第三十話 旅立ちの朝
「別れというものは、その瞬間になって初めて、過ごしてきた時間の重さを教えてくれる。」*
前世では、何度も別れを見てきた。
卒業式。
転校。
引っ越し。
退職。
そのたびに、
「また会おう。」
と言う。
でも。
本当にまた会えるかなんて、誰にも分からない。
だからこそ。
人は最後の瞬間に、言いたいことを全部言えなくなる。
「またね。」
その一言に。
本当はたくさんの言葉が隠れている。
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朝。
まだ太陽が完全に昇っていない。
村は静かだった。
いつもなら鳥の声が聞こえる時間。
でも今日は違う。
村の入口には馬車が一台。
王国騎士団の旗。
その横には、リス。
セレナ。
そして数人の護衛。
王都へ向かう準備は整っていた。
俺は家の前に立っていた。
荷物は少ない。
服。
魔法書。
ノート。
父さんの古い地図。
それから。
銀色の葉。
全部、小さな鞄へ入れた。
「……これで全部。」
リスが確認する。
「忘れ物はない?」
「うん。」
「本当に?」
「うん。」
「お姉ちゃんのことは?」
「忘れてない。」
「……。」
リスが少し笑った。
「そういうところ、お父さんに似てる。」
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村の広場。
たくさんの人が集まっていた。
ガド。
オルム。
村の子どもたち。
みんな見送りに来ている。
そして。
その中に。
ウラとアイラもいた。
アイラは小さな鞄を持っている。
ウラは何も持っていない。
それを見た瞬間。
俺は何となく分かった。
「……。」
ウラも俺を見る。
少しだけ笑った。
でも。
その目は赤かった。
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「ラーズ。」
アイラが近づいてくる。
「これ。」
小さな包みを渡される。
「何?」
「お弁当。」
開けてみる。
パン。
干し肉。
それから。
小さな果物。
「ありがとう。」
「王都まで遠いから。」
アイラは俯く。
「ちゃんと食べて。」
「うん。」
「魔法の練習も。」
「うん。」
「夜は早く寝て。」
「……うん。」
「知らない人について行かない。」
「それは子供扱いしすぎじゃない?」
思わず笑う。
アイラも笑った。
でも。
その笑顔はすぐに崩れた。
「……帰ってきてね。」
その言葉に。
俺は答える。
「絶対。」
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そして。
ウラの前へ立つ。
「……。」
何も言わない。
「ウラ?」
「……嫌。」
突然。
ウラが言った。
「え?」
「行ってほしくない。」
小さな声。
拳を握っている。
「ラーズがいなくなったら。」
「この村。」
「つまらなくなる。」
俺は何も言えなかった。
ウラは顔を上げる。
涙が溜まっている。
「でも。」
「行かなきゃいけないんでしょ。」
「うん。」
「王都。」
「うん。」
「魔法。」
「うん。」
「……分かってる。」
涙を拭う。
そして。
いつものように笑おうとした。
でも。
上手く笑えなかった。
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「私。」
ウラは言う。
「ここに残る。」
アイラが振り向く。
「ウラ……。」
「村には誰かが必要だから。」
ガドが少し離れた場所で静かに頷く。
ウラの家族も。
この村にいる。
彼女はここを離れられない。
そして。
それだけではなかった。
「ラーズが帰ってきた時。」
ウラは涙を拭く。
「誰かがここで待ってないと。」
胸が痛くなる。
「……そうだね。」
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俺は右手を差し出す。
ウラが見る。
「何?」
「約束。」
「……何の?」
「帰ってくる。」
ウラは少し迷って。
小指を絡めた。
「絶対?」
「絶対。」
「嘘ついたら?」
「怒っていい。」
「殴る。」
「痛そう。」
「じゃあ。」
ウラは少し笑った。
「百回。」
「多すぎる。」
二人で笑う。
でも。
笑いながら。
涙が落ちた。
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「ラーズ。」
アイラが呼ぶ。
俺が振り向く。
「私も行く。」
「うん。」
アイラは小さく頷く。
「……怖いけど。」
「王都。」
「知らない場所。」
「でも。」
俺を見る。
「一人じゃないから。」
リスが少し驚いた顔をする。
セレナは微笑む。
「いいんじゃない?」
ガドも頷く。
「アイラの家族にも話はしてある。」
アイラは両手を握る。
「ちゃんと勉強する。」
「魔法も。」
「頑張る。」
俺は笑う。
「じゃあ。」
「一緒に行こう。」
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その瞬間。
森の奥から。
小さな風が吹いた。
「……?」
俺は振り返る。
大樹。
その枝の上。
コロがいた。
小さな手を振っている。
「コロ。」
走っていく。
大樹の下。
「俺。」
「行ってくる。」
コロは何も言わない。
ただ。
小さな銀色の葉を一枚差し出した。
受け取る。
「また?」
コロが頷く。
そして。
胸を指差す。
「……。」
意味は分からない。
でも。
何となく分かった。
忘れるな。
そんな意味なのだろう。
「分かった。」
葉を胸へしまう。
「忘れない。」
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馬車へ戻る。
リスが手を差し出す。
「行こう。」
俺は乗り込む。
アイラも続く。
最後に振り返る。
村。
家。
大樹。
広場。
そして。
ウラ。
「……。」
ウラは泣いていた。
でも。
笑っている。
「ラーズ!」
叫ぶ。
「絶対帰ってきて!」
俺も叫ぶ。
「うん!」
馬車が動き出す。
ゆっくり。
村から離れていく。
ウラの姿が小さくなる。
小さく。
小さく。
それでも。
最後まで見えていた。
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街道。
しばらく誰も話さなかった。
俺は窓から外を見る。
アイラも隣に座っている。
リスは前。
セレナは向かい側。
村が完全に見えなくなった時。
アイラが小さく言った。
「寂しい?」
「うん。」
正直に答える。
「私も。」
「でも。」
アイラは笑う。
「楽しみでもある。」
王都。
魔法学院。
新しい人。
新しい魔法。
新しい世界。
六歳の俺には。
まだ何も分からない。
でも。
一つだけ分かっていた。
これは。
俺の人生が。
もう一度動き始める旅だった。
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夕方。
王都へ向かう街道。
空が赤く染まる。
リスが地図を広げる。
「あと二週間くらい。」
「王都まで?」
「うん。」
二週間。
その言葉を聞いて。
胸が少し高鳴った。
俺はノートを開く。
新しいページ。
そして。
最初の一行を書いた。
> **観察記録 九**
> **今日、故郷を出た。**
少し考える。
その下へ続ける。
> **ウラは村に残った。**
> **アイラは一緒に来た。**
> **そして俺は――**
筆が止まる。
窓の外を見る。
広い世界。
知らない街。
知らない魔法。
知らない人々。
最後に。
こう書いた。
> **もう一度、この世界を知る旅が始まった。**
馬車は北へ進む。
その遥か先。
王国の中心。
巨大な城壁に囲まれた王都が。
夕日の向こうで待っていた。




