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第二十七話 王の使者

「遅すぎる正義は、誰を救えるんだろう。」


前世で一度だけ、救急車を待ったことがある。


事故だった。


通報してから到着まで十分もかかっていない。


きっと速かった。


でも、その十分が永遠みたいに長く感じた。


「もっと早ければ。」


誰かが呟いた。


あの言葉は、救急隊員を責めるための言葉じゃない。


救えなかった現実へ向けられた叫びだった。


今日、ラーズは同じ言葉を胸の中で繰り返すことになる。


朝。


村の見張り台から声が響いた。


「来るぞ!」


広場にいた全員が空を見上げる。


砂埃。


街道の向こう。


馬車が見える。


旗。


白い布へ刻まれた黄金の獅子。


「王国旗だ。」


ガドが低く呟いた。


王国。


ようやく来た。


村の入口。


十頭ほどの馬。


銀色の鎧。


赤いマント。


先頭を歩く男が兜を外した。


灰色の短髪。


鋭い目。


三十代後半。


「レオン・ヴァルク。」


短く名乗る。


「王国騎士団第三中隊隊長だ。」


隣には、一人の女性。


紺色の長いローブ。


肩まで伸びた栗色の髪。


琥珀色の瞳。


腰には杖。


「宮廷魔導士。」


軽く頭を下げる。


「エレイン・クロイス。」


その後ろには若い騎士たち。


まだ二十歳前後。


その中の一人だけ。


露骨に周囲を見回していた。


「ここが。」


鼻で笑う。


「報告にあった村?」


ガドの眉が少し動く。


レオンは焼け跡を見渡した。


倒れた家。


黒く焦げた広場。


折れた門。


そして。


父ガレスたちの墓標。


彼はゆっくり帽子を取り、頭を下げた。


「……遅くなった。」


その一言だけだった。


でも。


誰も責めなかった。


責められる相手じゃない。


それくらい、全員分かっていた。


「状況を確認する。」


エレインが羊皮紙を開く。


「生存者。」


「怪我人。」


「魔物出現位置。」


次々と質問する。


オルムが答える。


ガドが補足する。


ラーズは少し離れた場所で聞いていた。


話の規模が違う。


「東部でも。」


「西部でも。」


「同様の被害。」


その言葉で。


胸が重くなる。


やっぱり。


終わったのは、この村だけじゃなかった。


その時。


エレインが足を止める。


地面。


黒い灰牙狼の結晶。


「……。」


しゃがみ込む。


杖を当てる。


青白い光。


結晶が震える。


「変ね。」


レオンが聞く。


「何か分かったか?」


「普通の瘴気じゃない。」


結晶を見つめる。


「まるで。」


少し言葉を選ぶ。


「世界そのものへ混ざったみたい。」


その表現が。


ラーズの胸へ引っかかった。


世界そのもの。


コロも。


似たようなことを伝えようとしていた。


「君。」


突然。


エレインがラーズを見る。


「名前は?」


「ラーズ・アッシュフィールド。」


彼女の目が少し柔らかくなる。


「ガレスさんの息子。」


頷く。


エレインは少しだけ笑った。


「お父さんには。」


遠い目になる。


「昔、一度助けられたことがある。」


初耳だった。


「父さんが?」


「ええ。」


少し笑う。


「迷子だった私を。」


「森から連れ出してくれた。」


その笑顔が少し寂しかった。


その頃。


若い騎士。


ハロルドは村を歩いていた。


「ひどいな。」


でも。


どこか他人事だった。


「こんな小さい村。」


「守りようもないか。」


その一言で。


ウラが反応する。


「何。」


睨む。


「小さいからって。」


ハロルドは肩をすくめる。


「事実だ。」


「王都とは違う。」


空気が冷えた。


ラーズが前へ出る。


「やめて。」


ウラを止める。


ハロルドを見る。


「あなたは。」


静かに言う。


「何人助けた?」


「え?」


「ここへ来る途中。」


「何人。」


ハロルドは少し言葉に詰まる。


レオンが黙って見ている。


「……二十人。」


「そう。」


ラーズは頷く。


「ありがとう。」


予想外だった。


ハロルドも驚く。


「でも。」


ラーズは続ける。


「この村にも。」


墓標を見る。


「守ろうとした人がいた。」


「父も。」


「みんなも。」


「だから。」


真っ直ぐ見る。


「小さい村じゃない。」


「俺たちの世界だった。」


静寂。


ハロルドは何も言えなかった。


レオンが静かに口を開く。


「ハロルド。」


短く言う。


「謝れ。」


若い騎士は悔しそうに歯を食いしばる。


それでも。


頭を下げた。


「……悪かった。」


ウラが少し鼻を鳴らす。


「分かればいい。」


その一言で。


少しだけ空気が和らいだ。


午後。


騎士団は村の周囲を調査する。


ラーズも同行を許された。


もちろん後方だ。


エレインが杖を地面へ突く。


魔法陣。


青い光。


「探査魔法。」


ラーズの目が輝く。


「すごい。」


エレインが笑う。


「見える?」


「少し。」


「どんな?」


少し考える。


「水。」


彼女の目が少し見開く。


「水?」


「流れてる。」


「全部。」


「木も。」


「石も。」


「人も。」


エレインは黙った。


普通なら。


探査魔法を見ても。


そんな表現は出ない。


でも。


六歳の子へ、それ以上は聞かなかった。


「面白い感覚ね。」


そう言って微笑んだ。


夕方。


騎士団は野営を始める。


馬。


焚き火。


見張り。


王国の規律だった。


ラーズは少し離れた場所から眺める。


「王都って。」


小さく呟く。


「こんな人たちがいるんだ。」


強い。


賢い。


でも。


完璧じゃない。


それが少しだけ安心した。


その夜。


レオンは一人で墓標の前へ立つ。


ガレスの名を見つめる。


静かに腰の剣を抜く。


剣を地面へ立てる。


騎士式の弔いだった。


「約束する。」


小さく呟く。


「残った者は守る。」


その誓いを。


少し離れた場所でラーズは聞いていた。


父さんがいなくなった世界でも。


守ろうとする大人は、まだいる。


そう思えた。


同じ頃。


北街道。


夜。


馬車が止まる。


リスは眠れずに外へ出た。


空を見上げる。


同じ月。


同じ夜。


「もうすぐ。」


胸へ木彫りを抱く。


「ラーズ。」


その時。


護衛の一人が遠くを見つめた。


「隊長。」


「灯りです。」


北の地平線。


小さな焚き火。


灰の村。


まだ誰も気づいていない。


姉と弟は。


もう。


同じ夜空の下で。


あと少しの距離まで近づいていた。

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