15話〜ならば見るが良い!〜
トレントを討伐したら、ミスリルのナイフを頂いてしまった。それだけトレント討伐を喜んでくれたって事なんだろうけど、本当に良かったんだろうか?
その思いは、武器屋に入って余計に強くなる。
古ぼけた倉庫みたいな店だったが、中にはズラリと剣が飾っており、槍や盾、ナイフや包丁、鍋みたいな金物も置いてあった。
武器屋と言うより、金物屋っぽい感じだ。
そんなチープな店の中でも、厳重に保管されている棚があった。その中を覗くと、ミスリルの剣が入っていたのだった。
値段は…金貨30枚!?3000万円ってこと!?
これは剣だからかも知れないが、ナイフだって高額だろう。
貰っちゃって良かったのか?
そうは思うが、今更返す気持ちもない。失礼だし、何より有難かった。亜空間内で試してみたけど、トレントの幹がバターの様に切れた。鉄斧では弾かれたのに、凄い攻撃力だった。
確か、魔力を良く通すらしいから、魔術師ならもっと使いこなせるかも。
赤魔道士みたいな感じ?
「おや?あんたは昨日の」
武器屋を出た俺は、市場を通り過ぎた所のレストランに来ていた。そこに居たマダムは、昨日市場で会ったあの人だ。
俺は小さくお辞儀する。
「こんにちは。臭いは如何ですか?」
「全くしないよ。あんたが昨日、しっかり取ってくれたらしいじゃないか。裏手だけじゃなく、地下もやってくれたんだろ?シアから報告を受けてるよ」
おや、シアさんはそんな事まで伝えてくれたのか。
「マダム。彼女は俺のサポートをしてくれたんです。ですので、店を開けていた事は不問にして頂きたいのですが…」
「んっふっふ。あんたまさか、それを言いに来たのかい?」
ええ、そうですよ。だって、心配でしょ?
俺が小さく頷くと、マダムはまた「ふふっ」と笑う。そして、店のドアを開いた。
「お入りよ。昨日のお礼もしたかったんだ」
マダムに連れられて、俺は店内に入る。まだ開店前みたいで、店内に客の姿はない。その一角に座るよう言われたので、俺は席に着いて店内を見回した。
オシャレな店だ。木の温もりを感じる内装に、暖色系のライトが店内を照らしている。ホテルにもあったけど、魔道具だろうか。ここも、かなりの高級店なのかも。
高級店らしく、壁際には油絵が飾ってあった。これがボドルー地方のなのだろうか。段々畑が描かれていた。
「お待たせしましたぁー」
絵を見ていると、元気な声が厨房から聞こえてきた。そして直ぐに、赤毛を揺らした女の子がホールに現れる。
シアさんだ。
彼女は片手に小さな鉄板を持ち、ニコニコ笑顔で登場した。でも、俺を見た途端に目を丸くし、手元がお留守になる。
鉄板が、彼女の手から滑り落ちそうになる。
おっとっと。危ない。
俺は素早く亜空間を開き、手を突っ込む。彼女の頭上に出口を開いて、鉄板を支えた。
ふぅ。危うく、彼女が火傷するところだった。
「クロード!来てくれたんだね」
そんな事も知らず、シアさんはぴょんぴょんと飛び跳ねながら俺の目の前に来る。
俺は片手で鉄板を支えながら、もう片方の手を上げる。
「ああ、昼食を食べにね。それと、君に雷が落ちていないか心配になってさ」
「うーん。ちょっと怒られたけど、大丈夫!何時もの事だから」
それは、大丈夫なのか?
俺は気になり、こっそりこちらを伺うマダムを見返す。
うん。マダムの苦笑いを見るに、そこまで怒っている感じではない。でも、弁明しに来て良かったかも。
「はい!デボラ店長からのプレゼント。リブステーキだよ!」
「おおっ」
鉄板の上でジューシーに仕上がる肉塊に、俺は両手を合わせる。赤いソースに跳ねる油…こいつは美味そうだ。
肉に齧りつくと、肉汁がジュワッと口の中に広がる。
うん。
「どう?」
「格別だな。この街で一番美味い肉だよ」
何の肉だ?オーク?
「ふふっ。でしょ?デボラのお店は、お肉が自慢なの」
「ああ。こりゃ、街中に自慢できるレベルだ」
そう言えば、マダムから貰った串焼きも美味かった。
何か俺も、お店の為に出来ることは無いだろうか?
