14話〜お急ぎでしょうか?〜
「ぐぅ…。侮れないな、異世界」
俺は、フワフワなベッドの中で目覚める。起き上がると、現代日本よりも豪華なスイートルームが広がっていた。
たった10万円で、数100万する部屋に泊めさせて貰った。しかも、それが1週間も続くとは。
亜空間の方が安全と分かっていても、この高待遇にそれは勿体ないと思ってしまい、ついついこちらで寝こけてしまった。
「だが、それが正解だったか」
俺はテーブルの皿に盛られていたフルーツを手に取り、カーテンを開ける。陽光が差し込み、眼下で何台もの馬車が行き交っているのが見えた。
なんと言う贅沢。働く人達を眺めながら、俺は優雅に朝食とは。
まるで、海外へバカンスに来た気分だな。教会でカビパンを差し出された時とは、天地の差だよ。
「おっと。浸っている場合じゃなかった。早く、ギルドに行かないと」
この世界の朝は早い。下の通りですら、こんなに活気付いているんだから。ギルドなら、みんなはとっくに冒険に出ている頃だろう。俺も、働かないと。
俺は果物を齧り、残りを亜空間に仕舞って部屋を出る。廊下ですれ違うメイドさん達は、シーツや毛布を持って忙しそうにしていた。
やっぱりみんな、動き出しが早い。もう、部屋の清掃が入るなんて。
「おはようございます、クロード様」
昨夜のジェントルマンが、今日も受付にいた。
どうも、おはようございます。
「お急ぎでしょうか?」
うん?俺に何か用なのかな?
俺は首を振る。
「いえ、特に急ぐ事もありませんよ。何かありましたか?」
「実は、クロード様のお力をお借りしたい案件がございまして」
おや。それって、依頼って事かな?
スイートを手配してくれた手前、受けるのはやぶさかでないのだが…。
「その案件、ギルドに依頼はされていますか?」
俺は冒険者。ギルドを通さない依頼は極力避けるべきだ。後で問題が起きた時、責任の所在が分からなくなるからね。
そう危惧して聞くと、受付は大きく頷く。
「はい。ですが、なかなか色良い返事が貰えずにおりまして」
「なるほど。ならば一度、お話をお聞かせください」
塩漬け案件って事ね。それなら、問題なかろう。
…事後報告になるだろうから、また怒られると思うけど。
「なんと有難い。では、こちらへどうぞ」
受付の男性…ヴィクトールさんと言うらしいのだが、彼に連れられて、俺は勝手口からホテルのバックヤードに入る。厨房を抜け、倉庫を抜けると、裏庭へと抜けた。
そこにはベッドのシーツが干され、ちょっとした庭園が広がっていた。ここで、夕食の1品でも栽培しているのだろう。俺が今朝食べた果物も、中央で育つ木に実っていた。
そして、
「こちらです」
ヴィクトールさんが案内してくれたのは、広範囲に縄張りされた区域。その中央には大きな木が1本、堂々と立っていた。
枯れ木みたいだけど、随分と厳重に規制線を張っているな。
この木、なんの木?
「こちらはトレント…木の魔物でございます」
「魔物?そんなのが、何故ここに?」
街のど真ん中だぞ?
「恐らく、種が何処からか持ち込まれたのかと思います。冒険者の衣服に付いていたのか、商人が運んだ品に紛れていたのかは分かりませんが、気付いたらもう対処のしようがない程に成長しており…」
ヴィクトールさんはため息を吐いて、懐からナイフを取り出す。それを、トレントに向けて投擲した。
おおぅ。貴方、ただの受付じゃなかったのね。今の動き、明らかに玄人でしょ?
