第七話 課長の見解
一条淡路守はゆっくりと部屋へ入る。
急ぐ様子はない。
声を荒げることもない。
それでも自然と全員の意識が彼へ向いていた。
「課長」
ヤクサが軽く会釈する。
PROTOも静かに立ち上がった。
『ご報告お待たせしました』
「いや」
一条は穏やかに首を振った。
「こちらこそ遅くなってしまった」
そう言いながら空いている席へ腰を下ろす。
ナミは自然と背筋を伸ばしていた。
別に怒られるわけではない。
だが昔からそうだった。
一条の前では自然と姿勢を正してしまう。
「ついさっき報告は確認させてもらったよ」
一条が言う。
「大変だったようだね」
「はい」
ナミは頷く。
「かなり」
「そうだろう」
一条は小さく微笑んだ。
その視線がホログラムへ向く。
海上道路。
襲撃地点。
倉庫街。
存在しない車両。
監視網の空白。
先ほどまでPROTOが整理していた情報だった。
「資料にも目を通した」
一条が言う。
「率直な感想を述べるなら」
部屋が静かになる。
ヤクサもPROTOも言葉を挟まない。
「これは少々厄介だ」
その一言だった。
だが。
ナミは逆に緊張した。
一条は滅多に大げさな表現を使わない。
その一条が厄介と言う。
それだけで十分だった。
「PR-0001の内容については?」
ヤクサが尋ねる。
一条は首を横へ振った。
「まだ確認中だ」
「受領先にも照会を掛けている」
「ただし」
そこで言葉を切る。
「一点だけ確かなことがある」
ホログラムへ新たな情報が表示された。
PR-0001:政府直轄移送案件。
それだけ。
中身は表示されていない。
分類コードも伏せられている。
「これほどの規模で襲撃が行われ」
「監視網へ介入を実施」
「記録を持たない車両の投入」
一条は静かに続ける。
「最初からPR-0001を狙っていた」
部屋に沈黙が落ちる。
「つまり」
ナミが言う。
「今回の輸送そのものが仕組まれたことだったということですか」
「そうだ」
一条は頷いた。
「少なくとも現段階で理由は不明だがな」
自分たちの見解と一致している。
ナミはホログラムを見る。
届けるだけの荷物。
そのはずだった。
だが今や神京都の監視網を揺るがす事件の中心にある。
妙な話だった。
『一つだけ気になることがあります』
PROTOが口を開いた。
「何だね」
一条が視線を向ける。
PROTOはホログラムを操作した。
映像が切り替わる。
倉庫街。
PR-0001。
そして襲撃部隊。
『敵は一度PR-0001の回収に成功しています』
『しかし開封前にシガン・ナミが奪還しました』
「ああ」
一条が頷く。
『つまり相手も中身を確認できていません』
その言葉に部屋が静かになる。
ナミも気付いた。
確かにそうだ。
敵はPR-0001を奪った。
だが。
開封前に自分が回収している。
つまり。
「敵も何が入っているか知らない?」
ナミが呟く。
『その可能性があります』
PROTOが答えた。
一条は少しだけ考え込んだ。
そして眼鏡の位置を直す。
「だとすれば面白い」
その言葉にヤクサが眉を上げる。
「面白い?」
「相手は大規模な作戦を実施した」
一条は言う。
「しかし目的物の奪取及び中身の確認は失敗」
「だが現状襲撃者の追撃は確認できていない」
「依頼者の指示待ちか」
「あるいは別の理由か」
ナミはホログラムを見る。
事件は終わったと思っていた。
だが違う。
ようやく始まったのかもしれない。
一条はゆっくりと立ち上がった。
「もう一波乱起きそうな状況だな」
穏やかな声だった。
だがその目には思考の光が宿っている。




