12話~ただいまぁー!~
「うっそぉ…ベノムスライムがこんなに…」
少女は唖然として、掴んでいた俺の腕も離してしまう。
でも仕方がない。それだけ、衝撃的な状況が広がっているから。
スライムは路地を埋めつくし、更に壁まで張り付いている。そいつらは、体が強力な酸性にでもなっているのか、道路の岩や建物の壁まで溶かしていた。
塩酸型のスライム?なんて危険な生物。
俺は、少女の腕を掴み返す。
「逃げましょう。あれは危険です」
塩酸はマジでヤバい。目に入ったら失明するし、気化したら喉や肺もやられる。だから、早く逃げた方が良いと諭したのだが、少女は「ダメ!」と言って動こうとしない。
なんで?
「だって、教会が近いんだもん。こんなの放置したら、みんなが襲われちゃう。あたし達だけ逃げるなんて出来ないよ」
「へぇ」
正義感が強いのね、君。
思った通りに行かず、俺は戸惑う。本当は、彼女が目を逸らした隙に、亜空間で処理しようと思ったのだ。でも、彼女はスライムから全く目を離そうとしない。
それどころか…。
「あたしがやるわ」
そう言って掲げて両手の中には、オレンジ色の炎が躍っていた。
ちょっ!
「待って!待って!炎は不味いって!」
「えっ?なんで?」
「硫化水素が発生しちゃうから!」
「りゅか?」
何それ?みたいな表情を返してくる少女。
いや、俺も確証はないけどさ。もしも本当に塩酸で出来ていて、炎の熱で気化したら猛毒が発生するんだよ。最悪の場合、窒息死するかも。
ここは、俺が対処するしかないな。
「俺が対処するから、ちょっと待ってて」
「えっ?君が?」
大丈夫なの?みたいな顔で聞いて来る少女に、俺はただ頷いてマントを外す。それをヒラヒラさせながらスライムに近付いた。
奴らは俺が近づいたのが分かるのか、尖らせた体をこちらに向ける。その先から液体を噴射した。
おっ、ラッキー。酸攻撃か。
俺はマントの黒を利用し、亜空間を開く。それで、液体を全部収容してしまう。
良いね。思わぬ収穫だ。
「だっ、大丈夫なの?」
「うん。もう終わるよ」
少女に答えながら、俺はマントを放り投げる。マントに覆われたスライムを全て、亜空間送りにした。
さて、もういっちょ。
「えぇ…何が起きたの?」
綺麗になった通路を見て、少女は目をまん丸にする。彼女からしたら、マントをヒラヒラさせている内にスライムが消えたように見えただろう。
俺は答えず、少女に手を差し伸べる。
「さて、詰所に行きましょうか」
「うん…でも、ちょっと待って。みんなが無事か見て来るから」
みんなとは、教会の子供達の事かな?
そう思って彼女について行くと、案の定、教会に到着した。イリーナの教会とは似ても似つかないほど小さくてボロであった。
お金が無いのかな?
「みんなぁー!ただいまぁー!」
少女が教会の戸を開くと、中で掃除をしていた子供達が「「わーっ!」」と駆け寄って来た。その後ろから、1人の男性がゆっくりと歩いて来る。
「おや、シアさんではありませんか」
「こんにちは、ニコライ神父」
この人が、少女の…シアさんの先生か。思っていたより若いな。40歳くらい?
シアさんがスライムの説明をしている間に、俺は教会の中を見回す。外見と同じで、内装もボロボロだ。天井も穴だらけだし、壁も亀裂が走り回ってる。
それでも、しっかり手入れをして清潔にしているのが分かる。子供達が頑張っているのだろう。
その子供達は、随分と幼い。小学生の低学年くらいの子が8人。それより少し大きい子が3人だけ。その内の1人の女の子が、俺を見て「あっ!」と声を上げた。
なっ、何かな?
