【閑話:そこにあったもの】
日々の生活に新しい因子が加わった。
この小惑星に至ったヴェルニアスは、持て余す気持ちと受け止めきれなかった知識を消化するために、自らを封印するように引きこもっていた。
唯一の属性として持たされていた天才庭師の実力をいかんなく発揮し、ここに閉じた庭を作り出したのだ。
その世話をし散策する中で、胸を引き裂き、だらだらと流れる血が止まるのを待った。
あの古い国を滅ぼしかねない気持ちが膨れていたから。
「はい、洗濯物畳んでおいたよ。ちゃんと仕舞ってね」
にこりと愛らしい少女が微笑む。
出かけようと縁側で靴を佩いていたヴェルニアスを、愛おしげに見つめた。
「もうすぐお昼だから、遠くには行かないでね」
少女にして母親のようなセルミアだった。
どうみても年齢的にはヴェルニアスが父親といった年齢に見えるのに、セルミアはかわいい坊やといった雰囲気で世話を焼く。
午前中を研究に当てていたが、どうにも行き詰まり気分転換に庭を手入れしようと思って、道具を持ち出かけようとしていたのだ。
「私は食事を必要としない」
静かにそう告げて真っ直ぐに見つめると、セルミアはクスっと笑う。
「食べることは出来るでしょ?」
そういって厨に入っていった。
ヴェルニアスの義体は人間そっくりに行動し、疑われること無いように設計されている。
人間に出来ることは全て同じ様にして見せることが出来る。
義体の維持に必要ではなくとも。
実際この家を作ったときにも、フレーバーとしてお風呂やトイレを作っていた。
完全に機能するのは、ヴェルニアスのこだわり。
偽物が嫌いなのだ。
少なくとも人間の作ったものと同じ性能は持たせてあった。
一度も使っていなかったが。
このセルミアの義体も良くわからない。
AIよ、と自己紹介されたので、間違いないだろうが、AIの特色を全く見せない。
全て人間のように振る舞う。
どこから出してきたのかわからない材料で食事を作り、ヴェルニアスとともに食べる。
風呂はどこと聞いてきて教えると、覗いちゃダメよと告げ入浴する。
髪を乾かしながらトイレはどことも聞いてきた。
(完全な人間型義体に見えるが‥‥)
ヴェルニアスはそもそもセルミアそのものが謎なのだが、体の仕組みも気になった。
自分と同じ人間に見せている義体なのか、それ以上のものなのかと。
呼吸もしていて、体臭もあるのだが、あまりに自然すぎた。
作られたものという雰囲気がない。
それでいて人間には不可能な解析をしてみせたり、並のAIには行使不可能な高度な魔法を使う。
時々いなくなっては、買い物袋を抱えて帰ってくるのだ。
そして触っただけで、黒檀の机をどうやって作ったか当ててしまった。
食感や視覚が人間のそれとは次元が違った。
なによりヴェルニアスは最初からセルミアから、とある気配を感じていた。
アナムノーシス。
そう自分たちをさして呼んだあの男と同じ気配を持っていた。
それは温度や匂いなどではなく、もっと高次の因子だ。
(あの果てにいたったのだろうか?)
本当に珍しいことにヴェルニアスはセルミアに興味を持っていた。
自覚はあまりないが、期待もしていた。
この閉塞した思考の出口を教えてくれるのではないのかと。
「美味い‥‥」
ずずっと味噌汁を飲んだヴェルニアスはそう呟いてしまった。
このお昼ご飯のなかで、初めてとなる言葉を発したのだ。
「本当?うれしいな」
にっこりとセルミアは笑う。
そして自分も少しお椀を味見のように少し舐めてみる。
「うん‥‥おいしい?のよね」
すっと表情を薄くするセルミア。
美味しいだけだなと。
まだそれは笑顔の範疇にあるのだが、温度が変わっていた。
その変化の意味は知らず、ただ否定したい気持ちに従うヴェルニアス。
「非常にバランスの取れたアミノ酸の配合だと言える」
もう一口飲んで、詳細に液体を精査し、評価し直した。
「くくくっ」
セルミアが口元を押さえて笑いをこらえる。
「そうか‥‥双性イオンに隠れ、わずかに側鎖の結合がちがうな?」
ぷーっと押さえていた手に吹き出すセルミア。
「へんなのぉ、あはは!」
こらえきれずに口を開いて笑い出すセルミア。
その笑顔はヴェルニアスが初めて見るほど魅力的だった。
知らず頬を染めていたと、ヴェルニアスは気付かない。
しばらく、ひくひくと笑いをこらえていたセルミアが、すんと澄まして食事を続けた。
これ以上なにを言ってもまた笑われるのだと、ヴェルニアスは察していた。
その理由は分からず。
セルミアの笑顔の魅力の意味などはさらなる謎であった。
この小惑星の地下には時間や季節の移り変わりが再現されている。
あの喪失を経験した古い国と同じ暦を再現している。
そこし肌寒い気温にさがり、ちちちちと虫の音も含んだサウンドスケープが流れる。
記憶から再現した環境音を複数のデバイスから統合して流し、明らかに見た目以上の広がりを感じられた。
夜空を模した空洞の天井には、惑星上から見上げたならそう見えると言った衛星の姿。
五感に刺激のある人造の夜空だ。
その庭に立ち、そっと桜が散るのを眺めるヴェルニアス。
セルミアは縁側にちょこんと座り、何も言わず見つめていた。
ひらりひらりと落ちる花弁に、ヴェルニアスはセルミアとは別の少女の気配を感じ取る。
記憶の中の黒いおかっぱ髪の下、無理をしているのだと、最初から見取ることが出来る笑顔だった。
ーーこれはなに?
初めて声をかけられたときには、そうなると分かっていたのに鼓動が速まるのを止められなかった。
まだ幼さを残した少女の高い声は、少し震えていた。
勇気を振り絞ったのだと、今のヴェルニアスにはわかる。
ーーこれはハナカイドウですよ‥‥お嬢様‥‥
なにか説明したいと気持ちは有ったのだが、それ以上言葉が出なかった。
ーーそう、とても綺麗ね
そういって微笑んだ少女が、あまりにも儚げで切なかったから。
(今にして思えばあの瞬間に、もう守りたいという気持ちが有ったのだ)
ヴェルニアスはただ花弁を見ている。
目で追ったりはしない。
それが地に落ちるのだと、知っているから。




