第九話 送り主
6課の空気は少しずつ動き始めていた。
ヤクサは外部回線を開きながら立ち上がる。
一条もコートを手に取った。
どうやら本当に官邸へ向かうらしい。
「シガン君」
一条が振り返る。
「はい」
「待機とは言え、しばらくは時間はある」
「少しくらいの休眠は許可しよう、休みたまえ」
「ありがとうございます」
ナミは素直に頷いた。
本気だった。
今の彼女にとって最も魅力的な言葉は休憩である。
ヤクサが苦笑した。
「仮眠室で寝坊しないでよ?」
「保証できません」
「正直ね」
一条とヤクサが部屋を後にする。
自動ドアが閉まる。
部屋にはナミとPROTOだけが残った。
PROTOだけは相変わらず端末を操作し続けている。
ホログラムには大量の記録が流れ続けていた。
監視網。
車両情報。
通信記録。
どれもまだ解析途中だった。
静かになった執務室。
先ほどまでの緊張感が嘘のようだった。
「PROTOは寝ないの?」
ナミが聞く。
『寝ません』
PROTOが即答する。
「そうですよね」
聞くまでもなかった。
PROTOは数秒沈黙した。
そして。
『シガン・ナミ』
「はい」
『受領先から回答がありました』
ナミは顔を上げる。
思ったより早かった。
PROTOはホログラムを切り替える。
表示されたのは行政文書だった。
「PR-0001は正式な輸送案件です」
「記録も存在します」
「発注履歴も確認できました」
「じゃあ問題ないんじゃ?」
ナミが言う。
PROTOは首を横へ振った。
『問題があります』
ホログラムの一部が赤く変わる。
『送り主です』
部屋が静かになる。
ナミは表示された情報を見る。
省庁名。
担当部署。
認証情報。
どれも正常に見えた。
「何が変なんです?」
『担当者です』
PROTOが答える。
そして。
担当者欄を拡大した。
ナミは数秒その文字列を見つめる。
意味を理解するまで時間がかかった。
「……え?」
担当者名がない。
空白だった。
「記録破損?」
『いいえ』
PROTOは静かに答える。
『最初から登録されていません』
ナミの眠気が少し飛んだ。
そんなことがあるのだろうか。
国家機関の輸送案件。
しかも緊急輸送レベルだ。
担当者が存在しない。
いや。
存在しないのではない。
最初から記録されていない。
「それって」
ナミが呟く。
PROTOはホログラムを見つめたまま言った。
『はい』
『非常に異常です』
会議室が静まり返る。
外はまだ夜だった。
PR-0001を巡る謎はさらに深くなろうとしていた。




