13話~行きますよ?それ!~
【ムムゥ〜】
収容したビッグスライムは、消える様子もなくフルフルしている。
ただ消えるまでに時間が掛かるなら、このまま放置でも問題ない。でももし、こいつが闇属性とかだったりしたら、ちょっと不味い。消えるまでに相当な時間が必要で、その間に悪さをするかもしれん。
亜空間内の物資を食われたらちょっと嫌だなぁ。ならば、
「直接、俺が相手をしよう」
俺は亜空間の彼方から、教会で頂戴した剣を取り寄せる。それを持って攻撃したいところだが、生憎俺は剣がからきし。手に持てばきっと、自分の腹に刺してしまうだろう。
だから俺は、剣を持たない。ただ、そこに出現させるだけ。
ここは亜空間。俺の世界。何処へだろうと、何処までだろうと動かせる。
「先攻は頂くよ」
体を揺らすビッグスライムに、俺は剣を飛ばす。奴の核を狙って真っ直ぐに。その速度はかなりの物で、まるで弾丸の如くスライムの体を貫いた。
だが、直ぐに止まる。スライムの体に深く突き刺さったそれは、核へ到達する前に停止し、スライムの体に包まれてしまう。そして、溶かされる。ジュゥ~という音を立てながら見る見る分解されてしまった。
ふむ。1本では届かないか。
なら、これならどうだ?
俺は更に3本の剣を取り寄せ、1本ずつ連続で射出する。狙うは同じく、スライムの核だ。
1本目。先程と同じ所で止まる。でも、そいつが作った道を2本目が進み、1本目の柄を叩いた。3本目も同じように、先人達を押し込む。幾ら奥深くに隠している核も、これには堪らず…。
【ムゥッ!】
…剣先で貫かれる前に、核を移動しやがった。
なんて野郎だ。単純な構造の体だからって、心臓の位置を変えるなんて。
「良いだろう。ならば総力戦だ」
俺は、教会から奪った全ての剣を呼び寄せる。それを、全方位に配置する。剣先は全て、スライムに向ける。
さて、
「逃げられるか?」
俺は一斉に、剣を発射する。
すると、スライムも反応する。ハリネズミの様に全身をトゲトゲに変え、そこから酸を吐き出した。
剣を溶かすつもりか。なかなかやる。
だが、無意味だ。
俺は剣の前に亜空間を開き、酸が溶ける前にワープさせる。そして、奴の体の前に出口を作る。
そこから今、無数の剣が飛び出して来た。
フニュッ。フニュ、フニュ、フニュ。
刺さる音こそ気が抜けそうだけど、無数の剣が深々とスライムを串刺しにする。余りの数に、スライムの体が白銀色に染まっていく。
そして、その内の1本がスライムの核を貫いた。
【ムッ】
短い断末魔。その後、スライムを形成していた液が一気に流れ出す。
そこに残ったのは、他のスライムより濃く大きな魔石だった。
「終わりかな?」
完全に倒した事を確認した俺は、外に出て地下道を見回す。
汚泥もスライムも無くなったからか、臭いは随分と薄くなった。でも、臭い事に変わりはない。
俺は念入りに見回った後、そこを後にする。そして、入口の木蓋を取り外そうとすると、それは勝手に動き出した。
おっと、自動ドア?
「お帰り!クロード。どんな感じだった?」
シアさんだ。彼女が外で待っていてくれた。
俺は亜空間からスライム達の魔石を取り出し、彼女に見せた。
「群生していたよ。取り敢えず全部駆除出来たと思うから、暫くは安心だと思う」
「うわっ、すっごーい!こんなに倒したの?」
「ボスみたいのも居たよ。ほら、これがそいつの魔石」
「うわぁっ!おっきいー!」
ボス魔石を持って、ぴょんぴょん喜ぶシアさん。
気に入ったのなら、このままプレゼントしようか?
「じゃあ、シアさん。俺は報告に行くから」
「ベノムスライム討伐の報告?」
「いや、汚泥の方さ。ここでも大量に汚泥を回収したから、集積所に行って換金しないと」
でも、スライムの方も報告しないとだよな。ランク外の仕事だけど、受け付けてくれるかな?
心配していると、シアさんは目を丸くする。
「えぇ!?スライム退治だけじゃなくて、お掃除もしたんだ!クロードは強い冒険者なの?」
「いやいや。駆け出しだよ。でもそうだね、便利な"物"を持っているから」
「あっ!あの魔法のマントでしょ?何でも消せて便利だよね」
シアさんは、俺のマントを魔道具とでも勘違いしていそうだ。
こいつ自体は、ただの布切れなんだけどね。
俺はシアさんと別れて、集積所へ赴く。
彼女も来たいと言っていたが、お店を勝手に飛び出してしまったのを思い出し、慌てて戻って行った。
正義感が強いのは良いことだが、程々にね?
