第二話 本日最後の配達
配送車両が停止した。
窓の外に表示された住所を確認し、ナミは小さく息を吐く。
本日最後の配送先。
神京都の対岸にある第三区画居住ブロック。
高級住宅街でもなければ低所得者向け住宅区画でもない。
どこにでもある、ごく普通の住宅街だった。
この時間になると人通りはまばらになる。
それでも街は完全には眠らない。
遠くでは自動清掃ドローンが道路を巡回し、配送用小型機が夜空を横切っていく。
規則正しく並ぶ住宅の窓には、まだ明かりの灯る部屋も少なくなかった。
帰宅の遅い会社員。
夜勤勤務者。
あるいは、ただ眠れない誰か。
それぞれの生活が壁の向こう側に存在している。
ナミは後部収納スペースから荷物を取り出した。
片手で持てる程度の小さな箱だった。
配送端末を確認する。
特記事項なし。
危険物指定なし。
時間指定なし。
ごく普通の荷物。
だからこそ気が楽だった。
ナミは荷物を抱え、車両を降りる。
六月の夜風が頬を撫でた。
「終わったら帰ろう」
誰に言うでもなく呟く。
明日は休みではない。
だが最後の一件を終えた瞬間だけは、いつも少しだけ気分が軽くなる。
歩道を進み、目的の住宅の前で立ち止まる。
表札を確認。
配送情報と一致。
インターホンへ指を伸ばした。
短い電子音。
しばらくして応答が返る。
『はい』
「こんばんは。GDSAです」
「お荷物をお届けに来ました」
『あ、はい。少々お待ちください』
ロック解除音。
玄関扉が開く。
現れたのは二十代後半ほどの女性だった。
その後ろから、小さな影がひょこりと顔を覗かせる。
女の子だった。
六歳か七歳くらいだろうか。
眠そうな目をしている。
だが好奇心の方が勝っているらしい。
母親の後ろからナミをじっと見上げていた。
「あっ」
目が合った。
ナミは少しだけ笑う。
「こんばんは」
女の子は荷物ではなく、ナミの方を見ていた。
配送員という仕事そのものが珍しいのかもしれない。
あるいは、こんな時間に働いている大人が不思議なのかもしれない。
しばらく考えたあと、女の子は率直に尋ねた。
「お姉ちゃん、こんな時間までお仕事なの?」
ナミは思わず苦笑した。
「そうなんです」
「でも、これが今日最後の一件ですよ」
女の子の表情が少し明るくなる。
「そうなんだ」
「たいへんだね」
その言葉に、ナミは少し驚いた。
大人から言われることはある。
だが子供から言われることはあまりない。
だから少しだけ嬉しかった。
「ありがとうございます」
しゃがんでお礼を言う。
自然と笑みが浮かぶ。
立ち上がり改めて荷物を母親へ手渡す。
「いつも助かっています」
母親が頭を下げた。
ナミも軽く会釈を返す。
「こちらこそ、ご利用ありがとうございます」
形式的な言葉。
だが嫌いではなかった。
誰かが待っている場所へ荷物を届ける。
ただそれだけの仕事だ。
けれど、その『ただそれだけ』を必要としている人がいる。
だから続いている。
女の子は受け取った荷物を見ている。
何が入っているのか気になるらしい。
母親は苦笑していた。
その光景を見ていると、ナミまで少しだけ温かい気持ちになる。
特別なことは何もない。
事件もない。
英雄もいない。
ただ誰かの日常がそこにある。
それだけで十分だと、ナミは思っていた。




