↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/31

第十九話 届かない空

「返事が来ない時間ほど、人は色々なことを考えてしまう。」


教師だった頃、保護者へ電話を掛けることがあった。


「お子さんのことで少しお話がありまして。」


相手が出るまでの数秒。


妙に長く感じる。


出なかった日は、もっと長かった。


「忙しいだけか。」


「気づいてないだけか。」


「何かあったのか。」


返事がない時間は、人の想像を勝手に膨らませる。


そして、その想像は大抵、一番悪い方へ転がっていく。


今なら、その気持ちが痛いほど分かった。


朝。


伝書鳥はもう見えなかった。


昨日飛び立った空を見上げても、小さな影一つ見つからない。


「届くかな。」


アイラが呟く。


「届く。」


そう答えた。


根拠なんてない。


でも、その言葉だけは嘘にしたくなかった。


村では、新しい一日が始まっていた。


「井戸を使えるようにするぞ。」


「木材を集めろ。」


「怪我人はこっちだ。」


昨日まで父さんが出していた指示を、今日は何人かの大人が分担している。


誰も父さんにはなれない。


でも、止まることもできなかった。


俺は倒れた木材を運んでいた。


「ラーズ。」


ガドが笑う。


「重いだろ。」


「大丈夫。」


実際は重かった。


五歳の身体だ。


前世の知識があっても筋肉は増えない。


それでも運ぶ。


運び続ける。


その姿を見ていた子どもたちも、小さな枝を拾い始めた。


「これでいい?」


「うん。」


その瞬間だけ、少しだけ教室を思い出した。


誰か一人が動くと、周りも動く。


前世と変わらない。


昼頃。


オルム爺さんが俺を呼んだ。


「ラーズ。」


「少し手伝ってくれ。」


広場へ行く。


食料を数える作業だった。


袋。


乾燥肉。


麦。


水。


俺は自然と並べ始める。


「こっちは三袋。」


「それは半分。」


「怪我人の分を分けよう。」


ガドが少し驚く。


「計算早いな。」


「あ。」


しまった。


前世の癖だった。


慌てて笑う。


「なんとなく。」


ごまかした。


でも、オルムは何も言わなかった。


ただ、少しだけ優しく頷いた。


午後。


子どもたちは疲れて眠ってしまった。


アイラは母さんの毛布を抱いている。


ウラは眠っているふりをしていた。


目元が赤い。


「眠れない?」


小さく聞く。


彼女は頷く。


「夢。」


「どんな?」


「紫。」


それだけだった。


十分だった。


俺も同じ夢を見ていた。


紫の星。


笑う魔王。


割れた空。


その日の夕方。


村外れで異変が起きた。


「誰かいる!」


見張りが叫ぶ。


全員が武器を取る。


俺も思わず立ち上がる。


森の向こう。


人影。


ゆっくり歩いてくる。


「魔物か?」


違う。


人だった。


ボロボロの男。


服は裂け、腕には傷。


隣村の猟師だった。


「助けてくれ。」


倒れ込む。


「向こうも。」


息を切らす。


「全部やられた。」


村人たちの顔色が変わる。


「隣村も?」


男は震えながら頷く。


「紫の星が出た後。」


「同じだった。」


つまり。


終わったのは俺たちだけじゃない。


あの日。


世界中で何かが起きた。


その事実が、静かに広場へ広がっていった。


夜。


焚き火の周り。


隣村の男が話し始める。


「空の声が聞こえた。」


「みんな動けなくなった。」


「それから。」


少し震える。


「黒い霧。」


「魔物。」


「笑い声。」


全部同じだった。


でも、一つだけ違う話があった。


「北で。」


男が空を見る。


「山が光った。」


「山?」


「一瞬だけ銀色に。」


銀色。


俺は無意識に掌を見る。


胸がざわつく。


あの樹。


何か関係がある。


その頃。


王都。


夜。


学院の廊下を、リスは走っていた。


「先生!」


扉を叩く。


魔術理論担当の教師が出てくる。


「どうした。」


「北部の村へ連絡を。」


「急に?」


「お願いです!」


その必死な声に、教師も表情を変えた。


「何があった。」


リスは答えられない。


説明できない。


ただ。


胸が苦しい。


「あの子が。」


小さく呟く。


「助けを待ってる気がする。」


教師は静かに頷いた。


「通信室へ行こう。」


二人は夜の学院を駆ける。


通信室。


魔導水晶が並ぶ部屋。


職員が操作する。


「北部通信。」


光が走る。


しばらく待つ。


返事はない。


もう一度。


返事はない。


三度目。


沈黙。


職員がゆっくり首を振る。


「反応なし。」


リスの顔から血の気が引いた。


「そんな。」


拳を握る。


「ラーズ。」


名前を呼ぶ。


その声だけが、小さく部屋へ落ちた。


同じ夜。


村外れ。


あの大樹。


月明かりが焦げた幹を照らしていた。


その根元。


小さな精霊が立っている。


今日は一人じゃない。


もう一つ。


小さな光が現れる。


二体の精霊は空を見上げた。


銀色の葉が一枚落ちる。


そして。


初めて。


言葉らしい音が漏れた。


「……ラ。」


「……ス。」


名前。


まだ不完全な発音。


でも。


確かに。


彼らは。


ラーズの名を呼び始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。