俺でも見逃しそうな手捌きに驚いたが、トレントは更に速い動きを見せる。枝をムチの様にしならせて、迫ってきたナイフを軽々と弾き飛ばしてしまった。
おう…暴れ柳みたい…。
「ご覧のように、近付く事も出来ない状況です。ここら一帯を焼く案も出たのですが…周囲に飛び火したら目も当てられません」
「それで、冒険者に依頼を出したが誰も来ないと」
「お察しの通り。かなりの金額を積んでいるのですが…殴られれば大怪我を負いますからね。リスクを負いたくないのでしょう」
医療費がバカ高くなってるらしいからな。
「そんなこんなで2年が経ち、更にここまで大きくなってしまったと言う訳です」
「にっ!2年!?」
なんで、そんなに放置した?2年前なら、冒険者も手を上げたのでは?
そう驚いて、俺は聞いてみる。すると、もっと驚くべき事実が判明した。
なんと、2年前には既に、医療費は高騰していたと言うのだ。
いいや、
「2年どころではありませんよ。医療費が高いのは、もう10年近くなると思います。最初はここまで高額ではありませんでしたが、気付けばもう手の届かない額になっておりました」
ずっと前から、教会は勇者召喚の為と言って医療費の増額とお布施の強要をしてきたらしい。
だからみんなは、魔物に手を出し辛くなっていた。トレントや、ベノムスライムみたいな怪我を負い易い魔物は特に。
「そう言う事か…」
だから、スライムがあんなに増殖していたんだな。ずっと放置してきて、臨界点を超えて、下水道の外へと溢れ出してしまったんだ。
そして、これもその弊害の1つなんだろう。
なんだか、怪しくなってきたぞ。本当に教会は、勇者召喚の為だけに資金調達をしていたのか?
「如何でしょうか?クロード様」
「うん?ああ、ええ」
考え込みそうになっていた俺は、慌てて頷く。
背を伸ばし、胸を叩いた。
「ご安心ください。私が必ず、この枯れ木を除去致します」
ヴィクトールさんから依頼を受けた俺は、他の人が裏庭に入るのを控えるようにとお願いした。なるべく、亜空間を見せたくないし。
彼は快く受けてくれて、俺が良いと言うまで進入禁止を徹底すると約束してくれた。
そして彼は、早速それを実行してくれる。裏庭への入口を閉め、従業員に厳命してくれた。そして、彼自身がその扉の前に立ってくれた。
流石は一流のコンシェルジュ。客のプライベート管理は完璧だ。
彼を見ていた亜空間を閉じ、俺は心置き無く仕事に移る。黒いマントを羽織り、それをキツく体に巻き付ける。
本当は黒子服が欲しいのだが、まだ用意出来ていない。今度、服屋で注文しないと。
欲しい物リストを更新しながら、俺はトレントに近付く。縄張りを跨いで少し踏み入ると、奴は枝を振り回して俺を攻撃してきた。
でも、大丈夫。
俺はマントの黒を利用して、そこに薄らと亜空間を開く。全身を亜空間の膜で覆って、俺の歩と一緒に空間も動かした。
そうすると、トレントの枝は空振りを繰り返す。どれほど速い攻撃だろうと、ポッカリ空いた穴を虚しく叩き続けるだけだ。
ただ、音は凄まじい。ビュンビュン飛んでくる奴の拳は、まるで戦場の矢の様。弓兵が俺に、アローレインを撃ち込んでいるみたいだ。
今が夜だったらなぁ。そしたらスライムと同じように、こいつらを亜空間に招待して一瞬で倒すことが出来た。でも今は日が高い。無理に開くのはリスクだ。
俺は最小限の亜空間で切り抜け、木の幹に到達する。そこで、斧を出した。
木を切るなら、こいつが一番だよな。
そぉれ!
