を出したら、怪しまれていたさ。
「だから助かったよ、シアさん」
「うん!でも…あんなにいっぱいお金払っちゃって、大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ」
あの金は俺のではない。イリーナ達の所から頂いたもの。つまり、この街の血税だ。税金を払い過ぎた者達にリターンするのだから、インフレする恐れもない。
そう、これが俺の打ち立てた作戦だった。薬草を回収しながら、奪われた税金を市井に戻す。回収した薬草はベルマン商会に安く卸し、安価な回復薬を生成してもらう。
外からの商人には関税が発生しても、この街の冒険者には無関係。だからこの作戦が成り立つ。
これで、薬品のインフレも冷却されるだろう。
「後は、みんなの頑張りに期待するだけだ」
きっと直ぐにでも、効果が表れるだろう。
そう思った俺だったが、翌日に厳しい現実を突き付けられる。
翌日の昼間。冒険者ギルドのカウンター前に立った俺に、クレールさんが悲しそうに首を振った。
…なんか、嫌な予感がするんだけど?
「薬草クエストでしょ?まだ、誰も受けてないわよ」
ふぁっ?
だ、誰も受けてない…だと?
理解が出来ず、俺はその場に立ち尽くした。