「お兄さんだ!」
お兄さ…あっ。
「アクセの子か」
声を聞いて思い出した。今朝、市場でアクセを売りつけてきた子だ。
その声で、シアさんがこちらを振り返る。
「どしたの?ミッシェル。その人と知り合い?」
「うんっ!このお兄さん、ブローチを5個も買ってくれたんだよ!」
いや、まぁ。半分、口止め料みたいなもんだがね。
過剰な反応を押さえようとすると、それより先にシアさんがズイッと近付いてきた。突然の事で身構えようとした俺の両手を、彼女の手が包み込む。
ブンブンと、上下に振られた。
「そうなんだ!凄い!ありがとう!」
「い、いやぁ…」
「市場での売り上げは、この教会でも大事な収入源なんだ。だから、あたしも嬉しい!」
「そう、か…」
急に態度を変えた彼女に、俺はタジタジであった。
そんな俺の心が分かったのか、シアさんは手を離して胸の前で両手を組んだ。
「そんな君を、疑っちゃってごめんね?ブローチを買ってくれる人が、盗みなんてする訳ないもんね?」
「そだよ!お兄さんは市場で、ドブさらいもしてたんだ!みんな、臭くなくなったって喜んでたよ!」
「あわわ…じゃあ、店の近くをウロウロしていたのも…ほんとっ、ごめんなさい!」
いやぁ、そんなに謝らないでくれ。イリーナ達からガッツリ戦利品を盗んだのは、事実なんだから。
あの時は感情的になっていたと反省していると、神父が深刻な顔で近付いてきた。
「シアさん。先ほど聞いたスライムの件は、恐らく地下道から溢れてきたスライムでしょう。乾燥する地上にまで現れるのですから、地下は悲惨な事になっているかと。あなた達のお店も、気を付けた方がいい」
「ええっ!そんな…ちゃんと領主様に言わないと」
「領主様もご存じでしょう。毎年、衛兵による討伐を行っていました。ですが、今年は外の魔物が活性化しており…」
うん?それって、イリーナが言っていたスタンピードの予兆か?
「じゃあ、冒険者に依頼したら?」
シアさんの質問に、今度は俺が「依頼されてるよ」と答える。
「でも、誰もそれを受けようとしないんだ。何故なのかは分からんのだがね」
俺はそう言いながら、神父の顔を見る。彼なら何か分かるのではと期待を込めて。
すると、神父が「うぅ…」と暗い顔をする。
「それはきっと、医療費が高額だからでしょう。薬草の値段も上がっていますし、怪我を恐れての事かと」
「医療費…」
そう言えば、バンドンさんも腕相撲の時に言っていたな。医療費が高いから、腕を折ったら払えないみたいなこと。
でも、なんでそんな事に?薬草が高額なだけなら、供給不足って分かる。でも医療は分からん。この世界には魔法があるのだから、物価高騰の波は受けにくい筈だ。
そう思って聞いてみると、意外な原因が分かった。
それは…。
「実は、勇者召喚をする際に多額の費用が必要と言う事で、教会が医療費を上げているそうです」
俺達が原因との事だった。
「医師会は教会と強い結びつきがありますので、そこで費用を工面しているそうで。勿論我々も、多額の寄付を支部に収めております。そうやって、勇者召喚の為の準備をしているのです」
「もしかして、あたし達からお金を取ってく黒い人も、教会の人?」
「ええ。恐らくは、私のような司祭が集めているのでしょう」
神父はそう言って、着ている黒い服…確かカソックとか言う服をチョンと摘まむ。
ああ、それでシアさんは、黒服の俺を捕まえたと。
でも…そうか。俺達を召喚する為に、みんなが苦しんでいたのか。なら、俺がこの件を片付けるべきだよな。召喚したのはイリーナだが、俺も関係者には変わらない。
あの女の尻拭いをするのは、不本意だけどね。
「ニコライ神父。貴重なお話、ありがとうございました」
お礼を言うと早々に、俺は教会を出る。
その後ろを、テテテッと、小さな足音が追いかけてきた。
「待って、待って」
シアさんだ。
俺は彼女に小さく頭を下げる。
「ねぇ、君。今からスライムを倒しに行くんでしょ?」
「おっ、良く分かったね」
「んっふっふ。あたしバカだけど、勘だけは鋭いんだ。君の目が一瞬キラッって光ったから、きっと何かやるんだろうなって思ったんだ」
シアさんは胸を張って、そこをトンと叩く。
「あたしも行く。一緒に頑張ろ?」
「それは…心強いけど。スライムが居ると言う事は、相当臭いんじゃないかな?君のようなお嬢さんが、そんな中に飛び込むのはどうかと思うけど?」
「うっ…確かにそれは…でも、魔法も使えない君を1人で行かせるのはなぁ」
律儀な子だな。好感が持てる。
でも、やはり連れて行くのはダメだ。もしもまた硫酸スライムが大量発生しているのなら、地下道は硫化水素が充満している可能性がある。ガス検知器も無いのに、一般人を入れるのは危険すぎる。
なので…。
「では、途中まで道案内をお願いできるかな?俺はここに来て間もないから、場所が分からないんだ」
何か役割を与え、達成感を与える。それで、彼女の罪悪感も消えるだろう。
「うん!良いよ。任せて!」
シアさんは嬉々として、俺の手を引っ張り出す。
良し、良し。上手く乗ってくれた。ノリがいい子は助かるよ。
そうして導かれたのは、スラムの端っこ。そこには大きな穴が掘られており、木の蓋で塞がっていた。
ここが地下道?
