11話〜さぁ、一緒に来て〜
「ふむ。討伐依頼が多いな」
最初のクエストを完遂した俺は、ギルドのクエストボードを眺めていた。早朝には所狭しと紙が張り出されていたが、今はスカスカの歯抜けだ。美味しい案件が取られた後だからだ。
そんな状態なのだが、ドブさらいの横にベノムスライムの討伐やゴブリンの住処駆除等は貼られたままだった。
金額的にも、場所的にも他とそん色ないように見えるけど…何が違うのだろう?
試しに俺は、ベノムスライムの紙を剥がし、受付に持って行く。すると、クレールさんはまた、目を見開いた。
「あんた…また受ける気?今帰って来たばかりよ?」
「ええ、まぁ。僕、ショートスリーパーなので」
亜空間を使えば、8時間睡眠も10数分にしかならないからね。
早く実績を積んでDランクになって、街の外の依頼を受けられるようにならないと。ダンジョンの魔物が溢れそうって言ってるけど、どれくらい猶予があるか分からん。イリーナ達に任せておくのも不安だしな。
「ショート…?何言っているか分からないけど、あまり無理しちゃダメよ?」
おや?ちょっと優しい。さっきは一方的に疑ったから、罪悪感があるのだろうか。
そう思ったけど、クレールさんはクエストを受け付けてくれなかった。
何故?
「純粋にランクが足りないわ。Eランクだと、街を出てのクエストだけじゃなく、魔物を相手にした物も受けられないようになってるの。ルール上は、だけどね」
「ルール…」
倒した狼を見せつけよかと思ったけど、ちょっと止めといた方がいいかも。
「ちなみにね、Eランクだと護衛の任務も受けられないわ。門を出るのに、Eランクカードだけだと十分じゃないから」
なんと。他の街に行く為にも、Eランクだと証明にならないのか。なら、この街でDランクになる必要があると。
厳しい現実に俺が顔を顰めていると、クレールさんが「ふっ」と笑った。そして、カウンターに小さな銀貨を数枚重ねた。
「でも、あんたならすぐDランクに上がるわよ。倉庫整理でこんな評価を貰った冒険者、今まで居なかったもの」
なんと、それは俺の報酬なのか。
不敵に微笑むクレールさんに、俺は曖昧な笑みを返す。
貴女の思う通りであったら、良いんですけどね…。
「あい、安いよ!安いよ!」
ギルドを出た俺は、街の市場に来ていた。
昨夜の繁華街も賑やかだったが、ここはまた違った活気に溢れている。出店が迷路の壁みたいに連なり、至る所で威勢の良い声が投げかけられていた。
盛況。
東京のアメ横を思い出す。
「坊主!買い物か?良かったら見て行けよ!」
「ええ」
呼び込みを掛けられたので、俺は露店にお邪魔する。みずみずしい野菜が置かれていた。
「今朝取れたばかりの野菜だよ。こっちは大森林で取れた果物だ」
「大森林」
確か、イリーナの発言にもあった場所だ。ダンジョンが危ないとか言っていた覚えがある。
聞いてみるか。
「済みません。大森林って、ここからどれくらいですか?」
「あん?さてなぁ。ちょっと、ど忘れしたなぁ〜」
何が忘れた、だ。ニヤニヤ笑いやがって。
俺はその大森林産のバナナ?の前に、貰ったばかりの銀貨を1枚置いた。
他の野菜が銅貨や大銅貨なのに、かなり割高。輸送コストか?
「へっへっへ。ありがとございやす、坊ちゃん」
店主が手のひらを擦り合わせる。
高い買い物だったからな。彼が俺を見る目も随分変わった。加えて、口調まで。
「大森林でしたら、こっから馬車で20日ほど。王都に向かう道を少し外れたとこにありやす」
「20日…。よく腐らずに輸送出来ますね?」
「エルフの妙技でさぁ。あいつら、魔法だけは1級でやすから」
ほぉ。エルフ。
もしかして大森林は、エルフが多い地域なのかな?そして、その魔法代も値段に掛かっていると。
銀貨1枚で、かなり有益な情報を得る事が出来た。
地図はあるけど、大雑把な事しか載ってないからね。こうやって詳細情報は、商人や冒険者から得るに限る。
そして、相場も何となく分かってきた。
近隣の野菜が銅貨1〜3枚。肉塊が大銅貨1〜5枚。異国の服が銀貨3枚〜大銀貨1枚だった。
銅貨が100円くらい?それで大銅貨は銅貨10枚分。同じく銀貨、大銀貨と10倍ずつになっている様子。
つまり銀貨は1万円。俺は1万円のバナナを買わされ、フランツさんは10万ポンとくれたって訳か。
恐ろしい。
彼は俺に、何をやらせるつもりなんだ?
