↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/31

第二十一話 銀葉の約束

「信頼って、教えるものじゃない。」


教師になって三年目。


学校の裏庭に、一匹の野良猫が住み着いた。


誰かが餌をあげようとすると逃げる。


触ろうとすると、もっと逃げる。


でも、一人だけ例外がいた。


毎朝、何も持たずに猫の近くへ座る女子生徒。


話しかけるだけ。


触ろうともしない。


一週間。


二週間。


一か月。


ある日、猫の方から彼女の膝へ乗った。


その子は笑って言った。


> 「先生。」


> 「友達になるのって、待つことなんですね。」


あの時は笑って頷いただけだった。


今なら、その言葉の意味が少し分かる。


朝の空気は冷たかった。


灰の匂いは薄くなった。


代わりに、湿った土の匂いが戻り始めている。


「春。」


ウラが空を見上げる。


「来るかな。」


「来る。」


そう答えながら、自分でも少し驚いた。


昨日までなら。


「分からない。」


そう言っていたかもしれない。


でも。


あの銀色の葉を受け取ってから。


少しだけ。


未来を信じてみたいと思えるようになっていた。


村の復旧は少しずつ進んでいた。


倒れた柵は半分立ち直った。


井戸も普通に使える。


子どもたちの声も、ほんの少し戻ってきた。


でも。


笑い方だけは、まだぎこちなかった。


「ラーズ!」


アイラが走ってくる。


手には小さな花。


白い花だった。


「見つけた。」


「どこで?」


「森の手前。」


白い花。


焼け跡の中で咲いている。


不思議だった。


「きれい。」


ウラが笑う。


その笑顔を見て。


胸が少し軽くなった。


昼。


木材を運び終えると、俺は一人で村外れへ向かった。


誰にも言わない。


昨日。


コロが残した葉が気になっていた。


ポケットから取り出す。


銀色。


昨日と変わらない。


普通の葉なら、とっくに萎れている。


でも。


これは違う。


触れると、ほんの少し温かかった。


「……。」


大樹が見える。


焦げた幹。


それでも立っている。


近づくたび。


掌が少し熱くなる。


「コロ。」


呼んでみる。


返事はない。


風だけが吹く。


「昨日は。」


少し笑う。


「ありがとう。」


沈黙。


やっぱり来ないか。


そう思った。


カサ。


葉が揺れる。


根元。


小さな影。


いた。


コロだった。


今日は逃げない。


葉っぱを頭へ乗せた、小さな身体。


丸い瞳でこちらを見ている。


「こんにちは。」


コロは首を傾げた。


そして。


小さく頭を下げた。


「挨拶?」


思わず笑ってしまう。


俺も頭を下げる。


コロが嬉しそうに一回転した。


「君。」


しゃがみ込む。


「話せる?」


コロは口を開く。


「……ラー。」


俺を見る。


「ラー。」


「ラーズ?」


何度も頷く。


「そう。」


「ラーズ。」


次。


コロは自分を指差す。


「コ。」


「ロ。」


「コロ。」


また頷く。


会話じゃない。


でも。


名前だけで、妙に嬉しかった。


コロは突然歩き始めた。


いや。


歩くというより、ぴょんぴょん跳ねている。


「待って。」


ついていく。


森の奥へは入らない。


大樹の根の周りだけ。


そこには、小さな空洞があった。


昨日は気づかなかった。


コロは中を指差す。


覗く。


石だった。


普通の石。


……いや。


違う。


表面へ細い銀色の線が走っている。


「これ。」


手を伸ばす。


触れた瞬間。


胸の中の銀色の魔力が少しだけ流れた。


石が光る。


一瞬だけ。


そして消える。


「反応した。」


コロは満足そうに頷いた。


「どういうこと?」


聞いてみる。


もちろん。


答えられない。


代わりに。


コロは地面へ枝で絵を描き始めた。


丸。


丸。


大きな丸。


小さな丸。


その横へ。


木。


そして。


小さな点。


「これ。」


俺を指差す。


「俺?」


頷く。


木を指差す。


「大樹。」


また頷く。


最後に。


丸の外側をぐるぐる囲む。


黒い線。


少しだけ嫌な気配。


「外?」


コロの表情が曇る。


それだけで十分だった。


危険。


そう伝えたいらしい。


その時。


「ラーズ!」


遠くからウラの声。


「どこー!」


「ここ!」


返事をする。


コロを見る。


「あ。」


コロは慌てた。


葉っぱを抱える。


「待って。」


でも。


ウラの足音が近づく。


コロは俺を見る。


少し困った顔。


そして。


木の幹へ飛び込んだ。


「え?」


消えた。


完全に。


まるで木へ溶けたみたいだった。


「いた!」


ウラが息を切らして来る。


「探した。」


「ごめん。」


「一人で来ちゃダメ。」


少し怒っている。


でも。


心配してくれたんだ。


「何してたの?」


一瞬迷う。


コロのこと。


言うべきか。


でも。


約束したわけじゃない。


それでも。


なぜか。


「木を見てた。」


嘘じゃない。


でも全部でもない。


ウラは木を見る。


「変な木。」


そう言って笑う。


「帰ろ。」


「うん。」


振り返る。


幹の隙間。


ほんの少しだけ。


葉っぱが揺れた。


コロが見送ってくれている気がした。


夕方。


村へ戻ると、ガドが大きな木箱を運んでいた。


「ラーズ。」


「これ持てるか?」


「うん。」


運ぶ。


中には本。


焼け残った本だった。


「どこで?」


「村長の家の裏。」


父さんの本だ。


魔物の記録。


地図。


古い伝承。


その中へ、一冊だけ見覚えのない本があった。


表紙は焼けて読めない。


開こうとする。


ガドが止めた。


「後で。」


「乾かしてからだ。」


「そうだね。」


少しだけ気になる。


でも。


急がない。


コロも言っていた。


> 『急ぐな。』


その言葉が頭をよぎった。


夜。


焚き火を囲む。


子どもたちは少しだけ笑っていた。


アイラが花冠を作っている。


ウラが失敗して笑われている。


俺も笑った。


久しぶりだった。


その時。


胸の奥が少しだけ温かくなる。


銀色の魔力。


暴れない。


静かだった。


まるで。


誰かが安心しているみたいに。


深夜。


みんなが眠った後。


俺はノートを開いた。


リスのノート。


新しいページ。


書き始める。


観察記録 三


* コロは昼でも現れた。


* 大樹の根元に銀色の石がある。


* 石は僕の魔力へ反応した。


* コロは危険を伝えようとしていた。


* 木の中へ入れる。


少し考える。


最後に。


新しく一文を書く。


> 仮説:精霊は魔法を使っているんじゃない。世界そのものと会話している。


書き終える。


ページを閉じる。


その瞬間。


ノートの端へ、一枚の銀色の葉が静かに挟まった。


風は吹いていない。


誰も触っていない。


それでも。


その葉は。


まるで栞みたいに。


次の物語が始まる場所を教えてくれているようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。