「はい、つぎぃー!」
集積所には、街中からドブさらいの人達が集まっていた。みんなはバケツや押し車で汚泥を運び、汚泥を置いて賃金を受け取っていた。
お年寄りや小さな子供ばかりだ。この仕事、本当に人気が無いんだな。
「はい、つぎぃ!」
子供達が受け取るお金もはした金だ。手押し車で銅貨数枚。バケツだと鈍色の貨幣数枚しか貰えない。
ヤバいな。相場が相当低いのかも。こりゃ、全部を出し切らないと。
「つぎぃ!」
俺の番になる。
目が虚ろな役人が汚泥の山を指さし、そこに捨てるように無言の圧をかけてくる。そこに俺が立つと、目を開く。俺のバケツを凝視した。
量を測ろうとしているのかな?じゃあ、とくとご覧あれ。
俺はバケツの口を汚泥の山へと向け、構える。底の方に亜空間を開いて、排出の準備をする。
その安全確認をしている最中、役人が呆れた声を出した。
「おい、全く取れてないではないか。何をやっていたんだ?貴様は」
「少々お待ち下さい」
せっかちさんめ。見てろよ?
俺は亜空間から、汚泥を呼び寄せる。
「もういい!とっとと失せろ!この無能…」
「行きますよ?それ!」
ドバァアア!!
俺が声を上げると、バケツから勢いよく泥が噴射する。弧を描いて、大量の泥が山となる。その様は、まるで鉄砲水の様であった。
それを見て、役人が悲鳴を上げる。
「なっ!なんだこりゃぁあああ!!?!」
「「「うぉおおお!!」」」
周りの人達も、声を上げて驚く。
「なんちゅう量じゃ…」
「すっげぇ!泥の噴水だ!」
「どうなってんだ?あのバケツは、アイテムボックスにでもなってんのか?」
「バカ言いなさんな。こんなとんでもない量が入るアイテムボックスなぞ、聞いた事が無いわい」
皆さんが言うように、バケツは見上げる程に大きな汚泥の山を3つ作り、そこで排出作業を終えた。
俺も一度、亜空間内を確認するが…うん。残存物ナシッ。ヨシッ!
「終わりました!」
そう言って振り返ると…役人が腰を抜かして尻もちを着いていた。
大丈夫ですか?
「おまっ、お前、それは…スキルか?それとも魔法か?」
「まぁ、そんなところです」
面倒くさくて、適当に答える。
そして、彼の方に手を差し出す。
「それより、日当を下さい」
ドブさらいのお金を貰った俺は、街の公衆浴場に来ていた。亜空間で退避しながらとは言え、やはり悪臭は付いてしまった。
加えて、予想外に報酬を貰えた事も大きい。
大銀貨8枚に銀貨5枚。日本円で約85万円だ。これだけ儲ければ、少しくらい贅沢しても大丈夫だと、ちょっと良いお風呂屋さんに来たのだった。
…いや、最初は安い風呂屋に行こうとしたんだ。でも、あまりに汚くて退散した。亜空間で覗いて見たら、お湯もドロっと変色していたし。
だからこちらの高い方に来たんだけど…こっちは流石に綺麗。以前映画で見た、古代ローマのお風呂みたい。
大丈夫だよな?湯船に飲み込まれて、テルマエに飛ばされたりしないよな?
「今日の下町は、どうしたんだろうな?」
「ああ、ドブ臭さが無くなっていたな」
風呂に浸かっていると、そんな声が聞こえた。
今日は街が臭くない。以前の様だと。
ふっふっふ。もう、俺の仕事を気付いてくれる人が居るのか。そりゃ、今日一日で地下の汚泥は全て回収したからね。
回収した汚泥も、今頃土魔法で混練されて、畑の肥料に生まれ変わっている頃だ。臭いが無くなるのは当然だろう。
身も心も気持ち良くなった俺は、その足でギルドに向かう。そこで、ベノムスライム討伐の報告をしようとカウンターに並んだ。
すると…。
「来たわね。問題児」
何故か、クレールさんに睨まれてしまう。
なんだろうか?
