16話〜全然だよ〜
魔物によるスタンピードが発生した。
その報告を聞いた俺は、すぐさま現場へ向かった。道中、報告してくれたルーカスさんが詳細を教えてくれる。
「俺達は、薬草採取のクエストを受けたんだ。近々また、回復薬の値段が上がるらしいって噂があったからな。少しでも安くなればと思って東の森に行ったんだ。そしたら、そこはゴブリンの巣窟になってやがった」
冒険者の出入りが少なくなった森では、魔物が大繁殖していたらしい。
最近は、街に近付く魔物を狩るばかりだったらしく、そうなるのは当然の様に思うが…。
「ゴブリンごとき、俺たちの敵じゃねぇ。最初はそう思って、どんどん森の奥に入ってったんだ。だけど、その途中でゴブリンの縄張りに入り込んじまった。物凄い数で、しかも上位種のホブゴブリンまで居やがった。それで、慌てて引き返したんだけどよ、あいつらしつこくて、街まで追ってきちまったんだ」
つまり、魔物をトレインしてしまったと。
「なんで、そんな」
シアさんが「信じられない」というニュアンスで言葉を零す。
それに、ルーカスさんは慌てて首を振る。
「俺達も迷ったんだ。でも、フィンが負傷しちまって、急いで治療する必要があった。逃げ回ってる選択肢が無かったんだよ」
それで、街に危機を伝えるために、ルーカスさんを先触れとして飛ばしたらしい。既に彼は、衛兵の駐屯所には報告しており、その後でギルドに来たのだ。
ただ、芳しくない。ギルドから彼に付いて来たのは、俺を含めて数名。それも嫌々だ。もしも怪我をしたらと、みんな消極的になっていた。
こんな時の教会じゃないのか?
「ヤバい。もう来てやがる」
東門が見えた所で、ルーカスさんが焦った声を上げる。見ると、門は完全に閉まっており、門の上に設置された櫓から、衛兵達が弓を射っていた。
引き連れた魔物が、ここまで到着しているのか。と言う事は、バンドンさん達も何処かに居るのでは?
そう思って見まわすと、門の端の方で座り込んでいる彼の背が見えた。何をしているのかと近付くと、彼の前には血だらけのフィンさんが横たわっていた。
おっと、これは不味いぞ。
俺は駆け寄り、バンドンさんに声を掛ける。
「止血は!?」
「もうやってる!だが、傷が深すぎて止まんねぇんだ!」
ああ、そうみたいだな。
俺も屈んで、バンドンさんの手元を見る。
布で傷口を押さえ、止血を試みている彼だったが、指の隙間から絶えず血が滴り落ちていた。
フィンさんの顔色も悪い。目も虚ろだ。
こいつは、長くないぞ。
「医者は呼んでる。でも、このままじゃ間に合わねぇ。借金してでも、回復薬を買っときゃ良かった」
「回復薬って、この中にあります?」
俺はダメ元で、教会の医務室から頂戴した瓶を一通り取り出し、バンドンさんに見せる。
途端に、彼は目を見開いた。
「おまっ!それっ!それっ!」
「どれ?」
「その真ん中の!そいつは上級の回復薬じゃねぇか!四肢が吹っ飛んでも回復する、すげぇ効果の薬だよ!」
OK。こいつだな?
俺は直ぐにそいつの蓋を取り、中身をフィンさんの腹へ掛ける。すると、バンドンさんが悲鳴を上げる。
えっ!?俺、何かやらかした?
