17話~ヒック…ヒック…~
夕日が正面から俺達を照らし、今日が終わる事を嫌でも分からせて来る。それに安堵する人も居るけど、大半の人は振るわなかった成果に大きなため息を落としていた。
「あ~…疲れた」
「早く帰って、ベッドに倒れ込みたい…」
「俺は風呂だ。風呂に入りたい」
「無理に決まってるでしょ?私達、はぐれゴブリンくらいしか倒してないもの。どうせ今日も、水の入った桶を渡されて終わりよ」
佐藤さんの意見に、みんなの足取りが一層重くなる。僕も、背負った鎧の重さが一段と伝わって来る。
そうして重い足取りで街道を進んでいると、後ろからパカパカと足音が聞こえた。次いで、僕らの横を数頭の馬が駆け抜けていった。
前川達だ。
「最下位は罰ゲームで、熱湯風呂だからな!」
「おい、後だしズリーぞ!前川!」
「偶にはお前も入りやがれ!」
バカ笑いを上げながら、奴らの背は見る見る小さくなっていく。僕らのことなんて気にする素振りも見せず、自分達だけに与えられた特権にはしゃいでいた。
その様子は、まるで僕らがクラスメイトであることを忘れているみたいだった。みんなが苦しんでいる時も、あいつらはただ優越感に浸るばかり。
『今、君達が置かれた状況は好ましくない』
今はもう居ない、黒井君の言葉が頭の中で蘇る。まるで、この状況を見越していたかのようなその言葉に、僕の心が沈みかける。
「いや」
今はそんな事、考えている場合じゃない。強くなる事を考えるんだ。じゃないと、現状は良くならない。
僕は自分に言い聞かせて、足を前に出す。
でも、いざ現実を見せつけられてしまうと、心が大きく揺らいだ。
夕食の席。
僕らの前に並ぶのは、芋や粥などの質素な食事。対して前川達は、肉やフルーツなんかも並んだ豪華な食卓。
明確な差が、ここでも付いていた。露骨な一軍びいき。
それに、誰も異を唱えることは無い。教会の大人達も、僕らも。みんなは押し黙り、ただ口に芋を詰め込んでいる。前川と僕らの間には、越えられない壁があるからだ。
才能の壁。
前川達は強力なスキルを与えられた。それを使って、訓練でも演習でもどんどん成果を上げている。
反面、僕らは大したスキルも得られず、彼らに置いて行かれている。
今日の遠征でも、ゴブリン1匹を倒すので手間取った。相手が素早いのも原因だけど、やっぱり生き物を殺す事に抵抗があった。
特に、人間のような形をしている魔物なら余計に。まるで人殺しをしている気分になってしまい、吐いたり泣き出してしまう人もいる。
僕も似たようなものだ。弓のスキルを得たけれど、まだマトモに戦えない。奴らから睨まれたり武器を向けられるだけで、足が勝手に逃げ出そうと動き出す。
仕方ない。だって僕らは学生なんだ。良い大学に行くように言われていたのに、急に戦えなんて無茶だ。
「よぉ~し。デザートジャンケンやるぞぉ~」
向こうの席で、前川達が騒いでいる。それを、大人達もイリーナ様も微笑んで見ていた。誰も彼もが、前川達に期待していた。
そうだろうな。僕らがゴブリンに手間取っている間に、あいつらはオーガを倒したんだ。あんな大きな魔物を、たった4人で倒してしまった。強力なスキルを持っていたとしても、僕なら怖くて戦えない。オーガの死体を見ただけで、怖くて近づけなかったもの。
「皆さんも、勇者マエカワに負けじと励んで下さい」
夕食会が終わると、イリーナ様が今日の成果について一言を述べる。
