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第二十話 旅立ちの決意

「『卒業』って、何なんでしょう。」


卒業式の前日。


ある生徒が職員室へ来た。


「先生。」


「卒業って、嬉しいんですか?」


面白い質問だった。


「どうして?」


「だって。」


彼は笑う。


「ここを出るってことですよね。」


俺は少し考えた。


そして答えた。


「卒業はね。」


窓の外を見る。


校庭。


「居場所を捨てることじゃない。」


「次の居場所を見つけに行くことだ。」


その時は。


そんな言葉を簡単に言えた。


今なら分かる。


居場所を失ってから歩き出す方が、ずっと難しい。


灰の匂いは、まだ村から消えなかった。


でも。


煙は薄くなっていた。


壊れた家々の間には、人の声が戻り始めている。


静かだけど。


確かに生きている声だった。


俺は朝早く目を覚ました。


最近、夢を見ない。


いや。


夢を見る前に目が覚めるようになった。


「ラーズ。」


ウラも起きる。


「また早い。」


「寝れなくて。」


「私も。」


二人で少し笑う。


その笑顔はぎこちなかった。


でも。


昨日より少しだけ自然だった。


その日。


村人たちは本格的に復旧作業を始めた。


井戸は使えるようになった。


倒れた柵も立て直し始める。


「こっち持って。」


「はい。」


俺も木材を運ぶ。


すると。


オルム爺さんがこちらへ歩いてきた。


「ラーズ。」


「少し話がある。」


広場の端。


焼け残った切り株へ座る。


オルムはしばらく黙っていた。


「お前。」


俺を見る。


「王都へ行く気はあるか。」


突然だった。


「……え?」


「リスのいる学院。」


「父親なら。」


少し笑う。


「たぶん、そう言った。」


胸が痛む。


父さんなら。


きっと俺を送り出した。


でも。


「行けない。」


思わず答えた。


「みんながいる。」


ウラ。


アイラ。


村。


置いていけない。


オルムは静かに頷いた。


「そう思うだろう。」


少し間を置く。


「だからこそ行くんだ。」


その言葉が理解できなかった。


「残った大人は守る。」


オルムは村を見る。


「だが。」


「俺たちは老いた。」


「強くない。」


杖を握る手は震えていた。


「お前は違う。」


「父親の話じゃない。」


「ラーズ。」


真っ直ぐ俺を見る。


「お前自身が。」


「知るべきことがある。」


世界の言葉。


紫の星。


魔王。


銀色の葉。


全部。


この村だけでは答えが出ない。


「リスなら。」


オルムが言う。


「お前を助けられる。」


その話を。


ウラへ伝えた。


彼女は黙って聞いていた。


「王都。」


小さく呟く。


「遠い?」


「分からない。」


「ラーズ。」


少し笑う。


「勉強するんでしょ。」


「たぶん。」


「じゃあ。」


少し間。


「私も行く。」


「え?」


「置いていかない。」


即答だった。


アイラも小さく手を挙げる。


「わたしも。」


「でも。」


「怖い。」


涙ぐむ。


「でも。」


俺の服を握る。


「一緒。」


その一言だけで。


胸が熱くなった。


昼。


村へ一人の旅商人が現れた。


荷車。


傷だらけ。


「生き残りか。」


ガドが迎える。


男は疲れた顔で頷く。


「南から来た。」


話を聞く。


北だけじゃない。


西も。


東も。


魔物が暴れている。


街道は危険。


王都への道も安全じゃない。


「今は。」


男が首を振る。


「子どもが歩く道じゃない。」


その言葉で。


すぐ出発する考えは消えた。


まだ早い。


準備が必要だ。


夕方。


荷車の男が一つだけ面白い話をした。


「北の山。」


「銀色の光を見た。」


また銀色。


俺は無意識に掌を見る。


男は続ける。


「昔。」


「世界樹の伝説を聞いた。」


世界樹。


その言葉で。


胸が大きく脈打つ。


「どんな話?」


男は笑う。


「昔話だ。」


「災厄の時。」


「銀の樹が。」


「誰かを選ぶ。」


それ以上は知らなかった。


でも。


十分だった。


夜。


俺は一人で大樹へ向かった。


焦げた幹。


それでも立っている。


「来た。」


今度は。


確かに聞こえた気がした。


根元。


あの小さな精霊がいた。


今日は逃げない。


ゆっくり近づく。


しゃがむ。


「君。」


小さな精霊は胸へ手を当てた。


俺も真似をする。


すると。


彼は嬉しそうに笑った。


初めて。


はっきり笑った。


「名前。」


聞いてみる。


精霊は口を開く。


少しだけ。


ぎこちない。


「……コ。」


「コ?」


「……ロ。」


「コロ?」


精霊は何度も頷く。


「コロ。」


ようやく。


名前を知った。


コロは地面を指差した。


根の間。


銀色の光。


そこへ手を置く。


掌が温かい。


銀色の魔力が静かに流れる。


今度は。


映像じゃない。


言葉だけ。


『急ぐな。』


短い。


でも。


どこか父さんに似た響きだった。


『根を張れ。』


『時が来れば。』


『道は開く。』


光が消える。


コロは葉っぱを一枚差し出した。


受け取る。


今度の葉は消えなかった。


手の中へ残る。


「ありがとう。」


そう言うと。


コロは嬉しそうにくるりと一回転した。


帰り道。


月が高い。


焼け跡の村を見る。


ここが俺の最初の家だ。


ここで泣いた。


笑った。


父さんと母さんがいた。


「いつか。」


小さく呟く。


「帰ってくる。」


村を捨てるんじゃない。


守るために離れる。


その日まで。


もっと強くなる。


もっと知る。


もっと生きる。


そう決めた。


その頃。


王都。


学院。


通信室の扉が勢いよく開く。


「先生!」


リスが息を切らして飛び込む。


職員が立ち上がる。


「返事だ。」


机の上。


煤で汚れた紙。


北から届いた。


震える手で開く。


そこに書かれていたのは。


『北部村落壊滅。』


『生存者あり。』


『ラーズ、生存確認。』


その一文を見た瞬間。


リスはその場へ崩れ落ちた。


涙が止まらない。


「生きてる。」


笑う。


泣く。


何度も繰り返す。


でも。


紙の最後の一行を見た時。


その笑顔は消えた。


『ガレス村長夫妻、戦死。』


夜の学院。


誰にも聞こえないほど小さな声で。


リスは呟いた。


「迎えに行く。」


その誓いは。


灰になった村で立てたラーズの誓いと。


同じ夜空の下で。


静かに重なっていた。

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