「ヘイ、ヘイ、ホォー!」
気合い高らかに、俺は斧を振り下ろす。
でも、ガキンッ!と、とても木から聞こえると思えない金属音を響かせて、斧が吹っ飛んでしまった。
なんちゅう硬さだ、こやつ。ただの鉄じゃ、太刀打ち出来ないぞ。
「なら、これはどうだ?」
俺は亜空間から松明を取り出す。その先端には、メラメラと炎が点っていた。
シアさんの火炎魔法だ。まさか、こうして役立つとは思わなんだ。
そういや、シアさんにも会いに行かないとな。昨日のお礼と、あれから大丈夫だったか聞きに行かないと。
…おっと。また考えが逸れた。今はこっちに集中。
俺は松明をトレントにくっ付ける。すると、今まで以上に激しく動き出し、暴風の様な拳の連打が俺に降り注いだ。
ひぇっ。こりゃ、普通の冒険者じゃお手上げだ。怪我どころか、一瞬であの世に逝くだろう。フォード・アングリアも、一瞬で廃車になるレベル。
加えて…。
「ダメか。火力が足りない」
幾ら火で炙っても、表面が黒くなるだけだった。
暴れているから、効いてはいそう。でも、これで倒せる未来が見えない。
物理攻撃もダメ。魔法攻撃もダメ。これではもう、俺ではこいつに勝てない。
なら…。
「強力な助っ人に、頼るしか無いよな」
俺はニヤリと笑う。そして、トレントの幹に手を置く。松明を、更に強く押し付けた。
すると、トレントは更に激しく抵抗する。俺に向けて、渾身の一撃を打ち込んできた。
それに、
「良いパンチだ。貰うぜ」
俺は笑みを浮かべる。
悪魔の笑みを。
同時に、亜空間を開く。奴の必殺ブローを格納し、すぐに出口を作る。
その出口の先には、奴の幹。そのど真ん中。
渾身の一撃が、奴自身に突き刺さった。
バキバキバキッ!!
拳は幹を深々と貫き、奴は止まる。体が大きく「く」の字に曲がり、拳が刺さった部分からビキビキと亀裂が走る。
もうちょっとで、折れる。
今だ!
「そらよぉ!」
俺はもう1本の斧を取り出す。それを、大きく振りかぶった。
亀裂目掛けて、思いっきり振り下ろした。
「与作スウィィイングッ!」
バキンッ!
大きな音を立て、幹が真っ二つに折れる。支えられなくなったトレントが、下半身を残して倒れた。
「ふぅ。なんとかなったか」
俺は汗を拭き、亜空間からカーテンを取り出す。それを、大人しくなったトレントに被せた。
「剪定、終わりましたよ」
トレントを亜空間にしまった俺は、ヴィクトールさんに作業終了を伝えた。証拠とばかりに、折れた幹の一部と、濃い緑色の魔石も一緒に渡す。
すると、メイド服の子達が彼の周りに集まる。
…なんか、随分と人が多いな。泊まりの客まで見に来ているじゃないか。
「なんと早い。もう、終えられるなんて」
ヴィクトールさんは驚いた顔で、俺と魔石を見比べる。そして、庭にポッカリと空いた穴を見詰めて「いやはや」とため息を吐いた。
クルリと俺に背を向けても魔石を高々と掲げた。
「皆さん!クロード様がやって下さいました!Cランク魔物、トレントを見事に討伐して下さいました!」
「「おぉおお!!」」
みんなから拍手される。メイドさん達からは、キラキラした目を向けられた。
凄い嬉しいんだけどね、ヴィクトールさん。魔物が居た事を、そんな大々的に言いふらしていいんですかね?店の信用に傷が付かない?
「クロード様。是非こちらをお納め下さい」
心配する俺に、ヴィクトールさんは1本のナイフを渡して来た。
依頼料ってこと?ギルドでも貰えると思えるんだけど…この、やけにキラキラしたナイフは何です?
「こちらは、ミスリル製のナイフでございます。どうやら、討伐で商売道具を失ってしまったご様子ですので」
あっ。
俺は振り返る。そこには、刃が欠けた斧が横たわっていた。
鉄の斧を失って、ミスリルの武器を手に入れるとは。まるで、イソップ童話の木こりみたいだな。
俺は笑みを隠す為、深々と頭を下げる。そのまま、差し出されたナイフを恭しく受け取った。




