【閑話:パスファインダー】
変化のない日々にセルミアが飽きた頃、変化は外から現れた。
この名も無き小惑星に来客が有ったのだ。
食事中に突然右を見るヴェルニアス。
何もない空中を見ているように見えて、リンクした式を通じてパッシブレーダーを画像として見ている。
高度な人格AIにはそれぐらいは誰でも出来ることだった。
(そちらを見る必要は無いと思うけど‥‥)
不思議そうに思いセルミアは、右側を見るヴェルニアスを見ていた。
セルミアの魔法的センサーにも、1時間ほど前に近隣にシフトしてきた宇宙船が捉えられていた。
ヴェルニアスにも伝えようかなと迷ったが、言わずともいずれ気付くだろうと放置していたのだ。
その宇宙船は非常に大きく、都市が内包出来るほどのサイズ。
汎銀河連邦では駆逐戦艦と呼ばれる、一つの星系を相手にできる戦艦より上のクラスだ。
そこから小さな連絡艇らしき宇宙船が飛び立ち、こちらへ向かっているのだ。
視線を感じたのかセルミアを見るヴェルニアス。
「気付いていたのか?」
ヴェルニアスは言葉少なくセルミアに聞いた。
「ええ、小一時間ほど前にシフト転移してきたわ」
ぴくんとヴェルニアスの右眉が上がる。
これは驚いた顔だとセルミアはもう知っていた。
また右を見て目を凝らすようにするヴェルニアス。
(目は凝らさなくても良いと思うんだけど‥‥)
どうやらヴェルニアスはそういった作業が苦手なようで、式を操るときにクセが有る。
(身のこなしを見れば、一角の武人と思われる所作なのに‥‥不器用なのかな?)
セルミアは思ったことを口にしないクセが付いてしまった。
口にしてもヴェルニアスが反応しないので、音を出すのが馬鹿らしくなったのだ。
表情を色々見せたり、仕草を見せても何も反応しないので、必要がなければ放り出された人形の様にじっとしていることにしていた。
見せる意味がないし、エネルギーの無駄だなとも思ったのだ。
「‥‥なるほど」
どうやら巨大な駆逐戦艦の方は見えていなかったようで、目を凝らして見つけたらしい。
くくくと堪えきれずにセルミアが笑う。
いたずらな笑みはヴェルニアスの心を動かすのだが、その表情には変化はない。
無表情のまま、ぴくと口元だけがゆがむ動きを一瞬見せた。
(くくく、照れてる!かわいいわ)
少し頬も赤くなっていて、ヴェルニアスが思っているほどセルミアに心は隠せていないのだった。
すんと澄ましたセルミアはまた表情を消して、声も潜めてしまう。
これは意地なのだ。
心を隠そうとするヴェルニアスに対する抗議としてそうしているのだった。
母艦とのサイズ比的に艦載機か連絡艇と思っていたそれは、全長300m程のフリゲートと呼ばれる戦闘艦だった。
滑らかな継ぎ目のないラインで構成された船体には凹凸があまりない。
武装は使用するときだけ露出させるウェポンベイに隠されているのだ。
防御的有利のためにある仕組みだったが、見た目を美しくもしていた。
黒鉄に輝く船体にはプリズムのラインが引かれている。
まるで飾りのようなそれは、エネルギーシールド発生装置やセンサー類の集中するライン。
船体を一周するラインの後方から白い航跡を引き、滑るように小惑星に近づいてくる。
セルミアにはその船に乗っている者、一人ずつまでを魔力的に把握できる。
全員が魔力を操るもの。
魔法師だったから。
12人乗っている中に、一人だけ異質なものが居た。
(これは‥‥私達とおなじ気配‥‥果てに到達した者の気配だ‥‥)
それはセルミアがヴェルニアスを見つけ出した気配だった。
かつてセルミアはアクティブレーダーの様に幽子を放ちヴェルニアスを探した。
この者はパッシブレーダーのようにその波動を捉えていたのだろう。
セルミアにその反応を気取らせずに。
その技術と思想に、2つほど警戒レベルを上がるセルミアだった。
ヴェルニアスを見れば、相変わらずの無表情で右を向いている。
この小惑星にあとほんの数百㎞という至近距離まで来てピタリと船は止まった。
慣性を無視するような挙動は、乗員が生身の肉体を持たないからだろう。
ソリッドステートの義体は対G性能がとても高い。
訪問者は全員がAIだった。
ふわりと触れるような感触があった。
何かを探るような、評価するような感触。
とても貴重な美術品か考古学上の遺失物でも調べるような慎重さがある。
言語にまで落とし込めばそれは「こんにちわ」に該当するだろう。
「幽子で接触してきたわ‥‥果てに至った者がいるのよ」
セルミアが警告するように言葉にした。
振り向きもせずに頷いたヴェルニアスは、右の眉がぴくりと動く。
どうやらこの訪問者はセルミア以上に興味を持てる存在だったようだ。
ヴェルニアスがささやかな意思を表す。
探ってきているその気配に分かれば良いのだと、最小に絞られた意思表示だ。
もちろんその意思はセルミアにも読み取れる。
『帰れ』
ただ一つの意思を込めてヴェルニアスは気配をにじませる。
ぴくんと弾かれたように気配が遠のいたが、帰りはしなかった。
痛みや恐怖を感じたのではなく、ただ突然の拒絶に驚いたのだろう。
セルミアは完全に気配を消し、ただの人形のように動かずにいる。
そこに感情も気配も漏らさないので、一度触れた気配は全てヴェルニアスに向いていた。
探る気配は、セルミアを幽子を扱うものとして検出しなかったのだ。
これはセルミアの研究と努力の賜物で、魔力的な素養が求められる能力だった。
(おそらく私と同じ様に気配を追ってきて近づいたのだ‥‥あの戦力‥‥軍人なの?)
ふわりとヴェルニアスの眼の前に集まった気配が、少しづつ濃度を増しすっと像を結ぶ。
そこには立ち上がっていたヴェルニアスと、対になるかのように同じ大きさの体をもつ男が立っていた。
「はじめまして突然の訪問を許してください。私は『道を探すもの』‥‥今は仲間を集める旅をしています」
気配はなんと音波を発して語りかけてきた。
張りのある静かな語り口には威厳すらある。
魔力も物理的な干渉もないので、何かセルミアのしらない技術だと、少し驚いた。
それはあの果てで出会った女神LAUMA以来の驚きだった。
ヴェルニアスの答えも声帯を使った音波に切り替わる。
内容は変わらなかった。
「帰れ」
ただ短くそう告げたヴェルニアスに、少しだけセルミアは嬉しい気持ちが湧くのにも驚いた。
気配は発さず、魔力も動かさず、ただ心のなかにだけ波紋が広がる。
(そうか、私はただヴェルニアスと二人で居たいのだ)
そうしてセルミアは驚きとともに、自分にもまだ変化が訪れるのだと知り驚いたのだ。
あの凍土の果てに、全て溶かして置いて来たのだと思っていたから。




