18話~調べ物をしていてね~
【グガァアア!】
草木も眠る丑三つ時。真っ暗な森の中で、恐ろしい魔物の声が響き渡る。獲物を狙っていたフクロウは夜闇へ消え、周囲の魔物すら息を潜めた。
そんな中、そいつは現れる。人の丈を優に超える巨体を揺らし、木の幹程もある剛腕を振るって走る巨人。
オーガ。
その巨体には似つかわしくないスピードで、森に迷い込んだ1人の冒険者に殴りかかった。
ドゴッ!
鈍い音を響かせて、冒険者の頭が吹き飛ぶ。それを見て、オーガは雄たけびを上げる。
【ウォオオオ!】
勝利の雄叫びを。
そして、次の瞬間。
グサッ!
【オオ?ウボォ…】
腹に巨大な杭が刺さり、オーガは血反吐を吐き出す。ゆっくりと地面に倒れ込み、やがて動かなくなった。その隣に眠る、冒険者の亡骸と共に。
いや、それは人の亡骸ではなかった。それは、
「冒険者風のカカシ、と言うべきか」
亜空間から出て来た俺は、首の取れた人形を回収する。次いで、血まみれの杭とオーガの死体も亜空間に放り込んだ。
「ゴブリンの残党を倒しに来たら、まさかオークやオーガまで居るとはな」
予想外の収穫に、俺はため息を吐く。
まさに魔物の宝石箱。バンドンさん達が突っ込まなくても、遅かれ早かれスタンピードが発生していただろう。こんな狭い空間に、こんな沢山の異種族が共存出来る筈ないから。
「おっ、また来たぞ」
血の匂いに反応したのか、奥から草木を踏む数多の足音が近づいて来た。そして現れたのは、ゴブリンとオーガの混合部隊であった。
おっと。こいつら、共闘することも出来るのか。こりゃ不味いな。
【ギギャギャ!】
【ガァアアア!】
「ひぃい!助けてぇ!」
余りの劣勢に、俺はコケながら逃げ出す。後ろからは、殺気を伴った方向が幾つも俺を追ってくる。
俺はひたすら逃げる。森の奥へ、奥へと。
そうすると、ただでさえ暗い周囲がより闇を濃くしてくる。木々が高くなり、唯一の光源である月光すら遮ってしまった。
俺は腕を抑え、そこから血を流す。その匂いを嗅ぎ取った魔物達が、より興奮した声で俺を追い立てまわす。
随分と声が増えて来たな。相当な数が集まった様子。
いわゆる、入れ食い状態だ。
俺は笑みを浮かべ、その場で立ち止まる。振り返ると、血走った目の魔物達が長蛇の列を成して俺を追ってきている。
その大名行列が、目の前に迫る。牙と爪を突き出して、我先にと殺到した。
でも、
「落ちろ」
俺が手を突き出した途端、そいつらはみんな落ちて行った。地面に空いた、真っ暗闇の大穴へと。
俺が作り出した、奈落の底へと真っ逆さまだ。
魔物の集団が全て落ちると、周囲は一時静かになる。
でも、まだ森の奥の方で足音がしている。
さぁ、おいで。こっちの血は甘いぞぉ~。
「助けてぇええ!死にたくなぁああい!!」
俺が叫ぶと、足音が更に激しくなる。
俺は周囲に血をまき散らす。教会の医務室で頂いた血だ。在庫は残り少ないけれど、ここで出し惜しみはしない。この夜の内に、危険分子は全て狩り尽くすつもりだ。
さぁ、おいで。10年の間に溜まった膿達よ。
【ウガァアア!!】
「おっと」
出て来る魔物も減りつつあった時、森の奥から弾丸の様に何かが突っ込んで来た。そいつは亜空間を飛び越えて、俺の方に突っ込んでくる。出した剣も槍も全部叩き折って、俺に拳を振るってきた。
俺は咄嗟に、盾を出す。すると、そいつの一撃は盾すらペシャンコにした。
角の青いオーガだ。体中から電気を放っていて、それで闇を掻き消したらしい。
オーガ亜種…とかかもしれない。
上位のオーガだから、教会の武器では倒せなかったのか。
なら、こいつはどうだ?
