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神京都監査録 ~独立公文書管理審査機構 第六課~  作者: タツ梵
第1章

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第一話 神京都 22:47

二二七〇年。

かつて神戸湾と呼ばれた海域の中央に、その都市は存在していた。

日本国首都、神京都。

海を埋め立て、島を築き、橋を架け、人類が二世紀近い歳月を費やして完成させた人工都市国家の心臓部。


都市を取り囲む夜の海は静かだった。

黒い海面の上を無数の光が流れていく。

物流ドローン。

自動輸送艇。

海底連絡線を走る保守車両。

そして空中回廊を往来する市民輸送ポッド。

人の流れ。

物の流れ。

情報の流れ。

その全てが都市を循環し続けている。

巨大な生命体の血流のように。


神京都は眠らない。

眠る必要がない。

都市の中枢では数千万の都市運用AGIが稼働していた。

行政システムは血液のように情報を循環させ、記録保管庫は絶え間なく生まれる膨大なログを蓄積し続ける。

緻密な監視網は都市の隅々まで目を配り、市民が眠る夜も変わらぬ日常を支えている。

神京都は、人が眠っている間ですら活動を止めない。

それが二二七〇年という時代だった。


都市中央。

空へ突き刺さる一本の塔がある。

天柱。

神京都中央統合塔。

夜空に浮かぶ月さえ低く見えるほどの高さを持つその塔は、海上都市のどこからでも確認できた。


国家中枢。

行政基幹網。

交通インフラ網。

統合防衛システム。

神京都という国家機能の多くが、その内部に収められている。


ある者はそれを未来の象徴と呼び、

ある者は戦争の遺産と呼び、

またある者は、人類が忘れてはならない記憶の墓標だと言った。


天柱は黙っていた。

建設以来、二百年近く。

何も語らず、ただそこに在り続けている。


その塔を横目に、一台の配送車両が高架物流ルートを走っていた。

車体側面には控えめな企業ロゴ。

GDSA。

物流を国家が管理する時代の象徴である。


自動運転専用車両であるため、操縦席には誰も座っていない。

運転制御は都市交通AIが担当している。

事故率は人間が運転していた時代にくらべ、ほぼゼロに近い。

数字だけを見れば、人類はとっくにハンドルを手放している。


助手席側。

一人の女性が端末を眺めていた。

夜の車内を照らす淡い光が、その横顔を浮かび上がらせる。


シガン・ナミ。

二十代前半にしか見えない若い女性。

黒髪を後ろで束ね、配送員用ジャケットを着ている。

外見だけ見れば、どこにでもいる配送員だった。

少なくとも本人はそう思っている。


端末画面には本日の配送記録が表示されていた。

配送完了件数。

四十二件。


ナミは小さく息を吐いた。

「四十二件か」

端末を閉じる。


季節要因なのか、物流AIの最適化なのか、それとも単なる偶然なのか。

理由は分からない。

だが、配送員にとって件数はその日の景色のようなものだった。

多い日もあれば少ない日もある。


「今日は少なめだったな」

独り言を呟く。

返事をする相手はいない。

車両には彼女しか乗っていなかった。


窓の外へ目を向ける。

夜の神京都が流れていく。

高層住宅群。

人工運河。

空中庭園。

光る広告ホログラム。

海沿いの遊歩道。


夜のはじめ頃だというのに人影は少なくない。

仕事帰りの会社員。

夜間ランニングをする若者。

海を眺める老人。

恐らくその中には、ほとんど機械に近い義体化した人間もいるが外見では区別できない。

この街では、そのどれもが当たり前だった。

誰も気にしない。

それぞれが自分の人生を生きている。

ただ、それだけだ。


ナミは窓へ額を預けた。

冷たいガラスの感触。

どこか懐かしい気がした。

理由は分からない。

昔からそうだった。


時々、自分の知らない感覚が胸をよぎる。

思い出せそうで思い出せない何か。

夢の残滓のようなもの。

だが、それもすぐに消える。

今日も同じだった。


夜景を見つめる。

海の向こうで天柱が静かに輝いている。

その姿を見ていると、不思議と落ち着いた。


なぜなのかは分からない。

だが嫌いではなかった。

むしろ好きだった。

「綺麗だな」

誰に聞かせるでもなく呟く。


その時。

車両AIが穏やかな電子音を鳴らした。

『目的地へ到着します』

前方に居住区画の照明が見え始める。

本日の最後の配送先。


あと一件。

それで仕事は終わりだ。

ナミは小さく伸びをした。

そして端末を腰へ戻し、立ち上がる。


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