「行政から報告が来ているわよ。Eランクを語る冒険者が、たった1人で3ヶ月分の泥を回収したって。未知のスキルで、泥の山を幾つも築いたらしいじゃない」
「ええ…まぁ…」
しまったな。やっぱり、亜空間をスキルなんて嘘ついたのが不味かったのか?
どう弁明するか考えていると、クレールさんが手を出してくる。
ええっと…この手は?
「他にもあるんでしょ?あんたが可愛い女の子と、地下道に潜ったって目撃情報があるのよ」
「それは、それは」
街の情報網は侮れんと痛感しながら、俺はカウンターの上に両手を乗せる。その影に亜空間を開き、魔石を山と積む。
周りがザワザワする。
「マジか、これ」
「青色の魔石…間違いない。ベノムスライムの魔石だ」
「1個、宝石みたいに綺麗でデカイのがあるぞ?これはなんのだ?」
ビッグスライムの魔石を眺める冒険者…確か、俺にお酒を奢ってくれたフィンさんだったか。彼が、唸りながら査定する。Cランクの魔石で、大銀貨数枚の価値があるとか。
本当なのだろうか?
俺はおクレールさんを見る。でも彼女は、口をパクパクしているだけだった。
そして、
「また、明日にでも来てちょうだい。取り敢えず今日は、休ませて…」
そうですよね。貴女も働き詰めだ。
俺も休むように言われ、ギルドを後にした。
「本日は、どのようなご要件でしょうか?」
言われた通り休もうと、俺は宿屋を尋ねた。あまりに安宿だと盗難や騒音等の問題があると思った為、ある程度グレードの高い宿を選んだ。
クレールさんからもお墨付きの宿だ。取り敢えず、クエスト報酬で大銀貨5枚を頂いたので、絶対にここを使いなさいと言われたのだ。
でも、間違いだったかもしれない。いや、この場合は場違いと言うべきか。
俺の周りは、ドレスや上品な布の上着を着た紳士淑女が出入りしており、俺のような麻のシャツを着ている者は1人も居ない。高級宿は、貴族の魔窟になっている様だった。
…そりゃそうか。
「失礼しております。何泊かさせて頂きたく、こちらに参りました。しかし、ドレスコードを誤ってしまったみたいですね。出直します」
俺がそう答えると、受付のジェントルマンは少しだけ目の鋭さを緩め、「結構ですよ」と俺を引き留めた。
「ここには、上級冒険者の皆様もいらっしゃいます。身分の差で、ご宿泊をお断りする事はございません」
おや、そうなのか。
「ですが、それなりのサービスを提供させて頂いていると自負しております。ですので、それなりのお代を頂戴しているのです」
ああ、なるほどね。俺の支払い能力に疑問があると。
そこは、大丈夫だと思うけど…?
「お幾らでしょうか?」
「一番お手頃なお部屋で、1泊大銀貨1枚を頂いております」
10万か。安宿のタコ部屋が300円とかだから、相当なお値段だ。
でも、それくらいじゃないと怖い。あっちはノミもシラミもいるだろうし。
「ではその部屋を、7泊取らせて下さい」
俺は、大銀貨7枚をカウンターの上に置く。
受付が目を少し見開き、直ぐに頭を下げた。
「承りました。こちらに、必要事項をご記入下さい」
普通に、羊皮紙と羽根ペンを渡してきたな。ここに泊まる奴は、字が書けて当たり前なのか。
俺は慣れない紙質に苦戦しながらも、何とか名前と冒険者Eランクな事を書き終える。それを読んだ受付が、目を丸くした。
悪いな、Eランクで。
「失礼ですが、お客様は掃除屋のクロード様でいらっしゃいますか?」
「掃除、や?」
何それ?と聞き返すと、ジェントルマンはしっかりと頷く。
「左様でございます。大変有用な魔道具とスキルをお持ちで、街中の悪臭を一瞬で消してしまった冒険者だとか」
「あぁ…ドブさらいの事です?」
「左様でございます」
受付はそのまま、深々と頭を下げた。
「そうとは知らず、大変な失礼を致しました。ご容赦ください」
「いえ、とんでもない」
そもそもだね、もうそんな2つ名が付いてる事にびっくりだよ。
俺が肩を落とす前で、受付は鍵を差し出す。そいつには〈スイート〉の文字が刻まれていた。
ええっ!?
驚いて見上げる俺に、受付は優しい笑みを浮かべる。
「どうぞ、お受け取り下さい。当ホテルからの、心ばかりの品でございます」
ええ…。良いの?
あまりの急展開に、鍵を受け取る手が震えてしまった。