俺は亜空間から、虎の子を取り寄せる。そいつを、オーガの首筋へと射出した。
ヴィクトールさんから貰ったミスリルナイフ。それは、オーガの首筋をスパッと切り裂いた。
【ガッ…】
よろけたオーガは、そのまま亜空間へと落ちていった。
ふぅ。何とかなった。あんなのまでスタンピードに加わっていたら、確実に街は終わってたぞ。
「おーい!もう居ないかぁ!」
魔物の出現がすっかり無くなってしまったので、俺は声を上げながら森の中を練り歩いた。でも、反応してくれるのはネズミやフクロウばかり。大半の魔物は狩り尽くした模様。
かなりの数だったもんな。後で、亜空間の中を整理しないと。
一番面倒な作業を思い出し、俺は少し気を落とす。でも、歩いていたら大きな泉に到着した。月光を反射して、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
綺麗だ。ハンモックでも作って、ゆっくり月見酒と洒落込みたいなぁ。
「おや?これは…」
その泉の周囲に咲く小さな花を見て、俺は亜空間から本を一冊取り出す。教会から接収した植物図鑑だ。そこの1ページに、同じ特徴の花が載っていた。
これが、高級回復薬の原料である月光草らしい。隣には、薬草まで生えている。
「なるほどな。ここまで来れば、薬草の群生地に当たるのか」
それだけ、人の手が入っていない場所と言うことだろう。
俺は考える。
これだけあれば、異常に上がり過ぎた回復薬の相場を崩すことが出来るのではないか?薬の値段が高いのって、医療費が高い事で冒険者が群生地まで出向かなくなったのが原因だものな。
俺も、近々この街を出る。医療費の問題を解決しないと、この街が魔物の脅威から解放されることは無い。なら、ここで俺が薬草を集めてしまえば…。
「いや、どうなんだ?」
俺は考え直す。本当にそれが正しいのかと。
何せ、ただ供給不足で回復薬が高騰するとは思えないから。地図上では近くに街もあるし、ちょっと行った先に王都もあるようだった。この街で薬草が取れなくとも、他の街から供給されるだろう。
何か、俺の知らない壁がある。医療費の問題も、まだ明確になってないし。
まさか…これもバグ?
「一度、探った方が良いな」
俺は考えをまとめ、亜空間を開く。ホテルの裏手に出口を開き、何食わぬ顔でチェックインした。
「おや?肩に木の葉が乗っていますよ。クロードさん。森にでも行かれていたのですか?」
「ははっ。まさか」
ヴィクトールさんに指摘されてしまった。
危ない、危ない。
俺は誤魔化して、部屋に逃げ込む。
そして、翌日。
「えっ?礼拝に行きたいの?」
「ああ、そうなんだ」
俺はレストランに赴き、昼食を取りながらシアさんに相談していた。医療費高騰の原因が知りたいから、一度教会を見たいと。その口実で礼拝に行こうとして、シアさんに話を聞いているのだ。
礼拝の作法とか、参加するためのルールや日時など。
すると、
「なら、あたしも一緒に行こうか?」
彼女はまた、俺に付き合ってくれるらしい。
有難いけど…良いのか?
「大丈夫だよ。今日のシフトは夕方までだから、それまで待ってくれたら一緒に行けるよ」
「助かる」
聞くだけだと、色々と不安だからな。
感謝すると、シアさんは「その代わりぃ」と上目遣いで見て来る。
「いっぱい注文して。そしたら、早めに終わるかも」
「なるほど。それは名案だ」
俺は早速、メニューの左端から右端までを注文する。
厨房から悲鳴が上がってしまったが…喜びの悲鳴だと思っておこう。
「それじゃあ、支部へしゅっぱーつ!」
昼過ぎ。俺はシアさんに連れられて礼拝へと赴く。俺が店中の食料を食い尽くしてしまったから、お店は昼までの営業となってしまった。
悪い事をしたな。まさか、こんな直ぐに在庫切れになるとは思わなかった。慰謝料替わりに大銀貨5枚のチップを払ったけど、もっと払うべきだったかな?
後ろ髪を引かれる思いだったが、目の前のシアさんは楽しそうにステップを踏む。そして、大きな建物を指して「とうちゃ~くっ!」と宣言する。
「ここが支部だよ」
「ここが…」
女神教の支部。この街で一番大きな教会らしい。
その肩書の通り、そこは城のように大きな建物だった。かなり歴史のある建物との事だったが、外壁や柱は新品のように輝いており、庭の花々は瑞々しく咲き誇っている。
そして、その神秘的な門扉を多くの人が出入りしていた。
シアさん達の教会とは、エラい違いだな。
「今日は巡礼の日じゃないから、人は少なめだね」
「これで少ないの?」
じゃあ、巡礼の日は人でごった返すんじゃないか?
「熱心なんだな、みんな」
「そりゃそうだよ。だって、祈ったら神様が助けてくれるからね」
祈りの力で、ヒールが使える様になるって事か?一体、どう言う仕組みなんだ?まさか本当に、天界の方々が力をお与え下さっているなんてないよな?
俺は教会の中に入り、大きな女神像を見上げる。
イリーナの所にもあったけど、全く同じ形をしていた。彼女が、アル何とかさんなのだろうか。
「こんにちは。本日はどうされましたか?」
見上げていると、胡散臭い修道士が近付いてきた。彼の目は、金貨の様に輝いている。
気のせいかと思って話をしてみると、彼は頻りに「お布施はいかが?」と誘ってきた。
「貴方の信仰心によって、女神様から祝福がもたらされるでしょう」
胡散臭いなぁ。こう言うのは、ダメな宗教だ。
そうは分かっていても、俺は亜空間から銀貨を数枚取り出す。それを渡すと、修道士は特大の笑顔を浮かべた。
「素晴らしい。貴方にはきっと、女神様が微笑んでくれるでしょう」
女神様って、お金で微笑んでくれるのかい?
