第87話 覇王色をまとうガチャ
「おい、この前買ったおめえのところの服。すぐに破れたんだがっ! 不良品かよっ! ほら、ココ見ろ。ココ! ほつれて裂けてちまったぞ! こんな服じゃ恥ずかしくて歩けねえぞ!」
階下に降りていくと、店先ででかい声を出して騒ぐ小太りの男性探索者の姿があった。
尻の部分が裂けたズボンを手に、唾を飛ばして力説している。
「そんなはずは……。普段使いで、うちの商品がこんな状態になるわけが」
「ああっん! オレのせいだって言いたいのかよ!」
「いえ、そのようなことは言ってませんが」
ヴィーも男性冒険者の勢いに押され気味で、店の周りにいた人たちもヒソヒソと話しながら様子を窺っている。
「また、あいつだ……」
ジゼも声が聞こえたようで、奥の部屋から顔を出してきた。
「前も同じようなことがあったのか?」
「うん、前もズボンが破れたって文句言ってきたんだ。それに――ひっ! やっぱあいつもいる!」
怯えた顔を浮かべたジゼが指差す先には、立派な体躯をしたドーベルマンみたいな大型の探索犬が、周囲を威圧するようにうなり声をあげていた。
「でっかいな」
「僕が犬が苦手なのは、あれに追いかけられたからなんだ……。ひっ! こっち見た!」
ジゼは大型の探索犬と視線が合いそうになると、俺の後ろにスッと隠れた。
まぁ、たしかにあんだけデカいやつに追いかけ回されたら、子供のジゼにトラウマを与えるはずだ。
飼い主には忠実そうだが……。周囲に無駄に敵意をむき出しにするのはなぁ。
「面倒ごとになりそうですね……」
「ああ、相手も話を聞いてくれそうな人じゃない感じだしな」
「ヴェルデ様の出番ですかね」
「そうだな。熱くなってる相手をなだめるくらいはした方がいいかもしれない。聞かない場合は実力行使になるだろうが」
ヴィーやラナが探索者を用心棒代わりに置きたがった理由が、今だとよくわかる。
面倒なクレーマーに対し、実効性を伴った苦情処理係が欲しいのだろう。
相手の探索者はそこそこベテランっぽい感じはしてるが、俺が勝てない相手ではなさそうな気はしている。
そんなことを考えていたら、抱っこしていたガチャがモゾモゾと動き出して、腕の中から飛び出していった。
そして、ドーベルマンみたいな大型の探索犬の前に行く。
「ガチャ!? 危ないぞ!」
「ガチャ様、戻ってください!」
振り返ったガチャは『余裕、余裕、お任せください』と言いたげにレバーを回して応える。
「がるうううううっ!」
ガチャの姿を見た大型の探索犬はイラついた様子を見せ、うなり声をあげ、飛びかかろうと姿勢を低くした。
様子を見守っていた野次馬からも悲鳴のような声が上がる。
相手は動物! さすがに探索者ギルドの時みたいなことは起きねえし、絶対にあぶねえ! ガチャを助けないと!
