↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/31

第八話 姉、帰郷。

「お兄ちゃんがいるって、どんな気持ちなんだろう。」


前世で、そんなことを考えたことがある。


休日。


渋谷の公園だった。


ベンチへ座りながら缶コーヒーを飲んでいると、一人の少年が転んだ。


「痛っ!」


泣きそうになった、その瞬間。


高校生くらいの少年が駆け寄る。


「また転んだのか。」


頭を軽く小突く。


「ほら。」


手を差し出す。


弟は笑った。


「ありがとう、お兄ちゃん。」


その何気ないやり取りが、妙に胸へ残った。


(兄弟って、こんな感じなんだ。)


羨ましかった。


俺には一度も経験できなかった。


だから、この世界で父さんから「お前には姉がいる」と聞いた時。


少しだけ嬉しかった。


でも、その姉はずっと王都にいた。


魔法学院。


俺が生まれる前から。


だから。


知っているのに、知らない人だった。


◇◇◇


朝。


「ラーズ!」


玄関の方から母さんの声が飛んできた。


いつもより大きい。


いや。


浮かれている。


俺はパンを咥えたまま顔を上げた。


「どうしたの?」


母さんは一枚の封筒を胸へ抱きしめていた。


「手紙よ!」


父さんも立ち上がる。


「来たか。」


「え?」


母さんは満面の笑みで封を開いた。


羊皮紙を広げる。


震える声で読み始めた。


「――王立ヴァリス魔法学院より冬季休暇に入ります。」


一呼吸置く。


そして。


涙ぐみながら笑った。


「リスが帰ってくる!」


家の空気が一瞬で変わった。


「本当に?」


「本当よ!」


母さんは俺を抱きしめた。


「ラーズ!」


「今日、お姉ちゃんに会えるのよ!」


胸が高鳴る。


(ついに。)


俺の姉。


リス。


会ったことのない家族。


「いつ来るの?」


父さんが手紙を読み返す。


「昼頃だ。」


「もうすぐだな。」


◇◇◇


それからの母さんは大変だった。


「掃除!」


「毛布!」


「食器!」


「ラーズ、そこ持って!」


「はい!」


家中が戦場になる。


父さんは苦笑していた。


「そこまでしなくても。」


「五年ぶりなのよ!」


「娘が帰るの!」


「当然でしょう!」


父さんは肩をすくめた。


「その通りだ。」


俺は掃除を手伝いながら少し笑った。


前世では。


誰かの帰宅をこんなに楽しみにしたことがあっただろうか。


思い出せない。


◇◇◇


昼。


村の入口。


みんな集まっていた。


「まだかな。」


「もう来るよ。」


ウラが俺の隣で背伸びする。


アイラは少し後ろ。


緊張しているらしい。


「お姉さんって。」


小さく聞く。


「怖い人?」


「分からない。」


正直に答えた。


会ったことがないから。


その時だった。


馬の足音。


荷車とは違う。


きれいな二頭立ての馬車が村へ入ってきた。


「来た!」


子どもたちが走る。


馬車が止まる。


扉が開く。


最初に見えたのは。


青いローブだった。


銀色に近い長い髪。


陽の光を受けて柔らかく揺れる。


背は高い。


腰には短い杖。


胸元には学院の紋章。


まるで物語から出てきた魔法使いみたいだった。


彼女がゆっくり地面へ降りる。


周囲を見回す。


そして。


「お母さん!」


走った。


母さんも走る。


二人は勢いよく抱き合った。


「リス!」


「会いたかった!」


泣いている。


母さんも。


リスも。


父さんは少し遅れて近づいた。


「ただいま。」


「おかえり。」


父さんは短く言った。


でも。


その声は少し震えていた。


リスは笑う。


「お父さん。」


今度は父さんも抱きしめた。


五年。


その時間の重さが伝わってくる。


◇◇◇


しばらくして。


リスの視線が俺へ向いた。


「あ。」


止まる。


俺も止まる。


初めて会う。


でも。


血の繋がった姉。


彼女はゆっくり近づいた。


膝をつく。


目線を合わせる。


優しく笑う。


「あなたがラーズ?」


俺は頷いた。


少し緊張する。


でも。


自然に言葉が出た。


「初めまして。」


少し照れながら笑う。


「お姉ちゃん。」


その瞬間。


リスが固まった。


「…………。」


数秒。


動かない。


そして。


「かわいいーー!!」


ぎゅうううっ!!