「うっ」
市場を歩いていると、酷い悪臭が鼻を突いた。場所は、市場の端っこ。そこで出ている屋台は、みすぼらしい物が多かった。
売ってる物が腐っているのか?いや、そうでもないな。寧ろ、温かみのあるアクセサリーが並んでいる。
「お兄ちゃん、買ってよ!」
店員の女の子が、俺に圧のある笑みを向けて来る。
ぐっ。この笑顔は面倒だ。騒がれると、周りの店主達からも圧がかかりそうだし。
そう判断し、俺は手早くアクセサリーを買う。そして女の子に、この悪臭のことを聞いた。
すると、
「臭いって、もしかしてこれのこと?」
女の子が指したのは、家の前に設置された溝。そこには汚泥が詰まっていた。
ぐっ…コレだ。このヘドロの臭いだ。
「こんなの、街中にあるよ?ほら、偶に冒険者さんが掃除してるでしょ?」
そしてこいつが、ドブさらいの目標らしい。
堪らんな、この臭い。きっと、ヤバい菌が繁殖しているぞ?
よし。
決意した俺は、ギルドに戻る。そこで、1枚のクエスト用紙を提出した。
また、クレールさんに驚かれる。
「あんた…これはやめときなさい。臭いが取れなくなるわよ」
「尚更ですよ」
俺が提出したのは、ドブさらいのクエスト。
この街で過ごす以上、衛生管理は絶対だ。俺の亜空間でも、見えない敵は対処し辛いから。
クレールさんは何度も「あんたになら、他の依頼を回すわよ?」と言ってくれたけど、俺は頑として受けなかった。それはまた今度と言って、ドブさらいクエを受注した。
そして今、俺はギルドからほど近い衛兵の詰所に来ていた。ここで、ドブさらいの道具を借りるように言われたのだ。
なので、道具を借りようとしたのだが…。
「おう、田舎者の坊主。冒険者になったんだな」
なんと、昨夜の門番達と出くわした。
俺は慌てて、背を曲げる。
「いやぁ、危なかったですわ。バンドンさんには、やめとけって言われちまって」
「ああ、バンドンな。あいつは昔、色々あったもんな」
「冒険者の嫌な面も良く知ってるもんな。だから、お前さんを止めたんだろうよ」
やっぱり、そう言う事だよな。
俺が頷いていると、門番達が木製のバケツとクワのようなものを突き出してきた。そして、ニヤリと笑う。
「それでも冒険者になったんだ。臭いなんかに負けず、しっかり仕事しろよ?」
「…へい」
くっそ。高みの見物かよ。
汚れた道具を受け取りながら、俺は苦しい笑みを浮かべる。そして、彼らが見えなくなると同時に、道具を亜空間に放り込んだ。
さて、先ずはあの市場に行くとするか。
「あっ!また来た、お兄ちゃん!」
俺を見かけると、拙いアクセを突き出してくる女の子。
味を占めやがって。
「悪いが、今回は仕事だ」
俺は一瞬だけバケツを取り出して、幼女に見せる。すると彼女は「ちぇ」と椅子に座り直した。
悪いね。
彼女の屋台を通り過ぎ、壁際に寄る。それだけで、臭いがプワァ~ンと漂ってくる。
堪らん。とっとと消えろ。
俺は溝の陰に亜空間を開く。それを、溝に沿わせて移動させる。
途端に、臭いが消える。亜空間が通り過ぎた後の溝には、一滴の泥も残っていなかった。
良し、良し。丁度溝が陰になってくれてて助かったよ。
俺は次々と、溜まっていた汚泥を回収していく。
あまり近付くと臭いでやられそうになるけど、やっているアピールをしないと怪しまれる。なので我慢して亜空間のすぐ近くで構えているけど…流石にキツイな。マスクしよう。
「おやおや?随分と綺麗になってるわねぇ」
市場の半分くらいを清掃したところで、肉付きの良いマダムが声を掛けて来た。高い鼻で、スンスンと空気を嗅ぐ。
「あの忌々しい臭いが全くしないわ。何か、魔法を使ったのかい?」
「いえ。ただ汚泥を回収しただけです」
「おや、そうかい?でも助かるわ。あの臭いのせいで、うちの店はいつもヒースの店に負けてたからねぇ」
ヒースの店?
