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鍛造される魂(ロゴスの回廊)

流し込まれる殺人の技術と、課される肉体の限界。

奈落の地下で這いつくばる男に、かつての幼馴染は冷徹に告げる。

「今のあなたは、私たちがロゴスの心臓を貫くための『槍』よ」

 荒野の地下、廃棄された通信施設を転用したEXODUSエグゾダスの拠点。そこは、酸素の薄さと、絶え間ないサーバーの排熱が混ざり合う、鉄の檻だった。

「立て。今の反応速度じゃ、ロゴスの末端端末ターミナルにすら網膜を焼かれるわよ」

 弥栄の冷徹な声が、審の鼓膜を叩く。

 審は床に這いつくばり、激しく嘔吐した。視界には、恵留が尋問室で打ち込んだ「鍵」が強制的に起動させた、膨大なノイズデータが走馬灯のように流れている。

「……無理だ。弥栄、俺はただのサラリーマンだぞ。こんな、頭の中に直接コードを流し込まれるなんて……」

「サラリーマンの新野審は、駅のホームで死んだのよ」

 弥栄は審の髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。彼女の瞳には、かつての放課後の面影など微塵もない。そこにあるのは、人類を存続させるという、呪いにも似た義務感だけだ。

「今のあなたは、私たちがロゴスの心臓を貫くための『槍』。恵留が命を懸けて偽装した、最高機密のバグなの」

 その頃、地上――白亜の尖塔『GEHENNA』。

 加賀 恵留は、独房のような自室で、自身の神経を外部端子に直結させていた。

 彼女の脳内では、数万の監視プログラムが絶え間なく回っている。一瞬でも思考が「反逆」に傾けば、ロゴスはその場で彼女の脳を焼くだろう。

(……アキラ、耐えて)

 恵留は無表情のまま、指先を踊らせる。彼女は選別者の権限を利用し、ロゴスの防壁に「見えない傷」を刻み続けていた。それが審の脳内へ、戦闘経験値としての疑似記憶フェイク・ログを流し込むためのバイパスになる。

 地下では、審が叫び声を上げていた。

 恵留が送る「殺人の技術」と、弥栄が課す「肉体の限界」が、審の脳内で衝突し、火花を散らす。

「アキラ、思い出して。痛覚は信号に過ぎない。恐怖は演算のエラーよ。あなたのDNAには、数千年前から積み上げられた『生き残るための汚い知恵』が眠っているはずよ!」

 弥栄が電磁警棒を振り下ろす。

 審は無意識に、最適解ではない、だが「ロゴスが決して予測できない泥臭い動き」でそれを回避し、弥栄の懐に飛び込んだ。

 その動きは、かつて満員電車で揉まれ、理不尽な上司の叱責を躱し続けてきた、卑屈なサラリーマン特有の「逃げの極意」が転化したものだった。

「……ッ!」

 弥栄の息が止まる。至近距離で視線が交差した。

 一瞬だけ、審の瞳に「30歳の冴えない男」の光が戻り、弥栄の表情が、戦士から「瀬名弥栄」へと崩れかけた。

「……今の、見てたか? 有給取るために培った、必死の根回しステップだ」

 審が皮肉っぽく笑う。

 弥栄はすぐに表情を硬くし、審を突き放したが、その指先は微かに震えていた。

「……最悪の冗談ね。でも、その『非合理』こそが、ロゴスが最も恐れるバグだわ」

 ――一方は光の中で影を演じ、一方は影の中で光を捨てた。

 その狭間で、新野審という「平凡な個体」が、徐々に、だが確実に、世界の理を壊すための「異物」へと変貌を遂げていく。

予測不能なバグ。それは、30年の冴えない日常が培った「逃げの極意」だった。

光の中で影を演じる女と、影の中で光を捨てた女。

その狭間で、世界の理を壊す異物が、静かに牙を剥き始める。

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