第二十五話 六つ目の春
「誕生日って、本当は誰のための日なんだろう。」
前世で担任をしていた頃、毎月一回、その月に誕生日を迎えた生徒たちを祝う時間があった。
教室の電気を少し暗くして、小さな紙の王冠を被せる。
「おめでとう。」
拍手が起きる。
ある年、一人の男の子が王冠を外さなかった。
帰るまでずっと被っていた。
「そんなに嬉しかった?」
そう聞くと、彼は照れながら笑った。
「違います。」
「今日は、生まれてよかったって思える日だから。」
あの言葉が、今になって胸へ刺さる。
生まれてよかった。
それは、誰かがいて初めて思えることなのかもしれない。
春が来た。
焼け跡だった大地にも、小さな緑が顔を出している。
崩れた家々の隙間には草が伸び、白い花が風に揺れていた。
灰の村。
そう呼ばれ始めたこの場所にも、季節だけは平等に訪れる。
「ラーズ!」
朝早くからウラが駆けてくる。
両手を後ろへ隠しながら、不自然なくらい笑顔だった。
「目、閉じて!」
「また何か企んでる?」
「いいから!」
言われるまま目を閉じる。
カサッ。
何かが頭へ乗せられた。
「もういい!」
目を開く。
花冠だった。
白い花と、小さな青い花を編んだ、少しいびつな花冠。
「……。」
言葉が出なかった。
「誕生日。」
ウラが胸を張る。
「六歳!」
アイラも少し照れながら前へ出る。
「わたしも作った。」
小さな木彫りだった。
丸い鳥。
少し歪んでいる。
でも、一生懸命作ったことが伝わる。
「ありがとう。」
胸が熱くなる。
今年は。
父さんも母さんもいない。
それでも。
祝ってくれる人がいた。
「生まれてよかった。」
その言葉が、思わず心の中でこぼれた。
広場では、ささやかな昼食が用意されていた。
硬いパン。
干し肉。
少しだけ甘い木の実。
豪華じゃない。
でも。
みんなが少しずつ持ち寄った食事だった。
「六歳か。」
ガドが笑う。
「ガレスなら酒を開けてたな。」
村人たちが少しだけ笑う。
その笑いは。
悲しみを忘れた笑いじゃない。
悲しみと一緒に生きる笑いだった。
午後。
ラーズは一人で大樹へ向かった。
ポケットには、あの日から持ち歩いている銀色の葉。
「コロ。」
呼ぶ。
葉が揺れる。
ぴょこん。
いつものようにコロが現れた。
今日は何か違う。
両手へ小さな枝を持っている。
枝を二本、交差させる。
そして、ラーズへ差し出した。
「くれるの?」
コロは何度も頷いた。
受け取る。
その瞬間。
銀色の魔力が静かに流れた。
枝が淡く光る。
一瞬だけ。
風が止まった。
「これ。」
握ったまま目を閉じる。
呼吸を整える。
父さんの声が蘇る。
「流れを止めるな。」
魔力を感じる。
胸から腕へ。
腕から指先へ。
今までより滑らかだった。
「風。」
小さく呟く。
ビューッ。
風が起きる。
でも。
葉は飛ばない。
枝の周りだけを回る。
「……!」
今までと違う。
風を「出した」んじゃない。
風を「残した」。
小さな渦が、数秒間その場へ留まり続けた。
コロが飛び跳ねる。
嬉しそうだった。
「成功。」
思わず笑う。
初めてだった。
魔法が偶然じゃなく、自分の意思で安定した。
「これ。」
ノートへ書かなきゃ。
そう思った時。
コロが急に真剣な顔になる。
森を見る。
耳を澄ます。
ラーズも振り返る。
遠く。
鳥が一斉に飛び立った。
「また?」
嫌な予感。
でも。
今回は違った。
すぐに静かになる。
コロは首を傾げる。
「大丈夫?」
コロも分からないらしい。
それが少し怖かった。
その頃。
王都。
学院正門。
「準備できたか。」
学院長エドワードの声。
リスは深く頭を下げる。
「はい。」
護衛は四人。
王国騎士団のベテラン二名。
学院所属の魔術師一名。
そして。
セレナ。
「約束したでしょ。」
笑う。
「一緒に行くって。」
リスも少し笑う。
「ありがとう。」
門が開く。
馬車が動き始める。
王都を出る。
北へ。
ラーズの待つ村へ。
街道は以前と別物だった。
焼けた荷車。
折れた標識。
捨てられた荷物。
時々、避難民ともすれ違う。
「北から?」
リスが聞く。
老人が頷く。
「東も終わった。」
「西も魔物が増えた。」
誰も大げさに話しているようには見えなかった。
疲れ切っていた。
夕方。
一行は小さな宿場町へ到着する。
そこには、王国から貼り出された新しい布告があった。
『魔物出現区域拡大。』
『不要不急の移動を禁ず。』
『各地の領主は防衛を最優先とせよ。』
リスは紙を見つめる。
「ここまで……。」
護衛の騎士が低く呟く。
「王国全土が戦場になり始めている。」
その言葉に。
誰も反論できなかった。
夜。
焚き火を囲む。
セレナが聞く。
「リス。」
「ラーズって、どんな子?」
少し考える。
そして笑った。
「変な子。」
「変?」
「まだ赤ちゃんだったのに。」
遠い目になる。
「私の指を離さなかった。」
胸が締めつけられる。
「今は。」
小さく呟く。
「どんな顔で笑うんだろう。」
同じ夜。
灰の村。
ラーズはノートを開く。
新しいページ。
観察記録 六
六歳になった。
風を数秒間維持できた。
コロは枝をくれた。
森の鳥が急に飛び立った。
魔法は形より流れが大事。
最後に。
少しだけ考える。
そして書く。
今日、初めて「魔法を使えた」と胸を張って言える気がした。
ページを閉じる。
その時だった。
コン。
窓を叩く音。
開ける。
誰もいない。
でも。
窓辺には。
銀色の葉と。
もう一本。
昨日より少し長い枝が置かれていた。
コロからの贈り物。
そう思って微笑む。
しかし。
大樹の頂上では。
コロが空を見上げたまま動かなかった。
その隣にいたもう一体の小さな精霊も。
笑っていない。
二体は北を見つめている。
まるで。
何かが近づいていることを知っているように。




