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第二十二話 灰色の教室

「教室って、建物のことじゃない。」


前世で、一番忘れられない授業がある。


台風で停電になった日だった。


教室は暗く、プロジェクターも使えない。


「今日は休みですか?」


生徒が笑いながら聞いた。


俺は窓を開けた。


風が入る。


「いや。」


チョークを持つ。


「今日は外でやろう。」


校庭へ出た。


地面へ図を書く。


枝を使う。


石を使う。


その日の授業が、一年間で一番盛り上がった。


あの時、分かった。


教室は壁じゃない。


誰かが「学びたい」と思える場所があるなら。


そこが教室になる。


朝。


鳥の声が聞こえた。


数日前までは聞こえなかった音だった。


「戻ってきた。」


アイラが空を見上げる。


「うん。」


小さな鳥が焼け残った屋根へ止まる。


灰色だった世界へ。


少しずつ色が戻り始めていた。


広場では大人たちが作業を続けていた。


木材。


縄。


石。


村をもう一度作る。


みんな必死だった。


だから。


子どもたちは暇になっていた。


「暇。」


ウラが地面へ寝転がる。


「遊ぶ場所ない。」


確かに。


広場は資材置き場。


森へはまだ入れない。


井戸の近くも危ない。


アイラは木切れで絵を描いていた。


誰も。


子どもらしく遊べていない。


その時だった。


「ラーズ。」


小さな男の子が近づく。


隣の家の子。


「これ。」


木片を差し出す。


「文字。」


「忘れた。」


胸が少し締めつけられる。


そうか。


あの日から。


誰も勉強していない。


俺は焼け跡を見る。


倒れた板。


焦げた切り株。


石。


十分だった。


「みんな。」


手を叩く。


「ちょっと集まって。」


子どもたちが振り向く。


「何?」


「遊ぶ?」


少し笑う。


「勉強。」


「えぇぇぇぇ!」


全員が嫌そうな顔をした。


思わず笑う。


懐かしい反応だった。


切り株を並べる。


板を立てる。


木炭を拾う。


「はい。」


板へ大きく書く。


「あ。」


「今日は。」


振り向く。


「文字ゲーム。」


「ゲーム?」


ウラの目が輝く。


「そう。」


「勝った人には。」


少し考える。


「花。」


アイラが持っていた白い花を見る。


「景品。」


「やる!」


現金だった。


最初は文字だった。


「あ。」


「い。」


「う。」


間違える。


笑う。


また書く。


次は数字。


石を並べる。


「二個。」


「三個。」


「合わせると?」


子どもたちが指で数える。


俺は教えない。


考えさせる。


前世と同じだった。


「ラーズ。」


アイラが聞く。


「なんで。」


「答え教えないの?」


少し笑う。


「答えは。」


石を指差す。


「自分で見つけた方が忘れない。」


アイラは真剣な顔になる。


少し考える。


「五。」


「正解。」


笑顔になる。


その笑顔で。


周りも笑った。


遠くから見ていたガドが呟く。


「村長に似てるな。」


オルム爺さんは首を振る。


「いや。」


少し目を細める。


「あれは。」


「誰にも似てない。」


昼。


即席教室は続いていた。


「次!」


ウラが立ち上がる。


「勝負!」


木の棒を振る。


「剣!」


「違う。」


笑う。


「今日は風。」


風?


子どもたちが首を傾げる。


俺は葉っぱを一枚拾う。


「魔法は。」


葉を見せる。


「力だけじゃない。」


息を吹く。


葉がゆっくり落ちる。


「流れ。」


父さんの言葉を思い出す。


「流れを止めるな。」


子どもたちも真似をする。


風。


葉。


笑い声。


久しぶりだった。


村へ。


こんな笑いが戻ったのは。


その頃。


大樹。


コロは枝の上から見ていた。


教室を。


子どもたちを。


ラーズを。


小さな手を叩く。


嬉しそうだった。


その隣。


新しい小さな光が現れる。


もう一体の精霊。


コロより少し小さい。


その子も。


不思議そうにラーズを見つめていた。


午後。


授業の最後。


俺は地面へ丸を書く。


「問題。」


みんな集まる。


「もし。」


丸を指差す。


「橋が壊れたら。」


「どう渡る?」


「飛ぶ!」


ウラ。


「泳ぐ。」


別の子。


「木。」


アイラが小さく言う。


「木を倒して。」


橋にする。


俺は驚く。


「正解は一つじゃない。」


そう言う。


「考えること。」


「それが大事。」


アイラは少し照れたように笑った。


夕方。


子どもたちは帰っていく。


「また明日!」


「先生!」


その言葉で。


足が止まった。


先生。


久しぶりに聞いた。


前世では当たり前だった呼び方。


今世では。


初めてだった。


胸が熱くなる。


「うん。」


少し笑う。


「また明日。」


夜。


ノートを開く。


リスのノート。


新しいページ。


観察記録 四


子どもは笑うと元気になる。


教えると、自分も少し元気になる。


アイラは考えるのが得意。


ウラは動きながら覚える。


「先生」と呼ばれた。


最後に。


少しだけ迷う。


そして書く。


今日だけは、父さんと母さんに見せたかった。


インクが少し滲む。


涙だった。


深夜。


大樹の枝。


コロは月を見上げる。


小さく呟く。


「……セ。」


隣の精霊も真似をする。


「……セ。」


二体は笑う。


そして。


銀色の葉が一枚。


夜風に乗って。


ラーズの窓辺へ静かに舞い降りた。


まるで。


「明日も教室を開こう。」


そう応援しているように。

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