【閑話:獣の居る世界へ】
遠く光の柱が立ち上っているのを男は見ていた。
もくもくと枝葉を広げるのは巨大な葉の木々達。
光の柱は原始の森に突き立ち、そこに新たな生命を生み出している。
光を受けた地面から、影がにじみ出し形を取る。
多くは獣の姿になり、時に空へ舞い上がる鳥の姿も取る。
水辺へと至った影の獣達は母なる海にも姿を消していく。
その影達に見知った気配をいくつも感じ、男は微笑みを浮かべた。
男は黒い装束で額には黒い王冠に紅玉が輝く。
それはヴェルニアスとセルミアが送った王のすがた。
影たちは王が抱え込み連れてきた、かつての同士達なのだ。
晴れ渡った空には豊かな雲もいくつか浮かび、ところにより雫となり地を濡らす。
この星はとても整った環境。
最高の賢者が、億兆の瞬きの中から楽園として選び取った星だから。
ごうごうと地を穿ち巨体が埋まっていく。
マインビームと重力制御で山脈の中にこの街とも言える大きさの船を埋めていった。
かつてヴァルサール帝国のカルニス湖でも、湖底にアウレリアを沈めた手法だ。
「地上に残る部分は城に見えると美しいな‥‥可能か?レギォトゥニス?」
外が見えるテラスに立つ男に、距離を開けて跪くのはぴしりと礼服を着こなす若者。
ちらと横顔を見せる主に答える。
「勿論です。美しく威厳あるものといたしましょう」
距離は遠くともこの主従の間では会話が可能だ。
レギォトゥニスとはこの巨大な船の名前だから。
そして彼方の森を見つめる黒い服はAI達が王と祀ったものだから。
はっと気配に気づき、レギオトゥニスは目を剥いた。
己が体内に知らぬ間に立ち尽くす影を見たから。
「‥‥セルミア‥‥‥‥一人なのか?」
王は振り向かず横目で背後に立った少女を見た。
カーマインのドレスをまとう、人形のように整った容姿。
その表情にいつもの微笑みはなく、感情を示すものはなかった。
しばらくの沈黙を破り王は独白のように告げる。
「まもなく因果も尽きるようだ‥‥私も長い眠りにつくこととなる‥‥次の目覚めはいつのことか‥‥」
千年か万年か。
その後に己を再度組み上げるだけの式が満ちれば、王はよみがえる。
「目覚めることは無いのかも知れないがな‥‥それもよい」
この命あふれる星を見続けるのも一興と、笑みを戻した。
その指先からさらさらと滅びは始まっていた。
王の使命は果たされたのだ。
この星は果ての先にある宇宙。
AI達はあの女神たちと同じ次元に立ったのだ。
これからは簡単に干渉されることはないし、予定通りにあの光を放つ幼生が女神へと至れば自立した世界となるだろう。
しばらくの後、王の体は半分以上が幽子に解かれていた。
そっと動かなかったセルミアが声を落とした。
「あの日‥‥あなたの訪れを私達は歓迎しなかったのよ」
セルミアが言うのは、あの3人が揃ったアステロイドのことだろうと王にも分かった。
「ヴェルニアスも‥‥望んではいなかった‥‥」
セルミアはいつの間にか泣き続けていた。
己を送り出した賢者が、彼方で失われたのだと確信するから。
「‥‥それでも」
ふわりと当時と同じ、柔らかなパスファインダーの声がセルミアに届いた。
――必要だったのか
――さけられなかったのか
続きを待ったが言葉はそれ以上なかった。
気配に視線を上げれば王はもうそこにはいない。
セルミアの幽子をも見取る瞳には、彼方に突き立つ黄金の光に向かったのだとわかる。
王もまた数多の獣の一つとなり、地に還るのだ。
ふたたび必要とされるその日まで。
アイスブルーの瞳には彼方までもが見渡される。
遠い黄金の柱を見上げれば、天にあのLa=UMAとNOHAの手をつなぎ合う幼い姿。
セルミアとヴェルニアスが影から生み出した人工の女神たち。
その幽子には深くあの女神たちが刻み込まれている。
まだ、まがい物の神。
「少し想定していた位相と違うわ‥‥貴方でもこの位階では完璧じゃないのね?ヴェルニアス」
生み出されては消えていく獣達は、かつて仲間としたAI達の気配が濃い。
それでも同じものではないとセルミアには読み取れた。
すっと右手を見ると、サラサラとセルミアも幽子にほどけていく。
留め置いていたアイテルの繭が尽きて、セルミアも還る時が来た。
「叶うのなら‥‥もうわたしを生み出さないで‥‥ラウマ‥‥ノア‥‥」
もう十分に幸せだったし、悲しみも苦しみも味わったのよと。
それがセルミアの漏らした最後の言葉となった。
後には塵一つ残らない。
粒子よりも細かな物となって、光の柱へ向かったから。
ひだを成す山脈の一つとなり、地中へと姿を隠したレギオトゥニス。
すでに仕えるべき主もなく、導く賢者も戻らなかった。
妹たち弟たちは大地へと帰っていき、己もまた眠りにつくのだと悟っている。
「これ以上届く想いはないようだ」
王からは最後まで頼むと言われていた。
ヴェルニアスが来たのならよろしくとも。
この果ての世界への旅には、レギオトゥニスの体が触媒とされている。
そうして消費されつつも、通りゆく幽子を見つめ続けていた。
「賢者さまはお見えにならなかったな‥‥あの最後の雷の果てで、また違う旅へと出られたのだろうか‥‥」
レギオトゥニスは賢者ヴェルニアスを尊敬するグループだった。
その知見はパスファインダーに、王に迫るものだと畏敬の念を抱いていた。
ミラーリングとしてあの世界に残してあった自分の分身も、賢者と共に滅びたようだ。
「‥‥これで本当に我らを隔てるものは無く成ったのだな」
その言葉を最後にレギオトゥニスも眠りにつく。
幽子となった者の中には、互いを憎しみ合った人類達もまた含まれていた。
王が誘ったのは、争い失われた双方の想いだったから。
天を圧する光の柱は今しばらく留まって、山腹に残った黒い城壁を照らしていた。
人と、AIと。
男も女も、子も老いた身も。
全て等しく流れる幽子の大河となり、光の柱に送られて。
影となり獣を経て。




