第85話 ガチャの縁によって、人に恵まれる
「ガチャ様、お散歩は健康のために大事ですよ。さきほど、皆様から頂いたおやつはあたしがきちんとお預かりしておきます」
散歩に飽きたのか、ガチャが抱っこしてほしそうに俺を見上げてくる。
パンパンのお腹が地面にこすってる気がするぞ。ガチャ、食べすぎじゃないか?
アスターシアの言う通り、運動しないと体調に影響が出ると思うんだ。
だから、もう少し歩こうな……。俺も歩く!
俺は苦渋の決断を下し、ガチャにわずかに首を振って、抱っこに拒否を示した。
抱っこを拒否されショックを受けたガチャが、地面に倒れ込んだ。
「ガチャ様、ダメですよー。そうやってヴェルデ様に甘えるのはー。はい、歩きますよー。ほらほら、ヴィーさんの店でここで着られそうな服を買いますので地面に転がっててはダメですからねー」
地面に転がったままのレバーをギュインギュイン回して、イヤイヤするガチャのリードを、アスターシアがグイグイと引っ張っていた。
「ア、アスターシア? その、少し手加減を……」
「そうやってヴェルデ様が甘やかすので、ガチャ様のお身体がぽっちゃりとされ始めているのはお気づきでしょうか?」
ぐぐぐぅ、正論すぎて言い返せない。
でも、アスターシアだってガチャのことをけっこう甘やかしているのは知ってるぞ。
ガチャにはお野菜増量って言いながらも、いつも通りの量だって俺は知ってるんだ。
「ヴェルデ様、あたしの顔に何か付いておりますか?」
「いや、大丈夫だ。問題ない。問題はないぞ」
すまないガチャ、俺はアスターシアの圧に勝てそうにない。頑張って歩こうな。
イヤイヤしているガチャを地面から立ち上がらせる。
「ガチャ、お散歩で腹ごなしして、晩飯を美味しく食べようぜ! この街はうまいもの多そうだしな」
「ちょ、あっ! ガチャ様! 急に走り出されたら危ないですよ! 晩御飯はまだですからねー!」
晩飯と聞いたガチャが急に歩きに目覚めたらしく、逆にアスターシアを引っ張るように駆けだしていった。
「おーい、ガチャ、アスターシア! 教えてもらってるヴィーの店はそっちじゃないぞー!」
アスターシアを先導するように引っ張ったガチャが、華麗なUターンを決めて俺の方へ戻ってきた。
合流した俺たちは教えてもらっていたヴィーの衣料品店を目指し、街中を歩いていく。
しばらく街中を歩いていくと、派手な看板を掲げた店が見えてくる。
「アレだよな?」
「アレですよね?」
ド派手なピンクの看板に、デカデカと『衣料品ならベント商会へご用命を!』と書かれている店があった。
客はけっこういるようで、繁盛している様子だった。
「おー、ヴェルデ! アスターシア! やっと来たな! ガチャのもいいやつを見繕っておいたぞ! ほら、ほら、どうだ!」
ド派手な蛍光ピンクの服!? さすがにガチャに着せるには派手すぎる気がするんだが……。いや、もしかしたら似合うかも。いや、ガチャなら何でも似合ってしまうか。
ヴィーに駆け寄ったガチャに押し当てられた衣服を見て、アスターシアの顔色がサッと変わった。
「ダメです! 黒い毛のガチャ様は白が似合います。絶対に白です! ピンクはダメです!」
近くに陳列されていた探索犬用の白い服を手にしたアスターシアが、ヴィーの代わりにガチャへ服を押し当てる。
なるほど、白もありか。
ガチャは俺の方を見て『どれが良さげですかね?』と言いたげな顔をしていた。
どっちも似合うぞ! ガチャ!
「いやいや、こっちのピンクだろ」
「白です。絶対に白」
白熱の議論をしている二人の間に褐色の肌をした中年の女性が割って入ってきた。
「いらっしゃいませ。貴方たちが訳アリの方々ね。乗合馬車で知り合ったと、ヴィーから聞いておりますよ。わたしは彼の妻でラナよ。よろしくね。で、えーっと、この子には、これが一番似合うかしらねー」
ラナと名乗った女性が押し当てたのは、青と白のボーダー柄の衣服だった。
ぐぬぬっ! 可愛い! 可愛すぎる! これだ! この服がガチャに合う!
「これは汗をよく吸ってくれるし、汗が乾く時に熱も取ってくれる優れた服だから、この暑さでも涼しいのよ。探索犬にとってここは暑いからねー。特に小柄な子は地面も近いから」
機能性も高い服か……。そうなると、お高いやつか? アスターシアが出してくれるだろうか?
チラリとアスターシアの顔を見ると、彼女の視線はラナと言われた女性の押し当てた服に注がれていた。
あの表情……。アスターシアも気に入っている感じがするぞ……。
「それはないだろー」
「あるわよ。ねぇ、お二人さん」
俺もアスターシアもガチャも同意を示す頷きをラナに返した。
「嘘だろー。ジゼはこっちだろ?」
ヴィーが店の奥から遠目にガチャを見ていたジゼに意見を求めたが、息子も母親が選んだ青と白のボーダー柄を選んでいた。
「オレの選んだやつの方が――。嘘だー」
ヴィーはショックだったようで、膝から崩れ落ちて地面に倒れ込んでしまった。
「決まりみたいね。これは特別価格300ゴルタでいいわよ」
さすがにちょっとお高い! でも、似合う! くぅ、買うしかない!