それに、周囲のクラスメイトが肩を震わせる。イリーナ様の声は穏やかで、慈愛に満ちた物ではあるけど、それを聞くみんなの表情は硬い。
怖がっているんだ、彼女を。いとも簡単に、黒井君を排除してしまった彼女の力に。
あの日、黒井君が不正を働いたと聞かされた日は、こんな風には思わなかった。スキルが無くて可哀そうにって、何処か他人事のように思っていた。
でも今は違う。結果を出せていない僕らと、あの時の黒井君とで何が違うだろう。彼と同じ様になるのではと、みんなビクビクしている。「帰りたい」という呟きを、聞かない日は無くなっていた。
『君達は、教会が言うままに生きていくつもりなのか?』
また、黒井君の声が聞こえる。彼の亡霊が、僕に語り掛けるかのように。
それに、僕らは答えられない。答えが見つからない。
僕達は学生だ。用意された問題ばかり解いてきた僕らに、これは難問過ぎるんだよ…。
〈◆〉
夕食を終えた私達は、大聖堂へと移動する。召喚した勇者達の相談を、天にお伺いする為だ。
教師陣からは、勇者マエカワはそれなりに動けていると報告を受けた。だが、他の者達は成長が遅い。Eランクを排除してから、それが顕著になった気がした。
十分な装備が無いからだとギヨーム枢機卿は言っていたが、ゴブリン相手でそれはない。低級の冒険者ですら倒せる魔物なのだから。
このままでは、ダンジョンへの遠征計画に遅れが出る。ロドリック王への謁見もしなければいけないし、これ以上の遅延は非常に不味い。最悪の場合、支援金を減らされる。資金が”消えてしまった”以上、パトロンを失う事だけは避けなければ。
でなければ、私は…。
「では、始めます」
大聖堂の女神像前で私は跪き、両手を合わせる。
こうすることで、彼女の言葉が降って来るのだ。敬虔な信徒である私だけが、アルテシア様のお言葉を頂戴することが出来る。
その力があったから、勇者を召喚する事が出来た。女神様から『異界の勇者を求めなさい』というお告げを受けて直ぐ、召喚が成功した。成功事例が極めて少ない勇者召喚を、我々はたった半年で実現させたのだ。
「その勇者の道筋を、どうかお示しください。天に召します我らが母、アルテシア様」
私が祈りの文言を唱えると、急に周囲が明るくなった気がした。次いで、何か温かいものが目の前に降り注ぐ気がする。温かい光、まるで太陽のような存在。
アルテシア様だ。お告げを頂ける時は、いつもこのような感覚になる。
さぁ、どうか私を導いて…。
『ヒック…ヒック…』
「えっ…?」
私はつい、祈りの最中に顔を上げてしまった。今まで神々しいお言葉ばかりを掛けて下さったアルテシア様が、嗚咽のような声を出していたから。
私の、勘違い?
そう思って見上げた先で、女神像が目から涙を流していた。
ええっ!?
「「「おぉおおお!」」」
周囲でひれ伏していた修道士達も、恐れおののく。信仰が深い者など、腰を抜かしてひっくり返っていた。
私も、ひっくり返りたいくらい驚いた。こんな、こんな事今まで一度も…。
『遠く、遠く。勇者が、遠のく…縁が…消える…』
驚く私の耳元で、アルテシア様のお声が聞こえ続ける。途切れ途切れに聞こえるその声が、私の心臓を鷲掴みにする。
勇者が遠のくとは、どういう事?マエカワが勇者から遠ざかっていると言う事?もっと、計画を勧めなければいけないと言う事なの?
