第一話 朝の第六課
目が覚めた時、ナミは自分がどこにいるのか一瞬分からなかった。
白い天井。
規則的な空調音。
見慣れた照明。
数秒遅れて思い出す。
「……知らない天井だ」
言ってみただけだ。
身体を起こす。
端末を見る。
午前八時四十三分。
思ったより眠っていたらしい。
記憶の最後はPROTOとの会話だった。
担当者が存在しない輸送案件。
送り主のいないPR-0001。
そして。
そのまま仮眠室へ転がり込んだところまでしか覚えていない。
「頭痛い……」
睡眠時間は取れた。
だが疲労が消えたわけではない。
ナミはベッドから降りる。
服の皺を軽く整えた。
鏡を見る。
寝起きの顔だった。
誰にも見られていないことを祈る。
仮眠室を出る。
第六課のフロアは昨夜とは違う空気だった。
人が増えている。
電話の音。
会話。
端末操作音。
夜間対応の緊張感とは違う。
組織が動いている音だった。
ナミはラウンジへ向かう。
まずコーヒーが欲しい。
仕事より先にコーヒーだった。
その時だった。
「おはよう」
穏やかな声が聞こえた。
ナミは顔を上げる。
ラウンジの窓際。
一人の男性がコーヒーカップを片手に立っていた。
四十代後半。
短く整えられた黒髪。
派手さのない落ち着いた顔立ち。
どこにでもいる会社員にも見える。
だが。
不思議な安心感があった。
肩肘を張らない雰囲気。
人を緊張させない声。
それでいて目だけはよく周囲を見ている。
山幸和彦だった。
第六課情報分析官。
そして課内でも数少ない家庭持ちである。
「山幸さん」
ナミは少しだけ表情を緩めた。
山幸は笑う。
「課長から聞いたよ」
「大変だったみたいだね」
「聞かないでください」
「その顔を見ると相当だったんだろうな」
ナミは無言でコーヒーメーカーへ向かった。
紙コップを取り出す。
ボタンを押す。
黒い液体が落ちてくる。
生命維持装置だった。
山幸は苦笑する。
「まずは洗顔じゃないのか」
「コーヒーが先です」
「なるほど」
「今なら課長より優先です」
「それは聞かなかったことにしよう」
ナミはようやく一口飲む。
生き返る。
本当に生き返る。
山幸はそんな様子を見ながら笑っていた。
「昨日は夜通しだったんだろう?」
「はい」
「ヤクサとPROTOも?」
「はい」
「課長も?」
「はい」
山幸は少しだけ空を見た。
「それは大変だったな」
その一言に変な気遣いも同情もない。
だからこそ心地良かった。
ナミはようやく人心地つく。
が。
残念ながら穏やかな時間は長く続かなかった。
ラウンジ入口の自動ドアが開く。
重い足音。
金属音にも似た規則的な歩行音。
「よう」
「来たな」
山幸は軽く挨拶する。
ナミも振り返った。
そして。
第六課のもう一人の男が姿を現した。