ガチャを助けようと一歩踏み出しかけた時、身体が白く光ったかと思うと、うなり声をあげていた大型の探索犬が、急にガチャに対して腹を見せて地面に転がった。
「くぅーん、くぅーん」
まるでガチャに命乞いをするように震えながら、情けない声を出して従順な態度を示し続ける。
「は?」
「え?」
俺たちを含めた周囲の人があっけにとられる中、ガチャは命乞いをする大型犬の腹の上に乗ると、前足で軽く腹をポンポンと叩く。
ガチャは恭順を示した大型犬の腹の上にちょこんと乗る。
その瞬間、大型犬は死の恐怖を感じたのか、盛大に失禁して地面を濡らしてしまった。
「おい! お前どこの犬だ! オレの飼い犬の上に乗るんじゃねぇ! 馬鹿犬! お前も往来で漏らすじゃねえ!」
様子に気づいた探索者の男が、飼い犬の上に乗っていたガチャを排除しようと掴みかかろうとする。
すると、大型の探索犬は急いで立ち上がり、飼い主のズボンを噛み、この場を離れるように引きずった。
「おい! やめろ! 馬鹿犬! いつもお前が飯の催促するたび、そうやって引っ張るからズボンが――あっ!?」
飼い犬が噛んでいたズボンの尻の部分が、手に持っているズボンと同じように見事に裂けた。
その様子を見ていたヴィーや周囲の人たちから男に対して『それは破れるな』といった視線が降り注いだ。
「お客様、さすがに飼い犬に噛まれて破れたズボンを取り換えることは――」
ヴィーに破れた原因を指摘された男は顔を真っ赤にして周囲を見渡す。
野次馬たちもヴィーの主張が正しいとばかりに、男へ厳しい視線を投げかけていた。
面子を傷つけられた男はカッとなりかけ、不穏な気配を漂わせたので、トラブルに発展しないよう俺は男の前に進み出た。
「どうしても取り換えてほしいというなら、俺から衛兵に事情を説明しようか? それとも探索者ギルドの方がいいか?」
「くっ!」
「どっちがいい? どっちでもいいぞ」
「くっ! べ、別に取り換えろなんて言ってねえぞ! おい、これ、買っていくから精算してくれ!」
男は手近にあったズボンを手にすると、ヴィーに代金を投げ渡す。
「毎度あり! 今後ともご贔屓に!」
「くっ! 二度と来るか! クソが! 行くぞ! 馬鹿犬!」
「キャイン、キャイン!」
お釣りを受け取った男は、大型の探索犬を連れ、逃げるように店から去っていった。
走り去る二人の姿はまさに負け犬だった。
「ヴェルデさん、ガチャってすごいんだね……。あのデカいやつを何もせずに屈服させてた」
「ま、まぁな。うちのガチャは特別に訓練された探索犬だから。あれくらい余裕ってことだ。一緒にダンジョンに潜る相棒だしな」
「すごい! すごいねガチャ!」
「ああ、賢いし、可愛いし、勇敢なやつだぞ」
「ガチャみたいな子なら、僕も怖くないかも」
「逗留してる間に、怖さを克服して、ガチャと仲良くなれたらいいな」
「うん、頑張ってみるね」
ジゼはトラウマを植え付けた元凶を撃退してくれたガチャに対して、いい感情を抱いてくれたみたいだ。
まだ怖いので自分からは近寄れないみたいだが、ガチャのことは興味津々らしく、野次馬で集まっていた人たちにおやつをねだる俺の相棒に熱視線を送っていた。
「ふー、助かったぜー! 早速仕事をしてくれたな。ヴェルデ」
「それほどでもないですよ。大半はガチャがしてくれたわけだし」
「そうね。ガチャちゃんのおかげでもあるわね。晩御飯は奮発しないとね」
野次馬の人たちにおやつをねだっていたガチャをラナが抱きかかえて戻ってきた。
そのガチャの顔には『今日の晩御飯楽しみ』だと言いそうな表情で嬉しそうにレバーを回していた。
「ガチャ様。でしたら、先ほど皆様に頂いたおやつは没収ですからね。今日は食べすぎの度を超してます」
「そうなの?」
「ええ、今日は食べすぎです」
「残念ねぇ。でも、健康のために食事制限は大事だからねー。アスターシアちゃんの許可は必要かな」
ラナとアスターシアのやり取りを聞いていたガチャが、俺の方を見て『頑張ったのに酷いです!』と訴えかけてくる。
すまんな……。確かにアスターシアの言う通り、今日は食べすぎだ。
お野菜デーを増やされないよう今日は我慢だな。
俺も一緒に我慢するからさ……。健康第一、おいしいご飯を食べ続けられるようにしようぜ。
俺の視線から状況を察したガチャが、ラナの腕の中にクタリと倒れ込んでしまった。
その後、俺たちはヴィーたちの店の手伝いをして過ごし、夕食を食べると明日からのことを考えて早めに部屋に戻って就寝することにした。
ただ、夕食中ガチャだけが終始床に寝転がっていじけている様子だった。
なので、アスターシアが給仕の手伝いをしている隙を見計らって、少しだけ肉増しにしたことは、俺とガチャとその様子を見ていたジゼだけの秘密にしておいた。
やってはいけないと思いつつも、俺はどうしてもガチャに甘いらしい。