「ねぇ、クロード。やっぱり、あたしも一緒に行くよ」
道中で名前を教えてから、シアさんは少し距離を縮めてきた。俺のことを、再び心配し始めた。
でも、俺は首を振る。
「大丈夫さ。寧ろ、シアさんには連絡係になって欲しい。日没までに俺が戻らなかったら、冒険者ギルドで救援を依頼してくれ」
「それは良いけど…でも、中は真っ暗だよ?何も見えないと、何も出来なくない?」
ふむ。その心配は最もだな。普通の人は、この暗がりでは前を進むのもやっとだろう。
そう考えた俺は、拳を握る。そこに出来た闇で亜空間を開き、木の棒を取り出して見せた。
驚く彼女に、その先端を差し出す。
「では、火を貰えるかな?それで、中の様子を確認して来よう」
「う、うん!任せて!」
彼女の炎でトーチを作り、俺は地下道へと入っていく。地下道の蓋を締め直したら、そのトーチも亜空間に仕舞ってしまう。
済まんな、シアさん。でももし、可燃性ガスが充満していたら大爆発だからさ、暫く君の炎は保存させてもらうよ。
俺は暗闇の中を進む。これだけ真っ暗だと、亜空間内と殆ど変わらない。何処にでも出入口を出現させる事が出来る。
という事で、俺は早々に亜空間の中へと逃げ込む。目だけを時折出して、周囲の状況を把握する。
臭いがキツいからね。外に出た時、シアさんに「臭い!」なんて言われたらショックだ。
そんな事を心配していると、早速スライムを見つけた。物凄い量だ。下水の中を埋め尽くし、外の壁にもびっしりくっ付いている。
これはキツイ。集合体恐怖症じゃなくても嫌悪感が半端ないぞ。とっとと処理してしまおう。
俺は亜空間を開き、下水と一緒にスライムを亜空間に収納する。そして、全部回収終わると水だけ外に戻す。
そして、汚泥は別空間に仕舞い、残ったベノムスライム達を観察する。ここに収納された時点で、スライム達は随分と弱った様子だった。
この空間に魔力は無いからね。魔力を多量に持つ彼らは、魔力を放出し続けて小さくなっていた。
そして、程なくして消えてしまう。残ったのは、スライムを構成していた液体と、核となっていた魔石。
「この魔石も、何かに使えるのか?」
取り敢えず取っておくことにして、俺は先に進む。
道中でも大量のスライムが発生していたが、俺は地下の泥と一緒にすべて回収し、水だけ戻す作業を繰り返す。そうしていると、周囲の臭いもマシになって来た気がする。
この泥も、ドブさらいの報酬にカウントしてくれるだろうか?してくれたら、大金になるぞ。
泥の相場は、知らんけど。
うん?
急に周囲が開けた。何本もの下水が合流し、真ん中に大きな水たまりが広がっている。
ここが、集合地点か。そして、スライムの数も尋常じゃないな。
汚水プールの中でギチギチになっているスライムを見て、俺は目を覆いたくなる。でも、覆うべきはスライムだ。
俺は巨大な亜空間を開いて、この空間を一度に呑み込む。スライムも、汚水も泥も全部マルっと呑み込み、処理した。
そして、水だけを排出したんだけど…亜空間で何か暴れているな。なんだろう?
【ムムゥ~】
亜空間の中へ戻った俺の目に、闇の中でダンスを踊るスライムが映った。
巨大なスライムだ。家なんて簡単に呑み込めそうな程の大きさ。
「もしかして…この地下道の主?」
【ムムゥ~】
まるで肯定するかのように、巨大スライムがフルフル震えた。