「わっ!」


抱きしめられた。


苦しい。


でも柔らかい。


「本当に弟!」


「生きてる!」


「しゃべった!」


「当たり前だよ!」


「かわいい!」


頭を撫でられる。


髪をぐしゃぐしゃにされる。


「ちょっ。」


「離して!」


「無理!」


「五年分!」


笑い声が広場いっぱいに広がった。


◇◇◇


家へ帰る途中。


リスはずっと俺の隣だった。


「歩ける?」


「歩けるよ。」


「疲れてない?」


「大丈夫。」


「寒くない?」


「寒くない。」


質問が止まらない。


「ラーズ。」


急に真面目な顔になる。


「私ね。」


少し笑う。


「ずっと会いたかった。」


その一言で。


胸が少し熱くなった。


俺も。


会いたかった。


◇◇◇


家へ着く。


荷物を置く。


リスがローブを脱ぐ。


「ふぅ。」


一気に雰囲気が変わった。


学院では優等生なんだろう。


でも。


家では。


「お母さん!」


「お腹すいた!」


「パンある?」


完全に娘だった。


父さんが笑う。


「学院じゃそんな顔しないんだろ。」


「しない。」


即答だった。


「恥ずかしいもん。」


「今してるじゃない。」


「家だから。」


その答えが好きだった。


◇◇◇


午後。


ウラとアイラも遊びに来た。


「こんにちは。」


「お邪魔します。」


リスは二人を見る。


目を丸くする。


「かわいい!」


嫌な予感。


「ほっぺ!」


ぷに。


ウラの頬が伸びる。


「むぅ!」


次。


アイラ。


ぷに。


「ふぇ。」


二人とも真っ赤。


「ごめんごめん。」


全然反省してない笑顔だった。


「ラーズ。」


リスがニヤニヤする。


「人気者だね。」


「え?」


「いつも二人と一緒なの?」


「うん。」


「ふーん。」


ウラが顔を赤くする。


「そ、そういうのじゃない!」


「何が?」


「何でも!」


リスが笑う。


「かわいい。」


完全に楽しんでいた。


◇◇◇


夕方。


リスは学院の話をしてくれた。


「学院って。」


俺が聞く。


「どんなところ?」


リスの目が輝く。


「大きいよ!」


「図書館だけで、この村くらいある。」


「え?」


「本当に。」


想像できない。


「魔法の実技場。」


「飛行訓練。」


「魔道具工房。」


「寮。」


話を聞くだけで胸が高鳴る。


「すごい。」


「でしょ?」


でも。


リスは少しだけ表情を曇らせた。


「でもね。」


声が静かになる。


「優しい人ばかりじゃない。」


部屋が少し静かになった。


「才能で比べられる。」


「家柄で見られる。」


「負けたら笑われることもある。」


俺は黙って聞いていた。


前世と少し似ている。


場所が変わっても。


人は人なんだ。


「それでも。」


リスは笑う。


「学ぶのは楽しい。」


その笑顔は本物だった。


◇◇◇


夜。


夕食の後。


父さんと母さんが片付けをしている。


俺は庭へ出た。


手のひらへ魔力を集める。


小さな火。


風。


水。


本に書いてあった通り。


呼吸を整える。


「……。」


その様子を。


誰かが見ていた。


振り向く。


リスだった。


「上手。」


「ありがとう。」


彼女は俺の魔法をじっと見つめる。


少し首を傾げた。


(変。)


そんな顔だった。


でも。


何も言わない。


代わりに笑う。


「誰に教わったの?」


「父さん。」


「なるほど。」


納得したように頷く。


でも。


心の中では違うことを考えていた。


それは俺には分からなかった。


◇◇◇


その夜。


眠れなかった。


縁側へ出る。


星空。


冷たい風。


そこには。


リスが座っていた。


「眠れない?」


「ちょっと。」


隣へ座る。


しばらく二人で空を見る。


リスがぽつりと呟く。


「ラーズ。」


「なに?」


「いつか学院へ来る?」


その質問に。


地図を思い出した。


ガレス。


魔法の本。


王都。


そして。


この村。


全部つながる。


俺は笑った。


「行く。」


リスも笑う。


「ほんと?」


「うん。」


少し間を置く。


「でも。」


村を見る。


暖かい灯り。


家族。


ウラ。


アイラ。


父さん。


母さん。


「その前に。」


静かに答えた。


「もっと、この村で学びたい。」


リスは何も言わなかった。


ただ。


俺の頭へ手を乗せる。


優しく撫でる。


「そっか。」


その手は。


母さんとも違う。


父さんとも違う。


初めて知る。


姉の温もりだった。


その夜。


俺は初めて思った。


前世では手に入らなかったものが。


また一つ。


この世界で増えたのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。