「ねぇ。クロードの方はどうだったの?」
考えていると、シアさんが前の席に座って聞いてくる。
「どう」とは、きっとあの後の事を言っているのだろう。汚泥集積所に行く手前で、彼女とは別れたからな。その成果を聞きたいのだろう。
そう察した俺は、肉を食べる合間に昨夜の事を話した。すると、彼女は自分の事の様に喜んでくれた。
ええ子やな。
「すごーい!大銀貨8枚?そんな大金、あたし持った事ないよ」
「俺も驚いたさ。泥集めで、そこまで稼げるとは思わなかったからね」
「もしかして、噂の掃除屋ってクロードのこと?」
俺は一瞬、肉を食べる手を止めてしまう。
それだけで、彼女はまた「やっぱり!」と手を叩いて喜んだ。
その2つ名は、凄いと思わんのだが…。
「それで、それで?スライムの方はどうだったの?」
「それは今からだ。昨日は色々と立て込んでいてね。後日にしてくれって言われたんだよ」
「そっかぁ。あの宝石みたいな魔石、絶対良い値段になるよ。青かったから、水の魔道具に使えるだろうし」
ほぉ。魔石の色で、効力が違うのか。
では、さっきのトレントは風の魔力が詰まっているのかな?それとも、草の魔法とか?
「ねぇ、クロード。あたしも見に行って良い?幾らになるか、気になっちゃって」
「俺は構わないけど、仕事は大丈夫なの?」
俺がマダムの方を見ると、シアさんもそちらを見る。そして、懇願するように手を合わせた。
マダムが大きなため息を吐いた。
「良いよ。行っておいで」
「やたー!」
無邪気に喜ぶシアさん。
でも俺は、心配になる。
そんな簡単にシフト変更して、大丈夫か?そろそろお昼ご飯の時間だと思うんだけど…。
そんな俺の心を読んだのか、マダムが「ふっ」と力なく笑った。
「良いんだよ。今日はどうせ、礼拝の日だからね。きっと客足は伸びないだろうし」
「礼拝?」
俺が首を捻ると、マダムは少し驚いた顔をした。
「そうだよ。知らないのかい?女神アルテシア様に祈る、女神教の礼拝。この街の殆どがそこの信徒だから、みんな教会に行くのさ」
「それで、いっぱいお金を取られちゃうんだよ」
うわっ。街全体が宗教にどハマり…いや、街だけじゃないな。もしかしたらこの国自体、女神教に心酔しているのかも。
そういや、教会で接収した手紙に国王の名前もあったな。もしも国王まで信徒だとしたら、かなりヤバいぞ。名目上は王がトップでも、事実上はイリーナが支配している事になるから。
中世ヨーロッパの十字軍みたいな状況が、この世界でも起きているのかも…。
暗い想像に陥っていると、マダムが近付いてくる。食べ終わった鉄板を下げてくれた。
「さぁ、若いのはそんな事を気にせず、パッと遊んできな」
「ありがと!デボラさん!」
と言う事で、俺はシアさんを伴ってギルドへやってきた。
夕方はムサイ男たちが押し寄せているここも、こんな昼までは閑古鳥が鳴いていた。
クエストボードも寂しい物だな。殆どが討伐依頼ばかりじゃないか。
おっ、ヴィクトールさんのトレント討伐依頼があった。持って行こうっと。
「いらっしゃい。何の用なの?」
カウンターの前に立つと、受付のお姉さんが面倒くさそうに立ち上がり、咥えていたパイプ煙草を置いた。
クレールさんは…今日は非番か。
「報酬を受け取りに来ました。Eランクの…」
「はいはい。先ずはカードを出しなさい」
うるさそうに手を振って、俺の言葉を掻き消そうとするお姉さん。
随分と横柄な態度だな。これが、受付のデフォなのだろうか?クレールさんも、最初は不機嫌だったし。
俺は粛々とカードを出す。その時、受付の目が俺の手元に注がれた。
「なに?依頼も受けるつもり?見せなさいよ」
「はい。でもこれは既に…」
既に終えた依頼だと説明する前に、女性は「はっ!」と鼻で笑った。
「あんたねぇ。これ、Cランクの依頼じゃない。こんなの、あんたみたいなEランクは受けられないのよ」
「いえ、ですから」
説明しようと思ったが、お姉さんは「バンッ!」と手のひらでカウンターを叩き、それを遮断する。
手のひらが退くと、そこには銅貨が数枚乗っていた。
これは?