「イリーナ様!これは…」
ギヨームが駆け寄ってきて、涙の痕を残した女神像を見上げる。いつも強かな彼も、今日ばかりは手が震えていた。
女神様を悲しませた。その重圧に、耐えきれない位のショックを受けた様子だ。
そして、それは私も。
「今すぐ、遠征の準備をしなさい!大森林のダンジョンに向けて、勇者一行を旅立たせるのです!」
震えを誤魔化す為、私は声高らかに宣言する。
すると、ギヨームが信じられないと言う顔で首を振った。
「そっ、それはあまりにも早計では?彼らはやっと、スキルに慣れてきた段階で…」
「これは天啓です!アルテシア様は、早くマエカワを勇者にせよと仰っているのです!」
「はっ、ははぁ!」
ギヨームはひれ伏し、直ぐに数人の修道士を連れて大聖堂を後にした。他の者達も、慌てて身の回りの準備を始める。教会全体が、蜂の巣を突ついた様に慌ただしくなった。
「急ぎなさい。早く、早く勇者マエカワにダンジョンを攻略させるのです!」
でないと私は、女神様から見放されるかもしれない。
それだけは、絶対に避けなければ。私はイリーナ。この世界で唯一の、神の代弁者なのだから。
〈◆〉
『どうしてこうなるのぉ!』
泉に映る子供達に、アルテシアは頭を抱えて絶叫する。
今回呼んだ勇者候補の中で、最有力と思っていた子が遠くに行ってしまったから、早く迎えに行きなさいと告げた。でも何故か、彼女達はダンジョン攻略の旅に出ようとしていた。
いや、違うでしょ!貴女がするべき事は、先ずその子と合流する事よ。そして、みんなでダンジョンの暴走を止めて、綻びつつあるこの世界を正常に戻す事よ。
そもそも、なんで離れ離れになっているの?召喚は無事に成功して、スキルの確認もやっていたじゃない。私がちょっと目を離した間に、一体何があったの?
思う通りに動かないイリーナ達の様子に、アルテシアはもう一度接触をしようかと血迷い始める。彼女が祈らないと声は届かないけど、雷くらいならここからでも落とせる。それで、彼女の目を覚まさせようかと思った。
でも、それは阻止される。雷雲を作ろうと手を伸ばした泉に、別の少女の姿が映ったから。
彼女を見て、アルテシアは飛び上がった。
『オ、オーレリア先輩。あの、えっと…こんにちわ!』
『何をしているの?アルテシア。何か、問題が起きていそうね?』
『とんでもない!とっても順調です!』
『嘘ね。貴女のその様子、何かを隠しているのは明白。そして、私に対して後ろめたい事がある。違う?』
うっ…。相変わらず鋭い方だ。何故これで、私と同じ大天使のクラスに収まっているの?
『どうなの?アルテシア』
『ええっと…そんな、大した事じゃありません』
とにかくここは誤魔化して、事態が収まったら報告しよう。
そう思ったアルテシアだったが、
『そう。なら、闇の眷属様はお元気?もうそちらの世界に到着して、活動し始めた頃だと思うけど?』
『ぐぅっ…』
あまりのピンポイント爆撃に、アルテシアはぐうの音が出てしまった。
それを聞いた途端に、オーレリアの笑顔が引き攣った。その目が、正直に言えと脅してくる。
アルテシアは耐えられず、全てを話した。それを聞いて、オーレリアは呆れて大きな溜息を吐く。
『そう。眷属様を見失ったのね』
『えっと、見失ったと言いますか、彼が勝手に何処かへ行っちゃ…』
『お黙り!』
はい。
アルテシアは正座し、先輩の小言を聞く。
『分かってる?アルテシア。眷属様をそちらへ送るのに、私がどれだけ苦心したか。かの偉大なる闇の神様に何度も何度も頼み込み、彼が行くはずだった世界に別の勇者を斡旋し、それで漸く貴女の所へ送る許可を頂いたの。それを見失ったとなったら、神様はきっと貴女を…』
『きっと…私、どうなっちゃいます?』
固唾を飲んで聞くと、先輩は『はぁ~…』と特大のため息を吐き出す。
そして、何処か憂いを孕んだ目でこちらを見た。
『貴女も眷属に迎え入れられて、馬車馬のように働かされるでしょうね』
『ひぃい!』
私は慌てて、泉の別画面を開く。異世界の子供達に演説する彼女に、届かぬ念を送り続ける。
お願い、イリーナ。早く、本物の勇者を探して!
「朗報だぞ?イノセス。アシスタントが増えようだ」
ポンコツのアシスタントなら、願い下げです。




