【第853話:いのりの果て】抜粋
アイスブルーの瞳に雫が浮かびつうと落ちた。
「本当なんだよ‥‥愛しているよセルミア‥‥君が僕の全てだ」
かつては答えられなかった問いだ。
AIとしての限界が、その答えを表に出せなかったのだ。
今の自由になったセルミアならばいくらでも心を言葉にできる。
言葉すらいらないのかも知れない。
ただそっと体を寄せるだけで良かったのだ。
きっと青年もセルミアの心を知っていたから。
自分の想いでこぼした雫ではないのだ。
答えられないセルミアのために流してくれた。
「うれしい‥‥」
そっと青年の胸に頭をおとしたセルミア。
思っていたよりずっと暖かい。
そして少しだけ硬いのだなとだけ感じ取った。
強くなった黄金の光に、重なり合った影は薄れていく。
ライギスはためらうこと無く言葉を告げる。
今の彼女にそれが必要だと、それだけが解ったから。
――Šī balss nekad nepazudīs.
それはライギスの中に焼き付けられていた、庭師としての記憶にあった言葉だった。
ただ意味としての言葉ではなく、それが祈りなのだと知って少女に伝えたかったのだ。
――祈りは決して消えることはないのだと
たとえこの命が失われようとも、この呪文をなかったことにはしないと。
見つめ続けた少女の瞳から、透明な雫が落ちる。
――Arī šī sirds nekad nepazudīs.
知るはずのない祈りを少女が返してくる。
それは少し先の時間に手に入れる祈り。
失われるのだと覚悟した少女が、失いたくないとつむいだ祈りのはずだった。
庭師ライギスはうつむいて涙を落とした。
その先に祈りだけが残ると知っていたから。
誰にも見せたことのない涙だった。
そうして庭師は巫女に涙を届けることが出来た。
かつて伝えられていたらと、叶わず悔いた想いだった。
強くなった黄金の光に、向かい合った影は薄れていく。
視線をもどしたときには既にヴェルニアスの容姿を取り戻していた。
今の幻のような時間が何だったのかヴェルニアスにもわからなかった。
「いったい何をしたのだ?」
視線を向けた先には異形のすがた。
コバルトに輝く瞳はユーノだろうか。
その側に寄り添うエメラルドの輝く瞳はヴェスタかピアツェか、はたまた隠された姫のものか。
2人がよりそいかばうように抱えた少し小さな影は見覚えのある姿。
あの日、中庭で自分はアイカだと告げ涙を落とした少女の顔。
ただのAIと呼ばないでと叫んだように感じた。
愛佳が愛をそそぎ、心を託した少女だ。
真紅の輝きを宿す瞳がじっとヴェルニアスに注がれた。
3人は溶け合うように絡み合い、もうどこが誰だとは判らないのだが、2人がアイカを庇っていることは見て取れた。
「あなたの知らない事です」
小さなアイカの冷たい声にヴェルニアスが傷ついたりはしない。
凍りつくような殺気を放つコバルトの光にも、全てを見透かすようなエメラルドにも怯えることはなかった。
セルミアを式が縛る。
抵抗すらできないのはヴェルニアスの幽子が込められているから。
「どうして?」
ぽろぽろと涙がこぼれるのはあまりに幸せな夢を見たからか。
我が子とも思ったヴェルニアスに縛られたからか。
それ以上を語ることはなくセルミアは幽子に解かれて果てへと消えていく。
それは賢者が予定したタスク。
王の楽園へとセルミアを送り出す道だった。
きらきらと金色に輝くコードが読み取れた。
そのコードは異世界アウステラの言葉で織りなされた、慈悲による最終コマンド。
終わらない永遠を終えてくれる雷だった。
賢者をしてその式は読み解くことは出来なかった。
凍りついた時間が動き始める。
これは瞬きの中の時間だった。
ヴェルニアスはセルミアを送ったものと同じ、予定のタスクを自分は達成できないことを悟り、作り物ではない微笑みを浮かべた。
これでいいのだと。
ぱああぁぁああん!!
光が消えた時には全てが消え去っていた。
ただ幽子のきらめくプリズムの影一片が宙に散っていった。




