第三話 帰路
住宅街を後にし、ナミは配送車両へ戻った。
背後で玄関扉が閉まる音がする。
ふと振り返ると、先ほどの女の子が窓越しにこちらを見ていた。
目が合う。
ナミが軽く手を振ると、女の子も慌てて手を振り返した。
思わず笑みがこぼれる。
車両へ乗り込み、ドアを閉めた。
静かな電子音。
車内照明が自動的に明るさを調整する。
シートへ腰を下ろすと、一日の疲れが少しだけ押し寄せてきた。
今日はこれで終わり。
あとは営業所へ戻るだけだ。
車両が発進する。
住宅街の灯りがゆっくりと後方へ流れていく。
ナミは端末を開いた。
本日の配送実績。
全件完了。
未配達なし。
誤配送なし。
破損報告なし。
「よし」
小さく呟く。
配送員としては満点に近い一日だった。
特別なことは何も起きていない。
それが一番良い。
少なくともナミはそう思っている。
トラブルのない一日。
苦情のない一日。
誰かが荷物を受け取り、誰かが喜ぶ一日。
それで十分。
車窓の外では神京都の夜景が流れている。
海上高速網。
物流レーン。
都市間連絡橋。
空を横切る無数の輸送灯。
まるで都市全体が巨大な回路のようだった。
その光景をぼんやり眺めていた時だった。
端末が短い通知音を鳴らした。
業務連絡。
通常なら翌日の担当者へ回される時間帯だ。
ナミは眉をひそめながら通知を開く。
画面に表示された文字を見て、小さく肩を落とした。
緊急配送案件。
即時対応可能者を要請。
「えぇ……」
思わず声が漏れる。
ようやく終わったと思ったのだ。
できれば今日はそのまま帰りたい。
だが、対応可能者検索で自分に通知が来ているということは、近くに動ける配送員がいないのだろう。
断ることもできる。
規定上は問題ない。
ナミはしばらく画面を見つめた。
そして小さくため息を吐く。
「まぁ、いいか」
承認ボタンを押した。
その瞬間。
営業所への帰還ルートが変更される。
新しい目的地。
GDSA第三区画物流センター。
車両AIが進路変更を開始した。
ナミはシートへ深くもたれかかる。
あと一件。
本当に最後の一件だ。
この時のナミは、まだ知らない。
その依頼が、この荷物が。
厄介ごとの始まりになることを。