「バカお前!こんな高級品、俺達じゃ一生掛けても払えねぇ代物だぞ?どう返せばいいんだよ」
「ああ、それはご心配なく。無償提供ですから」
そもそも、そんなバカ高い料金に設定しているのが間違いなんだ。だから今回も、スタンピードなんて起きたんだし。
こいつは教会の所有物。教会が引き起こした事態なら、教会が責任を持って対処するべき。だから、こいつを無償で使うのも当然だ。
…そう、俺が勝手に思っているだけだが。
「クロード…ありがとう…恩に着るぞ」
バンドンさんが男泣きしている。
くっ。あとでしっかり、教会の悪行を暴露しないと。これじゃ完全に、マッチポンプじゃないか。
中身を全部掛け終わった俺は、瓶をしまってフィンさんを見る。必要ならもう1本と思ったけど、彼の顔色は随分と良くなっていた。もう、腹から血も溢れてこない。
完治したみたい。本当に、とんでもない効果だな。
「大丈夫そうですね。そしたら僕は、衛兵の手伝いをしてきます」
「あたしもやる!」
門裏の階段を上がろうとすると、俺の後ろをシアさんが付いて来ようとする。
いやいや。
「ここから先は危険だ。相手がゴブリン種だと、矢が飛んでくる可能性もある」
「でも、クロードは行くつもりなんでしょ?そんなペラペラな服で」
言われて、確かにと思う。バンドンさん達が分厚い革製の鎧にヘルメットを被っているのに対し、俺は麻製のシャツとズボン。戦場を舐めてるのはどっちだと言われてしまう。
それに…。
「それに、あたしは魔法が使えるよ?それで遠くから戦うから…お願いっ!」
「うっ…」
そんな風に懇願されては、ただ否定するのもどうかと思ってしまう。
本人が希望していることだし、一度戦場に出てみるのもいい経験かも。ここは日本じゃないのだから、こういう経験も必要だろうし。
ただし、万全の準備をするのが前提だけど。
「なら、これを着てくれる?あと、こいつも被って」
俺は亜空間から黒マントと黒バンダナを取り出し、それを彼女に着せる。体の90%は黒で覆われ、もしもの時も亜空間で守ることが出来るようになった。
「出来れば、顔も黒く塗りたくりたいくらいなんだけど…」
「黒くしたらいいの?分かった!」
シアさんは元気な返事をして、落ちていた木片を拾う。そいつに、魔法で火を付けた。
何をするんだ?
「これでね?こうして、こうしたら…」
燃え残った炭の粉末を、頬にヌリヌリするシアさん。可愛いお顔が、見る見るうちに真っ黒に染まっていく。
おぉ。まるで、自衛隊のレンジャー部隊みたい。
俺にも下さいな。
「完璧だな。これなら、核爆弾もへっちゃらだ」
「カク?」
おっと。無駄話をしてしまった。早く戦場に行こう。
俺達は階段を上がり、外壁の上に設置された踊り場に出る。
「おい!急げ!こっちに登って来るぞ!」
「こっちも来てる!手が離せない!」
「矢が切れた!誰か、誰か予備を持ってきてくれ!」
そこでは、衛兵達が慌ただしく壁の上を走り回っていた。壁の下を覗き込むと、多くのゴブリンが壁の下に集まり、壁の凹凸を使って登って来ようとしていた。
それを阻止しようと、衛兵達は躍起になっている。登ってくる前に槍で突き落としたり、矢や石で上から攻撃している。
しかし、人数が足りない。走り回る衛兵は数える程で、対するゴブリンは100体以上いる。1体1体は大した脅威でなくとも、ここまで集まると面倒だ。不意打ちをされ、フィンさんみたいな大怪我を負う可能性もある。
加えて…。
「やはり、腰が引けてるな」
衛兵達の士気も低い。ゴブリンに対して、腰が引けているのだ。
相手が普通のゴブリンなら威勢よく斬りかかるけど、何か武器を持っている個体にはビクビクしている。ましてや、大人くらいの大きさがあるホブゴブリンが相手だと、槍を持つ手まで震え出していた。
まさか、街を守る衛兵からも金を巻き上げているとは…。
「加勢するよ、シアさん。俺から離れないように」
「了解しました!隊長!」
シアさんはノリノリで、俺の後ろを付いて来る。周りがこれだけ混乱していて、目下ではゴブリンの群れが迫っているというのに、随分と落ち着いている。
見た目以上に、この子はタフなようだ。もしかしたら、魔物との戦闘経験があるのかも。
その俺の予感は、当たっているようだった。
「うわっ!こっち来るな!」
向こう側で、衛兵が情けない声を出す。彼の前には、壁を登って来たゴブリンが棍棒を振り回していた。
俺はそいつを攻撃しようと、手に亜空間を開く。でも、そこから剣を飛ばす前に、俺の横から火球が発射された。
「ファイアボール!」
シアさんだ。
彼女の火球は真っすぐに飛び、ゴブリンに着弾した。
【ギャギャッ!】
火球は燃え広がり、ゴブリンを包む。それに耐えきれず、ゴブリンは燃えながら壁の向こうへと落ちて行った。
おお。やるねぇ。
俺はシアさんに拍手を送るも、彼女は不満そうに首を振った。
うん?