「アスターシア、あの値段いいか?」
「ラナ様、あたしたちの服も何着か購入するので、もう少しお安くして頂けると助かりますが」
「あらあら、若いのに商売上手な子ね。ご主人様はわりと世間知らずみたいなのね。苦労してる子の頼みなら聞いてあげないと。セットで購入してくれるならいろいろとお買い得にしてあげるわよ。まずは貴方からねー」
ラナに手招きされた俺とアスターシアは、そのまま何着か服を見繕ってもらい、お互いに試着室で着替えてくるようにと言われた。
試着室の中に入ると、クルリ魔導王国で買ったコートや服を脱ぎ、着替えて姿見の前に立つ。
渡されたのは絹のような手触りの素材で編まれた通気性の良い半そでの上着とゆったりサイズのズボン。
それと、麻のような手触りの生地で編まれた甚平のような日本っぽい感じの半そで半ズボンの服だ。
それぞれ、通気性や肌触りがよく、この暑い気候の中で着るにはちょうどよい質感の服。
さすがヴィーが品揃えはいいと自慢してただけのことはあるな。いい服だと思うが、やっぱりこれもお高い気がする。
貴族の子息であるという態だが、あんまりお金を使いすぎるのもまずい。
特にこの町だとGとFしか受けらないしな。節約できるところは節約するのが大事な気がしてきた。
「どう? サイズは合ってるわよね?」
「ちょうどいいと思いますよ」
「じゃあ、お互いに服を確認してみてー。お互いにきっと気に入るわよー」
ラナに促されて、試着室を出ると先に出ていたと思われる白のワンピース姿のアスターシアの格好が目に飛び込んでくる。
ん? なんか肌色が多い……。てか、多すぎる気がするが……。大丈夫か? それ?
いちおう、若い女の子だし、いろんな人から見られるわけで肩が出てるとか、胸元まで見えてしまうのはいかがなものかと思うが――。
「ヴェ、ヴェルデ様! これはラナ様が勧めた服でして、あたしが選んだわけでは――。こっちは外では着ませんよ! 外はちゃんと通気性のよい素材の半そでのメイド服です!」
「そ、そうか。なら、よかった。でも、そっちも似合っていると思う。なぁ、ガチャ」
俺とアスターシアの顔を交互にみたガチャが『どちらもお似合いです』と言いたげにレバーを回して喜んでくれていた。
「ヴェルデ様もお似合いです。ここの気候にも合ってそうな服ですし」
「着心地は問題ないし、問題は代金ってところだな。あんまり高いのは……」
「分かってる。分かってる。訳アリだもんねー。はいはい、探索犬のガチャちゃんの分まで入れて、これくらいで大丈夫よね?」
ラナは、スマホ状の物体を亭主のヴィーに見せていた。
「さすがにそれは……」
「いやいや、訳アリだし、これくらいの値段で出してあげないと。ほら、生活にはお金かかるんだしさ」
なんだか、ヴィーもラナも俺とアスターシアのことを何か勘違いしてるっぽい気がしてる。
俺とアスターシアは秘密を共有する間柄であり、探索者仲間であって、恋人同士ってわけじゃないんだけどなぁ。
まぁ、でも勘違いでも安くしてくれるならいいか。
「とりあえず、これくらいで」
スマホ状の物体に映し出された金額は400ゴルタだった。
やっす! いや、俺の感覚がおかしいのか!? 安いよな?
「買います! ヴェルデ様、これは買いです!」
アスターシアが即決したってことは、物に対してかなり安い金額が提示されたってことだな。
「毎度ありーって言いたいけど。ただ、条件があってねー」
「ですよね。さすがにこれだけ安いのは……」
「うちで下宿しない? 探索者の仕事が暇なときだけ、店の手伝いしてもらえると助かるんだけど。もちろん、お給料も出すし、下宿代は取らないつもりなんだけど」
「なるほどお店のお手伝いですか……。ヴェルデ様、どうします?」
下宿代タダとかわりとありがたい気がするが、でもほとんど探索依頼をこなす日々になると思うが……。
「探索者の仕事を受けることが多いので、お手伝いはやれて週に1日くらいだが?」
「それでもいいぜ。探索者が住み込んでるって知ったら、不埒なやつらも寄ってこなくなるってわけだ。ヴェルデはランクの割にわりと強い探索者だろ。オレは雰囲気で分かるんだ」
「用心棒ということか?」
「そういうこった。前は若手の探索者がけっこういてうちの下宿も埋まってたんだがな。探索者ギルドの規制で若手が減っててな。残ってるベテランは自分のねぐらを持ってるやつらが多い」
用心棒代としての下宿代タダなら、まぁ、悪い取引でもないか。
どっちにしろ寝床は探さなきゃいけなかったわけだし、相手の好意を無下にするのも心苦しいな。
ヴィーもラナも悪い人ではなさそうだし、用心棒として下宿するのもありだな。
「アスターシアさえ問題なければ、俺は大丈夫だが」
「あたしもヴェルデ様さえ問題なければ、よい申し出だと思うのでお受けしたいと思ってました」
「よし! なら決まり! ジゼ、今日から2人が下宿するから部屋に案内してあげて」
「は、はい。でも、犬……」
奥の部屋にいたジゼがガチャの様子を見ておびえた顔をした。
リードは俺が握っているものの、苦手意識が強くて、近づけないらしい。
ガチャは相手の気持ちが分かる子だから、怯えているジゼに近寄ることはせず、俺に抱っこねだってきた。
「ジゼ、これでどうだ? ガチャは俺がちゃんと抱いてるぞ」
「う、うん。それなら大丈夫。お部屋に案内するね」
俺たちは衣装代の支払いを終えると、ジゼの案内に従い、今日から新たに寝起きすることになる部屋にむかうことにした。








