第86話 軍人志望
「ここがヴェルデさんたちの部屋だよ。ベッドとか家具は自由に使って」
ジゼに案内されてきた部屋は、店舗の奥にある母屋の二階の一室だった。
掃除は行き届いているようで、カビ臭さやホコリはなく、すぐにでも寝泊りはできそうな部屋だ。
「本当にいいのか?」
「パパとママが良いって言ったから……」
ジゼの視線は、俺が抱えているガチャにチラチラと向けられている。
最初こそ、ビクビクしている様子だったが、俺がしっかりと抱えていることに安堵しているようで、表情に硬さはなくなっていた。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらう。ただ、ガチャはこの部屋の中では自由に放しておくから、ジゼが入る時は必ずノックして声をかけてくれるか?」
ジゼは勢いよく頷き返してくれた。
俺の腕に抱きかかえられているガチャもジゼと同じように頷いている。
「頷いてる……ガチャって人の言葉分かるの?」
俺の言葉に頷いたガチャを見ていたジゼが驚いた表情を浮かべる。
「ガチャ様は賢いですからね。ちゃんと人の言葉は聞きますよ。なので、ジゼさんの嫌がることは致しません」
「へぇ……。賢いんだ」
「ただ、ご飯中は話を聞いてくれませんけどね」
たしかにアスターシアの言う通りだな。
ガチャはご飯中は夢中で食べてて、わりと人の話を聞いてないことが多い。
でも、それが可愛いんだよ。ガチャは!
「食いしん坊なんだ」
少し笑みを浮かべたジゼに対し、腕の中のガチャは『自分はそんな食い意地が張った獣ではありません!』と抗議したげにレバーをクルクルと回していた。
そうだな。食い意地の張った獣じゃない。ガチャは食い意地は張っているけど可愛い生物だぞ。
抱きかかえているガチャの頭をなだめるようにポンポンと撫でてやる。
「そういえば、ヴェルデさんたちはどれくらいここにいるつもりなの?」
「特に決めてないが。しばらく仕事をするつもりだ」
「だったら、二〇年に一度行われる魔導艦隊の観艦式の日までいるといいよ。パパから聞いたけど、すごいかっこいいらしいんだ」
ジゼが窓の向こうの山に見える空飛ぶ軍艦を指差していた。
「観艦式?」
「うん、その観艦式の時だけが唯一動く魔導艦隊を見られるんだって。僕は将来、魔導戦艦の操舵手になるんだ」
「操舵手になるってことは、ジゼはヴィーの店を継がずに軍人になるのか? あれって軍の船だろ?」
「パパも僕が軍の選抜試験に受かったら許すって言ってくれてるんだ」
「そうなのか……。でも、あれは兵器だが、怖くないのか?」
「怖くなんてないよ。魔導艦隊はリ・エオー半島同盟国の守り神だしね。その操舵手になれるんなら、僕は何でも頑張るんだ! それに百年近くいくさもないし、大丈夫だよ」
俺の居た世界も何十年も平和な世界が続いてて、戦争って遠い外国の話だったけど……。
でも、戦争は実際に起きていた。自分の周り以外で。
だから、起きないなんてことはないんだよなぁ……。
俺の個人的な思いだと、ジゼには軍人にならずヴィーの店を継いで衣料品店をやってほしいが、他人の俺が口を挟める問題でもないよな。
「ジゼ、聞き流してくれてもいいが……。よくよく考えてから軍人を目指した方がいいぞ。軍人は国のために命を投げうたないいけない場合もある仕事だからな」
「それって、ヴェルデはもともと探索者志望ではなく軍人志望だったってこと? パパが貴族っぽい人だって言ってたし」
「そういうわけでもないが、軍人になれば国の命令は絶対になる。そのことは忘れないでほしいって話さ。とりあえず、覚えててくれればいい」
ジゼはまっすぐな目で俺を見て頷いた。
「大丈夫、僕は覚悟を決めてるし、さっきも言ったけど百年近くいくさはないんだよ」
「まぁ、そうだな。うん、そうだな」
まだ、意味は理解できないだろうけども、大きくなった時にちゃんと考えてくれればいいなと思っておくことにする。
「さて! ヴェルデ様、とりあえず荷ほどきをしたいと思うのですがお手伝いして頂けますか? ジゼさんも案内ありがとう。片付けが終わったらお店のお手伝いもしますので、お父様とお母様にお伝えください」
微妙な空気を察したアスターシアが、手をパンパンと叩くと、背負っている荷物袋を床に置き、中身を広げ始めていた。
「は、はい! じゃあ、好きに使ってね」
ジゼはドアを閉めると、階下に降りて行った。
「ヴェルデ様は、軍人はお嫌いですか?」
俺は抱きかかえていたガチャを床に下ろしながら、アスターシアの問いに答えた。
「好きか嫌いかじゃなくて、ならない方がいい人生を送れるって思うかな。これは俺がそういう世界で育った影響かもしれないけどね」
「そうなのですね。こちらの世界だと軍人はわりと地位の高い職業であり、貴族の子弟が探索者以外に就く職業として人気は高いんです」
「やっぱりそうか」
「でも、あの年頃の男の子が憧れるのはしょうがないと思います。大きくなれば、きちんと判断してくれるはずですよ」
「そうなってほしいものだ」
俺たちがジゼの未来について話していると、地面に降りていたガチャが、お気に入りの敷布を器用に荷物袋から取り出して咥えベットの上に置いて、自分の寝る場所を確保していた。
「ガチャ、そこは俺の寝る場所だが?」
ガチャはフルフルと首を振ると『早い者勝ちです』と言いたげにレバーを回す。
「では、あたしが床で――」
「それはない。アスターシアはそっちのベッドだ。俺が床で寝る」
「いいえ、あたしが――」
「俺が――」
二人で譲り合っていると、ガチャが前足でベッドを軽く叩くと『ガチャの横空いてますけど?』と誘ってくれた。
くぅううう! ガチャ、優しいなぁ! 優しいかよっ! いい子過ぎだろっ!
「ガチャーーーっ! いいのか、俺が隣で寝て! いいのか!」
ガチャの優しさに感動した俺は、ベッドに飛び込むと、顔を近づけてモフモフと思われるお腹に顔を埋めていた。
「ガチャー! 可愛いよ! ガチャ!」
「ガチャ様はご主人様思いなのですね。では、あたしはこちらのベッドを使わせてもらいます。急いで荷物を仕分けしますので、終わったらお手伝いに参りましょうか」
「ああ、そうしよう!」
俺はガチャのモフモフのお腹を堪能しつつ、アスターシアの片づけを手伝い、それを終えるとヴィーたちの店を手伝うために階下に降りて行った。