「全然だよ。他の人の魔法は、もっと威力があるもん」
あぁ~。確かに、前川の火球は着弾すると同時に爆発していた。あれに比べると、シアさんの魔法は火力が優しめな気がする。
それでも、ゴブリンには十分効果的だ。さっき落ちたゴブリンも、仲間を巻き添えに落ちて行った。
素晴らしい働きだ。俺も、うかうかしていられないぞ。
俺は壁の縁に立ち、マントを広げる。その黒の中に亜空間を開き、そこから剣や槍を出現させる。ゴブリン軍団に向けて、勢いよく放出した。
食らいな!
【【ギャァア!】】
数多の武器が頭上から降り注ぎ、ゴブリン軍団は大混乱となる。壁を登っていた者は転落し、壁際まで迫っていた者は逃げ惑う。
そこに、シアさんの火球も加わる。剣に槍に魔法にと、ゴブリン達は大わらわだ。
俺はそこで、シアさんへ攻撃中止を言い渡す。すると、ゴブリン達がこちらを見る。その黄色い目を鈍く輝かせて、舌なめずりをした。手に石や弓矢を持ち、俺とシアさんを見る。
ニヤリと笑い、俺達に向けて幾つものツブテを投げつけて来た。
「危ない!」
シアさんが短い悲鳴を上げ、俺の背中を掴む。早く逃げてと引っ張って来た。
おぉっと!危ねぇ。
警戒していなかった一撃に、俺は危うくバランスを崩しそうになった。何とか亜空間で体を支え、シアさんを隠すようにマントを広げる。そこに亜空間を開き、飛んで来た弾を全て回収した。
ごちそうさま。
「では、お返しだ!」
俺は貰った弾をそのまま、奴らに返した。
弾速はサービスでマシマシだ。食らいな、操船借銭アタック!
【【ギャァアア!!】】
シメシメ…と舌なめずりをしていたゴブリン達は、格好の的となって悲鳴を上げる。
残ったゴブリン達は、悲惨な仲間の最後を見て【ギャー!ギャー!】と鳴き出す。そして、一目散に逃げて行った。
呆気ない。まだ半分以上は残っていただろうに。
「「「うぉおおお!!」」」
逃げるゴブリンを見て、衛兵達が飛び上がらんばかりに喜ぶ。中には、抱き合ってマジ泣きしている人達も。
おいおい。そんなに怖かったのか?
「やったね!クロード!」
周りの様子に気を取られていると、シアさんが腹に突撃してきた。
うぉっ!あっぶね!今のはマジで落ちると思った。
「あたし達、街を救っちゃったよ!」
「あっ、ああ。そうだね」
彼女も良くやってくれた。俺に負けじと、幾つも火炎弾を投げてヘイトを集めてくれた。それもあったから、操船借銭の計がより効果的になった。
でも…。
「どうしたの?何処か、怪我でもした?」
「いや、大丈夫だよ」
俺は笑顔で答えるが、どうしても周囲の状況が目に入って来てしまう。
衛兵も冒険者も、みんな疲れた様子だ。100体のゴブリンは容易くないが、スタンピードにしては優しい方だろう。
俺の記憶の中には、この壁よりも大きなマンモスが何頭も何頭も迫って来た記憶があった。それと比べても、この程度で喜んでいて良いのかは疑問だ。
それに、今回の戦いで、半分以上のゴブリンを逃がしてしまった。森にはもっと多くの脅威が集っていることだろう。それが溢れたら、この街は今度こそ終わる。
ならば…。
「やるしかないな。教会の尻拭いを」
俺は、傾き始めた太陽を仰ぎ見た。