首を傾げていると、マダムは「これはお礼だよ」と言って、売っていた串焼きを2本くれた。
おお、臨時収入。
「それで、悪いんだけどさ。うちの近くの溝もやってくれないかい?この北の道を真っすぐ行ったところのレストランなんだけどさ」
「ええ、勿論」
ドブさらいに境界線は無い。やればやっただけ稼げる出来高制だ。
俺はマダムと約束し、市場の泥退治に戻る。でも、ものの5分で全ての溝掃除が終わってしまった。
結構な量になったな。重さで金額が変わると書かれているけど、どれくらい貰えるのだろうか?
そんなワクワク感を覚えながら、俺は北上する。歩くついでに、その通りの溝も全てお掃除してしまう。
偶に太陽の光が差し込んでいる場所もあったので、そこは黒いマントを着て、その陰の中で亜空間を開いて掃除を続けた。
そうして歩いていると、良い匂いが漂ってきた。顔を上げると、お洒落な店先に〈ボドルー料理専門店:デボラ〉という看板が立て掛けてあった。
あれが、マダムのお店だな?随分と大きいし、繁盛しているな。
俺は早速、店周辺のドブさらいを行う。
ここは溝も深くなっており、その分泥も大量に詰まっていた。泥だけじゃなく、食べ残しや糞尿らしきものまで堆積しており、大変かぐわしい臭いとなっていた。
この世界の衛生観念は壊滅的だな。これからは、火の通った物以外は口にしない様にしよう。
「ちょっと、そこのあなた!ここで何してるのよ」
そろそろ終わりに差し掛かった頃、そんな声が聞こえた。
振り返ると、赤毛の少女が俺を睨みつけてきた。
可愛らしい様相にお店の名前が入ったワッペン。間違いなく、このお店の従業員だろう。
そんな子が、俺に何の用?
「その黒い格好は…分かった!君、泥棒でしょ!?うちの店を狙っているのね!」
「いえ。私はドブさらいでして…」
「ちっちっち。嘘はダメだよ、嘘は。君、全然汚れてないじゃん。ドブさらいは全身がヘドロだらけになって、とっても臭いんだよ?」
しまった。楽していたツケが回ってきた。黒マントもマイナス点だったか。
「さぁ、一緒に来て。衛兵に捕まえて貰うから!」
ふんすっと怒った少女は、俺の手を取りズンズンと歩き出した。
凄いな、この子。俺を盗人と勘違いしておきながら、自ら警察に突き出そうとしている。普通なら怖がって逃げてしまうか、人を呼ぶくらいしか出来ないだろうに…。
感心していると、女の子はドンドン細い道に入っていく。徐々に暗がりになり、人通りが無くなっていく。
うん?
「こっちだよ。こっちの方が、衛兵所に近道なんだ」
そうか。そいつは有難い。衛兵がこのバケツを見れば、察してくれるだろうから。
それは良いんだけど…。
「あの、大丈夫ですか?こんな怪しい所に踏み入ってしまって」
周囲の状況は悪くなる一方だ。ゴミが散乱し、ボロを纏った人が増え始めている。建物も掘っ立て小屋になって来たし、中には布一枚で寝転がる人も居る。
所謂、スラム街だ。
こんな所に、彼女のような可憐な少女が入り込んでしまえば、何をされるか考えるだけで恐ろしい。
そう思って聞くと、彼女は「ふふん」と胸を張る。
「うん、大丈夫。だってあたし、ここの出身だから」
「おや。そうなんですね」
全然、そうは見えなかった。お店の制服を着ていることもあるけど、その可愛らしい容姿が貴族の娘さんと言われても納得出来てしまうレベルだったから。
「そうだよ。でも、だからって侮ったら火傷するよ?あたし、ニコライ神父から魔法を習ってるから」
「ほぉ、魔法を。それは凄い」
神父という事は、何処かに教会の孤児院みたいのがあるのかな?彼女はそこの出身と言う事だろうか?
どうであれ、一般人で魔法が使えるのはきっと優秀だ。今のところ、受付のクレールさんだけだものな。魔法が使えたの。
俺が驚くと、女の子は首を傾げる。
「そうかな?」
「ええ。僕なんて魔力適正がEでしたので、魔法が使えないんですよ。だから、感心します」
「んふふ。あたしはCだよ。でも、あんまり得意じゃないんだけどね」
うん?Cなのに得意じゃない?どういう事?
聞こうとしたが、彼女が突然止まったので言葉を呑み込んでしまった。
何だろう?と、俺は彼女の肩越しに先を見る。何が彼女の足を止めたのかを見る為に。
すると、そこにはプルプルと体を震わせる生物が居た。
これは…。
「ベノムスライム…なんで、こんなにたくさん?」
通路を埋め尽くす程のスライム軍団に、少女が息を呑んだ。