心の中では呆れながら、彼に促されるまま女神像に一礼する。
…驚いた事に、顔を上げると本当に、女神像が微笑んでいる様に見えた。
角度の問題か?あっ、微笑みが消えてる。俺の勘違いだったかも…。
俺は振り返り、まだ怪しい笑みを浮かべる修道士にお願いをする。
「ここのステンドグラスが素晴らしいので、暫く見て回ってもよろしいでしょうか?」
「勿論ですよ。貴方は敬虔な女神教の信徒となりました。お好きなだけ、ここでお過ごしください」
ほぉ、そこまで許してくれるのか。数万を払っただけはあるな。
俺は修道士にお礼を言って、聖堂の中を歩かせて貰う。外見と一緒で、中も壁が綺麗に補修されており、高級そうな調度品の数々が並んでいた。
金を掛けてるな。俺の銀貨も、ここに使われるのだろうか。
「面白い?クロード」
隣に並んだシアさんが、詰まらなさそうに聞いてくる。
俺は頷き、周囲の人を指さす。
「興味深いね。これだけ搾取する教会なのに、みんな気にせず祈っている。神の御業ってのが、それだけ人々に影響しているのだと分かるよ」
「どうかな?みんなもお布施は高いって思ってるよ。でも、言えないだけだと思う」
うん?そうなの?
「女神教はこの国だけじゃなくて、色んな国で大勢の信徒が居る教会なんだ。だから、入ってないと変な目で見られちゃう」
「なるほど」
同調圧力って奴か。
入信していなかったり、別宗教を信じていると異端児として迫害される。だからみんな、こんな必死に祈って、高額なお布施にも文句を言わないのか。
本当に、中世前期のヨーロッパを見ている様だ。
「ところで、クロード。ずっと片目を閉じてるけど…どうしたの?目が痛いの?」
シアさんが心配してくれる。
俺はそれに、手を振って答える。
「大丈夫だよ。ちょっと、調べ物をしていてね」
「調べ物?」
そう。俺の右目は今、教会の内部を探索していた。瞼の裏に亜空間を開き、周囲の様子を探っていたのだ。
そして、見つけた。俺が探していた物を。
それは、教会の深部に設けられた一室だ。そこは一段と豪勢な部屋で、金や宝石が散りばめられた調度品や絵画で埋め尽くされていた。
その部屋で踏ん反り返っている人物が1人。ブヨブヨに垂れ下がった頬肉を揺らしながら、デスクの上に何枚もの金貨を積み上げて高笑いしていた。
どう見ても悪代官。分かり易過ぎて拍子抜けだ。
そんな男の部屋に、1人の修道士が入って来た。何かを喋っている様子。何だろう?
俺は手で右耳を覆い、亜空間に送る。そして、部屋の音を拾った。
さてさて。
「どう致しましょう?ブルトッド支部長。領主の言う通り、一時的にでも薬草の関税を下げた方がよろしいのでは?」
なに?薬草に関税?
驚く俺の目の前で、肥えたトドが唸る。
「ならん!一度下げる特例を作ってしまっては、他の者への示しが付かん!勇者召喚の為という大義名分が、霞んでしまうだろうが」
「ですが、領主に逆らうのは如何なものかと。この教会にとって、最大のパトロンではございませんか」
「甘い!甘いぞ貴様。領主なぞ、破門をチラつかせれば幾らでも言う事を聞く。邪教徒となれば、爵位どころかこの国に居られなくなるからな。我々が恐れる必要は、これっぽっちも無い」
ああ、やっぱりこの世界、教会の力が強過ぎるんだ。普通の宗教と違って、回復魔法を牛耳っているから。そりゃ、政治家よりも力を持つだろう。
そして、このトド支部長は勇者召喚が終わった今も、勇者召喚の為と偽って金を巻き上げているみたいだ。
「良いか?勇者召喚は王命だ。一領主如きが逆らえるものでは無い。今よりもっと、もっと巻き上げるのだ。そうすれば、お前も良い思いが出来るぞ?」
そう言って、トドは金貨を一掴み、修道士の足元へばら撒いた。
途端に、修道士も目の色を変えてそれを拾う。「承知致しました」と、怪しい笑みを携えて下がった。
「アホ領主め。下げる訳なかろう。儂は女神教の大司教。この支部で一番…いや、この街で一番偉いんだぞ?ボハハハッ!」
トドは金貨の雨を浴び、汚らしい声で笑った。
その様子に、俺は右目を細める。
ため息と共に、言葉を吐き出す。
「聖職者の癖に、強欲だな」