「はい。報酬よ。どうせ、ドブさらいか何かの報酬でしょ?ちょっと多めに出しといたから、とっとと出ていって頂戴」
なんと、俺がEランクと言うだけで勝手に報酬を決められてしまった。
ベノムスライム100体以上に、ビッグスライムも合わせて数百円だと?呆れて笑える。
「ちょっと、何なのよ!」
さて、どう料理してくれようかと考えていたら、シアさんが堪らず声を上げた。
昨日、俺を泥棒と勘違いした時より、明らかに怒っている。
「クロードはね、いっぱいスライムを倒して、街を救ったんだよ?スラムのみんなも、ベノムスライムが出なくなったって喜んでたんだから」
「あのね、ベノムスライムもDランクの魔物なの。あんたのボーイフレンドはEランク。分かる?ねぇ。勝てないのよ、そいつは。大嘘つきってこと、あんたのボーイフレンドは」
「違うもん!」
シアさんは感極まって、涙を流し始めてしまった。
うぉっ!なんてこった。
「シアさん!大丈夫だ」
「大丈夫じゃないよ!この人、クロードを悪者みたいに言って…」
どうどう。そんなに泣かないで。
俺は「そうだね」と言いながら、彼女の肩に両手を乗せる。
「怒ってくれてありがとう、シアさん。今から俺が、この人に分からせるから」
「ホント?」
「ああ」
それでやっと、シアさんは落ち着いたみたいだ。
俺は振り返り、お姉さんを真っ直ぐに見る。彼女はカウンターに肘を着いて、ニヤニヤとこちらを見ていた。「分からせるんでしょ?やってみなさいよ」とでも言いたそうな顔だ。
ああ。お望み通りやってやるよ。幼気な少女を泣かせやがって。
俺は彼女の真似をして、少し強めにカウンターを叩く。そして、手のひらの影に亜空間を開き、カウンターに魔石を置く。
トレントの魔石。それを、お姉さんに見せつける。
余裕だったお姉さんの顔が、歪む。
「なに?この魔石」
「トレントですよ。その依頼書にある、ホテルのトレントのね」
「そんな訳ないでしょ!」
お姉さんは慌てて、魔石を取り上げる。でも、それが本物だと分かると「うそ…」と声を漏らす。
俺をキッと、睨み付ける。
「違うわ!こんなの…そうよ、盗んだのよ。Cランクの魔石を、魔道具店から盗んだんでしょ?白状しなさい!」
「おやおや。この期に及んで、まだそんな戯言を」
俺は首を振り、マントを外す。それを、天高く放り投げた。
「ならば見るが良い!その、目に空いた節穴でなぁ!」
パチンッ!
俺は指を鳴らしながら、マントで亜空間を開く。そこから、証拠を取り出す。
疑う彼女の前に、盛大に叩きつけた。
バキバキバキッ!
「ひぃいっ!」
お姉さんは悲鳴を上げて、カウンターの向こう側に倒れる。覗いてみると、震えながらアワアワ何かを呟いていた。
なんだって?
「なっ、なにが、どうして…何なの、それ。どうやって、こんな、大木が…」
「おやおや。ギルドの人間で、これが何か分からないとは驚きです。こいつはトレントの本体。さっき倒したばかりだから…ほら、まだ動いているでしょ?」
俺も驚いた事に、トレントの枝はまだ動いていた。あの剛腕は見る影もないけど、蛇の様にゆっくりとお姉さんの方へと伸びていた。
それに、お姉さんは「ぎゃぁあ!」と金切り声を上げて、壁に張り付いた。
ふむ。これくらいで許してやるか。
「ご理解頂けましたかな?では、早急にベノムスライムの清算を終わらせ、このトレントに取り掛かるようお願いいたします」
俺は依頼しながら、巨木にカーテンを掛けて亜空間へ仕舞う。お姉さんは呆然とそれを見届け、無言で何度も頷いた。
それからかなり時間は掛かったが、金貨1枚と大銀貨数枚を持って帰って来た。
ええっと…貰い過ぎじゃないか?DランクとCランクの魔石だけなのに。
相場が分からんから、何とも言えないけど。
「やったね、クロード。金貨だよ、金貨」
「ああ、そうだね」
まぁ、シアさんが嬉しそうだから、それで良いか。
俺はお金を仕舞うフリをして亜空間に入れ、新たな依頼を受けようとクエストボードの所に来た。
でも、何かを選ぶ前に、
「たいへんだぁ!」
大声を上げながら、男性がギルドに飛び込んで来た。
確か、俺にエールを奢ってくれたもう1人の…ルーカスさんだったか。
「すっ、スタンピードだぁ!!」
「「えっ!?」」
ルーカスさんの爆弾発言に、その場にいたみんなが息を呑んだ。




